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85 謝罪は後に
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ゲーム、という単語に反応したらしい男は、なかなか強烈な容姿をしていた。まだ首から下は見えないが、アゴ上だけでもインパクトがある。
髪はうねりツヤがなく、真っ白になっている。肩の辺りまで伸ばしているが、毛先は長さがまちまちだ。まるで素人の、母親が子どもの髪を切ったような髪型だった。
口回りは逆に黒い。鬱蒼と言っていいほど手入れのされていないヒゲが、まんべんなくアゴと鼻下、こけた頬にまで広がっている。ふさふさとは言いがたく、無精髭を伸ばしっぱなしにしただけの、ホームレスにいるようなヒゲが不衛生に見えた。
「ゲームの火は燃え移らない。火事にはならない」
ガルドはじっと男の目を見ながら、簡単に説明した。火の矢を必死に掴もうとしていたのは、火事を恐れたからだろう。燃え広がらないことに気付いたが、理由が分からず、思わず「かみさま」という不確定な何かに押し付けたのかもしれない。
それはここが現実とは違うからだ、とガルドは伝えたかった。ゲーム未経験ならば、ここがフルダイブタイプのゲーム内だと気付かないだろう。ふざけたセリフに聞こえるかもしれない。誠意を込める意味で、ガルドは目を合わせようと見つめる。しかし徐々に、別の意味で視線が外せなくなった。
こちらから見て右側の目と、視線が交わらないのだ。
咄嗟に「ずけずけと見て良いのか」と不安になる。容姿に響く病気。知識だけで知る「斜視」という名の病気を思い出すが、初めて見るその瞳に、配慮より好奇心が勝ってしまった。
ずれた瞳は外側を向いている。片目はガルドを、もう片方はガルドの隣に立つ榎本の方を向いていた。その両目は強く睨みの形をしていて、ヒゲにおおわれた口がわなわなと震えていることにも気付いた。
「げぇむ?」
小さく聞き直してきた言葉は、徐々に大きくなってゆく。
「げーむ、げーむ……あそび? あそんでいるのか、ここは。おもちゃの、つもりか」
ボソボソとして震えの混ざっていた喋り口調が、語尾になるにつれてはっきり明瞭になる。槍を持つ老人は、苛烈に怒っているらしい。
「キミらはあそび、ワタシはいきている、それはワタシも、キミらも、そう……オワリか? オワリにしたいのか?」
「おっ、終わり!? あんたまさか、出口か!」
ジャスティンが老人の口走った意味深い「オワリ」を聞き、口調を強めて聞き返した。この世界から脱出する出口という意味に思えたジャスティンは、咄嗟に盾の構えを解いて詰め寄る。目と鼻の先まで近付き、さらに聞いた。
「あんた、終わらせられるのか! サルガスより強い権限を持っているんだろう、そうだろう!」
「ジャス」
「聞いただろうガルド、こいつ、終わりに出来るんじゃあないのか!?」
興奮ぎみのジャスティンを抑えようと名前を呼んだが、あまり意味はなかったらしい。つられて榎本やマグナも近付いてきては、警戒しながらも武器を下ろした。
臆病に見えた老人は背筋をすっと伸ばし、ゆっくりと立ち上がった。槍を強く握っている。そしてディティールの乏しい白の貫頭衣のようなワンピースを着ていた。ツヤもなければ布っぽさもない。ペイントソフトで白を塗っただけのような色をしたそれは、黄ばみといった汚れもない。
「なんにちも、なんねんも、ずっとずっと……」
マグマを溜め込んだようか声色に、ガルドの首の後ろが痺れる。予感、もしくは殺気のような何かが脊髄を走って脳に届く。説得力のある危機感だった。
「くっ!」
勘のままに脊髄反射し、前に飛び出す。
「貴ぃ様らがぁっ!」
か弱く見えた老人が、爆発するような憤怒を膨大なエネルギーに変え、突きの動作で槍を向けて襲いかかってきた。
間合いがあっという間に詰まる。
「どぉっ!?」
