死に戻り令嬢は愛ではなく復讐を誓う

光子

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4話 天才薬師

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 ◇

「こちらでお待ち下さい」

 受付の女性に案内された先の応接室で、椅子に座ってギルバレド公爵様を待つ。一人っきりの静寂な時間。

(ここがギルバレド公爵様の研究所……か)

 ギルバレド公爵様が私との密会に指定した場所は、ギルバレド公爵家が所有する研究所の一つだった。
 外観は西洋文化らしい普通のお屋敷なのに、中は顕微鏡やフラスコなど、いわゆる実験に使うような道具が設備された部屋や、植物が育てられている温室、簡易なベッドや机が用意された診察室など、普通とは違う中身。

「――君が手紙の送り主、イリア=カスターニアですか?」

 暫くしてやってきたギルバレド公爵様は、私が送った手紙を片手に、笑顔を浮かべて尋ねた。
 どこか幼さの残る中世的な顔つきだが、確かエルビス様と同じ二十五歳くらいだったと思う。白衣を羽織って現れたギルバレド公爵様は、テーブルを挟んだ前の席に腰掛けた。

「その通りです、ギルバレド公爵様。私の話に耳を傾けて下さること、心より感謝します」

 席を立ち、丁寧に頭を下げる。

「貴族の男爵令嬢、しかもグラスウール伯爵夫人となる方からこんな文言が書かれていたら、無視するわけにもいかないですからね」

 ギルバレド公爵様が見せてきた私の手紙には、『ギルバレド公爵様が私の話を聞いて下さらないと、私はまた、婚家になるグラスウール伯爵家の手で殺されることになります』の文字。

「それで? 僕の知らない未知の毒で殺されたはずのイリア嬢が、どうしてこちらに? まさか幽霊か何かですか?」

 手紙にはそのまま、『私はギルバレド公爵様が知らない毒で一度死にました。その毒を飲むと喉に強い痛みが走り、息がしずらくなって、そこから全身に痛みが走ります。苦しみぬいた末に死ぬその毒は、痕跡が残らない未知の毒だそうです』と書いた。

「いいえ、私は一度死んで、過去に戻ってきました」

「へぇ、それが興味深いですね」

 やっぱり、こんな突拍子もない話を素直に信じてくれるはずないよね。
 顔を合わせるように座ったギルバレド公爵様は話を見極めるように、強い視線で私を見つめた。

「どうぞ、話を聞かせて下さい」

 ギルバレド公爵家は、《アルサファリア王国》の薬剤の流通を司る由緒正しき家門で、王室御用達の薬師でもある。その現当主であるケント様は歴代最高のと称され、薬の研究に余念がなく、未知の毒や薬の話を聞けばすぐに飛んで行ってしまわれるほど、探究心が強いことでも知られていた。
 反応がなかったらどうしようかと不安に思っていたけど、こうして話を聞いてくれるということは、少なくとも私の話に、一定の興味を持ってくれた証だ。

「私は、私の夫になる相手――エルビス=グラスウール伯爵と、その浮気相手アイラ、そして義理のお義母様とお義父様の手によって殺されました」

 一度目の人生で起こった死の事柄を簡潔に話すと、ギルバレド公爵様は眉間に皺を寄せた。

「酷いお話ですね」

「最後、あの人達は私が死ぬ瞬間を全員揃って見ていましたが、その中で、『この毒は新種の毒で、一切の痕跡が残らない』と話しているのを聞きました」

 苦しんで悲しんで、最後まで子供に手を伸ばしていた私の手を蹴りつけたエルビス様と、お義父様とお義母様が笑いながら話していた会話。視界が見えなくなっても、耳に届いた声だけはしっかりと覚えていた。

「ギルバレド公爵様には、その毒の解毒剤を処方して頂きたいんです」

「難しいですね、その毒はまだ発見されていないんでしょう? 症状を聞いてもそんな毒の存在は知りませんし、無いものから薬は作れません」

「私が毒を手に入れたら、処方して頂けますか?」

「……手を貸すのは構いませんが、絶対に解毒剤を作れる保証はありませんよ」

「分かりました、それで大丈夫です」

 アルサファリア王国でギルバレド公爵様以上の薬師はいない。ギルバレド公爵様に作れなければ、解毒剤は手に入らないだろう。

「大丈夫って、僕が解毒剤を作れなかったらどうするつもりなんですか? 毒を手に入れられない可能性だってあるでしょう?」

「その時は私の負けです、潔くもう一度死にます」

「――は?」

「勿論、ただで死ぬつもりはありません。不倫の証拠を集めて、死んだ後に公表されるようにします。エルビス様達の罪を記した遺書も用意します」

 不倫の事実が知れ渡れば、厳格なおじい様とやらはアイラとエルビス様の仲を認めないでしょうし、毒の痕跡が残らず私を殺したことは立証出来なくても、不倫の末に妻が死んだ、なんて、良くない噂は立つはず。
 絶対に幸せにはさせない。

「あと、ギルバレド公爵様には避妊の薬も用意して欲しいんです。子供が産まれたら私は殺されますし、もう二度と、あの人達に子供を抱かせないと誓いましたから」

 子供を産む道具にはならない。待望の子供も孫も抱かせてやらない。

「子供が産まれなけば、殺されずにすむのでは?」

「殺しますよ、あの人達は」

 今度は子供を産めない役立たずとして、手っ取り早く殺す。貴族の離婚は、それ相応の理由と厄介な手続きが必要ですからね。

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