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17話 処罰
しおりを挟む少し不安だったアイラも、結婚式で会った相手がケント様だと気付いていないようだし、良かった。まぁ例えケント様だとバレていても、何であんな場所にいた、とか、色々ツッコミどころはあるけど、誰かと逢瀬を交わしていただけで大きな問題はない。
「あ、ああ! では最近流行りの絵画を買ったので、そちらを――」
「いえ、結構で……」
玄関先でみっともなく足掻くエルビス様の相手を続けていたケント様と目が合うと、ケント様の目が驚いたように見開いた。
何? どうしたの?
エルビス様の体を押し退け私の前まで来たケント様の、少し冷たい指先が頬に触れる。
「――殴られたのか?」
ああ、頬の怪我のことか。
嘘をつく必要もないので素直に頷いたら、ケント様の表情は一瞬で怒りに染まった。
「グラスウール伯爵、これはどういうことですか?」
「え!? いや、あの……」
予想もしないところで怒りを買い、戸惑っているのが分かる。エルビス様だけじゃない、お義母様もお義父様も、アイラも。まぁ、私とケント様が顔見知りだなんて、思いもしなかったでしょうからね。
「グラスウール伯爵は妻を殴るんですか?」
「いや! その、妻の聞き分けが悪くてですね、つい」
「つい? ついでイリアを傷付けたんですね」
「違っ」
「ふざけるなよ」
……ケント様が、こんなに怒るなんて。
普段の優しいケント様との違いに、驚きで心臓が大きく揺れた。
「も、申し訳ありません!」
「謝罪するべきは僕じゃないでしょう?」
「っ! す、すまなかった……イリア」
「貴方は謝罪の仕方一つ知らないんですか?」
「も……申し訳、ありませんでした」
あのエルビス様が、私に向かい、頭を下げて謝罪の言葉を口にする。この光景に、お義父様もお義母様もアイラも、呆然としていた。
「早く頬を冷やした方がいい」
分かっていて、こっちを優先したんですけどね。
ケント様の言葉に、グラスウール伯爵家の執事がいち早く反応し、冷えたタオルを持って来た。
自分で持って冷やせるのに、ケント様は私の代わりにタオルを頬に当てて……私を甘やかし過ぎではないでしょうか。
「ギルバレド公爵様は……まさか、イリアと顔見知りなんですか?」
貧乏男爵令嬢であることは知られているし、滅多に社交界に出ない私とケント様が顔見知りだなんて、普通は思わないよね。自分で言うのもなんだけど、どう見ても親密そうな仲だし、どんな関係か気になるんだろう。
「ええ、カスターニア男爵とは最近良いお付き合いをさせて頂いているので、その過程でイリアと出会いました」
「ギルバレド公爵様がカスターニア男爵と!? どうしてあんなうだつの上がらない貧乏男爵なんかと付き合いを!?」
「カスターニア男爵を悪く言わないで頂きましょうか。貴方ごときが彼を悪く言うのは不愉快です」
「そんなっ、それはあんまりです! 俺がカスターニア男爵より劣るみたいな言い方をするなど!」
「事実でしょう。カスターニア男爵はアルサファリア王国の危機に対して、領土にあった貴重な薬草を無償で提供した人格者です。今度、国王陛下からも直々にお褒めの言葉を頂けることでしょう」
「陛下から……だと!? あのカスターニア男爵が!?」
そんな重大なことになっているんですね……!
ケント様がエルビス様よりもお父様を評価し、私の代わりに怒ってくれたから、少し気も晴れた。当の本人は納得していない顔をしているけど、お父様は素晴らしいの、貴方なんかよりもずっとね。
「それで? グラスウール伯爵はいつ本当のことをお話するつもりですか?」
「本当のこと、とは?」
「まだシラを切れるとでも? グラスウール伯爵家にヤツリグサ草の被害なんて無いんでしょう?」
私がケント様にチクったとでも言いたげに、一斉に家族総出+アイラで私を睨みつけるのは止めて下さる? いや、実際チクったのは私だけど、それは一度目の人生での貴方達のお話です。二度目の人生の貴方達の動きをチクった覚えはありませんよ。
「イリアとはここ一ヶ月会っていませんでしたし、彼女からは何も聞いていません」
お飾りの伯爵夫人の私では結局、何も調べれませんでしたしね。これらは全て、私の話を元にケント様がお調べになったことで、調べがついたらお知らせしようとは思ってましたけど、結果、今の私は無実です。
「被害にあったと嘘をつき、王室から救済金を着服し、高額な価格で農作物を売りつけ、民の救済を怠ったこと、許されることではありません」
ん? 救済金の着服は初耳です! エルビス様、そんなことまでしてたのね。
「いや、それは……」
必死に言い訳を考えているエルビス様に、後ろで青ざめているお義母様にお義父様。アイラは隠れるように、エルビス様の背中に潜んだ。
「私利私欲のために行った悪行の罰はしっかりと受けて頂きますので、そのおつもりで」
「っ、申し訳……ありませんでした!」
事実を突き付けられ、言い逃れが出来ないと判断したエルビス様は、膝をついてさっきよりも深く頭を下げた。
国の一大事を利用して金儲けを企んだグラスウール伯爵家。これでグラスウール伯爵家は王家からも貴族からも、平民からの信頼も損なうことでしょう。今後冷めた目で見られるのは明白。いい気味、後ろ指を指されて生きていけばいいわ。
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