童貞じゃねえし! 処刑されてねえし! 生きてるっての!

気合いで脳内完結する

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絶体絶命!? 床入りの儀。繋がり始めた点と点

八徳一生の不覚。

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「あ、あの……今、なんて言った?」
「主様は本当、無粋モンでありんすなぁ。わっちに二度、同じことを言わせるつもりなんしか?」
「う、嘘……だろ?」
「嘘もなにも。わっちは、主様が昨日の初夜を何一つ覚えていないことが信じられん。あれだけ熱く、激しかったというのに」
「嘘だろぉぉぉ!? 何も覚えてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 とんでもないことに八徳がうろたえ、絶叫したのは、祝言を結び、床入りとなった日の翌朝のことだった。
 記憶はとびとび。最後の方などまるで覚えてない八徳が、ふと我を取り戻した時には、すでにお天道様が上って結構経っていたころだった。
 そして、目が覚めたとき、隣で寝息を立てていた鈴蘭を認め、真っ青になった。
 八徳は慌てて彼女を起こし、すぐに告げられた。

 ……八徳は、荒々しく鈴蘭を抱いたのだと。
 何度も求めてきて、全然寝かせてもらえなかったのだと。ゆえにまだ眠たくてしょうがないのだと。

「だ、だが鈴蘭。あ、あれ・・がないんだ」
「あれ……とは?」
「あの、腰が引っこ抜かれた後のような感覚。体中の気力体力を吸い上げられたような、足に力が思うように入らないあの感覚」
「あの感覚と申しんすが、主様は常人と比べ、気力も体力も満ち満ちておりんしょう? 昨夜はまるで野獣の様でありんした。単純に、主様にとって昨日の回数だけでは物足りなかったということ。満足にいたらなんしは、わっちの不徳のいたすところでありんしょうが、お陰で、わっちは腰が痛くてなりんせん」

(こ、この八徳……一生の不覚ぅぅぅぅぅぅ!)

 《月下の華》とまで称される鈴蘭と夜の営みにまで及んだという。何度も、繰り返し。
 しかし、その記憶だけごっそりとなかった。
 記憶が途切れるところギリギリまでの意識も、記憶も、はっきりしているつもりだったが、その場面だけ無いというのが、男として情けないことこの上なかった。

「本当にお忘れなんしか?」
「あぁ、いやぁ、えぇっと……スミマセン」

 そんな状態で、八徳の心を覗くような、すこし楽し気に笑みを作った鈴蘭の瞳に見つめられる。いたたまれない気がして、思わず謝ってしまった。

(なんでだ! 最後、ちょっと無理やりになっちまったが、押し倒し、やり返したところまで覚えているってのに。床入りの記憶だけゴッソリとねぇぇぇぇぇ!)

「まぁ、許しんす」
「本当にスマン」
「許すと言ってありんす。今度こそは、次こそはちゃんと……」
「ん? 次こそ?」

 鈴蘭の語り掛け。
 思うところがあった八徳は、ふと、彼女に視線を送ったが、いつもの余裕の表情は全く崩れていなかった。

「主様は、晴れてわっちと馴染みになりんした。だから昨日のように、初めてだからと言ってがっつく必要もない。ちゃんと、二人の記憶に残るものにいたしんしょう」
「トホホ。まぁでも、これで一応もう、お前から生息子と嘲られる心配はないか」
「さぁて、それはどうでありんしょう。生息子様?」
「せめてカオナシって呼んでくれよ。そして俺はもう、生息子じゃないはずだ」 

 三度目の顔合わせ。《馴染み》の日を通して、二人の関係性は少しだけ変わったようだった。
 それまでは二人とも、ぎくしゃくしていて、付き合うのも堅さがあった。今日この日、朝からはすでに、二人のやり取りは、かなり砕けたものになっていた。

「さて主様? この痣のことでありんすが……」
「痣。そうそれ! それをお前に聞いたことは覚えている。あの時は、お前を怖がらせるようなことしちまって……って、そこまで覚えていながら、どーしてお楽しみのところだけ覚えていないんだ俺の馬鹿野郎!」
「異国からの馴染みにつけられんした」
「……あ? 鈴蘭?」

 それゆえの、昨日拒絶した問いへの回答か。それとも心境が何か変化したのか、昨日は知徳が求めた答えを、鈴蘭は示して見せた。

「確か名は……John Doだったかと。異国版廻船問屋の大旦那。そして、エゲレスでもお武家格ときいておりんす」
「いいのか。昨日は『ご法度だ』って」
「言ったでありんしょう? 主様に嫌われたとあっては、わっちの馴染はその異国の旦那一人になってしまう。《実芭蕉紅麗転落節》の二の舞は、ごめんでありんす」
「ツッ!」

 最後、出てきたその銘打たれた事件に、絶句した八徳。これを、彼の心の中を覗き込むよう、黙ってジッと目出し穴から見える瞳を黙って見つめる鈴蘭。

「俺に嫌われたくないって。だからその事件を持ち出すのか?」
「わっちの現状を考えるなら、ただの杞憂と思えしんすか?」
「それは……」

 八徳には気取られぬよう。だが、明らかにその反応をうかがっているようだった。

「だから、主様はわっちを大切にしなくてはなりんせん」
「別に、むげに扱うつもりはないんだが……って、おい」

 八徳はその流れ、話の途中で、ふいに鈴蘭が八徳の顔……正しくは、頭巾をかぶるカオナシの頬に、そっと掌を添えてきたことに絶句する。

「おま……」
「主様には、大切なお人がおりんす」
「なっ!」
「それはお家の方々なのか、どこぞの女一人なのかはわかりんせん。でも、わっちにはどうでもいい」
「どうでもいい……のか? ひどく、その状況はお前を傷つけるものだと思うが?」
「どうでもいいのでありんす。なぜならばそれは、主様がその頭巾を脱いだ時、主様がカオナシ様ではなく何某なにがし様かの時の世界のことでござりんしょう?」
「そいつぁ……」
「ですが、わっちの前にいんしはカオナシ様。頭巾を剥いだ何某様かで、情報屋をするわけにはいかないのでありんしょう? それは何某様として生きる世界の住人である、主様にとって大切な方々に危険が及ぶかもしれなんしから」
「なにが言いたい?」

