33 / 217
第三部 社交界デビュー編
酒は飲んでも……
しおりを挟む
「あー、なんやもうだるいわ……」
「では、ここいらでご休憩されてはいかがです? おおむね主要な方々とはご挨拶できましたし、事業内容の説明だけでしたら、わたくしの方で対応できますが」
ため息混じりにぼやくと、きっちりとしたスーツに身を包んだジェイコブが、いつもの神経質そうな顔に嬉々とした表情を浮かべ、そう提案してくる。
……今回ジェイコブを召喚に対し、特別報酬を用意しているので、彼のやる気がいつになくみなぎっている。
初めは、生まれて間もない我が子を置いて出てくることを渋っていたが、出張料金に加えて、貴族の子女御用達の工房で作られた知育玩具を付け足せば、二つ返事で了解してくれた。
わざわざ育休まで取っただけあって、本当に子煩悩な男である。
しかし、だからといって野心家が丸くなったというわけでもなく、いつだって手柄を立てるべく賢しく立ち回っているし、今だってブサネコ・カンパニーの王都進出を虎視眈々と狙い、ジゼルよりも根回しに余念がない。
人は見かけによらないが、人の根本は案外変わらないものだ。
「……せやね。ほんならお願いしますわ。“控えブース”におりますから、なんかあったら呼んでください」
「かしこまりました」
彼に活躍の場を与えつつ、腰を据えて休憩するために、控えブースと銘打たれた家族専用の休憩スペースへ足を運ぶ。
人目を避けてくつろげるよう、籐で編んだパーテーションで仕切れた空間だ。
もちろん、設備も他のところより充実している。柔らかいクッションが敷かれたガーデンチェアーに腰を下ろし、靴を脱いでフットレストの上に足を乗せると、それだけで生き返るような開放感がある。
今日はコルセットを着用するドレスではなく、ゆったりめのブラウスとロングスカートという女商人風の格好なので、不要な締め付けがない分楽なのは救いだが、足のむくみだけはどうにもならない。
体重が減れば足腰の負担が少しは減るだろうか……と考えつつも、疲労回復のためについつい甘いものに手が伸びる。
果物をたっぷりと乗せた一口タルトは、シロップでツヤツヤにコーティングされて宝石のように輝き、口に含むと果汁の甘酸っぱさと生地のバター感が合わさって、得も言われぬ幸福感に包まれた。
糖分によって、脳内麻薬がダバダバ流出している。
こうなると、ダイエットなどどうでもよくなるのが女子の悲しい性だ。
「ごゆっくりされるなら、温かいお茶をお持ちしましょうか?」
「いや、今はええわ。それより、手の足らんところを手伝ったって」
「かしこまりました」
一礼して侍女が去って行くのを見送りつつ、パーテーションの隙間から会場内を見渡す。
時間的にこの宴も佳境を過ぎ、今のところ目につくトラブルが起きていないのは幸いだが、客が全員帰るまでは気が抜けない――などと考えていると、千鳥足の男が支えられながらトイレ方向へ歩いていくのが見えた。
「お前、飲みすぎだろ……」
「はぁ!? んなこたねぇよ! まだまだ飲め……グエェ……」
「おいおい、こんなところで吐くなよ!? 便所まで我慢しろ!」
酔っ払いらしい男は、金物問屋グリス商会の倅だ。嫁探しの真っ最中だとかで、客の令嬢たちに声をかけまくってそのたびに振られていた光景を、そこここで見ていたので嫌でも覚えてしまった。
その後、やけ酒をあおってこうなったのだろう。
酒に逃げるのはよくないが、モテない気持ちだけは分かるので、心の中だけでご愁傷様を告げる。
もう片方は角度的に顔がよく見えないが、身なりからして平民ではなく貴族だ。年頃も近そうだし、身分差を感じない砕けた物言いからして、友人のような存在なのだろう。
家督を継がない男児は自立を求められるので、馴染みの商家に出入りして商いを学ぶ者も多い。そうでなくとも長年の付き合いがあれば自然と親しくなり、友人や家族のような関係を結ぶこともある。
しかし、微笑ましい友情にほっこりとしている場合ではない。
倅の顔色が真面目によくない。
