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プロローグは王宮の舞踏会
まさかフラグじゃありませんよね?
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「え、誰……うわぁっ!」
裏返ったロックスの声と、ドスンと何かが叩きつけられる音が同時に聞こえた。
何事かと思って目を開けると、いつの間にか割り込んでいた誰かの白い背中が視界に飛び込んできて驚き、床に這いつくばるロックスを見つけてさらに驚いた。
私を助けてくれたらしい誰かは、よく通る低い声を発する。
「正論を突かれて激高した挙句、婦女子に手を上げるのがオージュ家の流儀か。この令嬢の言う通り、さながら蛮族だな。辺境にいる草原の民や山の民の方が、よほど人としての礼儀を心得ている」
「ぐ、軍人風情が生意気な口を叩くな! 士官服を着ているが、どうせ出来損ないの次男三男なんだろう! 次期オージュ家当主の僕を愚弄するなど――」
「……俺の名はカーライル・ジード。王族の末席を汚す身ではあるが、貴殿の言葉を借りるなら『侯爵風情が、口を慎め』と言える立場ではある」
え……マジでカーライル様?
落ち着いて恩人を観察すると、軍式の礼装らしい服と制帽を身に着けている。今日は他に同じ服を見た覚えがない。まさか、と思いながら視線を上げて顔を確認すると、確かにさきほど遠目に見たカーライル様だと気づいた。
お、おいおいおい! なんでカーライル様がここにいるんですか!?
乙女ゲームだと、確実にフラグ立つシチュエーションなんですけど!?
「も、申し訳ありませんでした! カーライル様とは知らず……なにとぞ、なにとぞご無礼をお許しください!」
ザマァの気配に冷や汗を流す私の前で、不敬罪の予感に顔面蒼白になるロックスが土下座スタイルで何度もペコペコ頭を下げる。
無様とも滑稽ともいえるロックスの謝罪を、カーライル様はしばし無言で見つめたのち、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「オージュの次期当主殿。貴殿が謝罪すべきは俺ではなく、こちらの令嬢だ。公衆面前で淑女を罵倒し、家名を傷つけ、あまつさえ暴力を振るおうとした……爵位を論じる前に一紳士として恥ずべき行為であり、謝罪が不可欠だと思うが」
「そ、それは……――」
ロックスは膝をついたまま、苦虫を噛み潰したような顔になる。
たとえ自分に非があったとしても、格下の相手に頭を下げる必要はない。そんな考えがありありと浮かぶような表情だ。
私だって嫌々謝罪されたってうれしくないし、むしろ格上の令息に土下座させたなんて話が出回ったら、縁談が来なくなるどころか職にありつけなくなる可能性だってある。
ザマァの前に干されて死ぬ。物理的に。
焦った私はカーライル様の裾を引き、ブンブンと首を横に振った。
「いえ、その必要はございません。元々私の不注意が招いたことですし、大切なお連れ様のお召し物を汚してしまったことは責められて当然のことです。それに、殿方に口答えなど淑女にはあるまじきこと。謝罪すべきは私の方です」
私の必死な様子に面食らった様子のカーライル様の後ろから一歩踏み出し、最敬礼の角度で頭を下げた。
「この度は無礼を働いてしまい、誠に申し訳ありませんでした。ですがどうか、爵位剥奪ばかりは平にご容赦くださ――」
「ロックス、爵位剥奪とは聞き捨てならないな。いつから君はそんなに偉くなったのか、詳しく聞かせてもらおうか?」
私の謝罪を遮るように飛んできた涼し気なイケボと共に現れたのは、女の子が思い描く“理想の王子様”の化身フロリアン・アイザック・フォーレン殿下だった。
背景にバラの幻覚が見える金髪碧眼の優男殿下の後ろには、不安そうな表情のクラリッサが控えており、この騒動を収めるために彼を呼んできたのだろう。
「で、殿下……これはその……」
「言い訳は君のお父上にするといい。下がれ」
口調こそ柔らかいが、絶対たる響きを持って告げられた命令にロックスはうなだれ、どすこい令嬢を連れてトボトボという音が聞こえそうな足取りでホールから退出した。
それを冷めた表情で見送り、今まで野次馬と化していた来賓たちを視線だけで追い返すと、殿下は無敵の王子様スマイルを私に向ける。
その破壊力は絶大で、イケメンに免疫のない私はクラクラしそうだ。耐えろ、自分。
「災難だったね。大丈夫?」
「は、はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありませ……っ」
慌ててこうべを垂れた瞬間、ピシリ、と足首に痛みが走った。
もしかしなくても、さっき転んだ時に捻ったのだろう。それほど高いヒールは履いていないが、これで歩くのは少し厳しいかもしれない。
「おや、どこか痛むの?」
「いえ、その……足が、少し」
「ああ、先ほど転倒したと聞いたが、その時に痛めたんだろうね。こういう処置は早い方がいい。別室で手当てをさせよう」
……なんだろう、このやり取り。どこかで覚えがあるような。
痛みに耐えるふりをして眉根を寄せながら考え、一つの結論に思い至る。
これ、殿下との出会いイベントだ!
クラリッサに絡まれて突き飛ばされたヒロインは、たまたま通りかかった殿下に助けられて手当てを受けるのだが、その時の会話にとてもよく似ている。
え、まさかフラグ立った?
いやいや、今の殿下には婚約者がいる。名前はド忘れたが、辺境伯のご令嬢だ。これもクラリッサが仲を取り持ったカップルで、表向き関係は良好とのこと。
かの令嬢の悪い噂もほとんど聞かないし、これは単に可哀想な令嬢の面倒を看てくれるだけ……のはずだ。
しかし、この手の乙女ゲームにおいて、真実の愛のためには婚約破棄を辞さない王太子殿下だらけだ。このゲームでは攻略対象は全員フリーの設定なので、よくある修羅場が全然ないから安心してたが、まさかここにきて『婚約破棄からの真実の愛』的な展開になるのか?
自意識過剰な妄想なのは重々承知だが、フラグの可能性は絶対に折るべし。
「あ、あの、大丈夫です。お気持ちは大変ありがたいのですが、今日はもうお暇しようと思っていましたし、これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「そうおっしゃらないで。せっかくだから、殿下のご厚意に甘えてはいかが?」
鈴を転がすような可愛らしい声色で、クラリッサが全力で遠慮する私をやんわりと制する。
口元は穏やかに微笑んでいるけど、アメシストの瞳には有無を言わさない光が見え隠れしてて怖いんですが。
ていうか、自分がお膳立てしたカップルぶち壊す手助けするなよ、悪役令嬢。
内心恨めしく思いながらも、公爵令嬢である彼女を睨むわけにもいかず、仕方なく殿下の提案を飲むしかなくなった。
「……では、よろしくお願いします」
「そんなに恐縮しないで。ところで、君の連れはどこにいるの?」
「今日は父と共に参りまして――あ、ご挨拶が遅れました。私はプリエラ・ホワイトリーと申します。ホワイトリー子爵家の長女です」
クラリッサには遠く及ばない、ぎこちないカーテシーで挨拶をすると、殿下は「花のように可愛らしい名前だね」と呼吸するように誉め言葉を発した。
発言までイケメンの王太子殿下の横で、カーライル様が訝しげな声を上げる。
「では、お父上はどこに? 付き合いもあるから四六時中傍にはいられないにしろ、これほどの騒ぎが起きても娘の元に駆けつけないというのは……」
「た、多分ですけど、挨拶回りでお酒をたくさん飲まされて、どこかのテラスで伸びてるんでしょう。我が家は社交界から離れて久しいですし、今夜はお世話になった方々にお礼やお詫びをするのだと、父も申しておりましたから」
嘘は言ってない。
ただ、ここにきて新たに生じた結婚相手を探すという目的の方が、今の父にとって重要な任務だとは思うが。
「ああ……ホワイトリー子爵がご友人の負債を背負わされたことは存じております。大変でしたね、プリエラさん。長く社交界から離れていてさぞ心細いでしょうし、わたくしでよければいつでも頼ってくださいね。もちろん、恋の相談も」
「え、あ、ありがとうございます……」
そうは言われても、クラリッサと金輪際関わるつもりはない。
しかし、公爵令嬢の申し出を子爵令嬢が拒否するのはほぼ不可能。悲しい格差社会だ。
「ふふ、嬉しいわ。では、フロリアン殿下――」
「じゃあ兄上、侍女には話を通しておくので、ホワイトリー嬢のエスコート、よろしくお願いしますね。子爵は回収し次第そちらに届けるから。あ、クラリッサは僕に付き合って。相談があるんだ」
「「「……は?」」」
私とカーライル様とクラリッサの、なんとも間抜けな声がハモった。
特にクラリッサは発言を遮られた上、突拍子もない用を言いつけられたせいか淑女の仮面がずり落ち、ぽかんと呆気にとられた顔をしている。
この流れでエスコートを腹違いの兄に丸投げにした殿下は、不自然なまでにニコニコとした表情を浮かべ、呆気にとられたままのクラリッサの手を引き立ち去っていった。あれはエスコートというよりも、ぐずる子供を引っ張って行くような感じだった。
これで殿下のフラグは避けられた、ような気がする。
でも、このままではクラリッサとカーライル様のお邪魔虫ポジションだ。というか、そういう風に殿下が仕向けたようにも見える。理由は謎だけど。
本来なら即時退却が望ましいが、殿下が手当の指示を出しているのに無視してはそれこそ不敬だ。ここはひとまず流れに沿って行動し、以降は二人に接触しなければいい。
子爵家で参加できるお茶会や夜会で、そうそうこの二人と顔を合わせることもあるまい。ましてやカーライル様は社交界で疎まれているし、マゾっ気がない限り積極的に出かけたりはしないだろう。
「……ホワイトリー嬢。フロリアンでなくて悪いが、休めるところに案内しよう。歩けるか?」
「ええ、少し捻ったくらいなので大丈夫ですよ」
そう答えると、カーライル様は小さく笑い、私に手を差し出そうとして……一瞬逡巡したのちその手を引っ込め、
「こちらだ」と短く告げて私を先導した。
ふむ。クラリッサに一途だから、形ばかりのエスコートも憚られると。
相思相愛なのはいいことだが、これではますます私はお邪魔虫でしかない。
誤解されないよう距離を保って彼のあとを追い、会場近くにある小さな休憩部屋に通された。
裏返ったロックスの声と、ドスンと何かが叩きつけられる音が同時に聞こえた。
何事かと思って目を開けると、いつの間にか割り込んでいた誰かの白い背中が視界に飛び込んできて驚き、床に這いつくばるロックスを見つけてさらに驚いた。
私を助けてくれたらしい誰かは、よく通る低い声を発する。
「正論を突かれて激高した挙句、婦女子に手を上げるのがオージュ家の流儀か。この令嬢の言う通り、さながら蛮族だな。辺境にいる草原の民や山の民の方が、よほど人としての礼儀を心得ている」
「ぐ、軍人風情が生意気な口を叩くな! 士官服を着ているが、どうせ出来損ないの次男三男なんだろう! 次期オージュ家当主の僕を愚弄するなど――」
「……俺の名はカーライル・ジード。王族の末席を汚す身ではあるが、貴殿の言葉を借りるなら『侯爵風情が、口を慎め』と言える立場ではある」
え……マジでカーライル様?
落ち着いて恩人を観察すると、軍式の礼装らしい服と制帽を身に着けている。今日は他に同じ服を見た覚えがない。まさか、と思いながら視線を上げて顔を確認すると、確かにさきほど遠目に見たカーライル様だと気づいた。
お、おいおいおい! なんでカーライル様がここにいるんですか!?
乙女ゲームだと、確実にフラグ立つシチュエーションなんですけど!?
