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第18話
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今日は昨日よりもずっと寒かった。立ち止まると、あまりの寒さに靴底と地面がくっ付きそうに思えるくらいだ。
そりゃ今は12月の頭だから寒いのは当然だけれども、幾ら新聞の天気予報を見たからって、暖かくなるわけじゃないから、僕は革の手袋をはめて寒さに耐えるしかない。
「どうした? 早く飲まないと炭酸が飛ぶぞ」
僕はこの寒い中、兄貴が酒屋で奢ってくれた缶ビールを啜っていた。酒屋の中にはカウンターテーブルもあったのに、あろうことか、兄貴は外の公園で飲もうと行ってきた。
曰く、世の中の連中が働いてる時に堂々と飲む酒はうまい。らしい。兄貴らしい言い方だった。自分が優秀だという認識があるから、ついつい人を見下したくなる癖があるのだ。
僕は舌が痺れてビールの苦味がわからなくなって来ても、身体を温めるために無理して飲んだ。そもそも僕は酒自体自主的には飲まない。
理由だけど兄貴は大学時代、ディベートサークルと平行して、表向きは全体主義について討論するという名目のヤリサーに入っていた。
そこの部長のやり口が、誘った女に大量の酒を飲ませて、彼氏が一緒ならそっちの方を先に潰してからやる。というものだったらしく、兄貴はその卑劣かつ下劣なやり方に立腹した。
いや、恐らく本音は新入りは後片付けと、記憶が朧げな女の子を言い包めて、うやむやにする裏方役ばっかり回ってきたというのが主な理由だろう。そして、その腹いせに大学側に匿名で密告したのだ。
そもそも同じ目的で入っておきながら、即座に裏切るというのがすごいが、兄貴はあくまで体験入会という名目で、入会申請書を提出していなかったので所属していたのがバレず、停学も何もなかったらしい。
その後部長と数十人の部員は退学処分になって、部長含む幹部には軽い懲役刑が言い渡されたとか。
兄貴はあらかじめ自分がやらなくても他の誰かがチクリをやるかもしれないと、先を見据えていたのだ。何という狡賢さ。
話が大分脇道に逸れた。つまり僕が何を言いたいかというと、とどのつまり、汚い手を駆使して僕みたいな美人を狙う、件の部長のような外道はたくさんいるから、その毒牙にかからないよう自分で気をつけなきゃってことだ。
それに、 いざという時に酔っ払ってたら倒せる者も倒せない。後、これは僕の偏見だけど、酒に酔って酩酊状態になるというのは僕には酷く間抜けで情けないことのように思えてならない。
兄貴は既に三本目を飲み終わっており、握り潰した空き缶を無造作に足元に放り捨てて、新しい四本目をレジ袋から取り出していた。
兄貴はビールに口を付けたまま、顎を突き出して冷たく冷えたビールを、シャワーノズルを口に突っ込んだみたいに一気に飲み干した。兄貴の喉がたくましく流動する。
そして、くしゃくしゃになった緑色の缶がまた増える。僕には何だかそれがとても悲しい行為に思えた。
兄貴は難しい言葉で言えば蟒蛇なので、ビール程度じゃほろ酔いにもならない。なのに何で、僕をほったからして、そんな酔いも出来ない酒を鯨飲するんだ?