前世の飲み会で一人か二人は必ず自然発生し、そのたび介抱させられた、酒に飲まれた者と近しい状態だと推測される。
(MG5……久しぶりに見たわ……)
マジでゲロする五秒前。
実際にそんな切羽詰まっていなくとも、酒でグロッキーになった人間は、ひとくくりにそう認識している。
無論、勝手に島藤未央が作った略語で一般的ではないが、周囲の人間は面白半分で使っていた。
そんな逆流物がトイレまでもつのか分からない状態に、いろいろと不安になったジゼルは、控えていた侍女にいくつかものを持ってくるように頼むと、急いで靴を履いてパーテーションから顔を出すと、ちょうど通りがかった二人とバッタリ遭遇した。
真正面から捉えた令息の顔は、どこかで見たことがある気もしたが、名前が出てこない。
一見パッとしない雰囲気だが、目鼻立ちはそこそこ整っていて、陰でこっそり人気のありそうな男性である。
とはいえ、日頃から美形家族とイケメン従者を見慣れているジゼルからすれば、悲しくもモブレベルではあるが……そういう印象の薄さだけが問題ではない。
今日詰め込んだ商人たちの顔と名前だけで、ポンコツなジゼルのメモリーはキャパオーバーで、脳内貴族名鑑に検索がかけられなかった。
「そこのおにいさん方、こっちこっち」
失態に冷や汗をかきつつ、ちょいちょいと手招きする。
プライベート空間に赤の他人を招き入れるのは、あまり褒められたことではないが、トイレにたどり着く前に吐かれては面倒が増えるし、お食事中の皆様に不快を与えるほうが問題だ。
令息はジゼルの誘いに逡巡しつつも、出入り口に居座る方が目立つと思ったのか、口元を押さえる倅を引きずっておずおずと入ってきた。
「あ、あの、このような場所で粗相をするわけには……」
「ええんですよ。ここやったら、他のお客さんのご迷惑になりませんからね。……はい、どうぞお使いください」
超特急で運ばれてきた金だらいを令息に渡すと、申し訳なさそうに一礼したのち、スペースの隅に友人を下ろすと、やけ酒のツケを盛大に払わせた。
――十数分後。
それほど飲んだわけではないのか軽症だったのか、吐くだけ吐いたらすっきりした様子で、清涼感たっぷりのミント水を飲み干す頃には、普通に会話できるほどまで回復した。
「ももも、も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありませんでしたぁ! ウップ……」
悪酔いは無事に解消されたが、公爵令嬢の手を煩わせたことに気づき、再び顔色を悪くした金物問屋の倅は、何度も最敬礼の角度で腰を曲げて謝意を示していた。
しかし、その動作は頭をブンブン振る格好となってしまい、結果的に吐き気をぶり返して、テーブルに突っ伏してしまった。
「まあまあ、落ち着いてください。お酒の失敗は誰にでも一度や二度あるモンですし、やらかさんかったら分からん限界もありますからね。せやけど、今後はホンマに自重してくださいよ。酒は飲んでも飲まれるな、ができる大人らしいですよ」
「か、寛大なお言葉、感謝します……うぐっ」
記憶にない幼少期の過ちを思い浮かべながらそう言うと、倅はガックリとうなだれつつ殊勝にうなずいた。
できればこのまま安静にしてあげたいところだが、家族専用の場所にいつまでも部外者を置いておくわけにもいかない。力のある男性使用人を呼び、他の休憩スペースに移動させた。
それを見送りがてら、令息と一緒に控えブースを出て、賑やかな会場内に舞い戻る。
ブース内には常に侍女が控えているし、ジゼルとしては後ろめたいことは何もないが、人目をはばかる関係だと勘違いされたら、彼に迷惑がかかってしまう。
「友人がお見苦しいところをお見せしてすみません……ああ、申し遅れました。私はトーマ・コーカスです。若輩ながら、伯爵家を任されております」
「そうやったんですか。こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ジゼル・ハイマンです。どうぞお見知りおきを」
どこかで見覚えがあると思ったのは、コーカス家の縁者だったからか。
