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第16話
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ぶぶぶーぶぶぶー。ぶーぶぶーぶぶー。
「......」
今何時だろう? そう遠くない場所から聞こえる、車の走行音を1オクターブ上げたような騒音によって、彼は花のようにゆっくりと目覚めた。聞き慣れない音だし、余り聞きたくなる音でもない。
しかし、下から11歳16歳24歳年上の兄達はそんな騒音を物ともせずに、お互いにぴっちりと身を寄せ合って寝ている。
彼は16歳年上の兄、アリーフの腹の上に乗り、幼児特有の両脚を正座の姿勢で折り曲げた態勢で器用に寝ていた。
贅肉の無い筋肉質なアリーフの体はマットレスよりも遥かに硬いのだが、それでも人肌の温もりを感じた方が快眠できると、彼は無意識に気づいているのだった。
「.........?」
頬がべたべたするので、触ってみると自分の唾液だらけだ。額を擦り付けていたアリーフのパジャマは案の定ずぶ濡れになっていたが、彼はアリーフがそんなことじゃちっとも怒らないとわかっているし、それよりも今日も寝小便しなかったことを喜んだ。
彼の名前はマシュー・リウ。一族の五男にあたる齢4つの幼児で瞳は青空のような美しさを称えながらも、頭髪はストクロとは同じ白髪だが、こちらはやや灰がかった曇り空のような色をしている。
無論これが彼の容姿にケチをつけているはずは無く、鎖骨とうなじ辺りにまで意図的に伸ばされた頭髪は、兄達同様、もっとも彼の年なら誰もがそうあるように、中々性別の判断がつかない。
いずれはアリーフのように、出会う人間全てを恋慕させる美少年となることは確約されていると言えるが、年端も行かぬリウが、自分の顔立ちの素晴らしさを知っているはずも無い。
ぶぶーぶぶー。ぶーぶーぶぶーぶー。
「......?」
また近くで喧しい音がする。何の音だろう? 聞き覚えが全く無い音だ。部屋を出て確かめに行きたいとリウは思ったが、敵襲対策に内部に鉄板をはめ込んであるドアを幼子が開けるのは厳しい。
リウは気になりつつも、諦めてアリーフの胸に頬を擦り付けて、胸に唾液を擦り付けた。
ぶぶぶーぶーぶぶーぶー。ぶーぶぶーっ! バキャッ!!
「テメッ何ブブゼラ吹き鳴らしてんだクソ女!! 時間弁えろ! その細腕引っこ抜かれてぇのか!!」
すると、ドアを蹴破る音と共に凄まじい怒号が、リウ以外が気持ち良さそうに熟睡する室内に響き渡った。クランストロの声だ。
リウと同様に謎の騒音に起こされたのか、あるいはいつも鍛錬の為にこの時間に起きてるのかは定かでは無いが、ひどく立腹している様子。
騒音の正体。どうやらそれはレーゼが昨日、アリーフからもらったブブゼラを練習する音だったようだ。
「はぁ!? 何なのアンタ、一昨日ボイパの練習してた私を怒鳴りつけてきたばっかってのにまた!? アンタ私に因縁付けようって魂胆でしょうけどそうは行かないわよ!」
「あ!? ゴキブリ女、キサマいくら替えがきかない存在だからって俺にデカい顔できるとか調子ぶっこいてんじゃねぇぞ......顔の前にまず胸を......って逃すか!!」
アリーフに親身になれるだけあって、あの益荒男に対し怖気づくこと無く罵倒できるレーゼの度胸には脱帽するが、流石に制裁が来ると予期したらしく、ルーボフを使ってどこかへ逃げてしまった。
「.........」
この2人のやり取りは案外多いので、リウはさして驚くことも無くあくびをした。リウは気付いている。洗面所の戸棚で物音がしたのを。
二度寝しようと思っていたが、天井が軋むほどの2人の罵声を聞いていたら目が冴えてしまった。
リウは一定のリズムを刻むアリーフの鼓動をしばし聞いていたが、やがて寝たまま尻を突き出す尺取り虫のような進み方でアリーフの顔まで近寄り、彼を起こすことにした。
「にい、起きてよ、ぼく今日おもらししなかったよ」
舌ったらずな甲高く柔らかな声でアリーフの頬を何度か叩いていると、アリーフがほんの数ミリ瞼を開けて、芽キャベツのような翠玉色の瞳で鮮やかなリウの碧い目を見つめた。
「そう......偉いね、あと10光年くらい寝かせて......」
それだけ言うと、彼はまた深々と微睡みの中に入ってしまった。ここでリウは初めて使われていない目覚まし時計を見た。
時刻はまだ午前の5時40分なのだ。そりゃ、クランストロが怒るのも当然である。むしろ同じ様な連中が押しかけなかっただけ僥倖である。
「光年は時間じゃなくて距離......真空中においての光速は約299792458 m/s...四捨五入すると、これはつまり毎秒30万キ......うぐぅ...」
ストクロが何やら寝言をぶつぶつと呟いたので、リウはストクロの頬を手の平で押して黙らせた。
リウはアリーフの瞼を指で強引に上に押し上げる。どこを見つめているわけでも無く、瞼の裏側ではエメラルドの瞳が宙を虚に見つめている。
アリーフは唇を舐めて濡らすと、寝返りをうってリウをシーツの上に退けてしまった。
「.........」
アリーフの大きな背中を見つめながら、リウはアリーフの肩を掴んで膝立ちになると、彼の顔を見下ろしつつ再び瞼を手で開けた。それも親指と人差し指で上下の瞼を限界までこじ開ける。
そして、やにわに小さな拳を握って拳骨をこしらえると、迷うこと無くアリーフの眼球に向かって振り下ろしたのだった。
ぐちゅっ。
刹那、生物を踏み付けたような水音が部屋をじんわりと支配した。
「......」
今何時だろう? そう遠くない場所から聞こえる、車の走行音を1オクターブ上げたような騒音によって、彼は花のようにゆっくりと目覚めた。聞き慣れない音だし、余り聞きたくなる音でもない。
しかし、下から11歳16歳24歳年上の兄達はそんな騒音を物ともせずに、お互いにぴっちりと身を寄せ合って寝ている。
彼は16歳年上の兄、アリーフの腹の上に乗り、幼児特有の両脚を正座の姿勢で折り曲げた態勢で器用に寝ていた。
贅肉の無い筋肉質なアリーフの体はマットレスよりも遥かに硬いのだが、それでも人肌の温もりを感じた方が快眠できると、彼は無意識に気づいているのだった。
「.........?」
頬がべたべたするので、触ってみると自分の唾液だらけだ。額を擦り付けていたアリーフのパジャマは案の定ずぶ濡れになっていたが、彼はアリーフがそんなことじゃちっとも怒らないとわかっているし、それよりも今日も寝小便しなかったことを喜んだ。
彼の名前はマシュー・リウ。一族の五男にあたる齢4つの幼児で瞳は青空のような美しさを称えながらも、頭髪はストクロとは同じ白髪だが、こちらはやや灰がかった曇り空のような色をしている。
無論これが彼の容姿にケチをつけているはずは無く、鎖骨とうなじ辺りにまで意図的に伸ばされた頭髪は、兄達同様、もっとも彼の年なら誰もがそうあるように、中々性別の判断がつかない。
いずれはアリーフのように、出会う人間全てを恋慕させる美少年となることは確約されていると言えるが、年端も行かぬリウが、自分の顔立ちの素晴らしさを知っているはずも無い。
ぶぶーぶぶー。ぶーぶーぶぶーぶー。
「......?」
また近くで喧しい音がする。何の音だろう? 聞き覚えが全く無い音だ。部屋を出て確かめに行きたいとリウは思ったが、敵襲対策に内部に鉄板をはめ込んであるドアを幼子が開けるのは厳しい。
リウは気になりつつも、諦めてアリーフの胸に頬を擦り付けて、胸に唾液を擦り付けた。
ぶぶぶーぶーぶぶーぶー。ぶーぶぶーっ! バキャッ!!