槍は、無防備に向かい合っていたジャスティンを狙っていた。
咄嗟に跳ねたガルドの腕が、狙われたジャスティンを守るべく伸びた。腹の辺りに向かった穂先を、黒い西洋籠手の巻かれた腕で受け止める。
思ったよりパワーのある突きに、激しい風切り音と被ダメージ音が重なって聞こえる。槍など初めてだ。これがスキルの効果音なのかすらわからない。
吹き飛ばしの効果は無いらしく、ガルドの腕はそのままの場所で止まった。
盾を構えたジャスティンを確認し、腕を引っ込めてトリモチを握り直す。続けて叫んだ。
「四割っ」
端的だが、この場にいる仲間ならば分かるだろう。HPの減り具合のことだ。自分のHPゲージは、数字というよりも量の感覚で伝わってくる。仲間のHPはマップでの表示でしか分からず、それをいつも見ているのはマグナだけだ。
「っお!?」
「よ、四?」
「そりゃあ……伯爵レベルだな!」
「つーことは」
「人型か」
余裕がなくモニタリングできていなかったマグナを含め、仲間たちは武者震いで揺れた。槍の一刺しで半分近い。それは、大型のモンスターと全く同じパワーを持っていることになる。
今までも無かったわけではない。人のかたちをしたモンスター、種族の設定としては吸血鬼、亜人と呼ばれるものは存在した。会話はできなかったが。
「そうか……」
自分の予想が間違っていたのだ、と肩を下げる。ガルドは「彼は非ゲーマーでぷっとんの部下じゃないか説」を捨て、仲間たちと同じ見解を持った。彼は人型の高難易度モンスターだ。相応の対応に切り替える。
「へへっ、マジかよ……」
嬉しそうな声をした榎本に、ガルドは拍車をかける。
「先に行け、相棒」
回復に下がることを伝える。アタッカーを任せる、という意味も込めている言葉は、上手い具合に伝わったらしい。頼りがいのある声で返事がした。
「おうよ!」
今回はメロが欠けているが、「世界一も夢じゃない」と言い切れるほど、ロンド・ベルベットは対モンスター討伐戦を得意としていた。すべきことは熟知していて、対応も早い。
「散開はよ、ほら!」
遠くからそう声を掛けた夜叉彦が、ガルドに向かって宝石を一つ投げつけた。真っ白い、コブシ程度のスクエアカットだ。
その中に入っているものは、ガルドに当たるまで持ち主にしか分からない。
こつり、と大きな背中に当たる。瞬間高く小さな音を鳴らしながら砕け散った。同時に白い光が内側から溢れだし、ガルドを中心に魔方陣が広がって行く。
フロキリでの魔法宝石は、魔法をセットしておくカートリッジのような利用法があった。価値はグレードとして数字にされ、その桁と同じだけの魔法がセット出来る。
夜叉彦が投げたのはそこそこ高グレードの、メロが愛用する継続回復魔法がセットされた宝石だった。
羽の這えた白いウサギが足元から飛び出してくる。
ガルドは夜叉彦に挙手で礼を述べ、トリモチ片手に前線へ走り出した。
「ぷー! ぷー!」
小ぶりな羽の生えた真っ白いウサギが、ガルドの回りをぐるぐると回る。小さな手をぱちぱち鳴らしながら、愛らしい小さな声で鳴いていた。
「……ん?」
走りながら横目でウサギを見る。ガルドは疑問を抱いたが、山登りの折にリフトで感じた重力加速感と同様、とりあえず後回しにした。
フロキリ時代、ウサギは鳴かなかった。召喚したキャラクターはただのエフェクトで、彼らには知能も声も付いていないはずだ。
ウサギは「ぷー」と鳴く、とだけ覚えておく。動物園やペットショップで見た本物でも、鼻を動かすだけで吠えたりしないウサギの鳴き声など、ガルドは聞いたことがなかった。
「ぅおおおーっ!」
勇ましい掛け声とともに突進してくる男を、盾でジャスティンがいなし続けている。先ほどの会話で相当強く敵視されたらしく、脇目もふらずジャスティンだけを狙っていた。
しかし一向にスキルを使わないため、盾で全て防御出来ている。
「むぅ……」
少し不満そうな表情で盾を構えるジャスティンに、文字チャットでマグナが指示を飛ばす。
