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第二章
第16話 これは、運命か必然か──
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「やべー! 人が来た! ローズ! 逃げるぞ!」
物陰に隠れていた金歯の男が、ローズに促す。
しかし、ローズは動かなかった。いや動けなかったのである。
自分が刺し殺した少年が、今目の前で呼吸をしていたからだ。
「なんで……? あんた、死んだはず……!?」
ローズの問いかけに少年は答えない。
少年の時は止まっているかのように、誰も捉えていなかった。
「なんだローズ? 知り合いか?」
彼女の反応に、金歯の男が問いかけた。
「この前私たちが殺したあのガキよ! 私イケメンの顔は忘れないの」
ローズの答えに、金歯の男は暫く少年を眺めた。
それから、この世の終わりかのような表情を浮かべた。
「嘘だろ? 生きていたというのか? 馬鹿な!? あんな状態で生きているはずがない!」
二人が騒ぎ立てているというのに、少年の瞳に彼らの姿が映ることはなかった。
映っているのは、血まみれで地面に倒れている男だけ。
金歯の男はそれから、何かを閃いたようにあの不気味な笑顔を浮かべた。
「どういうカラクリか知らねぇーが、生きていたならば、また殺すまでだ! そうしてまた、お前の金もコイツみたいに奪ってやる!」
金歯の男の声は、少年にはやはり聞こえていないようで、地面に倒れた男を抱いていた。
その男の身体をゆすって意識を確認しているようだ。
しかし、男に反応はない。
それを確認した少年の表情には、悲しみも怒りも浮かんでいなかった。
ただ空っぽな目でそれを見ている。
そんな少年の背中に、金歯の男はナイフを突き刺した。
それでも、少年の表情は何も変わらない。
「この前と同じでガラ空きだぞ!」
金歯の男はそう言って、ナイフから手を離した。
金歯の男は、確かに少年の背中を刺した。
しかし、その深く突き刺されたナイフは、ゆっくりと少年の皮膚から剥がれ落ちていく。
まるで、皮膚が異物を取り出すかのように──。
カラン、と地面に落ちる金属音と共に、ローズたちは驚きの悲鳴をあげた。
「き、傷が、治った? なんで!?」
「ば、バケモノだ! こいつはバケモノだ!」
そして、少年は言った。
「僕の時みたいに、兄さんも騙したんだね?」
少年の声に、感情は乗っていない。
「あんたの兄?」
ローズはこの時思った──だから雰囲気が似ていたのだと。
「なんだよ? だったらなんか文句あんのか?! バケモノが!」
金歯の男が少年に向かってそう言った。
すると少年は、呆れた様子で少し微笑み、すぐにまた元の空っぽな表情に戻した。
「いいや、文句なんてないよ。ただ死んでくれればそれでいい」
少年の声は平坦だった。なんとなく息を吐くみたいに、ただそう言った。
「は? 誰が死ぬか! お前が死ね! この死に損ないが!」
金歯の男はそれに怯まず、少年に襲いかかる。
ナイフを持って少年の腹部を狙ったその腕は、少年によって折り曲げられた。
人間の関節で曲がるであろう方向と反対側にへし折られ、金歯の男は絶叫し、地面にうずくまった。
そんな彼を足で蹴り飛ばし、その仰向けになった胸ぐらを掴んだ。
それから少年は、何度も何度も、金歯の男の顔に拳を振り下ろした。
そうして顔の形が変形しても、血が飛び散り少年に降り掛かろうとも、少年はその拳を止めることはなかった。
「ぁ……ご……めんあさい……ゆるしてくだあい」
一瞬の静寂を掴み、金歯の男はそう懇願した。彼の歯は折れてしまって、喋ることもままならない。
少年は、その言葉に手を止め立ち上がると、男を冷たく見下ろした。
「ゆる……して……くれ」
男は、恐怖に満ちた顔でそう言った。
少年は、そんな男の顔面をまるで水溜りでも踏むみたいにして足で潰した。
ローズの顔にまで血が吹き飛ぶ。
「──キャーーーーァァ!!」
ローズは悲鳴をあげた。
そして、願った──助けが来ることを。
しかし、それはやって来ない。
傍で倒れていた禿げた男と、小柄な男が、悲鳴に目を覚ました。彼らが状況を理解することに時間は掛からなかった。
初めに禿げた男が逃げ出した。
しかし、それを少年は許さない。
少年は落ちていたナイフを拾うと、まるでダーツの的にでも投げるようにしてそれを投げた。
そのナイフは、禿げた男の頭に綺麗に突き刺さり、男は地面へと倒れ込む。
「あああああ!! 誰か助けてぇぇ!!」
小柄な男がそれを見て叫ぶが、やはり助けは訪れない。ローズは、その場で固まっていて動かなかった。
少年は、叫び続けるその男に魔法を放った。
男の身体は一瞬で凍りつき、それを躊躇なく、少年は足で蹴り飛ばした。
サッカーボールのように、蹴り飛ばされたその男の身体は、跡形もなく粉々に砕け散った。
キラキラと、空中に氷の欠片が舞っている。ダイヤモンドダストのように、赤く染まった氷がローズに降り注いだ。
それをまるで景色でも見るかのように眺めていたローズが、口を開いた。
「……こ、ここまでしなくてもいいじゃない? ただ殺しただけでしょう? そうしないと、魔法が使えない私たちは生きていけないんだから!」
そう少年に向かって叫んだ。
ローズは、ただ自分の境遇を理解してほしいと少年に求めた。
「そうだね。だったら分かってくれるよね? 僕もただ殺すだけだよ」
少年の言葉には、やはり感情は込められていない。
その白く綺麗な肌に、血痕が飛び散っている。
ローズはそれを見て、この少年は人の皮を被った化け物だと思った。
それから、しばらく考えて少年に縋り付いた。
「……か、かっこいいわ! 好きになった! なんでもするから助けてちょうだい!」
ローズは知っていた。
男は、こうやって頼めばある程度のことを許してくれると──。
「本当にあなたが好きなの! 一目惚れだったわ! だからお願い! ねぇ? 許して」
ローズは、これまでの人生の中で一番の愛嬌を少年に振りまいた。
それに暫く沈黙していた少年が、少しだけ微笑んで言った。
「きっと兄さんなら君たちを許すだろうなー。だって兄さんはすごい優しいから……」
「そ、そうよ? すぐに助けに来てくれた! 優しかったわ!」
「でしょ? 僕も兄さんと同じで優しいから、君を許した方がいいよね」
そう言うと少年は、足元で縋るローズの頭に手を置いた。
ローズは思った。
きっとこの少年は許してくれると──。
あと一押しだと。
「そうよ。お兄さんを見習って。許してくれたら、なんでもするわ」
ローズはそう言って、少年にたっぷりの笑顔を向けた。
「なーんてね! 本当の僕は、兄さんと違って優しくないんだよね」
少年が、微笑みを返してそう言った。
ローズが恐怖の表情へ変わる頃、少年の魔法によって、ローズの頭は吹き飛ばされた。
ローズが最後に見たその少年は、とても冷酷で、それでも何も変わらない綺麗な表情が、血に染まっていく瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
真っ暗だった。その路地には、消えそうな街灯がぽつんと一つある程度。その灯りに、兄さんが照らされている。
「兄さん……死んだの?」
やっぱり、死んでるみたい。
と、思ったその時。少しだけ、兄さんの指先が動いたように感じた。
回復魔法がないこの世界には、沢山病院がある。僕はそこへ兄さんを連れて行った。
そうして、二週間の時が過ぎた。
明るい日差しが、病室に降り注いでいる。
兄さんはまだ目を覚まさなかった。
ベットでぐったりと眠っている兄さん。
「ユミト兄さん!?」
兄さんが、その深紫の瞳で僕を見ている。
「……ムエ……ルト?」
喋った。
「寝過ぎだよ」
兄さんは長い眠りから、ようやく目を覚ました。
何事だろう? とでも言いたげに、辺りを見渡している。
まったく能天気なものだ。
「大丈夫?」
「一体、何が……?」
「刺されて二週間も寝てたんだよ? 覚えてないの?」
「刺された? そういえば……めっちゃ痛かったかも!!」
思い出したように、兄さんはそう言った。
「それより、あの女性はどうなった? 無事か? 襲われていたんだけど……」
「──は?」
兄さんの目に冗談はない。どうやら兄さんは、自分が騙されたことに気づいていないらしい。
たがら僕は、そんな馬鹿で優しい兄さんに、「助かったよ」と嘘をついた。
すると、兄さんは心底ほっとしたように喜んだ。
──本当に馬鹿な兄さんだね。
物陰に隠れていた金歯の男が、ローズに促す。
しかし、ローズは動かなかった。いや動けなかったのである。
自分が刺し殺した少年が、今目の前で呼吸をしていたからだ。
「なんで……? あんた、死んだはず……!?」
ローズの問いかけに少年は答えない。
少年の時は止まっているかのように、誰も捉えていなかった。
「なんだローズ? 知り合いか?」
彼女の反応に、金歯の男が問いかけた。
「この前私たちが殺したあのガキよ! 私イケメンの顔は忘れないの」
ローズの答えに、金歯の男は暫く少年を眺めた。
それから、この世の終わりかのような表情を浮かべた。
「嘘だろ? 生きていたというのか? 馬鹿な!? あんな状態で生きているはずがない!」
二人が騒ぎ立てているというのに、少年の瞳に彼らの姿が映ることはなかった。
映っているのは、血まみれで地面に倒れている男だけ。
金歯の男はそれから、何かを閃いたようにあの不気味な笑顔を浮かべた。
「どういうカラクリか知らねぇーが、生きていたならば、また殺すまでだ! そうしてまた、お前の金もコイツみたいに奪ってやる!」
金歯の男の声は、少年にはやはり聞こえていないようで、地面に倒れた男を抱いていた。
その男の身体をゆすって意識を確認しているようだ。
しかし、男に反応はない。
それを確認した少年の表情には、悲しみも怒りも浮かんでいなかった。
ただ空っぽな目でそれを見ている。
そんな少年の背中に、金歯の男はナイフを突き刺した。
それでも、少年の表情は何も変わらない。
「この前と同じでガラ空きだぞ!」
金歯の男はそう言って、ナイフから手を離した。
金歯の男は、確かに少年の背中を刺した。
しかし、その深く突き刺されたナイフは、ゆっくりと少年の皮膚から剥がれ落ちていく。
まるで、皮膚が異物を取り出すかのように──。
カラン、と地面に落ちる金属音と共に、ローズたちは驚きの悲鳴をあげた。
「き、傷が、治った? なんで!?」
「ば、バケモノだ! こいつはバケモノだ!」
そして、少年は言った。
「僕の時みたいに、兄さんも騙したんだね?」
少年の声に、感情は乗っていない。
「あんたの兄?」
ローズはこの時思った──だから雰囲気が似ていたのだと。
「なんだよ? だったらなんか文句あんのか?! バケモノが!」
金歯の男が少年に向かってそう言った。
すると少年は、呆れた様子で少し微笑み、すぐにまた元の空っぽな表情に戻した。
「いいや、文句なんてないよ。ただ死んでくれればそれでいい」
少年の声は平坦だった。なんとなく息を吐くみたいに、ただそう言った。
「は? 誰が死ぬか! お前が死ね! この死に損ないが!」
金歯の男はそれに怯まず、少年に襲いかかる。
ナイフを持って少年の腹部を狙ったその腕は、少年によって折り曲げられた。
人間の関節で曲がるであろう方向と反対側にへし折られ、金歯の男は絶叫し、地面にうずくまった。
そんな彼を足で蹴り飛ばし、その仰向けになった胸ぐらを掴んだ。
それから少年は、何度も何度も、金歯の男の顔に拳を振り下ろした。
そうして顔の形が変形しても、血が飛び散り少年に降り掛かろうとも、少年はその拳を止めることはなかった。
「ぁ……ご……めんあさい……ゆるしてくだあい」
一瞬の静寂を掴み、金歯の男はそう懇願した。彼の歯は折れてしまって、喋ることもままならない。
少年は、その言葉に手を止め立ち上がると、男を冷たく見下ろした。
「ゆる……して……くれ」
男は、恐怖に満ちた顔でそう言った。
少年は、そんな男の顔面をまるで水溜りでも踏むみたいにして足で潰した。
ローズの顔にまで血が吹き飛ぶ。
「──キャーーーーァァ!!」
ローズは悲鳴をあげた。
そして、願った──助けが来ることを。
しかし、それはやって来ない。
傍で倒れていた禿げた男と、小柄な男が、悲鳴に目を覚ました。彼らが状況を理解することに時間は掛からなかった。
初めに禿げた男が逃げ出した。
しかし、それを少年は許さない。
少年は落ちていたナイフを拾うと、まるでダーツの的にでも投げるようにしてそれを投げた。
そのナイフは、禿げた男の頭に綺麗に突き刺さり、男は地面へと倒れ込む。
「あああああ!! 誰か助けてぇぇ!!」
小柄な男がそれを見て叫ぶが、やはり助けは訪れない。ローズは、その場で固まっていて動かなかった。
少年は、叫び続けるその男に魔法を放った。
男の身体は一瞬で凍りつき、それを躊躇なく、少年は足で蹴り飛ばした。
サッカーボールのように、蹴り飛ばされたその男の身体は、跡形もなく粉々に砕け散った。
キラキラと、空中に氷の欠片が舞っている。ダイヤモンドダストのように、赤く染まった氷がローズに降り注いだ。
それをまるで景色でも見るかのように眺めていたローズが、口を開いた。
「……こ、ここまでしなくてもいいじゃない? ただ殺しただけでしょう? そうしないと、魔法が使えない私たちは生きていけないんだから!」
そう少年に向かって叫んだ。
ローズは、ただ自分の境遇を理解してほしいと少年に求めた。
「そうだね。だったら分かってくれるよね? 僕もただ殺すだけだよ」
少年の言葉には、やはり感情は込められていない。
その白く綺麗な肌に、血痕が飛び散っている。
ローズはそれを見て、この少年は人の皮を被った化け物だと思った。
それから、しばらく考えて少年に縋り付いた。
「……か、かっこいいわ! 好きになった! なんでもするから助けてちょうだい!」
ローズは知っていた。
男は、こうやって頼めばある程度のことを許してくれると──。
「本当にあなたが好きなの! 一目惚れだったわ! だからお願い! ねぇ? 許して」
ローズは、これまでの人生の中で一番の愛嬌を少年に振りまいた。
それに暫く沈黙していた少年が、少しだけ微笑んで言った。
「きっと兄さんなら君たちを許すだろうなー。だって兄さんはすごい優しいから……」
「そ、そうよ? すぐに助けに来てくれた! 優しかったわ!」
「でしょ? 僕も兄さんと同じで優しいから、君を許した方がいいよね」
そう言うと少年は、足元で縋るローズの頭に手を置いた。
ローズは思った。
きっとこの少年は許してくれると──。
あと一押しだと。
「そうよ。お兄さんを見習って。許してくれたら、なんでもするわ」
ローズはそう言って、少年にたっぷりの笑顔を向けた。
「なーんてね! 本当の僕は、兄さんと違って優しくないんだよね」
少年が、微笑みを返してそう言った。
ローズが恐怖の表情へ変わる頃、少年の魔法によって、ローズの頭は吹き飛ばされた。
ローズが最後に見たその少年は、とても冷酷で、それでも何も変わらない綺麗な表情が、血に染まっていく瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
真っ暗だった。その路地には、消えそうな街灯がぽつんと一つある程度。その灯りに、兄さんが照らされている。
「兄さん……死んだの?」
やっぱり、死んでるみたい。
と、思ったその時。少しだけ、兄さんの指先が動いたように感じた。
回復魔法がないこの世界には、沢山病院がある。僕はそこへ兄さんを連れて行った。
そうして、二週間の時が過ぎた。
明るい日差しが、病室に降り注いでいる。
兄さんはまだ目を覚まさなかった。
ベットでぐったりと眠っている兄さん。
「ユミト兄さん!?」
兄さんが、その深紫の瞳で僕を見ている。
「……ムエ……ルト?」
喋った。
「寝過ぎだよ」
兄さんは長い眠りから、ようやく目を覚ました。
何事だろう? とでも言いたげに、辺りを見渡している。
まったく能天気なものだ。
「大丈夫?」
「一体、何が……?」
「刺されて二週間も寝てたんだよ? 覚えてないの?」
「刺された? そういえば……めっちゃ痛かったかも!!」
思い出したように、兄さんはそう言った。
「それより、あの女性はどうなった? 無事か? 襲われていたんだけど……」
「──は?」
兄さんの目に冗談はない。どうやら兄さんは、自分が騙されたことに気づいていないらしい。
たがら僕は、そんな馬鹿で優しい兄さんに、「助かったよ」と嘘をついた。
すると、兄さんは心底ほっとしたように喜んだ。
──本当に馬鹿な兄さんだね。
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