第1章 いずれ呑舟之魚となるために

東郷春幸

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第14話

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思ったよりがっしりした体格をしている。僕は一方的に痛めつけている男達をそう思った。何か格闘技をやっているんだったら僕も結構手を焼くけど、普通に弱い。大方、筋トレが趣味か、最近まで引っ越しや建設現場で働いていたんだろう。
実は僕は剣術や射撃ではそこそこ熟練した腕を持っていても、素の格闘技はボクシングを少しやったくらいで、素人に毛が生えたくらいの実力しかない。
団長とか他の古参兵は、経歴を偽って多種多様な武術の鍛錬を積んでいるけど、何分僕はまだ先月20歳になったばかりの若輩な故、まだ触れられただけで焼け死ぬ稚魚に過ぎぬ未熟な存在なのだ。
むしろ僕に言わせれば20歳にして限界を迎える才能など、早咲きなんてものじゃない。
それでも、腕力脚力で無理押しすれば大抵は上手く行く。幾ら何でも素手の民間人に負けるようじゃ、ね。
団長は以前僕に、得た力を暴力として闇雲に使うヤツはただの不良と言ったけど、これは僕を下心丸出しでナンパしたコイツらに焼きを入れているだけで、僕から仕掛けたことじゃない。

「ふぅ、ラクチンラクチン」

僕は倒れた片方の方に視線を写す。片割れの方はとうに気絶している。こっちも僕を睨みつけてはいるが、もうこれといった抵抗は無理だろう。やれやれ、不死身の身体を得た今、例え彼らが猟銃を持っていても僕を倒すことは出来ないのだ。

「すみませんな、生憎僕は年下が好きです。同性愛については反対はしませんし、個人の生き方を尊重しますけど、僕本人は遠慮したいですね」

「お、お前、男せ......」

男がようやく僕の性別に気付いて身を乗り出した瞬間、僕は距離を置いて、彼の顔面に膝を伸ばした凄まじい蹴りを叩き込み、真後ろの塀に後頭部を強打させた。無論、男は伸びた。
僕の革靴のかかとには、元のゴム製のを切除して、丸い凹凸のある鉄板が付いた特殊なプレートを代わりにはめ込んである。
足が重くなるのが難点だけど、このかかとで本気で蹴ればレンガに亀裂を入れられる。これで蹴られたんだ。頭蓋骨にヒビが入ったに違いない。
もう片方の男にもこの凄絶な蹴りを喰らわせた。そっちの場合は股間だったけどね、股関節骨折、想像しただけでも痛そうだ。僕は一服する。
昔献血に協力した時に、下手くそな新人看護師に注射器ををぐりぐりと血管内で押し込まれた挙句、300mlも血税を取られて午後に気持ち悪くなって、おまけに血が中々凝固しなくて焦ったことがあるけど、それとは比べ物にならない痛みだろう。
献血って僕は親切心でやったけど、大事な血をあげるのに見返りが図書券500サラ分とオリジナルのマグカップって、本当に親切心でやってくれる人しか求めてないんだなと、つくづく痛感した思い出。
1000サラとか出すだけで、協力者は倍に増えるかもしれないのに。がめついな。
しかし、それにしても。

「楽しくも嬉しくもなんとも無い時間だっな......」

抵抗もできないカスを痛めつけても、スッキリするのは最初の僅かな間だけで、後はほぼ事務作業と言っても良かった。こんなのは勝って当然。
生まれて初めて大富豪をやった人に勝てるのは当然なように、軍隊上がりの僕がこんなおっさんの歳になってもまともな職につかず、客引きなんてやり甲斐があるかも分からないことをやってる奴らに負けるはずがない。
だが、僕はコイツらは一応は仕事に就いているのに、僕は嫌われ者の暴力団構成員で、顔と腕っ節しかこれと言った取り柄が無い。
......もしかして、社会的観点から見て価値が低い方は僕?

「やっぱり始末しておくか」

僕は腰からガバメントを抜き、セーフティを外す。少し危ないけど、あえてハンマーを起こしてあった方が、スライドを引く必要も無く、すぐに撃てるのだ。
そして、つやつやしたサイレンサーを装着し、にべもなく冷ややかな銃口を倒れている男に、微々な金属音を鳴らしながら向けた時。
見覚えのある女性がガバメントの銃身を掴み、首を横に振った。

「もういいでしょう、許してあげなさいよ。こんな木っ端を殺しても武勲にはならないって分かるでしょう?」

「レーゼ」

僕は煙草の煙を宙に吐くのと同時に、彼女の名前を無意識の内に呟いた。

「別にコイツらを痛めつけるのは悪いことじゃないわ、この手の連中は自分が社会的弱者であることを見せびらかすから、大いに暴力を振るって制裁を与えるべきよ。でも死んで詫びるほどじゃないわよね?
それにアリーフまた色々悩んで、考え込んでるようだけど、あなたより下劣で本当に生きる値打ちの無い人間なんて腐るほどいるのよ」

レーゼはガバメントから手を離すと、そのまま僕の手首をやんわりと握ってガバメントを下ろさせた。僕も腕に全く力を入れていなかった。いや、力を抜いたのだ。

「レーゼがそう言うなら」

僕はガバメントをホルスターに戻し、目の前のレーゼという女性を足首から頭頂部まで、さらりと眺めた。
紐の無い革靴である黒いローファーに膝下まである長く黒い靴下を履いて、黒く分厚い絹の布地のロングスカートに黒いワイシャツを着て、その上に黒いカーディガン。羽織り、首には黒いマフラーをデタラメに巻き付けていた。そし背中の中間くらいの長さまで下ろした、炭を擦り付けたように完璧な色合いの黒髪。
彼女は僕よりも、あの店員ちゃんよりも更に白い病的と言っていいくらい青白い肌だったけど、眼光の方は常に芯が通っていて、真夜中の森で見る北極星のように輝いている。 そのため、細身だけど特にこれといって虚弱そうには見えない。
まるで影から産み落とされたかのように漆黒一辺倒の服装だけど、僕には喪服なんかよりよっぽど気品があるように思える。それは上質な木炭のようで、とても洗練されていた。
レーゼ。29歳。僕が今まで見てきたメスの中では余裕で10本の指に入るくらい、かなり類稀な容姿を持つ妖艶な美人なんだけど、イマイチ僕は好みじゃない。
まず第一に歳が9歳も離れている。僕は歳下が好きだ。歳が下というだけで、多少の制圧感を得られるし、ある程度僕より勝る点が多くても、僕より人生経験が浅いと決め付けて許容できるからだ。
僕が小5の時に成人式を迎えたんだろう?  恋愛対象にはならないし、別に本人も手に入らないと諦めているはずだ。
それに妖艶な容姿と言ったけど、悲しいかな、レーゼはとても胸が貧相なのだ。例えるなら、「教科書を全部置き勉している中学生の学校鞄」ってところだ。そして僕は胸が豊かな方が好きだし、世の大半の男はそうだろう。もしかしたら胸筋がある分僕の方が上かもしれない。

「アリーフ、今すごく私に対して無礼なことを考えてないかしら?」

レーゼが背伸びして僕の頭をくしゃくしゃ撫でる。爪を立てないように気を付けているからか、妙にくすぐったい。

「何も考えてないよ、ただレーゼはいつも僕に優しいなって思っただけ」

「そりゃそうよ、私が見ていないとあなた何をするか分からないんだし、私はあなたの理解者だもの。ほら、このゴミ箱の上に座って」

僕は言われた通り、レーゼが差し出した真新しいゴミ箱の上に座った。ここは不衛生だ。ゴキブリが近くにいないか不安だ。僕はゴキブリとムカデとフナムシとベリーショートだけは、死ぬまで和解できる自信が無い。
レーゼは僕が座れば簡単に僕を見下ろせるくらい、女性の方では背が高い。そして、手の中から手品師のように女物の桃色の櫛とブラシを取り出すと、腰を低くして僕の髪を梳かし始めた。

「またあの髪型?」

僕が尋ねる。

「そうよ、あなたはマッシュ・ボブカットが一番可愛いの。いつも寝癖を直さないわ、風呂上がりに肌の保湿もしないわ、よくもまぁそれでこんな愛らしい顔が保てるわね」

「あれ、キノコみたいなんだもん、それにせっかくあの子が寝癖を直してくれたのに......」

「あの稀代の美少年のアリーフさんが惚れ込んだ子?  年上として言っとくけどアリーフ、いくらあの子があなたに優しくても、それは現金が発生しているからよ。
良い?  あなたは良くも悪くも異端なの。群衆という名の白い壁に付いた黄緑色のペンキがあなたよ。
私はあの可愛い店員については何も知らないけど、これだけは言えるわ。自分の本性を打ち明けて、そしてその本性に相手も理解を示してくれて、更には都合良く本性のままで愛してもらおうなんて、人生を舐めてかかった、みすぼらしくて醜悪な考えよ。
他人のことを自分と同一視できる人間なんていてたまるもんですか。もし本当にあの子と付き合いたいなら、最初は相手に合わせることから始めなさい。そして相手に隙を見せるのよ。あなたは守ってあげたくなるタイプの美少年なんだから」