「も、申し訳ありませんでした! カーライル様とは知らず……なにとぞ、なにとぞご無礼をお許しください!」
ザマァの気配に冷や汗を流す私の前で、不敬罪の予感に顔面蒼白になるロックスが土下座スタイルで何度もペコペコ頭を下げる。
無様とも滑稽ともいえるロックスの謝罪を、カーライル様はしばし無言で見つめたのち、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「オージュの次期当主殿。貴殿が謝罪すべきは俺ではなく、こちらの令嬢だ。公衆面前で淑女を罵倒し、家名を傷つけ、あまつさえ暴力を振るおうとした……爵位を論じる前に一紳士として恥ずべき行為であり、謝罪が不可欠だと思うが」
「そ、それは……――」
ロックスは膝をついたまま、苦虫を噛み潰したような顔になる。
たとえ自分に非があったとしても、格下の相手に頭を下げる必要はない。そんな考えがありありと浮かぶような表情だ。
私だって嫌々謝罪されたってうれしくないし、むしろ格上の令息に土下座させたなんて話が出回ったら、縁談が来なくなるどころか職にありつけなくなる可能性だってある。
ザマァの前に干されて死ぬ。物理的に。
焦った私はカーライル様の裾を引き、ブンブンと首を横に振った。
「いえ、その必要はございません。元々私の不注意が招いたことですし、大切なお連れ様のお召し物を汚してしまったことは責められて当然のことです。それに、殿方に口答えなど淑女にはあるまじきこと。謝罪すべきは私の方です」
私の必死な様子に面食らった様子のカーライル様の後ろから一歩踏み出し、最敬礼の角度で頭を下げた。
「この度は無礼を働いてしまい、誠に申し訳ありませんでした。ですがどうか、爵位剥奪ばかりは平にご容赦くださ――」
「ロックス、爵位剥奪とは聞き捨てならないな。いつから君はそんなに偉くなったのか、詳しく聞かせてもらおうか?」
私の謝罪を遮るように飛んできた涼し気なイケボと共に現れたのは、女の子が思い描く“理想の王子様”の化身フロリアン・アイザック・フォーレン殿下だった。
背景にバラの幻覚が見える金髪碧眼の優男殿下の後ろには、不安そうな表情のクラリッサが控えており、この騒動を収めるために彼を呼んできたのだろう。
「で、殿下……これはその……」
「言い訳は君のお父上にするといい。下がれ」
口調こそ柔らかいが、絶対たる響きを持って告げられた命令にロックスはうなだれ、どすこい令嬢を連れてトボトボという音が聞こえそうな足取りでホールから退出した。
それを冷めた表情で見送り、今まで野次馬と化していた来賓たちを視線だけで追い返すと、殿下は無敵の王子様スマイルを私に向ける。
その破壊力は絶大で、イケメンに免疫のない私はクラクラしそうだ。耐えろ、自分。
「災難だったね。大丈夫?」
「は、はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありませ……っ」
慌ててこうべを垂れた瞬間、ピシリ、と足首に痛みが走った。
もしかしなくても、さっき転んだ時に捻ったのだろう。それほど高いヒールは履いていないが、これで歩くのは少し厳しいかもしれない。
「おや、どこか痛むの?」
「いえ、その……足が、少し」
「ああ、先ほど転倒したと聞いたが、その時に痛めたんだろうね。こういう処置は早い方がいい。別室で手当てをさせよう」
……なんだろう、このやり取り。どこかで覚えがあるような。
痛みに耐えるふりをして眉根を寄せながら考え、一つの結論に思い至る。
これ、殿下との出会いイベントだ!
クラリッサに絡まれて突き飛ばされたヒロインは、たまたま通りかかった殿下に助けられて手当てを受けるのだが、その時の会話にとてもよく似ている。
え、まさかフラグ立った?
いやいや、今の殿下には婚約者がいる。名前はド忘れたが、辺境伯のご令嬢だ。これもクラリッサが仲を取り持ったカップルで、表向き関係は良好とのこと。
かの令嬢の悪い噂もほとんど聞かないし、これは単に可哀想な令嬢の面倒を看てくれるだけ……のはずだ。
しかし、この手の乙女ゲームにおいて、真実の愛のためには婚約破棄を辞さない王太子殿下だらけだ。このゲームでは攻略対象は全員フリーの設定なので、よくある修羅場が全然ないから安心してたが、まさかここにきて『婚約破棄からの真実の愛』的な展開になるのか?
