4 / 37
4話 天才薬師
しおりを挟む◇
「こちらでお待ち下さい」
受付の女性に案内された先の応接室で、椅子に座ってギルバレド公爵様を待つ。一人っきりの静寂な時間。
(ここがギルバレド公爵様の研究所……か)
ギルバレド公爵様が私との密会に指定した場所は、ギルバレド公爵家が所有する研究所の一つだった。
外観は西洋文化らしい普通のお屋敷なのに、中は顕微鏡やフラスコなど、いわゆる実験に使うような道具が設備された部屋や、植物が育てられている温室、簡易なベッドや机が用意された診察室など、普通とは違う中身。
「――君が手紙の送り主、イリア=カスターニアですか?」
暫くしてやってきたギルバレド公爵様は、私が送った手紙を片手に、笑顔を浮かべて尋ねた。
どこか幼さの残る中世的な顔つきだが、確かエルビス様と同じ二十五歳くらいだったと思う。白衣を羽織って現れたギルバレド公爵様は、テーブルを挟んだ前の席に腰掛けた。
「その通りです、ギルバレド公爵様。私の話に耳を傾けて下さること、心より感謝します」
席を立ち、丁寧に頭を下げる。
「貴族の男爵令嬢、しかもグラスウール伯爵夫人となる方からこんな文言が書かれていたら、無視するわけにもいかないですからね」
ギルバレド公爵様が見せてきた私の手紙には、『ギルバレド公爵様が私の話を聞いて下さらないと、私はまた、婚家になるグラスウール伯爵家の手で殺されることになります』の文字。
「それで? 僕の知らない未知の毒で殺されたはずのイリア嬢が、どうしてこちらに? まさか幽霊か何かですか?」
手紙にはそのまま、『私はギルバレド公爵様が知らない毒で一度死にました。その毒を飲むと喉に強い痛みが走り、息がしずらくなって、そこから全身に痛みが走ります。苦しみぬいた末に死ぬその毒は、痕跡が残らない未知の毒だそうです』と書いた。
「いいえ、私は一度死んで、過去に戻ってきました」
「へぇ、それが事実なら興味深いですね」
やっぱり、こんな突拍子もない話を素直に信じてくれるはずないよね。
顔を合わせるように座ったギルバレド公爵様は話を見極めるように、強い視線で私を見つめた。
「どうぞ、話を聞かせて下さい」
ギルバレド公爵家は、《アルサファリア王国》の薬剤の流通を司る由緒正しき家門で、王室御用達の薬師でもある。その現当主であるケント様は歴代最高の天才薬師と称され、薬の研究に余念がなく、未知の毒や薬の話を聞けばすぐに飛んで行ってしまわれるほど、探究心が強いことでも知られていた。
反応がなかったらどうしようかと不安に思っていたけど、こうして話を聞いてくれるということは、少なくとも私の話に、一定の興味を持ってくれた証だ。
「私は、私の夫になる相手――エルビス=グラスウール伯爵と、その浮気相手アイラ、そして義理のお義母様とお義父様の手によって殺されました」
一度目の人生で起こった死の事柄を簡潔に話すと、ギルバレド公爵様は眉間に皺を寄せた。
「酷いお話ですね」
「最後、あの人達は私が死ぬ瞬間を全員揃って見ていましたが、その中で、『この毒は新種の毒で、一切の痕跡が残らない』と話しているのを聞きました」
苦しんで悲しんで、最後まで子供に手を伸ばしていた私の手を蹴りつけたエルビス様と、お義父様とお義母様が笑いながら話していた会話。視界が見えなくなっても、耳に届いた声だけはしっかりと覚えていた。
「ギルバレド公爵様には、その毒の解毒剤を処方して頂きたいんです」
「難しいですね、その毒はまだ発見されていないんでしょう? 症状を聞いてもそんな毒の存在は知りませんし、無いものから薬は作れません」
「私が毒を手に入れたら、処方して頂けますか?」
「……手を貸すのは構いませんが、絶対に解毒剤を作れる保証はありませんよ」
「分かりました、それで大丈夫です」
アルサファリア王国でギルバレド公爵様以上の薬師はいない。ギルバレド公爵様に作れなければ、解毒剤は手に入らないだろう。
「大丈夫って、僕が解毒剤を作れなかったらどうするつもりなんですか? 毒を手に入れられない可能性だってあるでしょう?」
「その時は私の負けです、潔くもう一度死にます」
「――は?」
「勿論、ただで死ぬつもりはありません。不倫の証拠を集めて、死んだ後に公表されるようにします。エルビス様達の罪を記した遺書も用意します」
不倫の事実が知れ渡れば、厳格なおじい様とやらはアイラとエルビス様の仲を認めないでしょうし、毒の痕跡が残らず私を殺したことは立証出来なくても、不倫の末に妻が死んだ、なんて、良くない噂は立つはず。
絶対に幸せにはさせない。
「あと、ギルバレド公爵様には避妊の薬も用意して欲しいんです。子供が産まれたら私は殺されますし、もう二度と、あの人達に子供を抱かせないと誓いましたから」
子供を産む道具にはならない。待望の子供も孫も抱かせてやらない。
「子供が産まれなけば、殺されずにすむのでは?」
「殺しますよ、あの人達は」
今度は子供を産めない役立たずとして、手っ取り早く殺す。貴族の離婚は、それ相応の理由と厄介な手続きが必要ですからね。
512
あなたにおすすめの小説
【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。
理由は他の女性を好きになってしまったから。
10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。
意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。
ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。
セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる