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第二章
第21話 僕の本気
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この学園が管理している魔物の生息地帯がある。そこで、僕たちはたまに魔法訓練的なことをする。
僕は、この異世界に来てから、魔物という生物を見たことが無かった。というか、そんなものが存在していたことも知らなかった。
だから、僕は少しだけワクワクしていた。
なのに、特にカッコよくもない、気持ち悪い生物だった。
そして今日も、広大なただの森へとやってきた。
草木が揺れている。森の中は、昼だというのに薄暗い。
「……魔物が出たー! ムエルト、助けて!」
クロエが、魔物に怯えてまた僕に抱きついてくる。
いい加減このくだりは飽きた。
「狩りの始まりといこうじゃないか!」
リアムがそう言った。
相変わらずやる気満々で攻撃する。
それからやられて僕の出番。
こっちのくだりももう飽きたくらい繰り返してきた。
僕は辺りに魔法を放った。その青い光が魔物を仕留めた。
「やぁ~! やっぱりムエルトはすごいな!」
「助けてくれてありがとう! ムエルト!」
そして、このように落ち着く。
「よっしゃ! これで九九体目! 先生の言った目標数まであと一体か。疲れるな」
リアムがそう言った。
今日の授業内容は、魔物を百体倒すまで帰ってきてはいけないというものだった。
めんどくさいので極力僕は動きたくない。まとめてここら一帯を吹き飛ばしてやってもいいのだが、生徒達が邪魔でそれもできない。仕方がないから、こうして一体一体仕留めてきた。
そして、やっと残り一体となったのだが、それがなかなか見つからない。
「随分と奥まで来たよね?」
僕が二人にそう問いかけた。
しかし、返事が返ってこない。
クロエが怯えた様子で茂みを見ていた。
「あれは……何?」
クロエが森の茂みを指差して言った。そこには、黒く禍々しい物体がいた。目がドロンと垂れていて、ぶくぶくと太ったダルマのような体型をしていた。
人のようにも見えるそれが言葉を発した。
「た、タス……ケテ」
話せる魔物というものに出会ったことが無かったので気持ち悪かった。
「きゃぁぁーー!! 何よこれ!?」
クロエがそう叫んでいる。リアムを見れば、一時停止ボタンを押されたみたいに動かなくなっていた。
「あ、ぁぁぁ、た、たす、ケ」
その物体が、奇声をあげて毒々しい闇に包まれていく。
人のような、魔物のような、どちらでもないその物体は、クロエに襲いかかった。
クロエは、自身の魔法を発動するも、見事にやられた。そんなクロエを守るべく、再生ボタンを押されたリアムが助けに行く。
が、
それもまた虚しく朽ち果てた。
次は僕の番らしい。
その物体が、黒いモヤを纏いながらこちらに向かってきたので、僕はそれを避けて魔法を放った。
「う……がぁぁ! あぁぁ……!!」
真っ二つに割れたその物体は、蒸発したように骨だけ残して消え去った。
「なんだったんだ? 今の魔物は……」
リアムがそれを見て呟いた。
「皆さん、無事ですか? どうやら、新種の魔物のようですね……」
その冷静な口調で彼はやって来た。茂みの奥から、白髪の青年──理事長だった。
「理事長?」
僕があからさまに、嫌そうな顔をしてそう言うと、
「ムエルト君、元気そうでなによりです。これは、こちらの管理不足ですね。まさかこんな魔物が居るとは……」
と、澄ました顔でそう言った。
その後駆けつけた職員によって、怪我をしたクロエとリアムは連れて行かれた。
どこにも傷が付いていない僕を見て、理事長が、
「流石です。あなたは怪我をしていないんですね」
と言われた。
そして、これを最後に、しばらく課外授業は行われなくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
このエスポワール学園に入学して、半年が経とうとしていた頃。
「さあ! 皆さん! 今日は特別にこの理事長が直々に授業をして差し上げましょう!」
最悪だ。なぜか、今日はこの嫌いな理事長の授業を受けなければならないらしい。
理事長は学園祭の後から、なにかと僕に絡んできていた。関わりたくないので、塩対応をしていたら、この状況に追い込まれてしまったのだ。嫌でも関わらなければいけない。
「では、ムエルト君はどう思いますか?」
ほらね。面倒ごとの始まりだ。
「それはAだと思います」
「正解です!」
僕が答えると、気持ち悪いほどの明るい笑顔で、理事長はそう言った。
そうして魔法の授業を行うことになった僕たちは、理事長と一戦交えることになった。
広場に移動して、順番に理事長の魔法レッスンを受けていく。
「じゃあ、次は、ムエルト君」
そうして僕の番になった。
適当に、何発か放ってから終わりにしよう。
そう思っていた僕に反して、理事長は、かなりの魔力を込めて魔法を放ってきた。
容赦のないその攻撃を、澄ました顔で打つ理事長は言った。
「やっぱり強いですね。何か特別な事でもしてるんですか?」
「いえ、特に何も」
「それは羨ましい才能ですね!」
理事長は、優しく微笑んだその顔とは裏腹に、僕を殺す勢いで魔法を放ってくる。
僕と理事長の魔法がぶつかり合い、その波紋が辺りに広がった。
広場が揺れた。天井に吊るされている照明が、ゆらゆらと動いている。
傍でその様子を見学している生徒たちは、歓声をあげたりして騒ついていた。
そして、揺れが収まり静寂が戻った。
「本気じゃないですね? まったく、舐められたもんです」
理事長は攻撃の手を止めてそう言った。そして、僕を見てお手上げみたいなポーズを取った。
「僕は、全力でやっています」
そう、全力で手を抜いている。
さすがに疲れるし、面倒だし、早く終わって欲しい。
僕が本気でやったら、理事長なんて相手にならないと思う。
それに、目撃者は多数存在しているので、僕のいつものパターンは通用しない。
そして、暴力は再開された。
他の生徒を相手にしている時より、あきらかに魔法の規模が違った。
どうやら、理事長も僕のことが嫌いらしい。
「もう次の生徒に交代しませんか?」
僕は、しびれを切らしてそう聞いた。
「本気で魔法を使ってみてください。私はあなたの本気の魔法が見たいです。そしたら、ムエルト君の番は終わりにしてあげます」
「……本気で、ですか?」
それは、本気ですか? と聞きたくなったが辞めておく。
そんなに、本気でやって欲しいというのなら、やって差し上げよう。
「分かりました」
僕は魔力を全力で集中させた。
広場に、青黒い魔力の波が広がっていく──。
僕を包み込んで、纏わりつくその魔力。
理事長はそれを求めているのだから。
その結果死んだとしても、僕は悪くない。
僕は、その魔法を理事長へと向けた。
黒い闇が、大きな球体になって広がっていく。
「な、なんて魔力なんでしょう! 素晴らしいですね! これが、君の本気ですか!?」
「はい。これが僕の、本気で力を抜いた全力です」
「──は?」
理事長に放たれたその魔法は、理事長を巻き込み、広場の壁を突き破り進んでいった。
そして、黒い靄がその後を追うようにして広がった。
壁に大きな穴が空いて、外の景色が綺麗に開放された。静まった空間に外のヒンヤリとした冷たい空気が流れ込んできた。
理事長の居た場所に、理事長の姿は無くなっていた。
静まり返る広場。
そして、僕に注がれる視線。
その時、授業の終わりを告げる鐘の音が響いた。
僕は、全力で強く見せた、全力で弱い魔法を放ったのだ。やはり、僕はやればできる子らしい。
と、自画自賛していると、
「いやぁ~。凄いですね」
そう言いながら、理事長は瓦礫の中から這い出てきた。身なりが、土と泥で汚く汚れていて、髪もボサボサだった。
残念。
「生きていたんですね」
「死ぬかと思いました」
微笑んでそう尋ねる僕に、微笑んでそう返した理事長。
僕が本気で手を抜いたのだから、死ぬ訳がないだろ。
「このように、魔法は使い方を間違えると危険なものになります。皆さんは、人を思いやれる、優しい人間になりましょう。これで、私の授業は終わります」
嫌味も交えて、上手くまとめた理事長は、僕に握手を求めて来た。
拒否したかったが、周りの歓声のせいで、そうするしかなかった。
そして、なぜか沸き起こる拍手。
理事長は微笑んで、僕の手を両手で包み込んできた。僕はそれを片手で受け止める。
「また、お手合わせ願います」
お断りします。と、心の中で呟き、
「是非!」
そう言った。
理事長からの憎しみでも込められていたのか、握られた手が痛かった。
こうして、僕の憂鬱で面倒な授業は終わった。
僕は、この異世界に来てから、魔物という生物を見たことが無かった。というか、そんなものが存在していたことも知らなかった。
だから、僕は少しだけワクワクしていた。
なのに、特にカッコよくもない、気持ち悪い生物だった。
そして今日も、広大なただの森へとやってきた。
草木が揺れている。森の中は、昼だというのに薄暗い。
「……魔物が出たー! ムエルト、助けて!」
クロエが、魔物に怯えてまた僕に抱きついてくる。
いい加減このくだりは飽きた。
「狩りの始まりといこうじゃないか!」
リアムがそう言った。
相変わらずやる気満々で攻撃する。
それからやられて僕の出番。
こっちのくだりももう飽きたくらい繰り返してきた。
僕は辺りに魔法を放った。その青い光が魔物を仕留めた。
「やぁ~! やっぱりムエルトはすごいな!」
「助けてくれてありがとう! ムエルト!」
そして、このように落ち着く。
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リアムがそう言った。
今日の授業内容は、魔物を百体倒すまで帰ってきてはいけないというものだった。
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そして、やっと残り一体となったのだが、それがなかなか見つからない。
「随分と奥まで来たよね?」
僕が二人にそう問いかけた。
しかし、返事が返ってこない。
クロエが怯えた様子で茂みを見ていた。
「あれは……何?」
クロエが森の茂みを指差して言った。そこには、黒く禍々しい物体がいた。目がドロンと垂れていて、ぶくぶくと太ったダルマのような体型をしていた。
人のようにも見えるそれが言葉を発した。
「た、タス……ケテ」
話せる魔物というものに出会ったことが無かったので気持ち悪かった。
「きゃぁぁーー!! 何よこれ!?」
クロエがそう叫んでいる。リアムを見れば、一時停止ボタンを押されたみたいに動かなくなっていた。
「あ、ぁぁぁ、た、たす、ケ」
その物体が、奇声をあげて毒々しい闇に包まれていく。
人のような、魔物のような、どちらでもないその物体は、クロエに襲いかかった。
クロエは、自身の魔法を発動するも、見事にやられた。そんなクロエを守るべく、再生ボタンを押されたリアムが助けに行く。
が、
それもまた虚しく朽ち果てた。
次は僕の番らしい。
その物体が、黒いモヤを纏いながらこちらに向かってきたので、僕はそれを避けて魔法を放った。
「う……がぁぁ! あぁぁ……!!」
真っ二つに割れたその物体は、蒸発したように骨だけ残して消え去った。
「なんだったんだ? 今の魔物は……」
リアムがそれを見て呟いた。
「皆さん、無事ですか? どうやら、新種の魔物のようですね……」
その冷静な口調で彼はやって来た。茂みの奥から、白髪の青年──理事長だった。
「理事長?」
僕があからさまに、嫌そうな顔をしてそう言うと、
「ムエルト君、元気そうでなによりです。これは、こちらの管理不足ですね。まさかこんな魔物が居るとは……」
と、澄ました顔でそう言った。
その後駆けつけた職員によって、怪我をしたクロエとリアムは連れて行かれた。
どこにも傷が付いていない僕を見て、理事長が、
「流石です。あなたは怪我をしていないんですね」
と言われた。
そして、これを最後に、しばらく課外授業は行われなくなった。
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このエスポワール学園に入学して、半年が経とうとしていた頃。
「さあ! 皆さん! 今日は特別にこの理事長が直々に授業をして差し上げましょう!」
最悪だ。なぜか、今日はこの嫌いな理事長の授業を受けなければならないらしい。
理事長は学園祭の後から、なにかと僕に絡んできていた。関わりたくないので、塩対応をしていたら、この状況に追い込まれてしまったのだ。嫌でも関わらなければいけない。
「では、ムエルト君はどう思いますか?」
ほらね。面倒ごとの始まりだ。
「それはAだと思います」
「正解です!」
僕が答えると、気持ち悪いほどの明るい笑顔で、理事長はそう言った。
そうして魔法の授業を行うことになった僕たちは、理事長と一戦交えることになった。
広場に移動して、順番に理事長の魔法レッスンを受けていく。
「じゃあ、次は、ムエルト君」
そうして僕の番になった。
適当に、何発か放ってから終わりにしよう。
そう思っていた僕に反して、理事長は、かなりの魔力を込めて魔法を放ってきた。
容赦のないその攻撃を、澄ました顔で打つ理事長は言った。
「やっぱり強いですね。何か特別な事でもしてるんですか?」
「いえ、特に何も」
「それは羨ましい才能ですね!」
理事長は、優しく微笑んだその顔とは裏腹に、僕を殺す勢いで魔法を放ってくる。
僕と理事長の魔法がぶつかり合い、その波紋が辺りに広がった。
広場が揺れた。天井に吊るされている照明が、ゆらゆらと動いている。
傍でその様子を見学している生徒たちは、歓声をあげたりして騒ついていた。
そして、揺れが収まり静寂が戻った。
「本気じゃないですね? まったく、舐められたもんです」
理事長は攻撃の手を止めてそう言った。そして、僕を見てお手上げみたいなポーズを取った。
「僕は、全力でやっています」
そう、全力で手を抜いている。
さすがに疲れるし、面倒だし、早く終わって欲しい。
僕が本気でやったら、理事長なんて相手にならないと思う。
それに、目撃者は多数存在しているので、僕のいつものパターンは通用しない。
そして、暴力は再開された。
他の生徒を相手にしている時より、あきらかに魔法の規模が違った。
どうやら、理事長も僕のことが嫌いらしい。
「もう次の生徒に交代しませんか?」
僕は、しびれを切らしてそう聞いた。
「本気で魔法を使ってみてください。私はあなたの本気の魔法が見たいです。そしたら、ムエルト君の番は終わりにしてあげます」
「……本気で、ですか?」
それは、本気ですか? と聞きたくなったが辞めておく。
そんなに、本気でやって欲しいというのなら、やって差し上げよう。
「分かりました」
僕は魔力を全力で集中させた。
広場に、青黒い魔力の波が広がっていく──。
僕を包み込んで、纏わりつくその魔力。
理事長はそれを求めているのだから。
その結果死んだとしても、僕は悪くない。
僕は、その魔法を理事長へと向けた。
黒い闇が、大きな球体になって広がっていく。
「な、なんて魔力なんでしょう! 素晴らしいですね! これが、君の本気ですか!?」
「はい。これが僕の、本気で力を抜いた全力です」
「──は?」
理事長に放たれたその魔法は、理事長を巻き込み、広場の壁を突き破り進んでいった。
そして、黒い靄がその後を追うようにして広がった。
壁に大きな穴が空いて、外の景色が綺麗に開放された。静まった空間に外のヒンヤリとした冷たい空気が流れ込んできた。
理事長の居た場所に、理事長の姿は無くなっていた。
静まり返る広場。
そして、僕に注がれる視線。
その時、授業の終わりを告げる鐘の音が響いた。
僕は、全力で強く見せた、全力で弱い魔法を放ったのだ。やはり、僕はやればできる子らしい。
と、自画自賛していると、
「いやぁ~。凄いですね」
そう言いながら、理事長は瓦礫の中から這い出てきた。身なりが、土と泥で汚く汚れていて、髪もボサボサだった。
残念。
「生きていたんですね」
「死ぬかと思いました」
微笑んでそう尋ねる僕に、微笑んでそう返した理事長。
僕が本気で手を抜いたのだから、死ぬ訳がないだろ。
「このように、魔法は使い方を間違えると危険なものになります。皆さんは、人を思いやれる、優しい人間になりましょう。これで、私の授業は終わります」
嫌味も交えて、上手くまとめた理事長は、僕に握手を求めて来た。
拒否したかったが、周りの歓声のせいで、そうするしかなかった。
そして、なぜか沸き起こる拍手。
理事長は微笑んで、僕の手を両手で包み込んできた。僕はそれを片手で受け止める。
「また、お手合わせ願います」
お断りします。と、心の中で呟き、
「是非!」
そう言った。
理事長からの憎しみでも込められていたのか、握られた手が痛かった。
こうして、僕の憂鬱で面倒な授業は終わった。
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