レーゼが僕の髪を整えながら僕に説教をする。レーゼもまた、兄貴と同様に国立のそうそうたる大学を出ている教養人で、確か薬学部を専攻していた。しかし、僕がいるので彼女はその方面では毛ジラミくらいの活躍しか望めない。
そもそも彼女は例外を除いて、玲瓏残党部隊唯一の女性だ。どういう経緯で僕らの盟に加わったかはまた近い内に説明するとしよう。

「ほら、出来たわよ、こっちの方がよく似合ってる。中学生にすら見えるわ」

レーゼは微笑を浮かべ、のっぺりした控えめな声音で囁いた。棒読みという訳では無くて、本心からの言葉というわけだ。
会話では時に、淡々と呟いてくれた方が相手の感情を読み取りやすいこともあるってことだ。
レーゼは手鏡をスカートのポケットから取り出して、僕の顔を映し出す。

「何度見ても髪色も合わさってカビの生えたシメジみたいだけど...まったくお節介だなぁ」

「自分じゃ分からない、鏡にも映らない他人しか分からない価値というものがあるものよ、あら、お節介は素晴らしいことよ。正義感と善意を盾に相手を不快にさせられて、なおかつ自分は良いことをしたと確信が持ててスッキリできるんだから」

レーゼはにんまり笑う。もちろん僕に良かれと思ってやっていて、嫌がらせなんてしている気は一切無いだろう。レーゼはどういうつもりなのか知らないけど、損得勘定無しに僕に優しくしてくれるほぼ唯一と言っていい女性だからだ。
まだ出会ったばかりであっても、姉のような存在に感じているくらい僕は信頼している。兄貴達に抱く家族愛を、僕はレーゼにも抱きつつあった。
その分彼女が僕を裏切った場合、僕はレーゼをひどく惨たらしく殺すだろう。まさかそうはならないと思うけど。
レーゼは元は医科大学院生で、当初は急な環境の変化の中で現れた、僕という眉目秀麗な人間が物珍しくなって関わりを持とうとしたらしいけど、すぐに僕の脆く傷つきやすい内面に気付き、同情して見棄てられないようになったと、わざわざ僕の目の前で言った。午前3時に僕を起こして。
要するに老婆心というヤツだけど、僕の人生でその老婆心を持った人間に会ったことは皆無だった。だから僕はレーゼを信頼できると認めている。
だから僕は彼女に、もし離反したいなら団長達に密告だけはしないし、必要なら金や食料も工面すると言ってある。細やかだけど、蟻と油虫の関係だ。

「そのくだりも、あの本?」

「そうよ?  あれは私の人生のバイブルだもん。あなたも一度読むべきよ」

ついでにレーゼにはほんの少しだけ変わった点がある。彼女はとある作家のエッセイを茶色く変色するほど愛読しており、そのエッセイに啓発される形で動いていると豪語していた。
ある時は、僕に頭が良くなりたいならウソをありったけつくべき、一つウソをつけばそのウソをごまかすためにまたウソをつく為、高い記憶力と話術を頭に宿せるとか言ってきたり。正直者が馬鹿を見るのは事実だから。
また他にも、私があなたに対してやったことは全部水洗トイレのように流して忘れていいわ、私に恩があると意識しながら私と毎日会うと、やがて弱みを握られたように感じて私に嫌気がさすでしょうから。その場で礼だけ言ったら後はさっぱりポンポン忘れていいわ。
どうやら、そうとう社会に唾を吐きかけたエッセイらしい。書いた作家はよほど現代社会に強い不満を持っていて、ワイングラスという堪忍袋に1リットルの水という名の疑問を注いで、絶えず抱え込んでいたら溢れかえってしょうがなくなり、その本にしたんだろう。

「僕はエッセイは嫌いなんだ、エッセイってのは要するに作者の持論や自慢のことでしょ?  自慢ってのは僕もそうだけど言ってる方はそりゃ胸がスーッとするよ?  でも聞いてる側はつまらないものさ」

レーゼはまぁそういう考え方もあるわね、というと、ワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出して火を点けた。
ただしそのエッセイの中には、明らかに自分の人望を損ねるものもかなりあるようで、そういうのは他人に推奨はしても自分ではやらないらしい。
また、団長もそうだけどレーゼもまた口調がやたら説教臭い。もしかしたら教員免許を持っているかもしれないし、部活やサークルでそういうのに慣れていたのかも分からない。
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