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114 さらば有楽町
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有楽町に建つ古風な雑居ビルは、九郎が率いる日本電子警備株式会社所有という訳ではなかった。三橋は噂でしか知らなかった上層部の存在を、追い出されて初めて認識した。
突然ボスから「逃げろ」との指示が飛んだのは、音声証拠の解析が進み次のフェーズへ移行したある日のことだった。
速攻だと急がせるボスの指令に有楽町ビルスタッフたちは、まるで借金取り立てからの夜逃げのように、最低限の機材と共に別の場所へと引っ越した。後日様子を見に行った社員が、旧ビルの自社ポストの中に破壊された監視カメラと盗聴器を発見。仕掛けた八木は「あれまぁ~、アレによく気づいたなぁ」と感心した。
発見しにくい場所に掛けた罠を見つけだすほど探られたらしい。八木と三橋はゾッとし、ポストにカメラを残した「上層部サイドの味方」の無事を祈った。
有楽町ビルのスタッフは、散り散りになりそれぞれの場所で仕事を継続している。ネットが彼らを一つにし、業務上の支障は環境面だけだった。
「ギャンさんの寝袋、スッゲー臭いっす」
「あ~? 文句言うなら椅子で寝れー」
対の角のようなウェアラブルデバイスをにょきりと生やした八木に、三橋は文句を言った。帰ってくる応答は案の定怒るポーズでしかない。出向職員の八木は面倒見がよく、それを隠そうとしてつっけんどんな事ばかり言う不器用な男だった。
「風呂、入ってきたらどうっすか」
「まだ一週間だ、問題ねぃっ!」
「ありありっすよ。寝袋ん中、酸化しすぎたキムチみたいでした。そこに湿気が混ざって本当やばいっすよ」
「死ぬかぁ? 三橋ぃ」
狭い部屋で大部分を占める八木のゲーミングチェアが、主を乗せたまま颯爽と三橋に向かって走り出した。フローリングの上で、八木が細く長い足で床をせかせかと蹴っている。
「ひぎゃー! やめてくださいよギャンさん!」
「にゃははは! ま、少し元気になったみてぇだねぇ」
体当たり直前、急停止した八木が勢いよく立ち上がり三橋の顔を両手で捕まえる。独特なクダの巻き方をした口調で笑いながら、三橋の顔に顔を近づけた。目の下のクマや充血度、顔色などの体調を何項目かチェックする。一通り見た後「よし、回復できてんな」と一人で頷いた。
こうした体調チェックをしてやらないと、日電の対電子テロ班スタッフは破綻してしまう者ばかりだ。八木は自分を棚に上げながら呆れ、三橋に「自己管理の余裕ぐらい持てやぁ」と叱責を入れたことがある。
しかしそういった人材を見境なく手中に納めてきたのはボス・九郎だ。少しは無能な一般人を入れないと、有能すぎる彼らだけでは身体を壊してしまうだろう。八木は古巣を思いながら三橋のほおをペチペチと叩いた。
「なんなんすか、体調悪くなんてないっすよ。そんなことよりもうちょっとなんだから! ほら、やりますよ!?」
「おっしゃーやるぞー?」
ほっぺを叩き続ける八木へ、三橋が仕事に戻れと急かした。有楽町にあった広い旧オフィスとは違い、現在の拠点はただの3LDKだ。そこに入れられるだけの機材を運び込んだ結果、キャスター付きの椅子で行動できる範囲は一メートル四方まで狭まってしまった。この拠点には三橋と八木の他に、もう一人スタッフがいる。彼は吐き気に襲われトイレに篭っており、早二時間ほど経っていた。
三人で過ごすには狭すぎるスペースに、椅子は一つだ。八木自前の大型ゲーミングチェア。他二人は立ったまま仕事をしていた。それほど狭いのはおおよそフルダイブ機三台のせいで、空いたスペースにも椅子代わりの小さい煎餅クッションがいくつか転がっている。フローリングが見えている部分は非常に狭い。
その狭すぎる範囲で二人はバタバタと暴れつつ、お互いに鼓舞し合う。
「脳波感受持ちが受け取れるヘルツで絞れば、絶対出るはずだよなぁ。やりゃあ出来る。よぉし、もうちょっとだぜぇ」
かき乱せばフケが飛び出る白い髪を振りながら、八木が何かに耐えるような表情になって唸った。隣に立つ三橋も眉をしかめながら笑う。
