ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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エピローグ

ブサ猫令嬢、出荷される!(上)

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 王歴二三三年、秋。
 雲一つないすがすがしい晴天に恵まれた吉日、ジゼル・ハイマン改めジゼル・アウルベルとして帰国したブサ猫令嬢は、出荷の時……もとい結婚式当日を迎えた。

 アウルベルでは全国民に「行方知れずだった末姫様が奇跡のご帰還!」と大々的に報じられ、貴族だけではなく一般市民も「件の末姫様を一目でもいいから拝みたい」という要望が殺到し、絵師が何名も王宮に呼ばれて姿絵を作り、各地に配られることになった。

 てっきりユーリア妃似の美少女かと思いきや、ブサ猫姫で見た者たちはさぞかし驚いたことだろうが、国王に瓜二つだからかブーイングはこなかった。
 王家がこぞってジゼルを歓迎したこともあり、貴族たちからも大した反発もなく、諸手続きもお披露目もつつがなく行われ、ジゼルは無事に王女として認められることとなった。

 すぐに嫁に行く身だから大した政務は任せられなかったが、三か月前にフォーレンで行われたフロリアンとセシリアの結婚式に、アウルベルを代表して参列して王女デビューを飾った。
 アウルベルは長年鎖国してきた国であり、ジゼル自身も複雑な生い立ちがあるため、周辺国の要人たちはどう接するか悩んでいたようだが、エントール代表として参列していたテッドが「自分の婚約者だ」と紹介したことで、立ち位置が明確になった。

 今後アウルベルと繋がりたければ、真っ先にエントールのジゼル妃を頼るべし。
 そう要人たちの心に刻まれ、一気にジゼルの交友関係は広がった。
 セシリアとは転生者同士であることを確認し合い、個人的にやり取りするようになった。
 ちなみにカーライルの妻であり、『純愛カルテット1』のヒロインであるプリエラも転生者らしい。妊娠中のため参列していないが、いつか三人で転生者同盟を結成して定期的に前世談義をしようと約束した。ビバ女子会。

 さらに余談だが、美人のジジを身代わりに仕立てようとしたアウルベルの騎士たちは、解任されて半限界集落の自警団に放り込まれ、老人の退屈な昔語りに付き合う傍ら、脱走する羊や豚を追いかける毎日だそうだ。
 同じ罪に加担したエントールの騎士も、似たような境遇らしい。
 平和で結構である。
 これから王妃として責任を負わねばならないジゼルからすれば、羨ましい限りだ。

「あー、しんど……」

 広い王宮の敷地内にある、特別な儀式や式典のみで使われる聖堂の奥にある新婦の控室。今しがた支度を終えたばかりのジゼルは、鏡台の前に腰かけてうなだれつつ深い深いため息をついた。

 生まれ育った国に戻って来たのは、ほんの二週間前。
 異国から輿入れする王女という建前、ハイマン家ではなく王宮へ賓客として招かれたジゼルだが、用意された客室で家族や友人らと再会し、祖国のなつかしさに浸れたのはほんの束の間。
 三日後に予定されていたテッドの戴冠式やら、国王の婚約者兼アウルベル王女としてお披露目の舞踏会やら、帰国早々催し物の支度と出席に追われて息つく暇もなく、それがひと段落したかと思えば、今度は結婚式の準備に駆り出された。

 ドレスの最終確認をしたり式次第を頭に叩き込んだり予行練習をしたりと、毎日目の回る忙しさだった。
 早朝から叩き起こされて、毎晩電池切れでベッドにバタンキューするのが常。
 おかげで疲れが全然取れていない上、今日も今日とて夜明けと共にベッドから引きずり出され、寝ぼけ眼で湯あみとマッサージを受け、続けて化粧やら着付けやら侍女たちにこねくり回されたジゼルは、すでに瀕死状態だった。

 そういえば前世でも、結婚式を控えていた同僚が「毎日忙しくて死にそう」と、愚痴をこぼしていたのを思い出す。
 どこの世も花嫁は過酷な試練に耐えてこそ、誰よりも輝く主役になれるようだ。ジゼルは別になりたくないのだが。

(せやけど、まさかウチがウエディングドレスを着ることになろうとは……)

 のろのろと顔を上げて、花嫁衣裳に身を包んだ鏡に映る自分を眺める。
 特徴的過ぎるブサ猫顔面は、熟練のメイク術をもってしても絶世の美女には変身せず、顔色や目力がアップしている以外はいつもと変わりないが、トレードマークの猫耳お団子は姿を消し、編み込みを加えてきれいに結い上げられている。
 いつもとシルエットが違うので、顔は同じなのにまるで別人のようだ。

