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28話 甘い誘惑
しおりを挟む話し合いを終えたグレイブ兄様は、私の頭を鷲掴んで前に倒しながら、自身も頭を下げてケント様に謝罪した。痛い、痛いから! もう少し優しくしてよ!
「構わないよ、僕としてもグラスウール伯爵には思うところがあるから、グレイブに言い負かされている姿を見れてスッキリしたよ」
「そう言って頂ければ助かります」
「僕がコテンパンにしても良かったんだけど、グラスウール伯爵の性格からして、格下だと見下していた相手にやられる方がダメージが大きそうだからね」
「ええ……特に父のことは見下し方が酷かったですから……本当に、父から家門を譲り受けていて良かったです。父ならエルビス様に騙されて経営権を渡していたことも十分に考えられます」
グレイブ兄様、大正解! っと言いうか、二人とも随分仲良くなったのね。お互いに名前で呼ぶようになってるし。取引相手で会う内に打ち解けたんだと思うけど、自分が知らない二人の交流が、もうカスターニア子爵家を出ていることを突き付けられた気がして、少し寂しい。
「さて、それはそれとして――イリア、話がある」
怖い! グレイブ兄様の顔が怖い! どういうことなのか説明しなさい! と言わんばかりの圧が凄い!
「えーーっと、ケント様もいらっしゃるし、話はまた今度ということで……」
「僕のことなら気にしなくていいよ」
ケント様、空気を読んで! それとも、空気を読んだ上で私をグレイブ兄様に差し出したの!?
「ケント様もこう仰って下さっているし、エルビス様のこと、ゆっくり話を聞かせてもらうぞ」
「……はい」
こうなった以上、もう逃げられない。案の定、そこから夕食までの間、永遠と、エルビスについての聞き取りが尋問のように行われた。
「本っっっっ当に、あんな男と離婚したくないんだな!?」
何度目の確認だろう、耳にタコが出来そう。
「うん、私、エルビスが好きだから」
都度、偽物の笑顔を貼り付けて嘘の答えを口にする。本当は好きじゃない、嫌い、憎い、殺したいくらい恨んでる。でも、口には出せない。
「…………はぁ、分かった、でも離婚したくなったら、すぐに俺に言うんだぞ!? 酷い扱いをされてもすぐに言え! 俺はいつでもイリアの味方だからな!」
今すぐにでも泣き出してしまいそうな悲しいグレイブ兄様の表情。どうしてグレイブ兄様がそんなに泣きそうな顔をしているの?
「うん、分かった」
家族をこんなに傷付けてまで復讐を優先する私は、本当に駄目な妹だと思う。でも止められない。復讐をしないと、何のために人生をやり直しているのかが分からなくなる。私はね、自分の幸せよりも、エルビス達が不幸になることが大切で、生きている意味なの。
◇
夕食を終え、グレイブ兄様は明日エルビスと交わす書類の準備のために早々と席を立ち、残された私とケント様は、ゆっくりと食後のお茶を頂いていた。美味しい、この茶葉一つとっても貧乏な頃とは違う良質な物を使っているのが分かる。きっとケント様がいるから使ってるんだろうな。
「グレイブとの話し合いが無事に済んだみたいで何より」
「……おかげさまで」
私をグレイブ兄様に差し出したのはケント様なのに、まるで自分は関係無いと言わんばかりの台詞ですね。あそこでケント様が私を庇ってくれていたら、グレイブ兄様に尋問されなくて済んだのに。でも、ケント様は充分、私を助けてくれているのだから、こんなことで文句を言っても仕方がない。
「ケント様、グレイブ兄様に何か言いました?」
「何も言ってないよ」
「本当ですか? なのに、こんな……」
私に都合のいい展開になったの?
「本当に余計なことは何一つ言っていないよ。軽く誘導はしたけど、それだけ」
「誘導?」
「君を殺させないようにするために少しばかり提言したくらい。もし俺が本当に余計な口出しをしていたら、グレイブなら復讐を今すぐに止めさせたと思うけど、しなかっただろ?」
「それは……確かに」
「だろ?」
グレイブ兄様は何度も何度も離婚を勧めてきたけど、強要はしなかった。
融資も……本来のグレイブ兄様なら口にしなかったと思う。私をエルビスから引き離そうとはするだろうけど、私が応じなければ、それまでだった気がする。
「本当に離婚すれば?」
「え?」
「復讐を止めて、家に帰ればいい。そしたら、いつでも美味しいご飯が食べられるようになるよ」
カスターニア子爵家の食事は、基本、お母様が担当していた。貧乏で料理人が雇えなかったからだけど、お母様は文句一つ言わず喜んで台所に立っていた。今のカスターニア子爵家なら料理人を雇えるはずなのに、こうして娘の帰省に合わせて張り切って手料理を振る舞ってくれるのが、お母様らしい。
グラスウール伯爵家の食事は、どれだけ豪勢でも美味しいと思わない。お母様手作りの料理が、私の好きな味で好物。そして気心知れた大好きな人達と並んで食べる料理が――何よりも美味しい。
ケント様は、私が復讐を続けることに反対なんだろう。だけど止めないのは、私の意志を組んでくれているからか、無理矢理止めてしまったら私には何も残らないと分かっているからなのか、私には分からない。
誘惑の言葉を囁いて、私自身に復讐を止めるように誘導するケント様。
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