自意識過剰な妄想なのは重々承知だが、フラグの可能性は絶対に折るべし。
「あ、あの、大丈夫です。お気持ちは大変ありがたいのですが、今日はもうお暇しようと思っていましたし、これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「そうおっしゃらないで。せっかくだから、殿下のご厚意に甘えてはいかが?」
鈴を転がすような可愛らしい声色で、クラリッサが全力で遠慮する私をやんわりと制する。
口元は穏やかに微笑んでいるけど、アメシストの瞳には有無を言わさない光が見え隠れしてて怖いんですが。
ていうか、自分がお膳立てしたカップルぶち壊す手助けするなよ、悪役令嬢。
内心恨めしく思いながらも、公爵令嬢である彼女を睨むわけにもいかず、仕方なく殿下の提案を飲むしかなくなった。
「……では、よろしくお願いします」
「そんなに恐縮しないで。ところで、君の連れはどこにいるの?」
「今日は父と共に参りまして――あ、ご挨拶が遅れました。私はプリエラ・ホワイトリーと申します。ホワイトリー子爵家の長女です」
クラリッサには遠く及ばない、ぎこちないカーテシーで挨拶をすると、殿下は「花のように可愛らしい名前だね」と呼吸するように誉め言葉を発した。
発言までイケメンの王太子殿下の横で、カーライル様が訝しげな声を上げる。
「では、お父上はどこに? 付き合いもあるから四六時中傍にはいられないにしろ、これほどの騒ぎが起きても娘の元に駆けつけないというのは……」
「た、多分ですけど、挨拶回りでお酒をたくさん飲まされて、どこかのテラスで伸びてるんでしょう。我が家は社交界から離れて久しいですし、今夜はお世話になった方々にお礼やお詫びをするのだと、父も申しておりましたから」
嘘は言ってない。
ただ、ここにきて新たに生じた結婚相手を探すという目的の方が、今の父にとって重要な任務だとは思うが。
「ああ……ホワイトリー子爵がご友人の負債を背負わされたことは存じております。大変でしたね、プリエラさん。長く社交界から離れていてさぞ心細いでしょうし、わたくしでよければいつでも頼ってくださいね。もちろん、恋の相談も」
「え、あ、ありがとうございます……」
そうは言われても、クラリッサと金輪際関わるつもりはない。
しかし、公爵令嬢の申し出を子爵令嬢が拒否するのはほぼ不可能。悲しい格差社会だ。
「ふふ、嬉しいわ。では、フロリアン殿下――」
「じゃあ兄上、侍女には話を通しておくので、ホワイトリー嬢のエスコート、よろしくお願いしますね。子爵は回収し次第そちらに届けるから。あ、クラリッサは僕に付き合って。相談があるんだ」
「「「……は?」」」
私とカーライル様とクラリッサの、なんとも間抜けな声がハモった。
特にクラリッサは発言を遮られた上、突拍子もない用を言いつけられたせいか淑女の仮面がずり落ち、ぽかんと呆気にとられた顔をしている。
この流れでエスコートを腹違いの兄に丸投げにした殿下は、不自然なまでにニコニコとした表情を浮かべ、呆気にとられたままのクラリッサの手を引き立ち去っていった。あれはエスコートというよりも、ぐずる子供を引っ張って行くような感じだった。
これで殿下のフラグは避けられた、ような気がする。
でも、このままではクラリッサとカーライル様のお邪魔虫ポジションだ。というか、そういう風に殿下が仕向けたようにも見える。理由は謎だけど。
本来なら即時退却が望ましいが、殿下が手当の指示を出しているのに無視してはそれこそ不敬だ。ここはひとまず流れに沿って行動し、以降は二人に接触しなければいい。
子爵家で参加できるお茶会や夜会で、そうそうこの二人と顔を合わせることもあるまい。ましてやカーライル様は社交界で疎まれているし、マゾっ気がない限り積極的に出かけたりはしないだろう。
「……ホワイトリー嬢。フロリアンでなくて悪いが、休めるところに案内しよう。歩けるか?」
「ええ、少し捻ったくらいなので大丈夫ですよ」
そう答えると、カーライル様は小さく笑い、私に手を差し出そうとして……一瞬逡巡したのちその手を引っ込め、
「こちらだ」と短く告げて私を先導した。
ふむ。クラリッサに一途だから、形ばかりのエスコートも憚られると。
相思相愛なのはいいことだが、これではますます私はお邪魔虫でしかない。
誤解されないよう距離を保って彼のあとを追い、会場近くにある小さな休憩部屋に通された。
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