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一話
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「ねぇ、何か生き物を殺したことが、ある?」
まだ、夏には遠い……。プールの更衣室。
じんめりと、独特な消毒のニオイがする薄暗い空間の中に、2人の少女はいた。
高い位置にぽつりと空いた小窓の外には、散りゆく桜の香りに満ちた、春の風が吹いている。
風の向こう側の校庭では、いつもの放課後と同じ、騒がしい声の群れが飛びかっていた。
昨日も、今日も、明日も、ずっと同じ。
でも、ここは違う……。ここには時間は無いから。
乾いたスノコのの上に2人は並んでペタンと座り、すらりとした脚を投げ出して、壁とお互いの小さな肩に寄りかかっている。
外の風が入ってくることのできない。ひんやりとした空気に包まれたこの小部屋で、2人だけの刻を過ごす。
目を閉じて、言葉を交わす……。
はずだったのだけれど、カヤはナナコが口にした言葉に、思わず目を開き、身を起こしていた。
「……なに?」
覗き込んだナナコの顔は、薄暗い部屋の中で小窓からの光を浴び、いつもより一層綺麗に見える。
さらさらとした透き通るような白い頬……。目を閉じたナナコの頬に、数本の長く黒い髪がかかっている様子は、なんだかゾクッとしてしまうぐらいの怖さをかもすような美しさで、カヤは自分を抑えるようともせず、指をのばして、その頬に触れた……。
親戚のおばちゃんの家に飾ってあったキラキラ光るガラスの置物に触ったときみたいに、そっと……。
「なんて言ったの?」
ナナコの頬は、ひどく冷たかった。
「だから……」
自分の頬の上を撫でる同級生の指先を感じ、ナナコは目を閉じたまま、くすぐったそうに、クスッと笑う。
刹那、カヤの心臓は、「ドクン」と跳ねた。
同じ小学5年生の作る表情だとは思えない。大人びた、静かな、控えめな笑い方。
自分にはカケラもないものを、ナナコはいっぱい持っている。
絶対に髪を伸ばそうと、改めて思った。
お母さんは「あんたにはショートのが似合ってる」って言うけど……。でも、私はナナコのようになりたかった。
この綺麗な髪を、私も欲しい。
それでナナコのになれるというわけではないとしても……。
「聞いてる?」
薄目を開け、ナナコはかわいらしいふくれっ面を作ってみせる。
うっとりとその黒髪に見入っていたカヤは、慌てて顔を緊張させた。
「ぇ……ぁ……ごめん」
「もう。だからぁ、カヤは何かを殺したことがあるかって聞いたのよ」
本当は『カヨ』と読むのだけれど、そう呼ぶのは先生と両親くらい。カヤと呼ぶ。
――いや、カヤにとって名前を呼び捨てにしてくれるような友達はナナコしかいないのだから、本当にみんなが自分のことを陰でどう読んでいるかは、知らないといったほうが正しい。
もしかすると、陰口さえ叩かれていないのかもしれない。
なんて、名前ひとつで暗い想像に陥ってしまう自分を小さく首を振って追い払い、ちょっと考えてから答えた。
「……虫とか?」
ナナコは完全に目を開け……そして、自分に覆い被さるようにして頬に触れるカヤの頬を、同じように指先で触れる。
指も冷たい。
「虫を殺したの?」
ナナコに触れられ、見詰められ、少女は冷たい氷に身を凍らせてしまう。
凍って動けないのに、どうしようもなく頬が火照っているのが分かる。
心臓が50メートル走を走ったあとのようにドクドクと暴れているのがわかる。
「だって、蚊とかぐらいなら……」
クスッ……。また、あの笑い。
「もっと大きいのは?」
「……?」
「おおきいの」
「カエルとか……キライだもん」
幼稚園のころ、男子が壁にカエルを叩きつけて無邪気に遊んでいるのを見たことがある。
カヤはそれを見て泣いた。それ以来、カエルのような両生類、爬虫類のたぐいはまるでダメだった。
「違うよ。もっと、もっと」
ナナコの指先はカヤの頬から滑り落ち、ブラウスの上から、細い鎖骨をなぞって動き始めていた。
カヤはいよいよ頬を染めながら、しかしナナコの頬に触れた指先も、見詰めあった視線もそらすことができずにいた。
「もっと大きいの……?」
「……そう」
考える仕種も大人びている。一瞬目をそらして遠くを見詰め、すぐに帰って来ると、そっと息を吸う。そこから吐き出すそれが言葉に変わる。
「猫……。とか」
カヤは絶句した。そんなのあるわけがない。それともナナコにはそういう経験があるのだろうか。
うろたえる表情を瞳に浮かべたカヤを、もう1人の少女は真顔で眺めていた。
さっきまで鎖骨にあった指先は、さらに下のほうに滑らせ、カヤのまだブラの必要としない、それどころか薄いブラウス1枚でも膨らみを認めることのできない完全に子供っぽい胸に触れていた。
少女の薄いナイフのような爪の先が、薄手の生地を透かしても見えないはずの乳首の位置を的確にとらえ、掠める。
カヤは赤くなった顔でうつむいて、下唇を噛んで声を出さないようにガンマしていた。
まだ、夏には遠い……。プールの更衣室。
じんめりと、独特な消毒のニオイがする薄暗い空間の中に、2人の少女はいた。
高い位置にぽつりと空いた小窓の外には、散りゆく桜の香りに満ちた、春の風が吹いている。
風の向こう側の校庭では、いつもの放課後と同じ、騒がしい声の群れが飛びかっていた。
昨日も、今日も、明日も、ずっと同じ。
でも、ここは違う……。ここには時間は無いから。
乾いたスノコのの上に2人は並んでペタンと座り、すらりとした脚を投げ出して、壁とお互いの小さな肩に寄りかかっている。
外の風が入ってくることのできない。ひんやりとした空気に包まれたこの小部屋で、2人だけの刻を過ごす。
目を閉じて、言葉を交わす……。
はずだったのだけれど、カヤはナナコが口にした言葉に、思わず目を開き、身を起こしていた。
「……なに?」
覗き込んだナナコの顔は、薄暗い部屋の中で小窓からの光を浴び、いつもより一層綺麗に見える。
さらさらとした透き通るような白い頬……。目を閉じたナナコの頬に、数本の長く黒い髪がかかっている様子は、なんだかゾクッとしてしまうぐらいの怖さをかもすような美しさで、カヤは自分を抑えるようともせず、指をのばして、その頬に触れた……。
親戚のおばちゃんの家に飾ってあったキラキラ光るガラスの置物に触ったときみたいに、そっと……。
「なんて言ったの?」
ナナコの頬は、ひどく冷たかった。
「だから……」
自分の頬の上を撫でる同級生の指先を感じ、ナナコは目を閉じたまま、くすぐったそうに、クスッと笑う。
刹那、カヤの心臓は、「ドクン」と跳ねた。
同じ小学5年生の作る表情だとは思えない。大人びた、静かな、控えめな笑い方。
自分にはカケラもないものを、ナナコはいっぱい持っている。
絶対に髪を伸ばそうと、改めて思った。
お母さんは「あんたにはショートのが似合ってる」って言うけど……。でも、私はナナコのようになりたかった。
この綺麗な髪を、私も欲しい。
それでナナコのになれるというわけではないとしても……。
「聞いてる?」
薄目を開け、ナナコはかわいらしいふくれっ面を作ってみせる。
うっとりとその黒髪に見入っていたカヤは、慌てて顔を緊張させた。
「ぇ……ぁ……ごめん」
「もう。だからぁ、カヤは何かを殺したことがあるかって聞いたのよ」
本当は『カヨ』と読むのだけれど、そう呼ぶのは先生と両親くらい。カヤと呼ぶ。
――いや、カヤにとって名前を呼び捨てにしてくれるような友達はナナコしかいないのだから、本当にみんなが自分のことを陰でどう読んでいるかは、知らないといったほうが正しい。
もしかすると、陰口さえ叩かれていないのかもしれない。
なんて、名前ひとつで暗い想像に陥ってしまう自分を小さく首を振って追い払い、ちょっと考えてから答えた。
「……虫とか?」
ナナコは完全に目を開け……そして、自分に覆い被さるようにして頬に触れるカヤの頬を、同じように指先で触れる。
指も冷たい。
「虫を殺したの?」
ナナコに触れられ、見詰められ、少女は冷たい氷に身を凍らせてしまう。
凍って動けないのに、どうしようもなく頬が火照っているのが分かる。
心臓が50メートル走を走ったあとのようにドクドクと暴れているのがわかる。
「だって、蚊とかぐらいなら……」
クスッ……。また、あの笑い。
「もっと大きいのは?」
「……?」
「おおきいの」
「カエルとか……キライだもん」
幼稚園のころ、男子が壁にカエルを叩きつけて無邪気に遊んでいるのを見たことがある。
カヤはそれを見て泣いた。それ以来、カエルのような両生類、爬虫類のたぐいはまるでダメだった。
「違うよ。もっと、もっと」
ナナコの指先はカヤの頬から滑り落ち、ブラウスの上から、細い鎖骨をなぞって動き始めていた。
カヤはいよいよ頬を染めながら、しかしナナコの頬に触れた指先も、見詰めあった視線もそらすことができずにいた。
「もっと大きいの……?」
「……そう」
考える仕種も大人びている。一瞬目をそらして遠くを見詰め、すぐに帰って来ると、そっと息を吸う。そこから吐き出すそれが言葉に変わる。
「猫……。とか」
カヤは絶句した。そんなのあるわけがない。それともナナコにはそういう経験があるのだろうか。
うろたえる表情を瞳に浮かべたカヤを、もう1人の少女は真顔で眺めていた。
さっきまで鎖骨にあった指先は、さらに下のほうに滑らせ、カヤのまだブラの必要としない、それどころか薄いブラウス1枚でも膨らみを認めることのできない完全に子供っぽい胸に触れていた。
少女の薄いナイフのような爪の先が、薄手の生地を透かしても見えないはずの乳首の位置を的確にとらえ、掠める。
カヤは赤くなった顔でうつむいて、下唇を噛んで声を出さないようにガンマしていた。
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