「あー、人手が足りなすぎっす。それにこの、これ! 気色悪いっ」
PCマシンやフルダイブ機の上に、ペットボトルや菓子類のパッケージが無造作に置かれている。そこに混ざるように白いビニール袋があるが、口を開けた状態でいつでも取り出せるようになっていた。その中に入れられた黒いものを、三橋は摘むようにして持ち上げる。
指に挟まれ宙に連れられたそれは、芋虫のように下半身をブンブンと小さく動かしている。
「うえぇ」
「女子か。さっさとハメろ~」
「うっす」
三橋は口を手で抑えながら、ピチピチと動くものを右のこめかみにくっつけた。磁石に吸着するような素早さでピタリとくっつき、時折身震いする。炭のように黒と白が混ざった色をしているそれは、三橋たちがボス・九郎に頼み込んで提供してもらったものだ。
譲られずに九郎が持っていた何割かはそのまま科学的な分析にかけられ、何がきっかけか分かっていないが、そのうちピタリと動かなくなった。
黒ネンドという名前で呼ばれるそれは、砂鉄混じりの粘土状になっている金属の集合体だった。顕微鏡レベルで見ても回路的なものは搭載していない。仕組みはまだ謎のまま、危険かどうかすらわからないままだ。
三橋たちの分が無事だったのは偶然だったが、機能停止する要因が分からないためさらにそこから「完全保管」として二分され、その残りを現在実験に使用している。そうなった会議の席でボス・九郎からは、「お前たちのお陰で全ロストしなくて済んだ。感謝している」と正面から褒められた。「成果の上げられない役立たず」というシコリが三橋から取れたのはこの日からで、そこから怒涛の快進撃が始まった。
「さぁ、やりますよぉっ!」
掛け声と共に八木へ視線を送る。ブリーチで真っ白に脱色した髪をワシワシと掻きながら、八木は軽く頷いて脳波感受からエンターキー押下の信号を発した。
瞬間、三橋の視界がスパークする。
再利用を繰り返しているこめかみの黒粘土は、ガルドファンの大学生三人組が回収した貴重な犯人の物的証拠だ。謎の技術で作られたものだが、三橋はそんなことどうでも良かった。技術の仕組みを細かく解明するのは別働隊の仕事で、三橋たち有楽町組は、犯人グループがこれを通じてどこからハッキングしていたのかを探るのが目的だ。そのために仕方なく回線の入り口を探す必要がある。
「近いかぁ?」
八木のこめかみから生えている角型ウェアラブルデバイスは、天井を向いているその先端から有線で複数のPCに接続されている。その中心機からは、一定の電波が発信装置から発せられていた。ヘルツは八木が計算ではじき出したもので、それを少しずつ変える実験をしている。
「ぢ、ヂヂ」
立ったまま、三橋は何事かを喋ろうとした。
上手く口が回らないため、三橋は顔に力を込めた。口端から泡と唾液が少し漏れるが、唇の先は白くなるほど噛み締めたままだ。目は虚ろで、次第に涙で潤んでくる。
言語にならない音しか出ないが、八木は意味を察して頷く。
「まだかぁ。んじゃ、ちょーっと変えるぞ」
そうして耳のような角デバイスから、次の候補に信号を切り替えた。その度に三橋がビクンビクンと魚のように身体を跳ねさせる。その動作に八木は動揺することなく、冷静に「うーん、もうちょいかー」などとブツブツ呟きながら調整した。
三橋と八木を中心としたギーク系スタッフの手で、空港の音声解析はほぼ完了していた。
あの日の音を全て事細かに分け、普段の空港では聞こえない音域のみ抽出、はじき出した内容は調査し尽くした。
その結果、ネンドに指示命令を飛ばしていたものの痕跡が、眉唾とされていた「電磁波が出す音」の一種だと判明していた。
これによって犯人の居場所が分かったわけでは無いが、犯人に繋がる一本の糸を手繰り寄せることが出来た。電磁波をトリガーにして黒ネンドは動作を開始するらしい。それはつまり、音や電磁波の発信源を辿れば犯人へ辿り着くことを意味している。三橋が探ろうとしていたことの半分もたどり着いていないが、別に動いている大柳班とは別の方法でアジア圏だと絞れるほどには成果があった。
問題は、解析した音のどの部分が本命電磁波によるものなのか、まだ分かっていないことだった。
