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第六章――④
しおりを挟むどれくらいパチンパチンいわせまくったか。
男性陣もそれなりに女神様に腹が立っていたのか、私に口を挟むのをためらっていただけか、おどおど視線を逸らしながらもお仕置きを黙認し続けることしばし。
女神様の反論する気力を折りめそめそ泣くだけになり、そのうち私の手のひらが限界を迎えたので、いつの間にか復活していたイーダの隣にちょこんと降ろす。
子供みたいに(現に子供だが)泣きじゃくって縋りつく妻があまりに不憫だったのか、よしよしと頭を撫でてやるイーダ。これで元鞘になるといいんだけど。
……にしても、手が痛いのなんの。パンパンに腫れてグーも握れない。
まさにお尻ペンペンは愛の鞭だ。愛がなかったらできないよ。
私の場合は愛云々じゃなくただの憂さ晴らしだが。
ジンジン痛む手のひらを振りながら患部の熱を逃がしていると、ユマが治療してくれた。
「……さすがにまずいかしら、これ」
「どうだろうな。個人的には胸がすく思いがしたが」
「使徒がそんなこと言っちゃっていいの?」
「女神は純粋が過ぎて、悪意なく他人の神経を逆なですることが多々あるからな。想像するに、夫婦喧嘩の発端もそこじゃないか?」
ありえる。というかそれ以外に考えられない。
「ともかく、なんかグダグダなんだけど、これで終わりよね? さらに黒幕が出てきたりとかしないわよね?」
「待て。僕にこれをどうしろというんだ」
女神様をあやしながら困惑するイーダに、私は苛立ちを隠さず言い放つ。
「これといか言うな。あなたの妻でしょう。夫婦喧嘩のケリは夫婦だけでつけなさい。さもないと、二人まとめて封印するわよ」
「さすがに女神を封印したら大事になる」
使徒たるユマがすかさず突っ込んだ。冗談ですよ……半分は。
「だが、魔王を放置もできないな。首輪の効果もあくまで一時的なものだろうし」
「そうよね。かといって、封印しちゃえばまた歴史ループしちゃって被害者が増える一方だし、アリサもいい加減ベッドでゆっくり休ませてあげたいし、イーダも一緒に一旦屋敷に戻りましょうか。どうかしら、ルカ」
「……女神様がイーダの力を制御し続けてくれるなら構わない」
ルカは疲れ切った様子でおざなりな返事をする。
立て続けに暴露された真実に頭がついていかないのだろう。私も正直思考を放棄したい。
だが、こんなことは私やアリサの代で終わらせなければいけない。
あとはこの二人を元鞘に戻すだけだ。説得にしろ脅しにしろ、何か手を考えなければいけない。
*****
行きと同じ魔法陣を使って屋敷に戻ると、すっかり夜のとばりが落ち上弦の月が南中に差し掛かろうとしていた。
アリサの世話を侍女たちに任せると、再び食堂に集合してお騒がせ夫婦をぐるりと取り囲んだ。
圧迫面接ならぬ圧迫取り調べだ。
夫婦喧嘩の仲裁などどうやればいいのか見当もつかないが、とにかく原因を探ってそれを解消するか、お互いに妥協し歩み寄るしか方法はない。
「では、まずは夫婦喧嘩の発端を聞きましょうか」
「……イーダが大事にとってあった私のおやつ、全部とっちったの!」
子供の喧嘩か!
初っ端からくだらなさ過ぎて、私は脱力のあまりテーブルに突っ伏した。
いかん、こんなところでくじけていてはいけない。速攻で折れそうになる心に鞭打って上半身を起こす。
「そ、それだけですか? もっと他に……」
「それだけよ。ああ、人間からしたら些細なことに聞こえるでしょうけど、神々にとっては大事件なの」
女神様は大きく息を吸って吐いてから言葉を続けた。
「神は人間みたいに飲食しなくても死なないから、口に入れるとしたら人間から供物として捧げられるものだけ。とはいっても大体が家畜系の生もので、料理する神なんかいないから、実質いただくのはお酒だけね」
神道だと毎日きちんと調理したものをお供えするが、他の宗教だと家畜を一頭まるごとボンッと捧げるタイプだ。
私だって牛を丸々もらっても解体できないし、一人じゃ食べきれないから困る。せめてステーキにして渡してくれって思うのは道理だ。
「でもね、たまに供物の中にお菓子が混じってることもある。料理自体珍しいのに、甘くておいしい食べ物ってなると、誰の供物だろうとお構いなしに奪い合いになる。だから、みんな大事に隠しておくの」
「……話の腰を折るようで恐縮ですけど、それならお菓子をお供えしてって人間に言えばいいんじゃないですか?」
「私もそう思ったんだけど、面子とか伝統とか気にする阿呆がいるのよ」
老害って言葉が脳裏をよぎる。
まあ、神様自体がそういうのを気にする存在だし、仕方ないといえば仕方ないが、だったら喧嘩しないよう均等に分けるとか考えればいいのに。あ、自己中で傲慢だからそりゃ土台無理な話か。
「で、話を戻すと、そんなわけだから私も供物のお菓子を大事にとっておいたの。イーダと分けて食べようと思って」
おお? 出だしはどうなることかと思ったが、(失礼は重々承知で)意外とまともなエピソードに移行するようだ。ちょっと安心した。
「なのにイーダったら一人で全部食べちゃって……その時なんて言い訳したと思う? 『君より僕が食べてあげた方がお菓子が喜ぶだろう』って言ったのよ!? ナルシストなところも好きだけど、このときばっかりはさすがにカチンときちゃって!」
「あー……善意を踏みにじられた挙句のナルシス発言ですからねぇ……」
六対の視線がグサグサっとイーダに刺さる。彼は何を責められているのか分かっていない様子だったが、みんなの冷ややかな態度に自分の分の悪さは悟ったらしく、慌てて謝罪を口にする。
「ご、ごめん。セリカ怒ってたから、和ませたくて言っただけんだけど……」
「嘘っぽい。いや、明らかに嘘。メチャクチャ目が泳いでる」
私が低い声で突っ込むと、イーダは冷や汗をダラダラ流しながら撃沈した。
「いやもう、本当にごめん。もう勝手にセリカのお菓子食べたりしないから」
「……ったく、女心が分かってないわね。女神様は勝手に食べたのを怒ってたんじゃなくて、一緒に食べたいっていう気持ちを無視されたことに怒ってたの。反省するポイント間違えたらまた同じことの繰り返し――」
呆れながらイーダにお説教しようとしたところで、腹部に強烈な痛みを感じて椅子から転げ落ちて床にうずくまる。
あまりの激痛に呼吸もままならないし、よく分からない汗で全身がじっとりとして不快極まりない。
痛みの発生源に震える手を当てる。
多分この位置は……死ぬ前に日本刀で刺されたところだ。
これまで違和感すらなかったのにどうして今になって?
アリサとイーダを引き離すという役目は終わったから、ハティエットに体を返さないといけなくなった?
それとも不敬罪で強制送還?
どっちにしたって死ぬことには変わりないけど……ていうか女神様、すぐ目の前にいるんだから予告くらいしてほしいし、痛い痛いって言いながら死ぬの嫌なんですけど!
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