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18話 離婚したら?
しおりを挟む「イリア、馬車に傷薬がありますから、怪我の手当てをしましょう」
「これくらい、冷やしていれば平気ですよ」
「イリア?」
無言の圧を感じる……断れない! 仕方なく今度は頷くと、ケント様は私をエスコートするように誘導した。
「ああ、そうだ、グラスウール伯爵」
外に出る前、ケント様はエルビス様含むグラスウール伯爵家の方々に振り向くと、忠告するように声をかけた。
「今後、イリアを傷付ければ僕が許さない。肝に免じておいて下さい」
「は、はい……分かりました」
目を伏せ項垂れながら、エルビス様は小さく頷いた。
◇
ケント様の馬車に移動した私は、ケント様から怪我の手当てを受けた。
流石は天才薬師の調合した傷薬、少し塗っただけで痛みが治まったのだから、凄い効き目だ。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
心配そうに頬に触れ、頬の腫れ具合や薬の効き目を確認するケント様。
「……震えてるよ」
「あ……」
殴られた瞬間は怒りで何も感じなかったけど、ケント様に会って落ち着いたら急に怖くて、勝手に体が震えた。
「あはは、ごめんなさい」
両親や兄に殴られたことはないし、誰かに殴られたのは一度目の人生含めてこれが初めてだ。エルビス様と関わるまでは平和に生きていたことを実感し、これ以上、震えに触れて欲しくなくて話を変える。
「それにしても、来るのが早かったですね」
「大急ぎで色々と動いたからな」
ケント様はモルレシア草を手に入れた後、すぐにガルドルシア公爵家の研究所に戻り、除草剤の開発に取り組んだ。最初から効力のあるモルレシア薬の目安がついたのは大きく、すぐに薬は完成したらしい。
「カスターニア領で薬の効力は確認出来たし、後はどこでヤツリグサ草の被害が発生するか、だったから、注意深くアルサファリア国中を見張らせたよ」
「私が発生源を知っていれば良かったんですが……申し訳ありません」
「イリアが謝る必要はないよ」
カスターニア領に既にヤツリグサ草は発生していたが、モルレシア草の効力もあってか、領土から被害が拡大していなかった。だとすれば、別の場所で発生して国中に広がったと考え、ケント様は公爵家の力を活用し、ヤツリグサ草の被害を聞き付ければ、すぐに薬を持って現地に向かった。
「繫殖力が強くて少し被害は出たけど、食糧危機に陥るまでじゃない」
「そうですか……良かったです」
これであの悲劇が繰り返されないと思うと、安心から一気に肩の力が抜けた。
「少し情報を操作して大袈裟に被害が出たと広めてみたけど、上手くグラスウール伯爵は罠にはまってくれたんだな」
「はい」
私はケント様に、ヤツリグサ草の被害を一度目の人生と同じように、エルビス様の耳に届くようにして欲しいとお願いした。エルビス様がまた、同じ過ちを繰り返すのかを確認するために――結果、グラスウール伯爵家はまた同じ道を選択した。
折角、私が忠告してあげたのにね。
「イリアの望み通り、これでグラスウール伯爵家の悪事が明らかになるけど……このままだと、君まで悪く言われることになるよ」
……そうでしょうね、今の私はエルビス様の妻だから、悪事に加担していると思われても仕方ない。きっと私も、非難の目で見られる。
「はい、分かっています」
覚悟の上で、私はエルビス様達の悪事を暴く決意をした。だって、私も同罪だから。
一度目の人生の私は、エルビス様達の悪事に気付かないふりをして、耳も口も塞いだ。そんな自分のことも、気持ち悪くて大嫌いなの。
「もう離婚したら?」
「え?」
「浮気の証拠は充分揃ったんだろ? 不貞は離婚の理由になるし、厄介な手続きは全てギルバレド公爵家が請け負うよ」
離婚……する?
エルビス様の不貞が明らかになれば、厳格なおじい様はアイラと別れさせるだろう。社交界でも更に軽蔑されると思う。充分、復讐になったと言われれば、そうなのかもしれない。
「……いいえ、離婚はしません」
心が揺らいだのは確かだ。でも、このまま終わらせることは出来ない。私が味わった絶望は、この程度じゃない。もっと強くて強烈で、根深いもの。
「まだ毒を手に入れていませんし、ケント様も仰ったじゃないですか、エルビス様が未知の毒を持っているのは危険だと」
あれは、私を殺した物だ。私から子供を取り上げ、地獄に落とした憎い毒。
今でも目を閉じれば、あの時の光景が目に蘇る。子供を取り上げ、苦しむ私を嘲笑うように見るエルビス様達の姿。許せない、絶対に。彼等を地獄に落とせるのなら、私はどうなってもいい。
「ケント様がエルビス様達を牽制して下さったから迂闊に手を出せなくなったでしょうし、大丈夫ですよ」
出来る限りの笑顔を浮かべたつもりだけど、私はちゃんと笑えたかな? どうかこの壊れた心が、ケント様に気付かれませんように。
「……そう、分かった」
納得してくれたことに安心して、隠れて息を吐き出す。
「毒について何か分かったことはあるの?」
「それが、少しもないんですよね」
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