 優しい、暖かな笑み。
 包容力と安堵を、鈴蘭の笑顔から八徳は感じた。

「なんも。以前からお伝えしているお願い事を、繰り返すだけでありんす」
「前から、されている願い事だと?」
「大切な人に危険を及ぼしたくないから、主様は頭巾をかぶり、何某様からカオナシ様へと己を切り替える。そうすることで、何某様が生きている世界から、カオナシ様としての世界に移行する。そのとき二つの世界は大きく離れているのでありんせんか?」
「それはそうだが」
「主様にはわっちだけを見てもらいたい……とは申しんせん。付き合いや、これまでに至る中での出来事も、思い出深いもんもありんしょう。だから主様が、主様の大切な人を思うことを、わっちは許しんす。でもそれは、頭巾を脱いだ何某様の時だけ」
「鈴蘭?」
「主様は頭巾をかぶってカオナシ様になる。カオナシ様の世界に踏み込むときには、大切な人に危険がないよう何某様の世界に置いていく。なら、それら方々は、カオナシ様の世界の住人ではござりんせん」

 ずっと見つめられているうちに、彼女の瞳に、八徳の心はまるで吸い込まれているようで、ゆえに、その鈴の音のような声もよく通った。

「それら大切な方々は、何某様の世界の住人。カオナシ様の世界には、また別の住人たちがおりんす」
「それが、お前だってのか」
「ただの住人ではありんせん。わっちは、主様が踏み込んだカオナシ様側の世界の、主様の妻でありんすから」
「あ……」

 そうして、八徳もやっとわかった。鈴蘭が、己に対して何が言いたいか。

「頭巾を脱ぎ去った何某様の時だけは、主様は主様の正体の世界に生きる者を思うことを許しんすから……」
「……やめてくれぇ。それを言われちゃあ、いよいよ本気でお前から引けなくなる」
「カオナシ様がカオナシ様の世界にいるときだけは……わっちのことだけを見てくりゃれ?」

 ハッと目を見開いた、フッと息を飲み込んだ。

 いろいろいる。というより、最近転生して新生八徳になって大切な人は次々とできた。庄助、綾乃、おやっさんに女将さん。
 転生前からの大切な者だっていた。始末屋八徳としてなら、特筆すべきは幼馴染の紅蝶。
 
 その存在がいることを、想い続けることを鈴蘭は認めてくれた。
 頭巾を脱いだ何某。つまり鈴蘭がいまだ名前を知らぬ、正体の八徳が、八徳として生きているその時だけは。

 反対に、それらを遠くに置いて、カオナシとして活動し、生きるせめてその時だけは、鈴蘭だけを気にかけ、案じ、思い続けろ……と言われているに等しかった。

「昨日、お前を二の次にしたのは悪かったと思ってる。とはいえ、”俺”が殺された事件だ。どうにも気がかりになってしょうがなかった」
「わかっておりんす」
「それがわかっていてなお、俺に賭けようってか。目移りが激しい。いつ仕事をなくすかもわからん俺だぞ? いくら異国人以外で、最後残った馴染み客だからって……」
「主様は、そんじょそこらの口先ばかりの男たちとは違いしんす。まごうことなき、れっきとした一人の傑物。そうでありんすな。だからお受けくださいなんし?」
「……努力は、する」
「まずはその一言が聞きとぅござんした。お気張りを。いつか、ほんに一人でわっちを支えてしまうほどまでに」「簡単に言ってくれるなよ」

 何とか、鈴蘭に返した八徳。
 受け止めて、頭巾越しの頬から手を放した彼女は、満足げに笑っていた。
 笑って……すぐつっけんどんなきつい感じの表示に転じたとたんだった。

「盗み聞きとは行儀が悪い。わっちが、それを教えなんしたかコリン?」
「は?」
「いや、皆の衆」
「え?」

 どこへともなく声を上げたかと思うと、閉じた障子が隔てた廊下に視線を送った彼女。
 そのまま、一気に障子をあけ放った。

「げぇっ!?」

 八徳が声を上げたのはしょうがない。
 障子が開いて、コリンから、昨日の宴に出席していた妓楼の楼主、太鼓新造の娘たちがいた。この部屋での様子を、いったいいつからかはわからないが。ずっとうかがっていたようだった。

 もちろん、先ほどの恥ずかしい話においても。

「まぁでも、わっちの願いを主様が受けたところを、聞き届けた証人でもありんすか」
「なっ?」

 全員が、二へラッと薄気味悪い笑みを浮かべていた。コリンは、ニンマリと嬉しそうでいてホッとしたような笑顔を沸き立たせた。

「と、いうわけで主様。皆を証人として建てた誓いは、しかと果たして頂んしょう?」
「は、図られたぁぁぁぁ!」

 こうして、覚悟不覚悟関係なし。
 
 記憶に残らぬ初夜を超え、二人はこの遊郭で、想い想われの身になった。
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