<伯爵ほど強いとなると、トリモチは体力を減らしてからだな。ジャス、見切りしてもいいぞ。ただしこちらに来させるな>
<おお!>
<俺は?>
続けて夜叉彦から質問。
<……逃走の可能性はまだ残っているが>
<んじゃ、ここから飛ばしていい?>
<窓側から離れないならば、何でもいいぞ>
<よーし任せろ>
<ガルド。HP半減時の疲れ表現、見極められるか?>
<やってみる>
<よし、それまではヘイト少なめに削り頼む。いくぞ榎本>
<はいはい>
「返事は一回」
声に出して注意したマグナに、榎本が「はーい」と生返事した。
瞬間、本気の速度で四人が動き出す。
完全武装の男たちが一斉に力強く駆け出し、けたたましい金属音が鳴った。
続いていた男の槍を、ジャスティンが横ステップの見切りで避ける。水色の颯爽とした音とエフェクトが走り、さらに横ステップで同じ位置に戻った。
「ひ、っ」
唐突に見えただろう戦闘開始に、槍の男がひるむ。
その時にはもうマグナの強スキルが溜めきり、放たれるところだった。先ほど牽制に使った灯火とはケタ違いの、溶鉱炉のような黄色に近い炎を込めて矢を放つ。
「おわあっ!」
攻勢だった男が怯えた声に変わり、とっさに大きく避ける。
「っしゃ!」
避けた先に運良くポジショニングしていた榎本が、ハンマーを上から降り下ろした。通常攻撃だが高威力だ。
「ひっ」
上から巨大なハンマーが降ってくるのを見た男は、咄嗟に槍を抱えて顔をかばった。その槍にちょうどよくヘッドが当たり、金属がぶつかり合う低い音が響く。
プレイヤーが鳴らすものと良く似た、武器を武器で弾くときの効果音。
「な……パリィだと!?」
仲間へ補助の弓矢を打とうとしていたマグナが、あっけにとられてチャージを解いた。
敵モンスターが武器衝突での防御であるパリィを繰り出すことなど、以前の仕様ではあり得なかったことだ。モンスターの武器は腕の一部にカウントされ、正確には武器ではない。
「あ、危ないだろうがぁ!」
男が本気でそう思ったような様子で叫ぶ。
ガルドは走りながら、その場違いな男のセリフに、やはり彼は人間なのではないかと勘ぐった。自分の攻撃を棚にあげた無責任な発言に、戦闘ありきのゲームではあり得ない戦闘そのものの否定。
AIだと言いきるには、彼は人らしすぎた。
どこかボタンがかけ間違っているのだ。確信に近い感覚でガルドは思い至り、気をとりなおした。
彼は本気でハンマーを危ないと言っているらしい。このまま続けては、ただの暴行だ。こちらは本気のゲーム感覚で、世界大会レベルの本気具合だ。たちが悪い。
「おい」
男に話しかけるが、彼は飛んでくる矢を槍で払うのに夢中だった。
「だっ、だっ、だあーっ!」
相手を変える。
「……マグナ、話が」
「榎本、切り崩し頼む!」
「おう!」
「きぃえーっ!」
さらに相手を変えた。
「……夜叉彦」
「任せてよ、その槍まっぷたつ! っはは!」
「……ジャス」
「おいマグナ、射ちすぎだ! 俺にも当たるだろうがぁ!」
「……むう」
参った。ボタンの掛け違いはどこから治すべきか。ガルドは棒立ちで考え込んだ。
対象の老人がそもそも攻撃的なのだ。彼はこちらを敵だと思ってしまっている。祈祷師のような雄叫びで槍を突いてくる様子を見る限り、話し合いなど無理だ。
こちらのメンバーもそうだ、と仲間を見る。全員が彼を高難易度モンスターだと勘違いしてしまっている。そうさせた原因は自分の「四割」発言だ。恥と後悔で穴にでも入ってしまいたい。
そもそもガルドは、かなり早い段階で予感があった。それを「違うかも」と推さなかったのだ。自分の判断が揺れたせいだ、と強い後悔にさいなまれた。
そしてガルドは自分の判断力を叱咤した。リアルで年少だからと遠慮していたのだが、それが逆に迷惑をかけてしまっている。
責任をとろう。彼がこれ以上、仲間たちに狩られないうちに。ガルドはフルで持ってきた九十九個のトリモチを確認し、仲間の背中に片手で合掌した。
「……すまない」