「これが違うとなると、やっぱり中国東部じゃねぇな」
膨大な数の候補から、一つ一つ目星を絞り込んでいく。八木は脳波感受の角デバイスを通し、オンラインの地図を見つめた。
「航空無線を除いたUHF帯に、VLF・ELFから鳴ったエレクトロフォニック・サウンド……どれも受信は脳波感受型のコントローラじゃダメだ」
「ぐ、ミミ」
「おーう、そうだな。こめかみで受け取れる電波帯は一般的な周波数帯だ。大体VLFなんてアンテナ五メーター超えないと無理だからなぁ。一回どっかでバウンドしてんだろ。その飛距離でおおよそアジア圏まで絞れたがぁ……」
隣の三橋をちらりと見てから、八木は頭を抱えた。広すぎる範囲に眩暈がする。探るたびに後輩が苦しそうな顔をするのを、無表情のまま横目で見る。見る自分よりも三橋の方が辛いのだ、と強く自責した。かわいそうだと思うことすら禁じ、八木は顔を上げる。
「逆探知のたびにこれじゃあなぁ。ん、少しでかくズラすぞ。こっち、どうだ?」
「んぶ」
途端、指先をビクンと強く痙攣させた三橋がグルンと目を回転させた。白目になり、口を開く。
「ひぃど!」
今までにない単語を叫ぶ。八木は目を見開いて勢いよく立ち上がった。
座っていたゲーミングチェアが倒れ、床との盛大な衝突音がする。そんなことを気にする様子もなく、八木は慌てて脳波感受からくるパソコン側の情報に集中した。
「なにぃっ!? ヒットか!? 来たなぁオイ!」
「……ぷは! っしゃあ!」
電磁波の送信を一旦止めた八木が「オィ三橋ぃ、トイレから死体叩き起こしてこい!」と三橋に指示を飛ばす。
「っす! っしゃ! キタキタぁ!」
床に転がった三橋がよろけながら立ち上がる。その後、子どものような喜びようで床のクッションを蹴り飛ばしながらトイレへ急いだ。グロッキーになっている三橋の同僚が、奥からうめき声のような声で疑問符を投げてくる。
「な、なんしたんですか、ウゲェ」
「起きろ! 見つけたんだよっ、起きろー!」
「九郎社長! 来たぜぃ、絞れた!」
通信を音声で繋ぐ。独特な巻き方をした八木の鋭い報告が部屋に響き渡った。返答は八木にのみ届いたが、報告を求める短い単語だけである。
「こいつは……ロシアとカザフスタンのあたりでワンバウンドさせたみてぇだ! その前の発信源はもっと南っぽいが、こいつは精度が低い。バウンドさせた時の改変で欺けるからなぁ。とりあえずカザフスタンには物理的な犯人お手製の送信所、もしくはハッキングされるような民営か国営の送信所があるはずだぁ~……あ? うげっ、嘘だろぉオイ」
「どうしたんすか?」
三橋が同僚の肩に手を回して支えながら尋ねた。隣で青い顔をした同僚も、不思議そうな目線で八木を見た。
「……おう。お前ら、移動だ」
「えーっ!? まだここに来て二週間っすよ!?」
「ここの機材を車にするんだと。なぁ九郎社長。車じゃねくて、もっとハイテクな電子戦機みたいなのにしてくれぇ……ほら、エーワックスみたいな……だめ? 金がない? マジかぃ……陸路決定か~」
脳波感受での通話入力で必死に九郎へ代替案を売り込むが、八木の苦労は届かなかった。機材もこの室内のものを持参しろと言われ、時間がかかり過ぎると反抗するが「先行隊の一部をカザフスタン入りさせる、お前たちは後発で後追いだ」とバッサリ切られる。
三橋に肩を支えられた状態で立つのがやっとの、話を聴くだけだったスタッフが冷静に意図を察して説明し始めた。
「潜水艦、オホーツクだったからおかしくないです。そこから陸路に切り替えてアジア方面へ逃走、カザフスタンを経由して南下しアフガン・イランのような潜りやすい場所に移動すれば……宗教がらみの過激なテロ集団だと判断されますよ。失敗時の処理方法も自爆と見せかければ、社会的にも穏便に処理、うっぷ」
「辛かったなぁ、よくやったよ滝」
「オメェら、引っ越し準備と並行してやることあんぞ。音声解析でいじったデータと黒ネンド、直で渡しに行くかぁな。手渡し必須な。あっと、死にかけにゃ無理だろ。三橋、オメェ行け」
「げ! 解析の委託してる研究所って、確か」
「つ・く・ば」
「はにゃーぁ……」
