恋の闇路の向こう側

七賀ごふん

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お迎え

#1

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「ねぇねぇ。一組の川音君、生徒会会長に立候補したらしいよ」
「そうなの? 絶対投票しよ~! 川音君以外に考えられないもん」
「川音君って部活も委員会も入ってるよね。それで常に成績上位だし、すごすぎ」

通りすがりに聞こえた会話が、凪いだ海の浅瀬で跳ねた。

目指してる姿がある。
理想は少しずつ、だが着実に具現化できていると思う。
温厚篤実で完全無欠。絵に描いたような優等生に向けて。

「川音、一生のお願い! 英語の課題写させて!」

もちろんいいよ。

「……お、川音。悪いけどこのプリント、教室の掲示板に貼っておいてくれないか?」

はい、もちろん。

頼まれたら笑顔で引き受けるのがモットー。その甲斐あり、教師からの信頼も厚い。

一年生からは羨望の眼差し。三年生からは称賛、時々嫌味を言われる高校ライフを送っている。

これで良いのかと訊かれると、一瞬固まるけど。それでも“昔”よりはマシだと思う。

泣き虫で引っ込み思案で、いつも誰かの影に隠れていたあの頃よりは。


高校生活二年目。川音深白かわねみしろは窮屈なネクタイを緩め、小さく息をついた。

今日は朝から一年の女の子に告白されて焦ったけど、穏便に断った。
部活に専念したいから。勉強に集中したいから。テンプレだけど、それが一番相手を傷つけずに済む。

……いや。傷つかずに済んだのは俺の方かも。

女の子は恋愛対象じゃない、なんて言ったらどうなるか。考えただけで恐ろしくて身震いする。

「川音君、生徒会選挙に出るんだって? 私達応援してるから頑張ってね!」
「ありがと! 頑張るよ」

絶対に隠さなきゃ。
単純だから女の子からキャーキャー言われるのは普通に嬉しいし。一部を敵に回しても、ひとりで何でもできる人間でいたい。

都内でも有数の進学校だからか実力主義的なところがあって、ひとつの分野で突出してるとそれだけで人気が出る。ファンクラブもあったりして、ほとんどアイドル扱いだ。

俺も元は地味で、窓際にぽつんといるタイプだった。超弩級の人見知りで、過緊張。クラスメイトの前で自己紹介をさせられたときは膝と声が震え、隣の女子から具合が悪いのかと本気で心配されたほど。

しかし紆余曲折を経て、今は学校の中心人物になるほどに変貌した。

必死に“変わろう”としたのは、ある存在がいたから。
彼と再会したときに成長した自分を見せたくて、今日まで努力してきた。

「おーい、川音ー」
「川音君、体育祭のことなんだけど」
「川音先輩、今日の練習内容は何を……」

一歩廊下に出ると、すぐ誰かに引っ張り出される。

昔の自分なら死んでもあり得ないこと。だからすっごく充実してるはずだ。……なのに、視界がぐらつく。

「大丈夫。全部やっとくよ」

優しく微笑むと、皆の不安そうな顔がパッと明るくなる。
だからこれが最適解なんだと思っていた。

( 作り笑いし過ぎて顔面神経痛になりそうだけど…… )

放課後。ひとり教室に残り、頼まれた仕事を片付ける。
優等生のふりは正直疲れる。でもそのおかげで刺激的な日々も送れてるし、何とかこなさないと。

椅子の背にもたれて天井を見上げる。小さなため息をついた時、ふとスマホが鳴った。

「ん?」

それは一件のメッセージだった。
とても懐かしい……心の底から会いたいと願っていた、ひとりの少年からの。

スマホの画面に表示されていた言葉は、『今夜そっちに行けそう』というもの。

なんっっ!!!

思わずスマホを落としかけた。もう一度見て、見間違いじゃないことを確認する。

とうとうこの日が来た…………。

深呼吸し、即座に『迎えに行く』と打った。返事を待つより前に立ち上がり、鞄を取る。
生徒会の仕事なんてしてる場合じゃない。一目散に彼が到着する空港へ向かった。

心拍数が尋常じゃなく上がってるし、足元が覚束ない。
ふわふわした感覚に支配されながら、何とか目的のターミナルに着いた。
早く、早く……。電光掲示板を見上げながら呼吸を整えていたけど、急に見た目が不安になって手洗いに入った。

鏡の前に立ち、乱れた髪を手櫛で整える。軽く香水をかけ、襟元を正した。

緊張して吐きそう。でも、倒れそうなほど嬉しい。

到着ロビーに戻ってスマホを取り出すと、ちょうどメッセージの通知音が鳴った。
『今着いた』と書かれていた為、周りを見渡す。たくさんのフライト客がゲートから出てきたが、捜してる人物は見当たらなかった。

あれ。いないぞ。
心配になり、思いきって電話をかけた。どきどきしながら待っていると、三コール目で声が聞こえた。

『もしもし』
「あっ。もしもし。……今どこ?」

心臓が爆音を鳴らしてる。
努めて平静に尋ねると、相手は鼓膜を震わす低音を紡いだ。

『多分、目の前』
「え」

スマホを耳から離し、視線を上げる。そこにはひとりの青年が佇んでいた。
こっちが制服だから、尚さら麻痺していたのかもしれない。私服姿の彼は大人びた印象で、全く知らない人に見えた。

会うのは六年ぶりの幼馴染。

「ひ、久しぶり。全然分からなかった、ってか……」

誰だ、このイケメンは。
美形過ぎて思考が停止した。人見知りだった頃と同じぐらい挙動不審になり、目を泳がせる。

子どもの頃も端正な顔立ちをしてたと思うけど、次元が違う。艷やかな黒髪、切れ長の瞳にすらっとした長駆。

幼馴染の貴島月仁きじまつきひとは、モデルか、とツッコみたくなるほどの美青年に成長していた。

「何があったんだよ、月……貴島」
「その台詞そっくりそのまま返すよ。一瞬、誰だか分からなかった。……川音」




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