全員とっつかまえる。事態の収拾方法に、ガルドはシンプルなプランを採用した。
髪はうねりツヤがなく、真っ白になっている。肩の辺りまで伸ばしているが、毛先は長さがまちまちだ。まるで素人の、母親が子どもの髪を切ったような髪型だった。
口回りは逆に黒い。鬱蒼と言っていいほど手入れのされていないヒゲが、まんべんなくアゴと鼻下、こけた頬にまで広がっている。ふさふさとは言いがたく、無精髭を伸ばしっぱなしにしただけの、ホームレスにいるようなヒゲが不衛生に見えた。
「ゲームの火は燃え移らない。火事にはならない」
ガルドはじっと男の目を見ながら、簡単に説明した。火の矢を必死に掴もうとしていたのは、火事を恐れたからだろう。燃え広がらないことに気付いたが、理由が分からず、思わず「かみさま」という不確定な何かに押し付けたのかもしれない。
それはここが現実とは違うからだ、とガルドは伝えたかった。ゲーム未経験ならば、ここがフルダイブタイプのゲーム内だと気付かないだろう。ふざけたセリフに聞こえるかもしれない。誠意を込める意味で、ガルドは目を合わせようと見つめる。しかし徐々に、別の意味で視線が外せなくなった。
こちらから見て右側の目と、視線が交わらないのだ。
咄嗟に「ずけずけと見て良いのか」と不安になる。容姿に響く病気。知識だけで知る「斜視」という名の病気を思い出すが、初めて見るその瞳に、配慮より好奇心が勝ってしまった。
ずれた瞳は外側を向いている。片目はガルドを、もう片方はガルドの隣に立つ榎本の方を向いていた。その両目は強く睨みの形をしていて、ヒゲにおおわれた口がわなわなと震えていることにも気付いた。
「げぇむ?」
小さく聞き直してきた言葉は、徐々に大きくなってゆく。
「げーむ、げーむ……あそび? あそんでいるのか、ここは。おもちゃの、つもりか」
ボソボソとして震えの混ざっていた喋り口調が、語尾になるにつれてはっきり明瞭になる。槍を持つ老人は、苛烈に怒っているらしい。
「キミらはあそび、ワタシはいきている、それはワタシも、キミらも、そう……オワリか? オワリにしたいのか?」
「おっ、終わり!? あんたまさか、出口か!」
ジャスティンが老人の口走った意味深い「オワリ」を聞き、口調を強めて聞き返した。この世界から脱出する出口という意味に思えたジャスティンは、咄嗟に盾の構えを解いて詰め寄る。目と鼻の先まで近付き、さらに聞いた。
「あんた、終わらせられるのか! サルガスより強い権限を持っているんだろう、そうだろう!」
「ジャス」
「聞いただろうガルド、こいつ、終わりに出来るんじゃあないのか!?」
興奮ぎみのジャスティンを抑えようと名前を呼んだが、あまり意味はなかったらしい。つられて榎本やマグナも近付いてきては、警戒しながらも武器を下ろした。
臆病に見えた老人は背筋をすっと伸ばし、ゆっくりと立ち上がった。槍を強く握っている。そしてディティールの乏しい白の貫頭衣のようなワンピースを着ていた。ツヤもなければ布っぽさもない。ペイントソフトで白を塗っただけのような色をしたそれは、黄ばみといった汚れもない。
「なんにちも、なんねんも、ずっとずっと……」
マグマを溜め込んだようか声色に、ガルドの首の後ろが痺れる。予感、もしくは殺気のような何かが脊髄を走って脳に届く。説得力のある危機感だった。
「くっ!」
勘のままに脊髄反射し、前に飛び出す。
「貴ぃ様らがぁっ!」
か弱く見えた老人が、爆発するような憤怒を膨大なエネルギーに変え、突きの動作で槍を向けて襲いかかってきた。
間合いがあっという間に詰まる。
「どぉっ!?」
槍は、無防備に向かい合っていたジャスティンを狙っていた。
咄嗟に跳ねたガルドの腕が、狙われたジャスティンを守るべく伸びた。腹の辺りに向かった穂先を、黒い西洋籠手の巻かれた腕で受け止める。
思ったよりパワーのある突きに、激しい風切り音と被ダメージ音が重なって聞こえる。槍など初めてだ。これがスキルの効果音なのかすらわからない。