よく見れば、養父のコーカス氏の面影をところどころに感じる。一方でアンには全然似ていないから、きっと彼女は母親似なのだろう。
しかし、コーカス家に招待状は出していない。不思議に思いつつ問いかけてみる。
「失礼ですけど、さっきの方のお連れさんとして来られたんですか?」
「ええ。うちの領地で作った金物を卸している関係で、グリス商会とは古い付き合いなんです。先日父と妹が世話になったので、ハイマン嬢にぜひ一言お礼を申し上げたく思い、無理を言って同伴させてもらいました。と言いつつも、なかなかタイミングが合わず、お声をかけられませんでしたが……その機会を与えてくれたことについては、酔いどれの友人に感謝しなくてはいけませんね」
そう言って、トーマは苦笑した。
さっきまでのジゼルは、会う人会う人に挨拶をして、事業のプレゼンをやっていたし、人がはけたあとの小休止も慌ただしかったし、確かに声をかけにくい状況だっただろう。特に直接招待されていないのであれば、なおのこと遠慮してしまう気持ちは分かる。
「そうですか。たいしたことはしてへんので、お礼なんかええですのに、わざわざご足労いただきありがとうございます。この季節柄、当主さんやったら何かと忙しいでしょうに」
「はは。王宮で特別な役職をいただいているわけではないですし、それほどでもありませんよ。私より、会社を切り盛りされているハイマン嬢の方が、よほどお忙しくされているのではありませんか?」
「いやいや、うちの会社には優秀な役員がようさんおりますから、社長いうたかて肩書だけで、お飾りみたいなモンですわ。随分楽させてもろうてます」
多くの責任を負う身ではあるが、日々の仕事は書類の決裁や帳簿の確認が主だ。それも苦労がないとはいわないが、現場で汗水垂らして働いている職員たちに比べれば、気楽な稼業だといえる。
そう言外に含めつつ飄々と答えるジゼルに、トーマは目を細めた。
「なるほど。では、ご結婚されて引退されても、会社に支障はないということですね」
「では、ここいらでご休憩されてはいかがです? おおむね主要な方々とはご挨拶できましたし、事業内容の説明だけでしたら、わたくしの方で対応できますが」
ため息混じりにぼやくと、きっちりとしたスーツに身を包んだジェイコブが、いつもの神経質そうな顔に嬉々とした表情を浮かべ、そう提案してくる。
……今回ジェイコブを召喚に対し、特別報酬を用意しているので、彼のやる気がいつになくみなぎっている。
初めは、生まれて間もない我が子を置いて出てくることを渋っていたが、出張料金に加えて、貴族の子女御用達の工房で作られた知育玩具を付け足せば、二つ返事で了解してくれた。
わざわざ育休まで取っただけあって、本当に子煩悩な男である。
しかし、だからといって野心家が丸くなったというわけでもなく、いつだって手柄を立てるべく賢しく立ち回っているし、今だってブサネコ・カンパニーの王都進出を虎視眈々と狙い、ジゼルよりも根回しに余念がない。
人は見かけによらないが、人の根本は案外変わらないものだ。
「……せやね。ほんならお願いしますわ。“控えブース”におりますから、なんかあったら呼んでください」
「かしこまりました」
彼に活躍の場を与えつつ、腰を据えて休憩するために、控えブースと銘打たれた家族専用の休憩スペースへ足を運ぶ。
人目を避けてくつろげるよう、籐で編んだパーテーションで仕切れた空間だ。
もちろん、設備も他のところより充実している。柔らかいクッションが敷かれたガーデンチェアーに腰を下ろし、靴を脱いでフットレストの上に足を乗せると、それだけで生き返るような開放感がある。
今日はコルセットを着用するドレスではなく、ゆったりめのブラウスとロングスカートという女商人風の格好なので、不要な締め付けがない分楽なのは救いだが、足のむくみだけはどうにもならない。
体重が減れば足腰の負担が少しは減るだろうか……と考えつつも、疲労回復のためについつい甘いものに手が伸びる。
果物をたっぷりと乗せた一口タルトは、シロップでツヤツヤにコーティングされて宝石のように輝き、口に含むと果汁の甘酸っぱさと生地のバター感が合わさって、得も言われぬ幸福感に包まれた。
