恋の闇路の向こう側

七賀ごふん

文字の大きさ
3 / 10
お迎え

#3

しおりを挟む



幼い頃はちょっと揶揄われただけで泣いていた。そしてその度に貴島に守られていた。

でももう甘えてはいけない。寄りかかってもいけない。

弱い心を戒めるようにシャツの裾を握り締めると、貴島は切れ長の目をさらに細めた。

「……ご馳走様」
「あ、もう食ったんだ。早いな」

俺はまだ半分しか食べてないのに、貴島はスープも飲んでいた。慌てて残りを食べようとすると、「ゆっくりでいい」と袖を引かれた。

でも横からちょいちょい視線を感じるから、超スピードで完食した。

「美味かったな」
「うん。……うぷ……っ」

店を出て、人の少ない電車に乗り込む。慌てて食べたせいでラーメンが逆流してきそうだ。最高に苦しかったけど、どこか楽しそうに窓の外の景色を眺める貴島を見て心を落ち着けた。

「川音はすっかり東京に染まってるな」
「そりゃ六年もいればな~。貴島もすぐ慣れるよ」

むしろ彼の方がオシャレで、目を引く。知らない道も颯爽と歩くし、俺の方が気後れしとる。
ガラガラだったからシートに座り、肩を寄せ合う。大したことじゃないのに、何故かどきどきした。

「あ。荷物はもうお兄さんの家に送ってるんだっけ?」
「あぁ。だから楽だったよ」

電車を乗り換え、貴島の最寄り駅のホームに降り立つ。まだ話していたいけど、時間も遅いしあまり引き留められない。
それでも手を後ろに回してソワソワしてると、彼は含みのある笑みを浮かべた。

「お前、ずっと落ち着きないな」
「だって……」

久しぶりに会ったのに。会えたのに、貴島はちょっと落ち着き過ぎだ。
嬉しいのは俺だけなんだろうか。

「貴島が、何か静かだから。俺何かしちゃったかな、って思って」

それか、迎え役には相応しくなかったか。
恥ずかしいけど、俯きがちに尋ねた。手が震えていたから、気づかれないよう後ろに回す。

でも、あああ……やっぱり訊かなきゃ良かった。微妙な反応が返ってきたらど───しよ。
恐る恐る顔を上げると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「いつもこうだよ。むしろテンション高い」
「ほ、ほんと?」
「六年ぶりに会えて、嬉しくないわけないだろ」

彼は至極真面目に告げた。表情が一切変わらないから不安で仕方なかったけど……どうやら喜んでくれていたらしい。

ホッとして、ひとり息をつく。すると貴島は思い出したように鞄からお菓子を取り出した。
「来てくれた礼」
「わっ。そんなお気遣いなく……でもやっぱ貰う。ありがとう」
貴島がくれたのは、俺が大好きだった地元の銘菓。有り難く受け取り、今度こそ改札口まで向かった。

変化はあるけど、根本的なところは変わってないのだろう。
底なしの優しさとか。上手く言い表せないけど……何の根拠もないのに、俺は彼に絶対的な信頼をおいてる。

そう思わせる理由があったはずなんだ。自分でも忘れるほど、ずっと昔に。

何にせよ、躊躇いなく空港まで駆けつけるぐらい大事な存在で。

腰元までしかない鉄柵を挟み、改札から出た彼と向き直る。

「貴島っ」

柵に腕をかけ、声を潜める。

「あのさ。真面目な話。……会えて嬉しかった」

でか過ぎて手に負えない感情。隠さないと、と思うのに無理だった。

引かれることを覚悟して待ってると、貴島は一瞬顔を逸らした。瞼を伏せ、静かに告げる。

「それ俺の台詞」

視線を交差させ、互いに吹き出した。

彼はやっぱり落ち着いていたけど、優しく微笑んでいた。逡巡の後こちらに一歩寄り、俺の前髪にそっと触れる。

「気をつけて帰れよ」
「うん。おやすみ」

その後も無言で見つめ合ってしまったせいか、周りの視線を少し感じた。咳払いし、慌ててその場から離れる。
貴島の後ろ姿が見えなくなってすぐ、またメッセージが届いた。

『今日はありがと』、という一文だけ。
けど存外嬉しいもので……しばらくその場で画面を眺め続けてしまった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

とある冒険者達の話

灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。 ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。 ほのぼの執着な短いお話です。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 一月十日のアルファポリス規約改定を受け、サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をこちらへ移しましたm(__)m サブ垢の『バウムクーヘンエンド』はこちらへ移動が出来次第、非公開となりますm(__)m)

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

処理中です...