乙女ゲームの転生ヒロインは、悪役令嬢のザマァフラグを回避したい

神無月りく

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ヒロインも歩けばザマァに当たる?

待ち伏せ悪役令嬢

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「貴族令嬢が供も連れずに街歩きとは、随分不用心だな。もしや家出か?」
「まさか。見ての通り散歩です」

 カーライル様は呆れたようなため息をついた。

「王都は治安がいいとはいえ、いつどこで不埒な輩と遭遇するか分からない。詰め所に戻るついでに屋敷まで送ろう」

 ただでさえ街でばったり、なんてありがちなイベント発生させちゃってるのに、さらにフラグを立てる行為はお断りしたい。
 というか、カーライル様と一緒にいるのを父に見られたらまた暴走する。

 なのでここは「結構です」とはっきり断らねばならない場面だったが、気になる言葉が出て来たので思わず訊き返してしまった。

「詰め所、ですか?」
「以前は国境警備隊だったが、ひと月ほど前から王都警備隊に配属になった。一応小隊を預かる身だが……まあ、お飾りのようなものだ」
「そうですか……」

 王都警備隊はその名の通り王都の治安を守る組織だが、実際の庇護対象は貴族および王族。市民の安全は騎士団が担っている。

 王都警備隊はいくつかの小隊に別れており、王宮前にそれぞれ隊ごとに詰め所があるそうだ。そこへ戻るということは、王宮の敷地を囲むように存在する貴族街を通るということであり、私は彼と嫌でも同道せねばならないという意味でもある。

 まだ用があるからと逃げたところで、貴族の安全を守るのが職務でなおかつ見るからに真面目そうな彼が、はいそうですかと見逃してくれるとは思わない。散歩に付きまとわれるより、素直に送ってもらう方がまだ誤解されない率が低いはず。

「では、お言葉に甘えて」

 なので渋々……本当に渋々だが、そういう態度は可能な限り引っ込めてカーライル様と共に帰路についた。

「……そういえば、足はもう大丈夫なのか?」
「ええ。散歩する分には問題ありません。お医者様が言うには、応急処置が適切だったおかげだそうです。改めてお礼申し上げます」
「いや……大したことはしていない」

 個人的にちゃんとお礼が言えてすっきりしたが、カーライル様は固い声を発して視線を逸らした。

 おっと、失礼。ただの親切だから、誤解すんじゃねーよってことですよね。
 それくらいわきまえてますって。私もザマァが怖いですし。

 そんな会話とも呼べない報告が途切れたあとは、二人ともただ黙々と歩くのみ。
 向こうがこちらの歩幅に合わせてくれているとはいえ、ぱっと見には『近くにいた他人同士がたまたま同じような歩調で歩いているだけ』の状態。

 なにゆえに転属になったのかは知らないが、カーライル様がこれからも当面の間王都にいるのは間違いない。もしかして、クラリッサとの逢瀬を満喫するために転属希望を出した……というのは穿ちすぎかもしれないけど、二人はこれを機にババンと婚約まで一直線だろう。

 なのにどうして、クラリッサは私を巻き込もうとするのか。
 ヒロインという当て馬がいなくても恋は成就するというのに、まさか「立派な悪役令嬢になるためヒロインに嫌がらせをする!」と逆に意気込んでるタイプなの?
 なんにしたって、面倒臭いことこの上ない。

 カーライル様に近づきすぎたら、クラリッサにザマァ。
 フロリアン殿下に近づきすぎても、婚約者の辺境伯令嬢にザマァ。

 まさに“前門の虎後門の狼”の状態だ

 私にできるのは誰にも近づかず、知人レベルをキープすることだけ。しかし、身分も恋愛スキルも何枚も上手のクラリッサに対抗できるかどうか、まったく自信がない。この苦行に耐えられたら、きっと悟りが開けるだろうというくらいの無理難題だ。

 思わず遠い目をした先に、ふと気になる露店を発見して足を止める。
 
 べっ甲飴の店だ。既製品を売るのではなくその場で細工してくれる店のようで、サンプル品として並ぶ動物や花はどれもなかなか可愛らしい。腕のいい職人のようで、何人もの客が並んでいる。

 あの店……多分、ロックスとのデートイベントで行ったところだ。
 あの時のロックスは、ヒロインと一緒に無邪気な瞳で職人の巧みな手つきを見つめ、その腕前に素直な賞賛を送っていた。貴族だとか平民だとか、間違ってもそんなこと口にするようなことはなかった。