 エントールではウエディングドレスの色に指定はないが、血の繋がった両親が嫁入り道具のひとつとして用意してくれたのは、アウルベルの伝統に則った純白。
 この半年間、あちらの侍女らに痩身エステと銘打ってもみくちゃにされて、いくらかダルダルの贅肉がすっきりしたとはいえ、異国グルメを堪能した結果体重そのものに変化はなく、相変わらずのむっちりボディを維持している。
 むちむちの二の腕は、あとから被る腰あたりまで伸びる目の細かいベールで隠したり、どっしりとした下半身はコルセットで締め上げつつ、ハイウエストのプリンセスラインでカバーしたりしながら、おデブが忌避すべき膨張色をまとうことになった。

 なお、ハイマン家の両親はウエディングドレスの代わりに、式のあと王宮で開かれる披露宴で着るドレスを用意してくれた。
 禁色である紫を基調に金糸の刺繍で差し色を入れる攻め具合といい、ヒョウ柄を再現したオーガンジーのオーバースカートといい、なんとも派手だ。
 どれだけ着飾ろうとも、花嫁より目立つご婦人は存在しないだろう……などとぼんやり考えていると、廊下側から騒々しい声が聞こえてきて、二組の家族が控室になだれ込むように入ってきた。

「きゃああ! 素敵よ、ジゼルちゃん! 世界一きれいな花嫁さんだわ!」
「お母ちゃん、それはないわ。世の中全員の花嫁さんに謝って」
「ジゼル様の花嫁姿を間近で拝めるなんて、最高ですわ! 私、ハンス様と結婚できたことを、今一番神に感謝しております!」
「アホか、お兄ちゃんに謝って」

「二度と会えないとあきらめていた娘と再会できたばかりか、こんなに素晴らしい晴れ姿を見ることができるなんて……天にも昇るような気持ちって。こういうことなのね。この幸せの絶頂のまま死ねたら、どんなに素晴らしいことでしょう……」
「いやいや、死んだらアカンやろ! 結婚式の次が葬式とか、ウチ嫌やで!?」

 先陣を切って現れたのは、アメリアとロゼッタ、そして産みの母ユーリア。
 アンソニーと共にジゼルの結婚式へ参加するべくやって来たユーリアは、女性にしては長身かつくっきりとした目鼻立ちの、某歌劇団の花形を思わせる中性的な麗人だった。
 ヒールを履かずとも夫より上背があり、小柄で小太りのアンソニーと並ぶとまさに“蚤の夫婦”である。

 ちなみに、ここには来ていないが、アウルベルで再会した他の兄姉も彼女の血を強く引いており、みんな某歌劇団顔だった。これから脈々とこの濃い美形顔が受け継がれるのか、ひょっこりブサ猫顔になるのか、怖いもの見たさの興味は尽きない。
 その歌劇団顔兄姉の中に一人ブサ猫顔が混じる様は、想像以上に滑稽だったが、みんなジゼルの父親似の顔を羨ましがり、可愛がってくれた。
 それだけ父王が敬愛されているのか、ただのブサ猫萌えなのかは謎だったが、仲良くしてくれてなによりだった。

「うう、ジゼルが、ジゼルが結婚してしまうなんて……大きくなったらお父様と結婚するって、約束したじゃないかぁ……」
「してへん、してへん。つい半年前に会うたばっかりやのに、そんな子供みたいな約束しとったら怖すぎやわ」
「結婚しちゃったらもう気軽にモフモフできないよね……はぁ、人生の潤いが半分になってしまう……」
「ウチやのうて、嫁さんと子供モフって。ええ加減シスコンは卒業しぃや」
「結婚なんてまだまだ先のことだと思っていたのに……ああ、どうしてあの時断固拒否しなかったのか! あの手この手で押し切られてしまったのか! 今からでも遅くはない、お父様と一緒に逃げよう、ジゼル!」
「やかましわ! なんでお父ちゃんと逃避行せなアカンねん!」

 キャッキャウフフとテンション高めな女性陣の後ろから、ハレの日だというのにメソメソと泣く男性陣、アンソニーとハンスとケネスが現れた。
 この控室は複数人で支度をするため、少し広めに作られているとはいえ、体格のいい男性も含めて一度に六人も詰めかければ、少々息苦しい。
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