ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

文字の大きさ
92 / 217
第五部 風雲急編

予想はもちろん当たりましたよね?

しおりを挟む
「お疲れさん、ハーミット殿」
「本当に疲れましたよ……」

 ジゼルを馬車まできっちり送り届けたあと、その足で自分の馬車に乗り込んで帰路に就いたハーミットは、車内でカツラと仮面をポイポイ脱ぎ捨てながら深いため息をつく。

「なあ、お嬢サマにお前だってバレなかったのか?」
「そんなヘマはしませんよ。顔を隠して口調を変えるだけで案外バレないものですし、その上で厳重に変装しましたからね」
「お前、従者クビになっても役者で食っていけるな」
「それはどうも」

 中から現れたのは――ジゼルの従者テッドである。

 カツラや仮面の他、インナーを複数着込んだりシークレットシューズを履いたりして体格や身長をごまかし、使用人らしい動作を封印して堂々と振る舞うことで普段の自分とは印象をガラリと変えていたので、そうそう簡単に身元が割れるはずもない。
 現に寝こけたジゼルを馬車まで送り届けた時も、待機していたお付きの侍女や馭者もテッドだと気づかなかった。

 そして、その向かいに座るのは、ハーミットの従僕に扮したパック。
 仮面舞踏会で偽装恋人になる案を快諾したパックだが、初めからそんな気はさらさらなく、弟にその役を譲ることにしていた。

 なにしろ、あの二人は何年経っても進展が見られない。
 ジゼルはまったくテッドのことを異性として意識していないし、テッドもお嬢様いじりを楽しむだけで具体的なアプローチをやっている風でもない。

『ジゼル以外と結婚するつもりはない』と豪語しながらも、それは恋愛的な意味ではなく、『彼女以上に興味を引く面白い逸材はいない』ということなので、甘い雰囲気を作れと言われても無理なのだが……いやまあ、日常的に熟練夫婦感満載のやり取りをしているので、これはこれで一つの完成形ともいえるのが悩ましい。

 それでも、ケネスと約束した結婚の第一条件が『ジゼルが結婚を承諾すること』なので、異性として意識されるだけの一定の好感度は不可欠だ。そのあたりをしっかり育んでこいと送り出したのだが……

「それで、首尾はどうだ? お嬢サマを見事に落としてきたか?」
「あの人がそう簡単にコロリといくわけないでしょう。めちゃくちゃ警戒されてますよ。まあ、ちょっとからかい過ぎたのは否めませんけど」
「おいこら。俺は女の子の思い描く“王子様”を演じてこいって言ったよな?」
「いつもの癖で、つい」
「……お前、落とす気絶対ないだろ……まあ、一般的な王子様キャラにあのお嬢サマがなびくとも思えねぇけどな」

 そもそも、彼女の理想の異性とはどんなものなのか、分からないのが問題なのだが。

「けど、お姫様抱っこはポイント高かったと思うぞ。女の子の夢だってよく聞くし、あのデ……ゲフンゴフン、ふっくらとした御身を軽々持ち上げる腕力は、並みの男じゃ真似できない技だしな」
「基本は従者ですけど、外出時は護衛役も兼ねてますから日々鍛えていますし、奥様から出されている結婚の条件が『ジゼルちゃんをお姫様抱っこできること』ですからね」
「……すげぇ無茶振りすんなぁ、公爵夫人」

 どうせできないからジゼルを渡さなくていいと高を括っていたのか、それともそれくらいたくましい男ではないと任せられないという純粋な親心なのか。
 どちらにしたって無茶振りだが、その不可能を可能にしてしまった弟もとんでもない奴である。
 そこまで頑張るんなら、もう立派な愛じゃないかと思うのだが、そのあたりを突っ込むとものすごい怖い笑顔になるので、さしものパックも言うに言えない。

「あー、えっと、それはそれで置いといて。お嬢サマに酒を出した奴は分かったのか?」
「ええ。会場が薄暗くラベルを見間違えたことが原因で、故意ではないようですが、厳重注意しておくよう夫人に頼みました」

「ま、それが妥当だな。それと、マレッタは?」
「仮面舞踏会の特性上不敬を成立させるのは難しいですが、淑女として品性を欠く言動や、俺の不興を買ったことは夫人に報告しておきましたので、いろんなところで出禁になるんじゃないでしょうか」

 ジゼルが当て馬令嬢とのたまわっていた女性はマレッタ。
幼少期のテッドの世話係をしていたさる伯爵夫人の娘で、彼と同じ歳ということで遊び相手に宛がわれていた人物である。
 しかし、人並み外れて早熟だったテッドの相手がすぐに務まらなくなり、夫人が第二子を身籠ったことをきっかけに、母娘共にレーリアの宮を去ることになった。

 それこそ物心つく前の知り合いで、その存在をついこの間まですっかり忘れていたくらいだが……なんの因果か、諸々の準備のため母の実家に滞在していた時に、侍女として働いていた彼女と再会したのだ。
 一度は結婚したものの紆余曲折あって離婚したが、出戻りゆえに実家に居場所もなく、昔の伝手を使ってあの屋敷で働いていたらしい。

 テッドとしてはどうでもいい出来事だったが、マレッタはこの偶然の再会に運命を感じたとかなんとか言って、しつこく結婚を迫ってくるようになった。
 鬱陶しいので害虫でも払うようにあしらっていたのが裏目に出たのか、あんなところまで追いかけてきて、あまつさえ公爵令嬢のジゼルに喧嘩を売るとか、本当にやめてほしい。

 仮面舞踏会の招待状は生家のコネで得たものにしろ、ここにテッドが参加することも、あの装いで来ることも公にはしていなかったはずだが……仕事しながら諜報活動をしていたのだろう。
 伯爵令嬢だから身分はギリギリ釣り合うにしても、普通に考えてバツイチ女が王子と結婚できるはずもないのに、とんだお花畑女である。

 ……ちなみに、マレッタが何故こんな阿呆な行動をとったかと言えば、『純愛カルテット2』のスピンオフ作品として発表された短編漫画のヒロインだからである。
 言うまでもなくヒーロー役はテッド。

 幼少期に結婚を約束した幼馴染が再会して始まるラブロマンス、というありがちな筋書きで、パックはマレッタに横恋慕する当て馬として登場するのだが――蓋を開けてみれば、兄弟そろって彼女に興味ゼロ。
 しかもヒーローが本編の悪役令嬢とイチャついているのだから、そりゃあヒロイン役からすれば面白くないし、あれだけ攻撃的にもなるというもの。

 結果的にシナリオを過信したお花畑ヒロインの典型的な結末になってしまったが、あれだけのバイタリティがあれば別の幸せを掴むこともできるだろう。

「あの無駄な不屈の根性と諜報能力を別に使えばいいんじゃねぇのか、あいつ……」
「母上に相談して、隠密部隊に入れてもらいます?」
「思い込み激しいから無理じゃね?」

 そんな兄弟のくだらない会話がきっかけで、稀代の女スパイが爆誕することになるのだが、この時は誰も予想すらしなかった。
しおりを挟む
感想 191

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。