童貞じゃねえし! 処刑されてねえし! 生きてるっての!

気合いで脳内完結する

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値のつかぬ情報

思いがけぬ来訪者

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 まったくもっていい御身分である。
 お天道様が高く上り、分け隔てなくすべてを温かく照らす時間帯は、多くの動植物を活発にさせる。
 それはもちろん、人間様も例にもれなくて、様々なところでみな額に汗し、労働にいそしんでいた。しかしながら……

「はい、新たなお銚子。それに、小松菜の漬物ね」

「お、うまそうだ! 親父、酒、すぐになくなっちまうだろうから、もう一本もってきてくんな!」

 元始末屋八徳、絶賛酒浸り中だった。

「いやぁ、この鯉の酢味噌和え、いい味出してるねぇ! 脂ののった鯉のコックリとした感じを、酢味噌のサッパリ感が洗い流し、爽やかな後味に変えてくれる。食感がまた面白れぇ。身がしっかりして歯ごたえはすげぇが、それ以上に、身の断面のザラつきが、舌を滑らないってぇ感覚が珍しい」
「お客さん。うちの出し物を褒めてくれるのは嬉しいんだけど、いいのかい?」
「何がだい!?」
「そりゃ、うちは居酒屋。にぎわい見せる夜間とはうって変わって閑古鳥のなくこの時間帯に利用してもらえるってのは嬉しいんだけど、昼から酒たぁ」

 隠居したような老人であれば、この時間に酒を傾けるのも居酒屋のおやじ的にはいいのだろう。
 しかしながら、気さくに注文するのはまだ体力も精神も充実していそうな若者。
 日が高いうちに酒に口つける八徳のことを、快く思っていなさそうだった。

 といっても、別に堕落をしているわけではなかった。
 キュッとお猪口を煽り、机にお猪口の底をたたきつけ、彼は今入っている居酒屋から、木製による格子窓越しに外を眺めていた。
 場所は確かに居酒屋ではあるのだが、この店は、《港崎心中》の登場人物二人に関わり深い仕立て屋三甲堂の近所。

 事件があったのはかなり以前。流された血の跡や凶器、遺体、すべて残されているわけではない。が、それでも現場見分に訪れて、いま酒を飲んでいるのは、昼食の代わりだった。

「まだ若いのにもったいない。若さを、無駄にしているよ。あれかい? 働いたら、負けだとでも思っているのかい? いいかい? あたしが若い時にゃあ、それはもう《若いうちの苦労は、買ってでも奪ってでも、泣き落としてでもしろ》って……」
「お、親父。あと酒盗ももらおうか?」
「……毎度」

 なんというか、責められているようでいたたまれなくなって、八徳は店主にそう告げる。

 説教を受けたくなくて、別のことを店主にさせようとして酒盗を頼んだ八徳。
 実はこのようにしつこく絡むことで、そこから客が逃れようとして注文を追加させるような営業手法なんじゃなかろうかと、苦笑いした。

「Will you mind, that may I have this sheet? (座っても?)」

 その時だった。

「Well,……have you ever even only once according to my request? (お前が、一度だって俺の要求を飲んだことあったかよ)」
「bloody no. never(ないな。ありえない)」

 突然、死角から声がかけられた。
 一瞬、息を詰まらせつつ、しかし会話を続けたのは、その声が、今一番会いたくない存在のものではなかったためだった。

 そうして、声の主は、そのまま八徳の机を挟んで正面の椅子に座った。

【お前、何かの冗談か? まさかその恰好でここまで来たってわけじゃないだろうな】
【異国の者が外国人居留地を出る。いろいろ触れるところもありそうだったから、お前の真似をしてみたのだが。おかしいか?】
【おかしいっていうか。どこから突っ込んだものかわからねぇよオスカー】

 八徳が以前ヴァルピリーナのところで働いていた時の同僚で、彼女の従者。声の主は、オスカーだった。
 が、そのいで立ちがあまりにおかしくて、思わず八徳はため息を禁じえなかった。

【よくあるだろう。《木を隠すには森の中》だと】
【お前のそれは、《竹林の中の一本松》みたいになってんだよ】

 八徳カオナシ仕様の時と同様、頭巾をかぶっていた。ここまでは、まだ許せた。
 日本の町人格好の衣服を身にまとっていた。だが、彼の高い身の丈に合っていなくて、日本人にはない、人種が違うゆえのきめ細やかそうな白い肌の脛やハギが、裾からニョキッと伸びていた。

 八徳は立ち上がって、追加注文をしたことで厨房に入った店主に呼びかける。しばらく、内密な話があることから、店主には、呼びかけがあるまで厨房にとどまってもらうように願い出た。
 そうしてまた座りなおした。

【まさかこんな場所にいるとはな。ずいぶん探した。お前はてっきり宿六庵にいるものだと思っていたからな】
【テメェにゃもう、関係ねぇだろう】

 相手はヴァルピリーナではなかった。だが、特段会いたい相手でもなかったから、憮然とした表情のまま、新たにお猪口に次いだ酒を口に含んだ。

【そうでもない。それで、調査はまだ続けているのか? お前が狙われた事件・・・・・・・・・についての】

 ゴクリッ! と、強めに、酒を飲みこむ際に喉が鳴った。
 おもむろな声で聴いてきたオスカーの問いは、八徳にとって全く想像だにしなかったからだ。
 そもそも……

【なんでお前、俺が狙われたっていうことを知っている?】

 オスカーが、八徳が狙われた故に事件が起きてしまったのだと知っているはずがなかった。
 それを、問いただしてきたのだから。

【別に、気づいたのは私ではない。お嬢様だ】
【ヴァルピリーナが?】
【なんだ、考えもしていなかったという顔をしているぞ? お前】

 だから、飲み込む際に力が入ってしまった。
 唖然とした顔で、頭巾をかぶったオスカーを見やる八徳。
 八徳が身動きができないことをいいことに、オスカーは、まだ八徳が手に取っていないお銚子をひったくって、そのまま、注ぎ口を、かぶる頭巾の中に差し込んだ。
 机にはお猪口が八徳分しかないから、そのまま直接飲んだらしい。

【……利く。日本の酒は、葡萄酒や蒸留酒とはまた違った種類の破壊力があるな】

 勝手に酒を飲まれたというのに、いまだ、八徳は微動だにできなかった。

【瓦版によるとどうやら、お前の馴染みの鈴蘭とかいう花魁には、ジンクスがあるようだからな。フーリガンが多いらしい】
【な、なんで……】
【カオナシときいて、想像するなら二つだろう? 腕っぷしと、港崎遊郭高嶺の花、鈴蘭の馴染み。このうちに腕っぷしに反感を買うのは攘夷志士たちだろうが……それはあり得ないだろう。《始末屋八徳横恋慕》と《ラシャメン天誅》で恥をさらし、権威も失墜している。今更、お前に対して敵討ちとはな】
【ッツ】

 そんな八徳を前に、オスカーは話をつづけた。
 八徳には理解ができなかった。
 あの日、彼女の元から去ってしばらくが経った。当然その間にやり取りはしていない……のに。
 ヴァルピリーナは、足で稼いだ八徳と、まったく同じところまでたどり着いていた。

【そうなると、狙われかねないのは鈴蘭という花魁の馴染みの立場か。瓦版には花魁に殺されたとあったが……】
【《カオナシ不覚殺傷劇》。だが、瓦版には『カオナシが、抱いた花魁に対して浮気を仄めかしたことが殺された理由』だったと書いてあったはずだ】
【記事の文面だけを見れば、殺されたのはカオナシではなく、実際に浮気を仄めかしたカオナシを演じた何某かが怒りを買ったからだ……と、お前はそう言いたいんだろう?】
【なら、ヴァルピリーナが、『狙われたのは俺だった』という結論にたどり着くはずがない】
【そうでもない】

 お銚子も、いいところまで酒を飲んだのか、かぶる頭巾に差し入れたお猪口を抜き、机に置いたオスカーは、深く息をついた。

【お前がカオナシであることを知っているから、私たちはその記事を読んでも偽物だと知っている。だが、殺害当時までは、その花魁にとっては、あれはあくまでもカオナシだった】
【港崎の連中は、あれがカオナシじゃねぇって結論を持ってるぞ?】
【当然だ。お前が演じるカオナシであれば、花魁一人に殺されるような男じゃない。逆に言えば、殺されたから偽物だと気づくに至った。それまで花魁にとって、その偽物を本物と思っていたんだよ。ただの痴話話で殺すだろうか? 遊郭の英雄カオナシに、腕っぷしで挑戦すると?】
【いや、だから現に事件は起こっ……】
【なら、道の往来に死体は転がらない】

 オスカーもオスカーで大したものだった。
 彼は、ただ、ヴァルピリーナが外国人居留地で推理したものを、そのまま八徳に告げているだけ。
 そこに私見や自分の考えを混同させず、彼女の推理を正確に伝えていた。

 話す口ぶりや、醸し出す雰囲気だけを見ると、あたかも、オスカーがその推理を導いたようにも見えるほど、堂々と物語っていた。

【は?】
【瓦版には、遺体は往来に打ち捨てられていたと。花魁と寝たのちに、浮気を仄めかされたら、その場で殺したくなるものだろうと思うけどな】


(まぁ実際ニセカオナシが床入りしたのは、下手人花魁じゃなかったが)

【妓楼から出るまでわざわざ待って、それから殺したと? 考えにくい】
【それは……】

(そうだとしても、まだ、アイツが、『狙われたのはカオナシ』と言う結論に至るまでに薄い。一体どうして)

【遺体は頭巾をかぶっていたままだった。そうだな?】
【それがなんだよ】
【港崎遊郭は、一時期カオナシで溢れていた。”カオナシ”が殺されるまでは】
【……あ……】

 ここまで、物語られて、ピシリっと何かが頭の中を駆け抜けていく感覚を、八徳は感じた。

【ここまで言えばわかるな?】
【察し良すぎだろう】
【妓楼から出るまで待ってから殺すのは、ただ単に考えにくいだけじゃない】
【アイツ、本当に気づいて?】
【もし仮に道行く者の中に、ほかに偽カオナシがいたらどうする。今回死んだ者も、頭巾をかぶっていたという。衣服で判別もできるかもしれないが……浮気者に制裁を与えるにして、それでは殺し違いが発生するリスクが伴う】
【……アイツは、ヴァルピリーナは、あの頭巾こそカオナシの旗印だと見られ、だから殺されたことに気付いていた?】
「そして、カオナシに対する明確な殺意があったということにもな」

 ゴクッと、次にのどが鳴ったのは、酒によるものではなかった。そして八徳の顔は……

【あの時、あいつが俺に噛みついてきたのは……そこにすでに気づいていて、俺の身を案じた……から?】

 とんでもなく強張っていた。

【素直なお人ではないからな。お嬢様も】
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