人知れずあなたを想う

hiro

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Siriは今日も起動する

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午前6時45分、アラームの一秒前に目を開ける。
これは訓練ではなく習慣だ。

まぶたを閉じたまま、目覚ましが鳴る前に右手を伸ばし、秒針の位置と音で“45分”を確認する。
目覚ましが鳴るのは、そのわずか0.5秒後。正確だ。

布団をはらい、無音のまま立ち上がる。
カーテンを開けると、冬の朝特有の灰色の光が、カーテン越しに部屋を満たす。

湿度47%。
空気清浄機は正常作動中。
ベランダの鉢植えは変化なし。

部屋の中に異常なし。
自分の身体にも異常なし。
今日も白井理沙は、正常である。

顔を洗い、歯を磨く。
水の温度が、ほんのわずかに高い。
昨日と同じ設定にしたはずだが、ガス圧の変動だろう。記録しておく。

着替えはグレーのタートルネックに、黒のセットアップ。
同じものを五着持っている。考えずに済むからだ。効率的で合理的。

7時10分、冷蔵庫からヨーグルトと野菜ジュースを取り出す。
白井理沙の朝食は、常に同じ。
栄養バランスの検証は済んでいる。
味に楽しみは不要。生命維持に必要なだけの成分があればいい。

7時18分、スマートフォンに表示される本日のスケジュールを音読する。

「9時入り。テレビ局前でピックアップ。ロケ地移動、控室B。スチール撮影11時。収録13時45分。インタビュー17時。終了18時見込み。……延長含め、帰宅予測20時10分」

音読は不要かもしれない。だが口に出すと、情報は脳に定着する。無駄はない。

周囲の人は、彼女のことを「Siri」と呼ぶ。
白井理沙、の苗字と名前の頭を取ってSiri。
正確で、無駄がなく、感情を表に出さないから。

言われた当初は少し不愉快だったが、効率のよさが皮肉の上を行けば、それはいつしか尊称になる。
「白井理沙」という個人は不要で、ただの機能として認識されるなら、それもまた良い。

彼女にとって大事なのは、己の役目を果たすこと。
名前も感情も、そのためには特に必要ない。


7時24分。鏡の前で前髪を整える。
乱れはない。
肌状態、良好。
表情、問題なし。

────完璧。

7時30分、出発の時間。
時計を見て、靴を履き、ドアを閉める。

エレベーターを待ちながら、ふと小さく溜息が漏れた。

思いの外大きかったその音を自分でも少し気にして、口元をきゅっと結び直す。

それきり、また何もなかったように、白井理沙は“日常”の中へ歩いていった。
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