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4話、ラーナのカミングアウト(4)

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「いいの、いいの、種族違うと分かんないよねー」
「……うん、わかんない」
「単純に広くて豊かだから、うらやましかったのかもしれないしね」
「ルベルンダは土地が、枯れてるの?」
「流石にこんな何もない砂漠ほどではないけどねっ!」

 鍋の中にある革鎧を口に放り込むラーナの態度は、先程までの物憂げな感じとはほど遠い、リリを見ながらいたずらっ子の様にニヤリッと笑った。

(ラーナは強い子ね、なぜここで笑えるんだろう?)

 リリの感覚では、一族の汚点に故郷が枯れた土地だなんて事は、明るく話せることではない。
 ましてや価値観の違いを認め、他人に話すのはもっと難かしい。

(色んなものを乗り越えて笑顔でいるのね)

 リリは素直に感心し、その上で聞く事にした。

「じゃあラーナさんは、復讐をしに来たって訳ではないのよ……ね?」
「っあぁ、そっか! 今の話を聞いたらそう思うか」
「でも違うんでしょう?」

(いくら平和な世界から来たわたしでも、ラーナさんの態度を見れば、それが違う事ぐらいはわかるわ)

 ラーナからは怒りはまだしも、恨めしいなんて感情は微塵も感じ取れない。

「うん、ボクはママの足跡を追ってるの」
「……足跡?」
「ごめん、説明が足りないね」

 一人納得したラーナと、今だ疑問が頭の中を占めるリリ。
 今度は先に言葉を発したのはリリの方からであった。

「ラーナさんのお母さんに、なんかあったの?」
「ボクのママはね、何度も何度も大陸へ向かっては偵察をしてたらしいんだ」
「いわゆる、密偵ってやつ?」

(鬼族もそういうことするんだ、意外! 筋肉こそ正義、力こそパワーって感じだと思ってたわ)

「だね、大陸のいろんな場所に行っては他種族と交流をしてたみたい」
「へぇー」

(でも、ラーナさんの境遇を考えると、お母さんも大変だったんじゃないのかな? っあ! ようやく革鎧が飲み込めたわ! あー……顎どころかもう首まで痛いわ)

 リリは首に手を当て軽くほぐすと少し俯くいた。
 ラーナは、リリの動きから不安があると感じ取ったのか、より一層、明るく話し出す。

「ボクのママは角が特別短かったんだよ?」
「ラーナより?」

 リリから見たらラーナの角は前世でアニメで見ていたものよりかなり短い。
 フードを被っていると、人だと勘違いしてもおかしくないほどである。

「まぁね、遠目には鬼族に見えないぐらい、らしいよ?」

 ラーナの「らしい」という言葉に違和感を感じたリリ。
 だが口に出すのはやめ、別の質問をする事にした。

「じゃあ、鬼族なのは隠して密偵を?」
「そうらしいよ」

(また言った、らしいって随分と他人行儀よね、仲が悪いのかな? でも密偵なのは知ってるみたいだし……んーわっかんないわね)

 リリの感じた違和感は正しいのであろうが、不安が勝り聞き返すことが出来なかった。
 ラーナの方は気にせず鞄から分厚い本のようなものを取り出すと、リリに広げて見せてきた。
 そこにはびっしりと文字らしき物が書かれている。

(本? でもこれ、手書きよね? どういうこと?)

 悩むリリにラーナが答えを言う。

「ボクもママの日記を見て、はじめて知ったんだよねぇ……」

(あぁ日記か! なるほどねぇ!)

 合点のいったリリに、先程とは別の不穏な思いつきが持ち上がる。

「ラーナさんのお母さんは密偵してたのよね」
「うん、そうだね」
「ってことはこれ……国家機密とか、じゃない……の?」
「知らなーい」
「いやいやいやいや!」

(軽いって! 国家機密は、やばいって!)

「大丈夫、大丈夫? ほらここ見て?」

 ラーナはリリを摘まみ上げ、日記を無理矢理みせる。

(だから軽いってぇ、らしいと言えばらしいけど……)

 しかし、それとこれとは別の話しである。

「コラー!! はなせー!」
「うわっ、暴れないでよ!」
「いやだー、みーたーくーなーいー!」

 リリはブンブンと体や手足を振るが、さすがはハイ・オーク、摘まむ指の力が強く逃げられる気配すらない。

「ラーナ! わたし国家機密を見て、世界や国家に狙われたくないー、嫌だー!!」
「いいから、いいから、ここだよ? 見て!」

 慌てふためくリリだが、ラーナの力の前では抵抗など出来るわけもなく、半ば強制的に日記を見せられる。

(……んん?)

 そこにはよくわからない図形が綺麗に並んでいた、恐らくはこれがこの世界の文字なのであろう。

「……あのーラーナさん?」
「なに?」
「読めません……」

 さっきまで暴れていたリリは大人しくなり、眼からは光が消え、言葉遣いは苦々しかった。

(文字ぐらい読めるようにしといてよ! ってかなんで言葉は通じるのよ!)

 怒りと共に疑問を覚えたリリだったが、ラーナの言葉が現実に引き戻す。

「リリって頭が悪かったんだぁ……」
「いやいやいやいや、悪くないから」

(別に、良いわけじゃあ無いけど、悪いって言われるのはいやー!)

「気づかなくて、ごめんね」
「謝られると余計に悲しくなるから」
「ごめんごめん」
「あーまた謝ったー、それにさっき生まれたばかりって、言ったじゃない」
「……ビックリした?」

 ラーナは摘まんでいたリリを離すと、堪えていたものが溢れ出すかのように、ケラケラと腹を抱えて笑いだした。

(からかわれてた? っえ、どこから? わたし本気にしたんですけど!)

 自分は堂々と嘘をついている事は棚に上げ、ムッとしたリリはぶっきらぼうに聞く。

「それで?! なんて書いてあるの?」

(もういい! 国家機密だろうが何だろうが、聞いてやろうじゃない、かかってこいやー)

 先程まで笑っていたラーナだったが、少しだけ落ち着きを取り戻すと、日記を改めて見て穏やかに言う。

「しょうがないなぁ、じゃあボクが読んであげるね」

 屈託なく、嫌味もない、明るいラーナの態度。
 それは、出会ってから今まで嘘をついていいるリリの心を、更に憂鬱な気持ちにさせた。
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