三橋の不条理に反抗する悲鳴は、甲高い猫の長い鳴き声のようだった。
突然ボスから「逃げろ」との指示が飛んだのは、音声証拠の解析が進み次のフェーズへ移行したある日のことだった。
速攻だと急がせるボスの指令に有楽町ビルスタッフたちは、まるで借金取り立てからの夜逃げのように、最低限の機材と共に別の場所へと引っ越した。後日様子を見に行った社員が、旧ビルの自社ポストの中に破壊された監視カメラと盗聴器を発見。仕掛けた八木は「あれまぁ~、アレによく気づいたなぁ」と感心した。
発見しにくい場所に掛けた罠を見つけだすほど探られたらしい。八木と三橋はゾッとし、ポストにカメラを残した「上層部サイドの味方」の無事を祈った。
有楽町ビルのスタッフは、散り散りになりそれぞれの場所で仕事を継続している。ネットが彼らを一つにし、業務上の支障は環境面だけだった。
「ギャンさんの寝袋、スッゲー臭いっす」
「あ~? 文句言うなら椅子で寝れー」
対の角のようなウェアラブルデバイスをにょきりと生やした八木に、三橋は文句を言った。帰ってくる応答は案の定怒るポーズでしかない。出向職員の八木は面倒見がよく、それを隠そうとしてつっけんどんな事ばかり言う不器用な男だった。
「風呂、入ってきたらどうっすか」
「まだ一週間だ、問題ねぃっ!」
「ありありっすよ。寝袋ん中、酸化しすぎたキムチみたいでした。そこに湿気が混ざって本当やばいっすよ」
「死ぬかぁ? 三橋ぃ」
狭い部屋で大部分を占める八木のゲーミングチェアが、主を乗せたまま颯爽と三橋に向かって走り出した。フローリングの上で、八木が細く長い足で床をせかせかと蹴っている。
「ひぎゃー! やめてくださいよギャンさん!」
「にゃははは! ま、少し元気になったみてぇだねぇ」
体当たり直前、急停止した八木が勢いよく立ち上がり三橋の顔を両手で捕まえる。独特なクダの巻き方をした口調で笑いながら、三橋の顔に顔を近づけた。目の下のクマや充血度、顔色などの体調を何項目かチェックする。一通り見た後「よし、回復できてんな」と一人で頷いた。
こうした体調チェックをしてやらないと、日電の対電子テロ班スタッフは破綻してしまう者ばかりだ。八木は自分を棚に上げながら呆れ、三橋に「自己管理の余裕ぐらい持てやぁ」と叱責を入れたことがある。
しかしそういった人材を見境なく手中に納めてきたのはボス・九郎だ。少しは無能な一般人を入れないと、有能すぎる彼らだけでは身体を壊してしまうだろう。八木は古巣を思いながら三橋のほおをペチペチと叩いた。
「なんなんすか、体調悪くなんてないっすよ。そんなことよりもうちょっとなんだから! ほら、やりますよ!?」
「おっしゃーやるぞー?」
ほっぺを叩き続ける八木へ、三橋が仕事に戻れと急かした。有楽町にあった広い旧オフィスとは違い、現在の拠点はただの3LDKだ。そこに入れられるだけの機材を運び込んだ結果、キャスター付きの椅子で行動できる範囲は一メートル四方まで狭まってしまった。この拠点には三橋と八木の他に、もう一人スタッフがいる。彼は吐き気に襲われトイレに篭っており、早二時間ほど経っていた。
三人で過ごすには狭すぎるスペースに、椅子は一つだ。八木自前の大型ゲーミングチェア。他二人は立ったまま仕事をしていた。それほど狭いのはおおよそフルダイブ機三台のせいで、空いたスペースにも椅子代わりの小さい煎餅クッションがいくつか転がっている。フローリングが見えている部分は非常に狭い。
その狭すぎる範囲で二人はバタバタと暴れつつ、お互いに鼓舞し合う。
「脳波感受持ちが受け取れるヘルツで絞れば、絶対出るはずだよなぁ。やりゃあ出来る。よぉし、もうちょっとだぜぇ」
かき乱せばフケが飛び出る白い髪を振りながら、八木が何かに耐えるような表情になって唸った。隣に立つ三橋も眉をしかめながら笑う。
「あー、人手が足りなすぎっす。それにこの、これ! 気色悪いっ」
PCマシンやフルダイブ機の上に、ペットボトルや菓子類のパッケージが無造作に置かれている。そこに混ざるように白いビニール袋があるが、口を開けた状態でいつでも取り出せるようになっていた。その中に入れられた黒いものを、三橋は摘むようにして持ち上げる。