糖分によって、脳内麻薬がダバダバ流出している。
こうなると、ダイエットなどどうでもよくなるのが女子の悲しい性だ。
「ごゆっくりされるなら、温かいお茶をお持ちしましょうか?」
「いや、今はええわ。それより、手の足らんところを手伝ったって」
「かしこまりました」
一礼して侍女が去って行くのを見送りつつ、パーテーションの隙間から会場内を見渡す。
時間的にこの宴も佳境を過ぎ、今のところ目につくトラブルが起きていないのは幸いだが、客が全員帰るまでは気が抜けない――などと考えていると、千鳥足の男が支えられながらトイレ方向へ歩いていくのが見えた。
「お前、飲みすぎだろ……」
「はぁ!? んなこたねぇよ! まだまだ飲め……グエェ……」
「おいおい、こんなところで吐くなよ!? 便所まで我慢しろ!」
酔っ払いらしい男は、金物問屋グリス商会の倅だ。嫁探しの真っ最中だとかで、客の令嬢たちに声をかけまくってそのたびに振られていた光景を、そこここで見ていたので嫌でも覚えてしまった。
その後、やけ酒をあおってこうなったのだろう。
酒に逃げるのはよくないが、モテない気持ちだけは分かるので、心の中だけでご愁傷様を告げる。
もう片方は角度的に顔がよく見えないが、身なりからして平民ではなく貴族だ。年頃も近そうだし、身分差を感じない砕けた物言いからして、友人のような存在なのだろう。
家督を継がない男児は自立を求められるので、馴染みの商家に出入りして商いを学ぶ者も多い。そうでなくとも長年の付き合いがあれば自然と親しくなり、友人や家族のような関係を結ぶこともある。
しかし、微笑ましい友情にほっこりとしている場合ではない。
倅の顔色が真面目によくない。
前世の飲み会で一人か二人は必ず自然発生し、そのたび介抱させられた、酒に飲まれた者と近しい状態だと推測される。
(MG5……久しぶりに見たわ……)
マジでゲロする五秒前。
実際にそんな切羽詰まっていなくとも、酒でグロッキーになった人間は、ひとくくりにそう認識している。
無論、勝手に島藤未央が作った略語で一般的ではないが、周囲の人間は面白半分で使っていた。
そんな逆流物がトイレまでもつのか分からない状態に、いろいろと不安になったジゼルは、控えていた侍女にいくつかものを持ってくるように頼むと、急いで靴を履いてパーテーションから顔を出すと、ちょうど通りがかった二人とバッタリ遭遇した。
真正面から捉えた令息の顔は、どこかで見たことがある気もしたが、名前が出てこない。
一見パッとしない雰囲気だが、目鼻立ちはそこそこ整っていて、陰でこっそり人気のありそうな男性である。
とはいえ、日頃から美形家族とイケメン従者を見慣れているジゼルからすれば、悲しくもモブレベルではあるが……そういう印象の薄さだけが問題ではない。
今日詰め込んだ商人たちの顔と名前だけで、ポンコツなジゼルのメモリーはキャパオーバーで、脳内貴族名鑑に検索がかけられなかった。
「そこのおにいさん方、こっちこっち」
失態に冷や汗をかきつつ、ちょいちょいと手招きする。
プライベート空間に赤の他人を招き入れるのは、あまり褒められたことではないが、トイレにたどり着く前に吐かれては面倒が増えるし、お食事中の皆様に不快を与えるほうが問題だ。
令息はジゼルの誘いに逡巡しつつも、出入り口に居座る方が目立つと思ったのか、口元を押さえる倅を引きずっておずおずと入ってきた。
「あ、あの、このような場所で粗相をするわけには……」
「ええんですよ。ここやったら、他のお客さんのご迷惑になりませんからね。……はい、どうぞお使いください」
超特急で運ばれてきた金だらいを令息に渡すと、申し訳なさそうに一礼したのち、スペースの隅に友人を下ろすと、やけ酒のツケを盛大に払わせた。
――十数分後。
それほど飲んだわけではないのか軽症だったのか、吐くだけ吐いたらすっきりした様子で、清涼感たっぷりのミント水を飲み干す頃には、普通に会話できるほどまで回復した。