 何が彼を変えてしまったのか、元々創作物と現実ではまったく違う人だったのか……そう疑問に思うことはあっても胸が痛まないのは、まるっきり彼に対して情が残っていない証拠だろう。
 好きの反対は無関心とは言い得て妙だ。

「……どうした?」
「いえ、なんでもありません」

 カーライル様の問いにゆるく首を横に振って歩き出す。
 それからも二人の間に会話らしい会話などなく黙々と歩き続け、できれば最後までそのままでいたかったのだが――

「あ」
 
 下町と貴族街を隔てる門をくぐったところで、思わぬ伏兵に度肝を抜かれることとなった。

「ごきげんよう、プリエラさん。カーライル様とデートですか?」

 数人の侍女を引きつれた、完璧すぎる淑女の微笑みを浮かべたクラリッサだ。
 唇は優しげな弧を描いているように見えるが、目は全然笑っていない。
 怒ってないよ、と言いながら怒ってる人間の典型だ。

 ひっ、と引きつる声をどうにか飲み込み、ちっともご機嫌麗しそうに見えないのに「ご、ごきげんよう、クラリッサ様」と挨拶を返す。

 白いレースの日傘を差したクラリッサは、今日も水色のドレス着ていた。
 舞踏会の時よりずっと質素で露出は控えめだが、私なら普段使いするのは憚られるような高級品であるのは見ただけで分かる。さすが公爵令嬢。お金持ち。
 いやいや、今はファッションチェックの時間じゃない。

 お付きがいるとはいえ公爵令嬢がホイホイ出歩いていることに違和感はあるが、まずは誤解を解くことが先決だ。

「その、カーライル様とは下町で偶然会っただけですし、職務の一環で私を送ってくださっただけなのです。なので、決してデートなどというものではなく……」

 うわぁ……真実そのものを話しているはずなのに、ものすごく言い訳に聞こえる。
 墓穴を掘ったかも、と冷や汗を流す私の横で、カーライル様はそれに気づかないのか、いつもと変わらない様子で私に同意した。

「ホワイトリー嬢の言う通りだ。下世話な詮索はやめてくれ」

 やっぱり言い訳っぽく聞こえるが、ここで「誤解しないでくれ、俺はクラリッサ一筋だ」とか言い出さなかったのは評価できる。それは浮気男のテンプレ発言だ。

「あら、そうなんですの? とても仲睦まじそうに歩いていらしたようですから、わたくしてっきり……ふふ、勘違いしてごめんなさいね」

 どこら辺が仲睦まじく見えたんだろう。ていうか、どこから見てたんだろう。

 まあ、見られたところで正味事務的な会話しかしてないし、どちらかといえば沈黙の方が長かったし、取られる揚げ足もないわけだが……むしろ、ザマァフラグ立てにきてるとしか思えない発言でカチンとくるな。

 だが、ここで感情をあらわにしたらそれこそ向こうの思う壺だ。

「誤解を招くようなことをしでかしたようで、大変失礼しました。以後気をつけます。ところで、クラリッサ様はどうしてこのような場所に?」

 高位の貴族令嬢とて年がら年中屋敷に籠っているわけではなく、買い物や散策にでることもある。私のように下町まで出るのは激レアだが、治安の保たれた貴族街の中を出歩くのは珍しくない。
 ただ、このあたりは貴族令嬢の好みそうな店も公園も何もない……それこそ簡易検問的な機能しかない場所だ。公爵令嬢がうろつくには不自然である。

 という旨をこっそり込めて問うと、クラリッサはほんのりと赤く染まった頬に手を当て、いじらしい感じで答える。

「……その、カーライル様にお会いしたくて詰め所にお伺いしたのですけど、下町に散策に出られたと聞きましたので……詰め所で待つよう隊員の方には言われたのですが、ここで待っていればいち早くお会いできるかと思い……」

 女神もかくやの美少女が甘酸っぱい恋に焦がれ、妖艶な光を宿した瞳で上目遣いに想い人をチラ見する様は、非常にあざと可愛い。

 どんな身持ちの堅い男でも一発で陥落するだろう。実際、カーライル様も悶絶をこらえるようにうつむき、制帽のツバを押さえて必死に顔を隠している。

 ああ、はいはい。ご馳走様でした。
 馬に蹴られて死にたくないので、ここは戦線離脱しようと思います。

「あら、ということはこれからデート、ということですね。お邪魔虫の私はこれにて失礼します。二週間後のお茶会、楽しみにしておりますね」
「あ――」

 カーライル様が物言いたげな顔を上げたのを視界の端に捉えつつも、私はきっちりスルーして風のように去った――淑女に許される最大限のスピードで。
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