乙女ゲームの転生ヒロインは、悪役令嬢のザマァフラグを回避したい

神無月りく

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カーライルの独白5

事件の陰に潜む”信者”

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「遅いですよ、隊長。デートを邪魔された腹いせにイチャついてくるなんて」

 馬車を降りると、開口一番ニコルが不貞腐れた顔で文句を言う。

「……うるさい。そんなに待たせた覚えはないぞ」
「あ、イチャついてたことは否定しないんですね」

 半眼で揚げ足を取ってくるニコルに、図星を突かれて内心動揺しつつも睨み返し、さりげなく話を逸らす。

「それより、状況は?」
「……ご存知だとは思いますが、主な事件は乱闘騒ぎです。ところによってはボヤや窃盗も発生しています。今のところ死者はゼロで被害報告があるのは市街地を中心とした商業エリアのみですが、収拾がつかなければいずれ邸宅地にまで及ぶでしょうね」

 目で「あとできっちり追求しますから」と訴えつつ、ニコルは職務に忠実な部下の顔になって報告してくれる。

「誰か先導している奴がいるのか?」
「そこまではまだ。何しろあちこちで小規模な事件が乱発しているので、混乱を収めるだけで手一杯ですからね」

「とにかく、目の前のことから片付けるしかないってことか」
「そういうことです――では、コレに着替えてくださいね。おしろいのついた服で公務なんて、いい笑いものですよ」

 軍服の上着を差し出しながら、ニコルは意地の悪い笑みを浮かべる。
 そんなはずはと思いつつも、反射的に彼女に触れたかもしれないところを確認するが、やっぱり何もついていない。謀られた。

 内心舌打ちをするが、言い返せば余計にこいつのペースに乗せられるだけだ。それに今はそんな状況でもない。ニコルの手から上着をひったくり、ロングジャケットを代わりに押し付けて袖を通す。

「じゃ、走りながら現場を探しましょうか。一応事件発生個所の報告は受けていますが、おそらくそちらにはすでに他の隊員が臨場してるはずですし」

 俺が着替えているわずかな間に、ニコルは少し離れたところに繋いであった馬の手綱を引いてきた。
 それにまたがり、通行人に注意を促しながら街中を駆けることしばし。

 通りの真ん中から言い争うような声が聞こえてきた。
 続いて鈍い打撃音。野次馬の悲鳴や煽り文句。

 乱闘が起きているのは一目瞭然だ。並走するニコルと目配せして馬を止めて降りる。

「隊長! ニコル!」

 野次馬の整理をしていたらしい隊員たちの一人が、俺たちを見つけて駆け寄る。

「お前は馬の番をしつつ一旦その場で待機、俺たちが犯人を捕獲したのちに詰め所に連行してくれ」
「了解しました」
「ニコル、一発頼む」
「はいはい。皆さーん、おとなしくしましょうねー」

 ニコルは俺の命じるまま腰のホルスターから下げた小銃を手に取り、引き金を引く。
 入っているのは実弾ではなく、威嚇のための爆竹弾だ。
 
 パァンッ、と乾いた音が響き、あたりが一瞬静まり返る。

 その隙を突いて野次馬の壁を突破し、掴み合ったまま地面に転がる二人の男を見つけた。こいつらが騒動の種のようだ。

 片方はひょろりとした体型をしており、散々殴られたのか顔中が腫れ上がって鼻や口から血を出している。
 もう片方はがっしりとした体格で、ほとんど無傷だ。
 どちらが喧嘩を吹っかけたのかは定かではないが、これではほとんど一方的な暴力行為だったと思われる。

「王都警備隊だ。騒乱罪でお前たちを連行する」
「はぁ? 貴族のボンボンが粋がってんじゃねぇよ!」

 男の片割れ――無傷な方が立ち上がり俺に殴りかかってきた。
 喧嘩慣れしていそうなフォームだったが、所詮は訓練を受けていない素人。半歩引いてそれを避け、空振った腕を掴んで捻り上げて組み伏せる。

「い、痛だだだだっ……!」
「これ以上暴れるなら、体中の関節を外すぞ」
「わ、分かった、分かったから、放せ!」

 降参だとでも言いたげに地面をダンダン叩く男の拘束を解くと、痛む腕をさすりながら立ち上がる。

「一体何が原因で起きた喧嘩なんだ?」
「原因? そっちの奴がいきなり俺に詰め寄って、訳の分からねぇことまくし立ててくるから、黙らせるために一発殴ったらやり返されて――そこからなしくずしに殴り合いだ」

 実にくだらない理由だが、まさか発端があちらにあるとは思わなかった。
 ボロボロになっている方の男は、ニコルが肩を貸して立ち上がらせていた。

 俺と同じように事情聴取をしているらしいが、殴られた反動で呂律が回っていないのか、要領の得ないことをブツブツつぶやいているようにしか聞こえない。
 ニコルは俺をチラッと見て、空いている方の肩をすくめた。そちらからは何も得るものがなさそうだ。