吹き飛ばしの効果は無いらしく、ガルドの腕はそのままの場所で止まった。
盾を構えたジャスティンを確認し、腕を引っ込めてトリモチを握り直す。続けて叫んだ。
「四割っ」
端的だが、この場にいる仲間ならば分かるだろう。HPの減り具合のことだ。自分のHPゲージは、数字というよりも量の感覚で伝わってくる。仲間のHPはマップでの表示でしか分からず、それをいつも見ているのはマグナだけだ。
「っお!?」
「よ、四?」
「そりゃあ……伯爵レベルだな!」
「つーことは」
「人型か」
余裕がなくモニタリングできていなかったマグナを含め、仲間たちは武者震いで揺れた。槍の一刺しで半分近い。それは、大型のモンスターと全く同じパワーを持っていることになる。
今までも無かったわけではない。人のかたちをしたモンスター、種族の設定としては吸血鬼、亜人と呼ばれるものは存在した。会話はできなかったが。
「そうか……」
自分の予想が間違っていたのだ、と肩を下げる。ガルドは「彼は非ゲーマーでぷっとんの部下じゃないか説」を捨て、仲間たちと同じ見解を持った。彼は人型の高難易度モンスターだ。相応の対応に切り替える。
「へへっ、マジかよ……」
嬉しそうな声をした榎本に、ガルドは拍車をかける。
「先に行け、相棒」
回復に下がることを伝える。アタッカーを任せる、という意味も込めている言葉は、上手い具合に伝わったらしい。頼りがいのある声で返事がした。
「おうよ!」
今回はメロが欠けているが、「世界一も夢じゃない」と言い切れるほど、ロンド・ベルベットは対モンスター討伐戦を得意としていた。すべきことは熟知していて、対応も早い。
「散開はよ、ほら!」
遠くからそう声を掛けた夜叉彦が、ガルドに向かって宝石を一つ投げつけた。真っ白い、コブシ程度のスクエアカットだ。
その中に入っているものは、ガルドに当たるまで持ち主にしか分からない。
こつり、と大きな背中に当たる。瞬間高く小さな音を鳴らしながら砕け散った。同時に白い光が内側から溢れだし、ガルドを中心に魔方陣が広がって行く。
フロキリでの魔法宝石は、魔法をセットしておくカートリッジのような利用法があった。価値はグレードとして数字にされ、その桁と同じだけの魔法がセット出来る。
夜叉彦が投げたのはそこそこ高グレードの、メロが愛用する継続回復魔法がセットされた宝石だった。
羽の這えた白いウサギが足元から飛び出してくる。
ガルドは夜叉彦に挙手で礼を述べ、トリモチ片手に前線へ走り出した。
「ぷー! ぷー!」
小ぶりな羽の生えた真っ白いウサギが、ガルドの回りをぐるぐると回る。小さな手をぱちぱち鳴らしながら、愛らしい小さな声で鳴いていた。
「……ん?」
走りながら横目でウサギを見る。ガルドは疑問を抱いたが、山登りの折にリフトで感じた重力加速感と同様、とりあえず後回しにした。
フロキリ時代、ウサギは鳴かなかった。召喚したキャラクターはただのエフェクトで、彼らには知能も声も付いていないはずだ。
ウサギは「ぷー」と鳴く、とだけ覚えておく。動物園やペットショップで見た本物でも、鼻を動かすだけで吠えたりしないウサギの鳴き声など、ガルドは聞いたことがなかった。
「ぅおおおーっ!」
勇ましい掛け声とともに突進してくる男を、盾でジャスティンがいなし続けている。先ほどの会話で相当強く敵視されたらしく、脇目もふらずジャスティンだけを狙っていた。
しかし一向にスキルを使わないため、盾で全て防御出来ている。
「むぅ……」
少し不満そうな表情で盾を構えるジャスティンに、文字チャットでマグナが指示を飛ばす。
<伯爵ほど強いとなると、トリモチは体力を減らしてからだな。ジャス、見切りしてもいいぞ。ただしこちらに来させるな>
<おお!>
<俺は?>
続けて夜叉彦から質問。
<……逃走の可能性はまだ残っているが>
<んじゃ、ここから飛ばしていい?>
<窓側から離れないならば、何でもいいぞ>
<よーし任せろ>