指に挟まれ宙に連れられたそれは、芋虫のように下半身をブンブンと小さく動かしている。
「うえぇ」
「女子か。さっさとハメろ~」
「うっす」
三橋は口を手で抑えながら、ピチピチと動くものを右のこめかみにくっつけた。磁石に吸着するような素早さでピタリとくっつき、時折身震いする。炭のように黒と白が混ざった色をしているそれは、三橋たちがボス・九郎に頼み込んで提供してもらったものだ。
譲られずに九郎が持っていた何割かはそのまま科学的な分析にかけられ、何がきっかけか分かっていないが、そのうちピタリと動かなくなった。
黒ネンドという名前で呼ばれるそれは、砂鉄混じりの粘土状になっている金属の集合体だった。顕微鏡レベルで見ても回路的なものは搭載していない。仕組みはまだ謎のまま、危険かどうかすらわからないままだ。
三橋たちの分が無事だったのは偶然だったが、機能停止する要因が分からないためさらにそこから「完全保管」として二分され、その残りを現在実験に使用している。そうなった会議の席でボス・九郎からは、「お前たちのお陰で全ロストしなくて済んだ。感謝している」と正面から褒められた。「成果の上げられない役立たず」というシコリが三橋から取れたのはこの日からで、そこから怒涛の快進撃が始まった。
「さぁ、やりますよぉっ!」
掛け声と共に八木へ視線を送る。ブリーチで真っ白に脱色した髪をワシワシと掻きながら、八木は軽く頷いて脳波感受からエンターキー押下の信号を発した。
瞬間、三橋の視界がスパークする。
再利用を繰り返しているこめかみの黒粘土は、ガルドファンの大学生三人組が回収した貴重な犯人の物的証拠だ。謎の技術で作られたものだが、三橋はそんなことどうでも良かった。技術の仕組みを細かく解明するのは別働隊の仕事で、三橋たち有楽町組は、犯人グループがこれを通じてどこからハッキングしていたのかを探るのが目的だ。そのために仕方なく回線の入り口を探す必要がある。
「近いかぁ?」
八木のこめかみから生えている角型ウェアラブルデバイスは、天井を向いているその先端から有線で複数のPCに接続されている。その中心機からは、一定の電波が発信装置から発せられていた。ヘルツは八木が計算ではじき出したもので、それを少しずつ変える実験をしている。
「ぢ、ヂヂ」
立ったまま、三橋は何事かを喋ろうとした。
上手く口が回らないため、三橋は顔に力を込めた。口端から泡と唾液が少し漏れるが、唇の先は白くなるほど噛み締めたままだ。目は虚ろで、次第に涙で潤んでくる。
言語にならない音しか出ないが、八木は意味を察して頷く。
「まだかぁ。んじゃ、ちょーっと変えるぞ」
そうして耳のような角デバイスから、次の候補に信号を切り替えた。その度に三橋がビクンビクンと魚のように身体を跳ねさせる。その動作に八木は動揺することなく、冷静に「うーん、もうちょいかー」などとブツブツ呟きながら調整した。
三橋と八木を中心としたギーク系スタッフの手で、空港の音声解析はほぼ完了していた。
あの日の音を全て事細かに分け、普段の空港では聞こえない音域のみ抽出、はじき出した内容は調査し尽くした。
その結果、ネンドに指示命令を飛ばしていたものの痕跡が、眉唾とされていた「電磁波が出す音」の一種だと判明していた。
これによって犯人の居場所が分かったわけでは無いが、犯人に繋がる一本の糸を手繰り寄せることが出来た。電磁波をトリガーにして黒ネンドは動作を開始するらしい。それはつまり、音や電磁波の発信源を辿れば犯人へ辿り着くことを意味している。三橋が探ろうとしていたことの半分もたどり着いていないが、別に動いている大柳班とは別の方法でアジア圏だと絞れるほどには成果があった。
問題は、解析した音のどの部分が本命電磁波によるものなのか、まだ分かっていないことだった。
「これが違うとなると、やっぱり中国東部じゃねぇな」
膨大な数の候補から、一つ一つ目星を絞り込んでいく。八木は脳波感受の角デバイスを通し、オンラインの地図を見つめた。
「航空無線を除いたUHF帯に、VLF・ELFから鳴ったエレクトロフォニック・サウンド……どれも受信は脳波感受型のコントローラじゃダメだ」
「ぐ、ミミ」