 先ほどの隊員に二人を預けていると、ニコルが悩むように眉根を寄せていた。

「どうした、ニコル」
「いやね……さっきの男、どこかで見た気がするんですよねぇ。でも、派手に顔面の形状が変わってたから、なかなか思い出せなくて」

 確かに、あれだけ腫れていれば知り合いだとしてもピンとこないだろうし、家族でも本人かどうか疑うレベルで変形していた。

「そいつは指名手配犯か?」
「いや、そういうのじゃないです。知り合いにいたなぁっていうくらいで――あっ!」

 ニコルがパンと手を叩き、「信者!」と叫んだ。

「……信者? 邪教徒か?」
「違いますよ。マクレイン嬢の信者です。情報収集の過程で、あの屋敷に出入りしてる商人にも聞き込みをしたって言いましたよね? あいつはそのうちの一人で、仕立て屋の倅です。色恋の線は薄そうですが、相当彼女に傾倒してるみたいで、そういう連中を俺はまとめて“信者”と呼んでます」

 そういえば、マクレイン嬢を崇拝している人間は社交界にもいる。信者という名称は言い得て妙だ。

「でも、俺が話を聞いた時は、いかにも小心者って感じだったんですけどね……間違っても、あんないかにも強そうな奴に喧嘩売るタイプには全然見えなくて」
「……気にはなるが、そのあたりの判断は両者に聴取してからだな。他に手が必要な現場はあるか?」

 残って野次馬の整理をしていた隊員に話を振る。

「そうですね。ボヤ騒ぎの跡、でしょうか。すでに鎮火してますが、周辺住民が揉めていると報告がありました」
「分かった。ニコル、行くぞ」
「はいはい」

 まだ信者のことが引っかかっているのか、生返事をするニコルを引っ張るように連れ出し、それからいくつかの現場を巡った。

 少々手荒な介入も必要だったが、いずれもすぐに場は収まり、当事者たちの連行やくわしい聴取は別の隊員に任せてきたが――その現場には必ず信者がいて、諍いの発端、あるいは火に油を注いでいる形だということが判明した。

 ここは貴族街で、マクレイン家と懇意にしている商家が多いのは理解できる。だが、偶然と片づけるには遭遇確率が高すぎる。

「……こう立て続けに信者が出てくると、嫌でも勘繰りしちゃいますよねぇ……」
「マクレイン嬢が騒ぎを先導していると? だが、こんなことをしたところで、彼女に益はないだろう?」

「そりゃあそうですけど、無関係だって言い切るのも難しくありません?」
「しかし、彼女は現在公爵領にいる上に、フロリアンが派遣した人間によって厳しく監視されているようだし、王都に手を出せるとは思えない」

 マクレイン嬢を擁護するつもりはないし、決して疑いを持っていないわけではないが、理論上は彼女を容疑者に仕立てることには無理がある。

 それに、仮に彼女がこの事態を引き起こしたとしても、王都警備隊に貴族の違法行為を取り締まることはおろか、事情聴取すらできない。
 反逆罪など国家の根底を揺るがず大事件になれば国王陛下自らが裁くこともあるが、貴族の犯罪は基本的に貴族連盟という独立機関が処分を下すことになっている。俺たちの出る幕はない。

「……ひとまず、マクレイン嬢のことは後回しだ。粗方片付いたようだが、念のため一通り巡回してから詰め所に――」
「カ、カーライル様!」

 呼びかけに振り返ると、取り調べのため詰め所に戻ったはずの隊員が馬で駆けてくるのが見えた。

「何があった」
「先ほどジード家の馭者だという男が詰め所に来たのですが……王都警備隊の制服を着た男たち数名に、乗せていた年頃の令嬢が連れていかれたと……」

「ホワイトリー嬢が? 一体何故?」

 彼女は爵位こそ高くはないが貴族令嬢だ。先ほども述べたが、王都警備隊に貴族を拘束する権限はないし、現行犯であってもよほどの緊急性がない限り認められない。もしなんらかの事情で保護する目的であったとしても、“連れていかれる”という表現はおかしい。

「それは馭者も訊いたそうなんですが、職務上のことは話せないとの一点張りで、深く追求しようとすると暴力を振るわれたそうです。見かねたその令嬢が彼らについていく形で馬車を降りたそうですが、事件性を感じてカーライル様に直接確かめに来たようです」

 ホワイトリー嬢には戸は開けるなと言ったはずなのだが、馭者が倒されてしまえばどの道無理矢理連れていかれただろう。暴力に訴えるような輩が相手では、下手に抵抗するより自主的についていったことで待遇がよくなるはずし、結果的に彼女の行動は間違いではなかったと思うが……それでも無事が確認できない以上不安は尽きない。

 今すぐ駆け出したい衝動に駆られるが、闇雲に探したところで見つかるはずもなく、深呼吸しながら気持ちを落ち着かせて情報を集める。

「……他の隊に確認はしたか?」
「現在各小隊の隊長に問い合わせ中ですが、取り次ぎをした隊員の様子からして、王都警備隊の関与は限りなく薄いと思われます」
「となると、自分たちに成りすました何者かが――いや、もしかしたら、我々の内部にいる“信者”の可能性も……」

 退役軍人から着古したものを買い取るなど、軍服を入手すること自体はさほど難しくはなく、なりすまし犯の可能性も否定はできないが、これだけ街中に同業者が闊歩し連携を密にしていれば、最初はごまかせてもいずれ誰かが変装だと気づく。

 だが、初めから同僚であればその身元は保証されているし、着飾った令嬢を連れていても「騒動で連れとはぐれて困っていたところを送っている」とでも言えば簡単に騙せる。

 そして、彼らがニコルの言う“信者”だとしたら――いよいよマクレイン嬢の関与が濃厚だ。

 俺はニコルに情報収集並行してホワイトリー嬢の行方を探させ、マクレイン嬢の今を知るためフロリアンの元に急いだ。
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