<ガルド。HP半減時の疲れ表現、見極められるか?>
<やってみる>
<よし、それまではヘイト少なめに削り頼む。いくぞ榎本>
<はいはい>
「返事は一回」
声に出して注意したマグナに、榎本が「はーい」と生返事した。
瞬間、本気の速度で四人が動き出す。
完全武装の男たちが一斉に力強く駆け出し、けたたましい金属音が鳴った。
続いていた男の槍を、ジャスティンが横ステップの見切りで避ける。水色の颯爽とした音とエフェクトが走り、さらに横ステップで同じ位置に戻った。
「ひ、っ」
唐突に見えただろう戦闘開始に、槍の男がひるむ。
その時にはもうマグナの強スキルが溜めきり、放たれるところだった。先ほど牽制に使った灯火とはケタ違いの、溶鉱炉のような黄色に近い炎を込めて矢を放つ。
「おわあっ!」
攻勢だった男が怯えた声に変わり、とっさに大きく避ける。
「っしゃ!」
避けた先に運良くポジショニングしていた榎本が、ハンマーを上から降り下ろした。通常攻撃だが高威力だ。
「ひっ」
上から巨大なハンマーが降ってくるのを見た男は、咄嗟に槍を抱えて顔をかばった。その槍にちょうどよくヘッドが当たり、金属がぶつかり合う低い音が響く。
プレイヤーが鳴らすものと良く似た、武器を武器で弾くときの効果音。
「な……パリィだと!?」
仲間へ補助の弓矢を打とうとしていたマグナが、あっけにとられてチャージを解いた。
敵モンスターが武器衝突での防御であるパリィを繰り出すことなど、以前の仕様ではあり得なかったことだ。モンスターの武器は腕の一部にカウントされ、正確には武器ではない。
「あ、危ないだろうがぁ!」
男が本気でそう思ったような様子で叫ぶ。
ガルドは走りながら、その場違いな男のセリフに、やはり彼は人間なのではないかと勘ぐった。自分の攻撃を棚にあげた無責任な発言に、戦闘ありきのゲームではあり得ない戦闘そのものの否定。
AIだと言いきるには、彼は人らしすぎた。
どこかボタンがかけ間違っているのだ。確信に近い感覚でガルドは思い至り、気をとりなおした。
彼は本気でハンマーを危ないと言っているらしい。このまま続けては、ただの暴行だ。こちらは本気のゲーム感覚で、世界大会レベルの本気具合だ。たちが悪い。
「おい」
男に話しかけるが、彼は飛んでくる矢を槍で払うのに夢中だった。
「だっ、だっ、だあーっ!」
相手を変える。
「……マグナ、話が」
「榎本、切り崩し頼む!」
「おう!」
「きぃえーっ!」
さらに相手を変えた。
「……夜叉彦」
「任せてよ、その槍まっぷたつ! っはは!」
「……ジャス」
「おいマグナ、射ちすぎだ! 俺にも当たるだろうがぁ!」
「……むう」
参った。ボタンの掛け違いはどこから治すべきか。ガルドは棒立ちで考え込んだ。
対象の老人がそもそも攻撃的なのだ。彼はこちらを敵だと思ってしまっている。祈祷師のような雄叫びで槍を突いてくる様子を見る限り、話し合いなど無理だ。
こちらのメンバーもそうだ、と仲間を見る。全員が彼を高難易度モンスターだと勘違いしてしまっている。そうさせた原因は自分の「四割」発言だ。恥と後悔で穴にでも入ってしまいたい。
そもそもガルドは、かなり早い段階で予感があった。それを「違うかも」と推さなかったのだ。自分の判断が揺れたせいだ、と強い後悔にさいなまれた。
そしてガルドは自分の判断力を叱咤した。リアルで年少だからと遠慮していたのだが、それが逆に迷惑をかけてしまっている。
責任をとろう。彼がこれ以上、仲間たちに狩られないうちに。ガルドはフルで持ってきた九十九個のトリモチを確認し、仲間の背中に片手で合掌した。
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万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
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