「テメッ何ブブゼラ吹き鳴らしてんだクソ女!! 時間弁えろ! その細腕引っこ抜かれてぇのか!!」
すると、ドアを蹴破る音と共に凄まじい怒号が、リウ以外が気持ち良さそうに熟睡する室内に響き渡った。クランストロの声だ。
リウと同様に謎の騒音に起こされたのか、あるいはいつも鍛錬の為にこの時間に起きてるのかは定かでは無いが、ひどく立腹している様子。
騒音の正体。どうやらそれはレーゼが昨日、アリーフからもらったブブゼラを練習する音だったようだ。
「はぁ!? 何なのアンタ、一昨日ボイパの練習してた私を怒鳴りつけてきたばっかってのにまた!? アンタ私に因縁付けようって魂胆でしょうけどそうは行かないわよ!」
「あ!? ゴキブリ女、キサマいくら替えがきかない存在だからって俺にデカい顔できるとか調子ぶっこいてんじゃねぇぞ......顔の前にまず胸を......って逃すか!!」
アリーフに親身になれるだけあって、あの益荒男に対し怖気づくこと無く罵倒できるレーゼの度胸には脱帽するが、流石に制裁が来ると予期したらしく、ルーボフを使ってどこかへ逃げてしまった。
「.........」
この2人のやり取りは案外多いので、リウはさして驚くことも無くあくびをした。リウは気付いている。洗面所の戸棚で物音がしたのを。
二度寝しようと思っていたが、天井が軋むほどの2人の罵声を聞いていたら目が冴えてしまった。
リウは一定のリズムを刻むアリーフの鼓動をしばし聞いていたが、やがて寝たまま尻を突き出す尺取り虫のような進み方でアリーフの顔まで近寄り、彼を起こすことにした。
「にい、起きてよ、ぼく今日おもらししなかったよ」
舌ったらずな甲高く柔らかな声でアリーフの頬を何度か叩いていると、アリーフがほんの数ミリ瞼を開けて、芽キャベツのような翠玉色の瞳で鮮やかなリウの碧い目を見つめた。
「そう......偉いね、あと10光年くらい寝かせて......」
それだけ言うと、彼はまた深々と微睡みの中に入ってしまった。ここでリウは初めて使われていない目覚まし時計を見た。
時刻はまだ午前の5時40分なのだ。そりゃ、クランストロが怒るのも当然である。むしろ同じ様な連中が押しかけなかっただけ僥倖である。
「光年は時間じゃなくて距離......真空中においての光速は約299792458 m/s...四捨五入すると、これはつまり毎秒30万キ......うぐぅ...」
ストクロが何やら寝言をぶつぶつと呟いたので、リウはストクロの頬を手の平で押して黙らせた。
リウはアリーフの瞼を指で強引に上に押し上げる。どこを見つめているわけでも無く、瞼の裏側ではエメラルドの瞳が宙を虚に見つめている。
アリーフは唇を舐めて濡らすと、寝返りをうってリウをシーツの上に退けてしまった。
「.........」
アリーフの大きな背中を見つめながら、リウはアリーフの肩を掴んで膝立ちになると、彼の顔を見下ろしつつ再び瞼を手で開けた。それも親指と人差し指で上下の瞼を限界までこじ開ける。
そして、やにわに小さな拳を握って拳骨をこしらえると、迷うこと無くアリーフの眼球に向かって振り下ろしたのだった。
ぐちゅっ。
刹那、生物を踏み付けたような水音が部屋をじんわりと支配した。
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