9 / 10
お迎え
#9
しおりを挟む明くる日も、二学年は貴島フィーバーをしていた。
あれだけ俺に頼み事をしてきた生徒達も全然声を掛けてこない。都波の言う通り、若干ショックでもある。
でも相手が貴島なら仕方ない。貴島が皆に好かれるのは嬉しいから。
( 嬉しい……んだけど、何だこれ )
貴島がひっきりなしに誰かに連れて行かれるから、疎外感と孤独感が膨れ上がって大変なことになってる。
もっともっと貴島に人気が出てほしいと思いつつ、俺はもう用済みですか? と訊きたくなる。
「あ~~……っ!!」
情緒不安定。感情のジェットコースター。
相反する気持ちを踏んづけながら、ひとりで頭を抱える。息苦しくて、初めてネクタイを緩め、襟元を開けた。
「あ、いたいた。川音、生徒会選挙の演説文考えた?」
抜け殻のように廊下を歩いていると、三年生の国木先輩に声を掛けられた。
生徒会選挙?
一瞬きょとんとして固まったが、彼が前生徒会長だということを思い出し、かぶりを振った。
「いえっまだです。ははは……そういえばありましたね。……ん!? いつまででしたっけ!?」
「二週間後か。まだ応募の段階だから焦らなくてもいいけど」
国木先輩は笑いながら去年撮ったという演説例文の動画を見せてくれた。
イカン。
立候補したときはやる気満々だったけど。急遽貴島が転校してきて、何やかんや俺が優等生ということを彼に知ってもらって。
もうこれ以上“完璧”を追い求める必要はないんじゃ?
……と思い始めてる、自分がいた。
部活も委員会も生徒会も所属してるし、あとは成績だけキープしていれば内申点も問題ない。
充分じゃないか。貴島は俺なんかいなくても楽しくやっていけそうだし……。
「川音、どした。顔色悪いぞ」
「いや、大丈夫です。でもすみません。……選挙のこと、一度考え直してもいいですか。自分に務まるのか不安になっちゃって」
「ああ、そりゃもちろん……でもお前がなったら皆納得すると思うけどなぁ」
全然そんなことない。
先輩に申し訳ないと思いながら別れた。
俺は今最高に自分勝手で、孤独で、やさぐれてる。
ドMではないけど、いっそすごい罰を与えてほしい。ため息を飲み込みながら教室に戻ると、ちょうど貴島が帰り支度をしていた。
あ……。
前なら普通に「帰ろう」と声を掛けていたのに、不安になってる。また振り出しに戻ったみたいだ。
潮の満ち引きのよう。掴んだと思ったらすり抜けていく。
「……川音?」
「!」
名前を呼ばれ、目が合う。ちょっとぎこちないけど、何とか彼の方に行けた。
「おつかれ~。帰るところ?」
「あぁ」
「……そ」
貴島は立ち上がり、鞄を肩にかける。
あれれ。
マジで俺は何を遠慮してるんだ。一緒に帰ればいいだけなのに。
どうしよう……。
鞄をとって、彼の隣に並ぶ権利があるのか分からずにいる。
「貴島、今帰りー?」
「!」
そのとき、どこかに行っていたクラスメイト達も教室に戻ってきた。
彼らはこちらへやってくると、貴島に向かって声を掛けた。
「なぁ、前に言ってたカラオケに行かね? 女子も誘ってさ」
「そーそー。あ、予定ないなら川音も。お前らいたら女子来る率百パーセントだし」
いつも彼女が欲しいと言ってる彼らだから、カラオケという名の合コンだろう。
俺はとても行く気にはなれない。でもどうしよう。貴島が「行く」と言ったら────。
暗い視界のまま視線を落とす。貴島の返事を待とうと思ったが、不意に引き寄せられた。
「ごめん。今日バイトの面接がある」
貴島は俺の腕を掴み、毅然と告げた。
クラスメイト達はがっかりした様子で、じゃあしょうがないか、と零した。
「あ、じゃあ川音は?」
「川音君もバイトしたいんだって。だから二人で受けようと思って。ね?」
貴島は俺に向かって微笑んだ。
何言ってるんですか? と思ったものの、慌ててぶんぶん首を縦に振る。
「そ、そう! 高校生の間に、一回ぐらいバイトしたいと思って!」
「ふえ~。分かった。頑張れよ」
貴島は短い挨拶をし、俺の手を引いて教室の外へ引っ張り出した。
かたや教室に取り残された男子達は互いの顔を見合わせ、首を傾げる。
「川音、部活と委員会と生徒会とバイトやる気?」
「マジでやべえな。倒れるぞ」
「ってか、貴島と同じ場所でバイトするって……そこまで仲良かったんだな」
「あぁ…………」
確かに。
全員声を揃え、不思議そうに頷いた。
校門を抜け、茜色の歩道に乗り出す。梅雨前の過ごしやすい気温だが、夜に向かうにつれ少し肌寒くもあった。
「貴島。カラオケ、行かなくて良かったの?」
「彼女作るための場なら、行ってもしょうがないから」
お前は? と言って、貴島は振り返った。
俺も鞄をかけ直し、静かに頷く。
「俺も」
「じゃ、断って正解だな」
軽く背中を押される。
さっきはどうなることやらと思ったけど、また二人で帰れて良かった。
締まったり緩んだり。俺達を繋ぐ糸はとても心許ない。
でも、解けることだけはないと信じたい。
学校の最寄り駅に着き、二人で改札を抜ける。いつもより薄暗いホームに降りると、貴島は思い出したように手を叩いた。
「そうだ。バイト先探さないと」
「え。あれ本気だったのか?」
「今の生活費は振り込まれるから大丈夫なんだけど。卒業した後もこっちで暮らしたいから、その為の資金を貯めたい」
「なるほど……!」
0
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
とある冒険者達の話
灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。
ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。
ほのぼの執着な短いお話です。
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 一月十日のアルファポリス規約改定を受け、サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をこちらへ移しましたm(__)m サブ垢の『バウムクーヘンエンド』はこちらへ移動が出来次第、非公開となりますm(__)m)
両片思いの幼馴染
kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。
くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。
めちゃくちゃハッピーエンドです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる