ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~1章~

3話

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蓮二が桝屋に着いたのは、お天道様が高くなり始めたころ。
いつもとは違う街の様子に首を傾げる。
何事かと近付いてみれば、騒ぎの元は自分の目的地である桝屋だった。
野次馬をしていた女性に声を掛ける。

「何かあったんかぃ?」
「あぁ…なんや新選組の御用改めが入ったんやて」
そう言って振り向いた女性は驚きと喜びの目を蓮二に向ける。

「あら?蓮二はんやないの?!」
よく見れば蓮二が通う甘味屋の女将だった。

「お清さん?新選組の御用改めってどういう事?」
野次馬根性ではない。
使いに出た先の店での騒動だ。

「何でも桝屋の旦那が長州間者らしいおすわぁ…」
一瞬自分が預かってきた荷物が気になる。
(まさか…関係ないよな?)
ブンブンと頭を振るとお清に向かい直した。

「それで桝屋の旦那はどこに?」
覗き込むように見やれば顔を染めたお清が答える。

「…さっき屯所に連れていかれはったえ?」
少し焦った風の蓮二を不思議に思うが、その顔を見上げれば優しく微笑む色男に益々顔は上気する。

「お清さんありがとう!」

トドメの一発で満面の笑みを浮かべお清の手を両の手で包み込む。
ヘナヘナと座り込むお清に、もう一度礼を述べ蓮二はその場を後にした。


(俺が寄り道した事で渡すもんも渡せなくなっちまったな……。)
桝屋に行っても門前払いなのは目に見えてた。
薬を待ってた奴には悪いが相手はあの『新選組』だ。

―――『新選組』―――
会津藩預 京都守護職
京の治安を護る為集められた剣客集団。
元は農民や町人、浪士の集まりと聞く。
不逞浪士の捕縛、辻斬りの始末、喧嘩の仲裁など……大小問わない。
その他に隊士の粛清や暗殺なども手掛けていて
「人斬り集団」
と噂され京の人々に恐れられている。

別に怖いわけではなかった。
人斬りは奴等だけじゃない……。
自分だってこれまで人を斬ってきている。
桝屋には薬を届けるだけの事だったが、自分は腐っても浪人だ。
こんなピリピリした空気の中で届け物をしたら、不逞の輩と問答無用に捕縛か斬り捨てだろう。
わざわざ自分は怪しいですと、看板背負って出向くほど蓮二はバカではない。
そんなことになれば、東庵やお悠にまで手が及ぶだろう……。
蓮二が恐れているのはそちらの方だった。

(俺にも守りてえもんが出来ちまったって事かよ……。お前の言った通りだよ、松平の殿様よ)

ーーザラザラ……
不要となった薬箱の中身と空になった箱を鴨川に捨てた。

――何かが起こる――
そんな予感を肌で感じながら、蓮二は足早に立ち去った。




徐々に小さくなる蓮二を見送った男は、軒先からスッと姿を現す。
先程、蓮二が捨てた物を手に取り確認する。

(……薬?)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

―――新選組屯所内―――

「副長、押収した武器弾薬は
木砲 四、五挺、小石、鉛玉を取り混ぜて樽に詰めた分
竹に詰めた火薬が大小数本、具足が十領、会津の印のある提灯が数個でした。」
「そうか……古高はどうしてる?」
「大人しいもんですわ。捕縛時に覚悟決めたんちゃいますか?隊士達の激しい尋問にも口を割ろうとしまへん」
「今に話したくなるさ……」
それまで眉間に皺を寄せ机で筆を取っていた男は会話の相手に向き直ると、ニヤリと口角を上げた。

『土方 歳三』
新選組副長。泣く子も黙る鬼副長の異名を持つ。
新選組を人斬り集団と言わしめた張本人であった。

「副長自ら、行かはるんですか?」
そう言って苦笑したのは
『山崎 蒸』
諸士取調役兼監察方。
変装を得意とし、密偵をさせたらこの男の右に出るものは居ないだろう。

「で、他に何か変わったことはあるか?」
「緒方の話やと、桝屋周辺をうろついていた役者風の浪人がいたようですわ。その男は鴨川にこれを捨てて立ち去ったそうや」
山崎が懐から取り出したのは、黒い小箱と水で濡れた薬紙だった。

「薬?一体なんの薬だ?」
「副長はん、仮にもちょいと前まで薬を売ってたんちゃいますの?」
「バカヤロー。俺が売ってたのは石田散薬だけだ」
「せやった。打ち身と捻挫、切り傷に効く薬やったなぁ……」
クツクツと笑う山崎を一瞥するとハァとため息を吐く。

「で、その浪人は?」
「どうやら撒かれたようです……」
笑いを押しやり、瞬時に神妙な顔になる。

「ワテの監督不行き届きですわ。すんまへん」
山崎はそういうと深々と頭を垂れる。
人一倍責任感が強く、仕事をキッチリとこなす山崎を土方は気に入っていた。

「いや……古高と関わりがあるなら向こうから近寄ってくる。それを待ってればいいさ。ご苦労だったな、山崎」
鬼副長から発せられた労いの言葉に山崎は細い目を少し見開けば、この先に待ち構える何かへの熱情と期待が満ちた微笑を浮かべる土方と目が合う。
あぁ……そういう事かと一人納得した山崎は、音もなくスッとその場から姿を消した。


その後、土方によって『死んだ方がマシだ』という拷問を受けた古高が自白した内容は、新選組に震撼をもたらす。


祇園祭の前の風の強い日を狙って京都御所に火を放ち、その混乱に乗じて中川宮朝彦親王(後の久邇宮朝彦親王)を幽閉し、一橋慶喜(徳川慶喜)・会津の松平容保らを暗殺し、孝明天皇を長州へ連れ去るというものであった。
計画実行の志士が多数上洛、潜伏しており近々市中で同志の集会があることも判明。
その後の調査にて、長州藩・土佐藩・肥後藩等の尊王派が逮捕された古高奪回のための襲撃計画について実行するか否かを協議する会合が池田屋か四国屋に於いて行われる事を突き止めた。



---------------------------------

会津藩に応援要請を出し、戦闘準備を整え八坂神社に集結する。
約束の時間を半刻以上待っても会津藩は姿を見せなかった。
痺れを切らした近藤の一声が合図となり新選組は出動。
八坂神社から縄手通を土方隊二十四名、三条大橋を渡って木屋町通を近藤隊十名、計三十四名の少人数だった。

当たりを引いたのは『新選組局長 近藤勇』の率いる近藤隊だった。

池田屋で謀議中の尊攘過激派を発見し、近藤隊は数名で斬り込む。
二十数名の尊攘過激派に対し、当初踏み込んだのは近藤勇
『一番隊組長 沖田総司』
『二番隊組長 永倉新八』
『八番隊組長 藤堂平助』
の四名で、残りは屋外を固めた。

屋内に踏み込んだ沖田は奮戦したが、戦闘中に倒れて戦線離脱。
また、一階の藤堂も汗で鉢金がずれたところに太刀を浴びせられ、額を斬られ戦線離脱した。
一時は近藤・永倉の二人となるが、土方隊の到着により戦局は新選組に有利に傾き、九名討ち取り四名捕縛の戦果を上げる。
会津・桑名藩の応援は戦闘後に到着した。
土方は手柄を横取りされぬように、一歩たりとも近づけさせなかったという。

この戦闘で数名の尊攘過激派は逃走したが、続く翌朝の市中掃討で会津・桑名藩らと連携し二十余名を捕縛した。
なお市中掃討では激戦となり、会津藩は五名、彦根藩は四名、桑名藩は二名の即死者を出した。


これが後の

『池田屋事件』

である。


---------------------

池田屋事件から数日後……

京の街は新選組の噂で持ち切りだった。
新選組はただの人斬り集団から少しずつ京を守った英雄として認知されつつあった。


「蓮二、また使いを頼まれてくれるか?」
部屋で寛ぐ蓮二を呼びつけ、東庵はまたも使いを命じた。

「ほんとに人使いのあらいじじぃだな…」
「この前の使い…出来たとは言わせぬぞ?ワシが知らぬと思おたか?せめて尻拭いをして来い」
ニターッと笑うと部屋隅の風呂敷包みを指差す。

(狸じじぃめ…。使いっ走りさせる為にあの日の事気付かんふりしやがった……)
最近の化かし合いは蓮二が劣勢になりつつある。
いとも簡単に手の内を読まれる事が増えた……
半ばやけくその蓮二である。

「そういや、お悠が甘味屋行きてえって言ってたからついでに連れってやるとするかな」
フフンと鼻を鳴らし、お悠がいるであろう部屋を見る。
すると東庵はカッと目を見開き怒鳴った。

「それはならん!今日の出先は新選組屯所だ」
「……っ!?」
今度は蓮二が目を見開く番だった……
会津繋がりがあるとはいえ、新選組にはお抱えの医者がおり東庵の所に薬の配達や往診などの依頼が来ることは無かった。
それが今回に限り、突然ともいえる声掛けがあったのはもしかしなくともこの前の枡屋のことが関係しているのだろう。

「まぁ……驚くのも無理はない。池田屋の一件で負傷した隊士の薬や包帯などが不足していると言うことでな。それが真実かどうかは別としても要請あったのは事実じゃ。それを届けてくれ」
「他に何か目論見があるんじゃねえのか?」
「お前が枡屋に薬を届けられなかったことが関係しているのはまちがいないだろうな」
「俺を名指ししてきたのか…?」
「いや。だが、疑われてはおるだろう。どうやら薬を廃棄した所を見られていたようだぞ?」
「チッ」
「まぁ、わしらと枡屋の関係なんぞ取るに足らんものじゃから気にせんでええ。やましいことはなんもないしの。何か聞かれるかもしれんが、正直に言えば問題なかろう。あの日、お前が枡屋に行かなかったのは正しい判断じゃろう。当日にとっ捕まって尋問受けるよりはマシじゃろうて」

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