ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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エピローグ

ブサ猫令嬢、出荷される!(下) ※本編完結!

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 この結婚に関しては、今日までに腹は括ってある。
 愛しているのかと聞かれれば、未だに「嫌いではない」としか答えようがないが、最愛の人ではなく、二番手か三番手くらいに好きな人の方が結婚はうまく行くというし、これまで出会って来た男性の中で一番気の置けない存在であり、都合のいい恋愛フィルターを通さず、良い面も悪い面もよく知っているのは、テッドだけだ。

 とどのつまり妥協込みの消去法で、転生悪役令嬢としてどうなんだろうと唸るような選択方法だが、ライトノベルとは違ってチートも美貌もないブサ猫令嬢だから仕方がない。

(……ま、イケメンと結婚できただけ儲けモンやし、人生なるようにしかならんやろ)

 そう楽観的思考を巡らせているうちに、扉の向こうから新郎新婦の入場を告げる口上と、パイプオルガンの音色が聞こえてきた。
 ややあって重厚な扉が音を立てて開き、七色のステンドグラスと白亜の神像を背景に、緻密な装飾の施された聖壇へと続く真紅のバージンロードが伸びている。

 その両脇には招待した参列者が、文字通り鈴生り状態でずらりと並び、温かな拍手をもって出迎えてくれた。
 参列者の大半は、以前からジゼルに好意的だった上級貴族らが中心だが、勝ち馬に乗るため早々にアーメンガート派から鞍替えした者もいれば、ひとまず静観に徹する中立派もいるし、中にはこの結婚に反対する一派――空位になった王妃の座を娘や姉妹に、と浅ましく考えていた貴族もそれなりにいる。

 しかし、腹の内はどうであれ、いずれも未来のエントールを支える重要な存在であることには変わりない。分け隔てなく招待するのが王族の務めだ……というのは半分建前で、本音は別にある。
 反対派の連中は、テッドが政治的打算でジゼルを娶ったと勘違いしており、隙あらば側室をねじ込もうと画策し、婚約を発表した舌の根の乾かぬうちに釣り書を持ち込んで、「ぜひ我が家の娘を」「妹がそろそろ適齢期で」などとと売り込んでくる。
 もちろん、後継ぎができなければ検討せざるを得ない問題だが、現状は余計なお世話だ。そういう阿呆な連中に、こちらに付け入る隙はないと見せつけねばならない。

(せやからって、こんな大勢の前で“あないなこと”せなアカンなんて……!)

 これからぶちかます一世一代の“大芝居”に、ベールの下で青くなったり赤くなったり目まぐるしく顔色を変えるが、どうにか平常を装い、テッドのエスコートでバージンロードを一歩一歩しずしずと歩く。
 さらし者にされながら聖壇の前までたどり着き、大司教の前で口先だけの宣誓をして、婚姻誓約書にサインをする。

 めでたくないが、この男とついに夫婦になってしまった。
 結婚は人生の墓場、なんて早々に不吉な格言が脳裏をよぎる間に、顔を覆っていたベールが剥がされる。

 式のクライマックス、誓いのキスの時がやってきた。
 人前ではどうしても恥ずかしいし、二人きりの時だといたたまれないので、練習を拒否し続けたためぶっつけ本番である。唇ごとき、そこまでして守る価値はないと分かっていても、前世込みで六十年近く恋愛経験ゼロのジゼルには、キスすらもハードルが高い。

 それなのにここでバカップルの芝居をしろというのだから、どんな無理ゲーなのか。
 かつてガチガチに緊張していたロゼッタと同様に、カチーンと石化して固まるジゼルに顔を寄せながら、テッドは甘い声でささやく。

「そういえば、先ほど言いそびれたが……――花嫁姿のあなたはこの世のものとは思えないほど美しい。まさに女神だな。あなたを妻に迎えることができる俺は、世界で一番の果報者だ」

 緊張しすぎて乙女ゲームみたいな幻聴が聞えるなぁ……と斜め方向に思考がずれるのと同時に唇が重なった。
 想像より柔らかい感触とイケメンドアップに動揺して、とっさに体を離そうとしたが、がっちり肩をホールドされていて動けない。視界の暴力だけでも回避しなければと、閉じ忘れた目をギュッとつむるが、その分感覚が鋭敏になる副作用のせいで、全身から冷や汗がダラダラと流れる。
 不思議と不快感がないのが不幸中の幸いだが、メンタルは毎秒『状態異常・猛毒』のごとくゴリゴリと削られていく。

(この誰得なシーン、はよ終われー!)

 ジゼルの心の叫びも虚しく、予定通りきっかり三分濃厚なキスシーンが上映されることとなった。
 酸欠にならないように息継ぎの間があったり、R指定を入れたくなるようなディープなヤツではなかったが、これが俗に言う『食われるようなキス』なのだなと、ジゼルは身をもって体験した。
 できれば一生したくなかったけど。

 この茶番により「セドリック陛下はとんでもないゲテモノ食いだ」と周知され、側室目当ての釣り書は一切来なくなったとか、親族席にいた二人の父と兄が立ったまま気絶していたとか、パックがゲラゲラ笑いながらスケッチしていたとか、のちのちまで語り草になるエピソードがいくつも爆誕したが、現在疲労困憊のジゼルにとってはどうでもいいことだ。

「ちょ……死にそう。マジ、勘弁……」
「ご苦労様。だが、仕上げはこれからだぞ」
「へ? うおう!?」

 ウエディングドレス込みでかなりの重量物になったジゼルを抱きかかえたテッドは、危なげない足取りで聖堂の出口へと向かう。

「お、落ちる落ちる……!」
「落ちたくなければ、しっかりしがみついていろ」
「落ちるのも嫌やけど、それも嫌やねん!」
「わがままだな。まあ、誰に頼まれてもあなたを落としはしないが」
「恥ずかしい台詞やめい!」

 主従漫才改め夫婦漫才を繰り広げながら退場するバカップルを、参列者たちはフラワーシャワーを浴びせつつ、呆れと微笑ましさがないまぜになった、生温かーい視線で見送る。
 彼らの行き先は、カラフルなリボンや花々で飾られた豪奢な無蓋馬車。
 式のあとは王都市街地を巡るパレードが予定されており、規定ルートをぐるりと一周したあとは王宮に戻って披露宴だ。休憩時間はとっているが、着替えや湯あみに時間を割かれてゆっくり休めそうにはない。

 ――メンタルもすでにやばいが、体力的にも最後まで持つだろうか?
 不安しかないが、やり切るよりほかはない。
 こんな分刻みのスケジュールをこなしたんだから、初夜をすっぽかして爆睡しても罰は当たるまい。むしろ逃げるいい口実じゃないか、とジゼルは内心ほくそ笑むが、

「……爆睡してても叩き起こすから、そのつもりで」
「心読まれてる!?」

 爽やかな笑顔で鬼畜発言を飛ばすテッドに、早くも半泣きになるが、心底嫌ではないどころか「しゃぁないな」と受け入れてしまうあたり、彼にほだされているというか、毒されているのだろう。
 それを世の中では愛だの恋だのと言うのかもしれないが、ジゼルにはピンとこない。
 きっとテッドもそうだろう。そういう意味では、限りなく似たもの夫婦といえる。

「あー、まあ、その……ほどほどで頼むわ」
「俺の思う『ほどほど』でよければ、大いに善処する」
「絶対それウチ的には死亡フラグのパターンやろ!」

 生きて明日を迎えられるのか――やっぱり不安しかないが、死にはしないだろう。

(ま、これまでもどないかなっとったから、これからもどうにかなるやろ! 多分!)

 そう開き直ったおかげか、結果的にはどうにかなった。

 ジゼルの頑張りにより、エントールは二人の王子と一人の王女に恵まれた。
 もちろん、三人ともテッドにそっくりの黒髪と赤い瞳の美形ばかりである。
 自分がお腹を痛めて産んだのに、自分の遺伝子がまったく感じられず、まるで他人の子のようだとモヤッとすることもあるが、外見とは裏腹に性格は父親にまったく似ず、明るく素直な子たちばかりで癒される。

 我が子はマジ天使だ。そこにいるだけで尊い。親馬鹿と言わば言え。
 テッドもこの天使たちをたいそう可愛がっている。完全に猫可愛がりだ。
 妻の扱いは相変わらず微妙にひどいし、政界でも魔王陛下の二つ名をほしいままにしているというのに、この差はなんなのかと首をひねるが、なんてことはない。ただの親馬鹿だ。
 やっぱり似たもの夫婦なのである。

 子宝に恵まれたその前もその後も、転生者としていろいろな改革をやらかし、後世に名を遺す名王妃となる。
 彼女の数奇で面白おかしい人生の軌跡は、夫が従者時代から欠かさずつけていた日記をベースに作られた、全十巻にも渡る長い物語としてエントールの内外で語り継がれることになる。
 
 その名も『ブサ猫令嬢物語』。

*****

 これにて本編完結となります。
 長々とお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
 皆様のご想像通りの、あるいは納得のいく結末かどうかは分かりませんが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 後半戦はいただいた感想にお返事ができず申し訳ありませんでしたが、すべて丁重に読ませていただきました。執筆の励みになりました。ありがたや、ありがたや(拝)。

 今後はしばしお休みをいただいたのち、深く語られなかったサブキャラに焦点を当てたサイドストーリーアップできればなと考えていますが、予定は未定です(威張るな)。
 気になるキャラの過去やその後が知りたいなどのご要望があれば、参考にしたいのでコメント欄でポチッとお願いします。
 
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