死に戻り令嬢は愛ではなく復讐を誓う

光子

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19話 許して下さいね

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 一度目の人生の私はエルビス様達を信じ切っていたから、何も気付かなかっただけかもしれない、と、今回は注意深く観察しているのだが、特に何の気配も素振りもない。食事に少しづつ毒を混入されている可能性も考えてケント様に体を診てもらったり食べた物や飲んだ物を渡したこともあったけど、毒の反応はなし。

「もう諦めたら?」

「他人事ですね、ケント様」

 ケント様だって未知の毒が手に入らないと困るはずなのに。

「イリアを犠牲にしてまで手に入れたくない」

「――」

 未知の毒や薬、研究に目が無いはずなのに、それよりも私を優先してくれる言葉が、素直に嬉しい。
 でも、本当は自分はどうなってもいいと思っていることがバレるのが嫌で、ありがとうございます、と、心の中でお礼を伝えて、口には出さなかった。
 心優しい人、二度目の人生でケント様と出会えたことは、不幸中の幸運だ。

 ◇

 ケント様来訪から数日――

 二度目の人生では、一度目に起きた悲劇は起こらず、アルサファリア王国は変わらない日々を送っていた。ただ一つ、ある家門を除いては。

「……おい、グラスウール伯爵家だぞ!」
「金儲けのために俺達平民の命を犠牲にしようとした最低な奴等だ!」
「よく平気な顔で街を歩けるもんだな!」

 エルビス様、そしてお義母様お義父様は、貴族は勿論、平民からも軽蔑の眼差しを受けることになった。特に、平民達を犠牲にしようとした魂胆が明らかだったため彼等の怒りは強く、酷い時には、グラスウール邸に岩を投げ付けられることもあった。本来なら、伯爵家にそのような振る舞い許されるものではないが、グラスウール伯爵家の悪事は知れ渡っており、誰も擁護するものはいなかった。
 それだけ今回の件は重く受け止められており、それには、ケント様も深く関わっていた。

「グラスウール伯爵夫人、ギルバレド公爵様にヤツリグサ草のことをお伝えして下さったのは夫人だと聞いています! お父上も、貴重な薬草を無償で提供して下さったとか! 感謝致します!」
「何でも、夫人は一人でグラスウール伯爵や義両親の悪事を止めようとされていたとか、ご立派ですわ!」
「イリア様は我々の命の恩人です!」

「……お褒めの言葉、皆様、ありがとうございます」

 街に一歩足を踏み入れるや否や、平民達に囲まれ、感謝や賛辞の言葉を贈られる私。いや、何で? 何でこうなった!?

 疑問にしてみたけど、もう答えは分かってる。

(ケント様……裏で手を回しましたね)

 こんなことが出来るのは、ケント様しかいない。ケント様が情報を回し、印象操作を行ったのだろう。
 伝わっている内容は嘘ではないし、お父様もケント様の話に同意しているから信憑性はより高まり、グラスウール伯爵家の中で私だけが、特別な扱いを受けていた。

 エルビス様達と一緒に非難の目を向けられることを覚悟していた私を、ケント様は守ってくれたのだ。

 ケント様には守られてばかり。彼があそこまで怒ってくれて、ここまで守ってくれるなんて、思ってもみなかった。私は自分で思っている以上に、強くて頼もしい協力者を手に入れたんじゃないだろうか。

 ケント様の牽制の力は素晴らしく、あれ以降、エルビス様が私に暴力を振るうことはなくった。

(まぁ、明らかに敵視はされるようにはなったけどね)

 子供が産まれるまでは優しくて理想的な夫だったエルビス様や、本当の娘のように可愛がってくれたお義母様もお義父様も、最近では負の感情を隠さず、睨み付ける視線を向けてくるから、面白い。定期的な子作りにも来なくなったし、きっと私を子供を作る道具にも相応しくない、厄介者だと認識した。
 こうなったら、次にあの人達は何をするだろう?

(私をまた、殺しますか?)

 毒の痕跡の残らない未知の毒。それを使えば、私を不慮の事故として葬り去ることが出来るものね。今まで毒の存在を微塵も感じなかったけど、私の命を囮に使えば、きっと、尻尾を出すはず。

(もし私が死んでしまっても……きっとケント様なら、私の無念を晴らしてくれる)

 私の唯一の協力者。
 心優しいケント様に全てを託してしまうのは申し訳ないけど、少しでも毒の手がかりを残して逝きます。だから……許して下さいね。


 ◇◇◇

 グラスウール伯爵邸ダイニングルーム――

「クソ! 何で俺達がこんな理不尽な扱いを受けなくてはならない!」

 強い力でテーブルを叩きつけるエルビス様。
 もう、そんなに乱暴にテーブルを叩くから、用意された料理が揺れたじゃない。スープが零れなくて良かったわ。

「貴族からだけでなく平民からも侮辱を受けることになるとは……!」
「ああ、うちはもうお終いだわ!」

 お義父様もお義母様も、頭を抱えたまま食事に手も出そうとしない。
 まるで夕食がお通夜のように暗い。昼夜問わず家の中のカーテンも全て閉め切っているから、余計にそう思う。

「ねぇエルビス。あれは何かの間違いで、私達にそんな気がなかったことには出来ないの?」

「無理に決まっています! ガルドルシア公爵はまるで俺達がこうすると最初から分かっていたように用意周到に証拠を集めていたんです! 誤魔化すなんて不可能だ!」

「そんな……」

 お義母様、もう諦めた方がいいですよ。まだ理解されているエルビス様の方がマシです。


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