「おーう、そうだな。こめかみで受け取れる電波帯は一般的な周波数帯だ。大体VLFなんてアンテナ五メーター超えないと無理だからなぁ。一回どっかでバウンドしてんだろ。その飛距離でおおよそアジア圏まで絞れたがぁ……」
隣の三橋をちらりと見てから、八木は頭を抱えた。広すぎる範囲に眩暈がする。探るたびに後輩が苦しそうな顔をするのを、無表情のまま横目で見る。見る自分よりも三橋の方が辛いのだ、と強く自責した。かわいそうだと思うことすら禁じ、八木は顔を上げる。
「逆探知のたびにこれじゃあなぁ。ん、少しでかくズラすぞ。こっち、どうだ?」
「んぶ」
途端、指先をビクンと強く痙攣させた三橋がグルンと目を回転させた。白目になり、口を開く。
「ひぃど!」
今までにない単語を叫ぶ。八木は目を見開いて勢いよく立ち上がった。
座っていたゲーミングチェアが倒れ、床との盛大な衝突音がする。そんなことを気にする様子もなく、八木は慌てて脳波感受からくるパソコン側の情報に集中した。
「なにぃっ!? ヒットか!? 来たなぁオイ!」
「……ぷは! っしゃあ!」
電磁波の送信を一旦止めた八木が「オィ三橋ぃ、トイレから死体叩き起こしてこい!」と三橋に指示を飛ばす。
「っす! っしゃ! キタキタぁ!」
床に転がった三橋がよろけながら立ち上がる。その後、子どものような喜びようで床のクッションを蹴り飛ばしながらトイレへ急いだ。グロッキーになっている三橋の同僚が、奥からうめき声のような声で疑問符を投げてくる。
「な、なんしたんですか、ウゲェ」
「起きろ! 見つけたんだよっ、起きろー!」
「九郎社長! 来たぜぃ、絞れた!」
通信を音声で繋ぐ。独特な巻き方をした八木の鋭い報告が部屋に響き渡った。返答は八木にのみ届いたが、報告を求める短い単語だけである。
「こいつは……ロシアとカザフスタンのあたりでワンバウンドさせたみてぇだ! その前の発信源はもっと南っぽいが、こいつは精度が低い。バウンドさせた時の改変で欺けるからなぁ。とりあえずカザフスタンには物理的な犯人お手製の送信所、もしくはハッキングされるような民営か国営の送信所があるはずだぁ~……あ? うげっ、嘘だろぉオイ」
「どうしたんすか?」
三橋が同僚の肩に手を回して支えながら尋ねた。隣で青い顔をした同僚も、不思議そうな目線で八木を見た。
「……おう。お前ら、移動だ」
「えーっ!? まだここに来て二週間っすよ!?」
「ここの機材を車にするんだと。なぁ九郎社長。車じゃねくて、もっとハイテクな電子戦機みたいなのにしてくれぇ……ほら、エーワックスみたいな……だめ? 金がない? マジかぃ……陸路決定か~」
脳波感受での通話入力で必死に九郎へ代替案を売り込むが、八木の苦労は届かなかった。機材もこの室内のものを持参しろと言われ、時間がかかり過ぎると反抗するが「先行隊の一部をカザフスタン入りさせる、お前たちは後発で後追いだ」とバッサリ切られる。
三橋に肩を支えられた状態で立つのがやっとの、話を聴くだけだったスタッフが冷静に意図を察して説明し始めた。
「潜水艦、オホーツクだったからおかしくないです。そこから陸路に切り替えてアジア方面へ逃走、カザフスタンを経由して南下しアフガン・イランのような潜りやすい場所に移動すれば……宗教がらみの過激なテロ集団だと判断されますよ。失敗時の処理方法も自爆と見せかければ、社会的にも穏便に処理、うっぷ」
「辛かったなぁ、よくやったよ滝」
「オメェら、引っ越し準備と並行してやることあんぞ。音声解析でいじったデータと黒ネンド、直で渡しに行くかぁな。手渡し必須な。あっと、死にかけにゃ無理だろ。三橋、オメェ行け」
「げ! 解析の委託してる研究所って、確か」
「つ・く・ば」
「はにゃーぁ……」
三橋の不条理に反抗する悲鳴は、甲高い猫の長い鳴き声のようだった。
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ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
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