「ももも、も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありませんでしたぁ! ウップ……」
悪酔いは無事に解消されたが、公爵令嬢の手を煩わせたことに気づき、再び顔色を悪くした金物問屋の倅は、何度も最敬礼の角度で腰を曲げて謝意を示していた。
しかし、その動作は頭をブンブン振る格好となってしまい、結果的に吐き気をぶり返して、テーブルに突っ伏してしまった。
「まあまあ、落ち着いてください。お酒の失敗は誰にでも一度や二度あるモンですし、やらかさんかったら分からん限界もありますからね。せやけど、今後はホンマに自重してくださいよ。酒は飲んでも飲まれるな、ができる大人らしいですよ」
「か、寛大なお言葉、感謝します……うぐっ」
記憶にない幼少期の過ちを思い浮かべながらそう言うと、倅はガックリとうなだれつつ殊勝にうなずいた。
できればこのまま安静にしてあげたいところだが、家族専用の場所にいつまでも部外者を置いておくわけにもいかない。力のある男性使用人を呼び、他の休憩スペースに移動させた。
それを見送りがてら、令息と一緒に控えブースを出て、賑やかな会場内に舞い戻る。
ブース内には常に侍女が控えているし、ジゼルとしては後ろめたいことは何もないが、人目をはばかる関係だと勘違いされたら、彼に迷惑がかかってしまう。
「友人がお見苦しいところをお見せしてすみません……ああ、申し遅れました。私はトーマ・コーカスです。若輩ながら、伯爵家を任されております」
「そうやったんですか。こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ジゼル・ハイマンです。どうぞお見知りおきを」
どこかで見覚えがあると思ったのは、コーカス家の縁者だったからか。
よく見れば、養父のコーカス氏の面影をところどころに感じる。一方でアンには全然似ていないから、きっと彼女は母親似なのだろう。
しかし、コーカス家に招待状は出していない。不思議に思いつつ問いかけてみる。
「失礼ですけど、さっきの方のお連れさんとして来られたんですか?」
「ええ。うちの領地で作った金物を卸している関係で、グリス商会とは古い付き合いなんです。先日父と妹が世話になったので、ハイマン嬢にぜひ一言お礼を申し上げたく思い、無理を言って同伴させてもらいました。と言いつつも、なかなかタイミングが合わず、お声をかけられませんでしたが……その機会を与えてくれたことについては、酔いどれの友人に感謝しなくてはいけませんね」
そう言って、トーマは苦笑した。
さっきまでのジゼルは、会う人会う人に挨拶をして、事業のプレゼンをやっていたし、人がはけたあとの小休止も慌ただしかったし、確かに声をかけにくい状況だっただろう。特に直接招待されていないのであれば、なおのこと遠慮してしまう気持ちは分かる。
「そうですか。たいしたことはしてへんので、お礼なんかええですのに、わざわざご足労いただきありがとうございます。この季節柄、当主さんやったら何かと忙しいでしょうに」
「はは。王宮で特別な役職をいただいているわけではないですし、それほどでもありませんよ。私より、会社を切り盛りされているハイマン嬢の方が、よほどお忙しくされているのではありませんか?」
「いやいや、うちの会社には優秀な役員がようさんおりますから、社長いうたかて肩書だけで、お飾りみたいなモンですわ。随分楽させてもろうてます」
多くの責任を負う身ではあるが、日々の仕事は書類の決裁や帳簿の確認が主だ。それも苦労がないとはいわないが、現場で汗水垂らして働いている職員たちに比べれば、気楽な稼業だといえる。
そう言外に含めつつ飄々と答えるジゼルに、トーマは目を細めた。
「なるほど。では、ご結婚されて引退されても、会社に支障はないということですね」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつもりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。