僕は不思議に思いながら、ようやく自分の一本目を飲み終わり、僕も同じくして缶を握り潰すと、兄貴の元に投げた。
「お前、疲れてないか?」
ふと、兄貴が僕に話しかけてきた。それも僕を気遣うような質問だったので僕はやや驚いた。
「別に」
「そうか......お前、今日俺と行く前にレーゼにたくさん申し送りをして、その前にはリウに朝飯食わして、ストクロが起きたら服やってたよな」
僕はリウの笑顔を思い出す。
「弟がやっぱり可愛いからね、でなかったら疲れて出来ないし、いずれ飽きが来るし、やる気も消え失せるよ」
兄貴がため息を吐き、煙草を咥えて火を点ける。兄貴が箱を差し出したので、僕は一本抜き取ってそれを唇に挟むと、流麗な開閉音と共に火を点けてくれた。
「お前には悪いことしてると思ってる。俺にはあんな小さな子と病弱なヤツの世話なんか、会話交わせるくらいでロクにできないから、昨日だってリウを寝かしつけるのに大いに苦労した」
「別にいいよ、兄貴は兄貴のままで。僕はもちろん兄貴のことも好きだよ、何なら今からホテル行く?」
僕は口から煙草を離して煙を吐くが、兄貴は煙草を一気に燃焼させて強引に吸い終わらせた。そしてやはり噎せた。
「何、馬鹿な吸い方してんの!? 喉潰したいの?」
僕は兄貴の飲みかけのビールを取ると、兄貴の手を掴んで握らせた。兄貴は目尻に涙を滲ませながら片手で僕を拝み、ビールをゆっくりと確かめるように飲んだ。
兄貴の煙草「抱きしめたい」はバーボンをフレーバーに使用した、そのドラマチックな名前とは裏腹に、現在一般購入できる煙草の中でも指折りにキツい煙草なのだ。
僕は嫌いじゃないけど、癖が強い煙草でかなり人を選ぶ。何かの雑誌で舌が完全に狂うから、コックとソムリエは絶対に吸うなとの旨が書いてあった。
そんな煙草をあんな吸い方したら、声が枯れるどころか最悪喉を駄目にしてしまう。ただでさえ団長という前例と見本がいるのに。
兄貴は顔を真っ赤にして、僕が背中をさするとようやく呼吸を整え始めた。ストクロがよく咳き込むから、こういうのには慣れている。
我ながらますます介護士っぷりが板について来たな。僕はそう思いながら自分の煙草を蒸した。
「くそっ、ちょっとボーっとしてたわ。ところで話を変えるが、確かお前は好きな女がいたんだよな? それはどんななんだ?」
ようやく落ち着いてきた兄貴が真っ先に尋ねたのは、僕の恋愛模様だった。僕は唇を窄める。兄貴は今見た通り、かなりせっかちな上に、他人のは露ほども興味無い癖に、僕のゴシップだけはやたら興味がある。
まぁ実の弟の恋愛模様が気になるのは、家族として、長男として当然かもしれないし、僕も別に個人情報をはぐらかして説明するなら構わないし、あの子について自慢したい気持ちも確かにあった。
「うん、いいよ」
僕は数分に渡り、あの店員ちゃんについての講釈を兄貴に向かって垂れ流した。金髪なこと。巨乳なこと。気立ての良いこと。学校に行ってないらしいことを包み隠さずに告白した。
一通り言ったところで、僕は結構恥ずかしいことを熱弁したことに気付き、更にこれは本来なら自慢など以ての外で、いざという時まで自分の懐の中で育てていくべきだということを思い出した。
話し終わって、そのことに気付いた僕が気恥ずかしさに俯いていると、兄貴は剃り残されて薄っすらと残っている顎髭を撫でながら、顔をしかめつつ何度か頷いた。
「うん、うん、そうか。つまりその子がお前にとって100パーセントの女の子ってわけだ。幾つか言いたいことはあるけど、まぁ俺は羨ましいよ。お前なら必ず射止められるだろうから、そしたらやってる時に俺も混ぜてくれ」
「残念、そういうのは逆がいいな」
そうか......俺もだ。と、兄貴は呟きながら僕のもみあげの線を指でなぞりつつ、残ったビールを飲み干す。僕は兄貴が触りやすいように近くに寄った。
兄貴がしたいのならディープキスをしたって僕は嫌がらない。何故なら兄弟愛はこの世で最も尊い愛だと、僕は思っているからだ。
兄貴は話のネタが尽きたのか、余りに淡々としか返事を返さない僕に飽きたのか。ただ僕のもみあげを面白そうに弄くるだけで、何も話さなくなった。何が面白いのか持ち主の僕には分からないが。
買ったビールも尽きて、曇り空は黒みを増した。鳩かカラスかわからない鳥が一羽空を横切った。
「そういえば、兄貴はどういう本を最近読んでる? 僕は今、ルパンを読んでる」
兄貴はもみあげを弄るのをやめて、腕を広げて、煙草に火を点けつつベンチにもたれかかった。
「俺は...麻薬とか詐欺みたいな犯罪歴があるヤツの本は読まん。よく小説家は少し異常なところがあった方が良いものを書けるとか言うが、あんなもん俺に言わせたら、狂人の思想に迎合しているようなもんだ。俺は自分の精神世界に雨漏りをさせたくない。例えば「裸のランチ」? あんなものは論外だな」
「奥さん面白半分に撃ち殺した人だっけ」
「そうだ...まぁ酒に酔った間違いくらいなら許せるけどな。ああ、それとお前は最近アイツに会ったか?」
兄貴は唐突にまた話を変えた。常に出来る限り自分が主導権を握ってないとムカッ腹が立つ、厄介者なのだ。
「父さんのこと? いや、半年くらい前に会ったっきりさ」
兄貴が煙を宙に吐く。
「ふーん...あんなのに自分から会いにいくことはねぇぞ、アイツはビンカートンが聖人に思えるくらいのクズだからな、早く苦しんで死ねばいい」
「ビンカートン?」
「有名なオペラに出てくる軍人さ、主人公の美少女と結婚して子ども作っておきながら、自分は国で本命と別に結婚し、挙句その妻と主人公の前に現れて、子どもまで奪おうとしたヤツさ。主人公はプライドをズタズタにされたショックで自殺するが、まぁビンカートンは育児の意欲があるだけマシだな」
そういえば、兄貴や読書よりオペラやミュージカルが好きで、歌劇に造詣が深かった。今の身分ではそこにも行けなくて悩んでるだろう。
僕らの父さんは理由を話すと昼時までかかるし、だいたい分かるだろうから詳しくは言わないけど、リウを除く兄弟全員からは誰彼構わず吠え散らす番犬より嫌われている。ストクロですら、名前を出すと部屋から出ていくほどだ。
僕も父さんが肉親じゃなかったら、きっと唾を吐きかけるべき蛇蝎以下の存在と認識しただろう。
兄貴は父さんを、生物学的に見てただ血が似通ってるだけの他人と思いたいのかもしれない。何故なら1番父さんと顔が似てるのは、皮肉にも兄貴だからだ。兄貴だけが父親似なのだ。
「まぁたまにはこうやって兄弟二人っきり水入らずで話し合うのもいいよな、いかにも兄と弟って感じだ」
そう言うと、兄貴は僕の肩に腕を回した。僕は僕で兄貴の肩に寄りかかる。
「ねぇ......兄貴、また一つ聞いていい?」
「ああ...にしても、お前の「ねぇ......」すごい艶めかしいな」
そして、僕はまた一つ質問した。何だか質問してばかりだな。面接みたいだ。でも聞かずにはいられない。
「兄者貴様、一体何をしでかした?」
僕らが座るベンチから見て、左右にある公園の出入り口から、喪服とはどこか違う真っ黒なスーツとネクタイを締めた数十人の男達が、ぞろぞろと群がってこちらに近づいてきた。
何人かは眉毛を剃っており、眉間にシワを寄せて陰影が鮮明に映ったすごい形相でこちらを睨みつけている。眉毛が無いだけで人は大分威圧感を得られるもんだと、僕は感心した。
嫌な予感がする。
兄貴は短くなった煙草を空き缶の中に入れた。僕も自分の吸い殻をその中に放り込んだ。
そりゃ今は12月の頭だから寒いのは当然だけれども、幾ら新聞の天気予報を見たからって、暖かくなるわけじゃないから、僕は革の手袋をはめて寒さに耐えるしかない。
「どうした? 早く飲まないと炭酸が飛ぶぞ」
僕はこの寒い中、兄貴が酒屋で奢ってくれた缶ビールを啜っていた。酒屋の中にはカウンターテーブルもあったのに、あろうことか、兄貴は外の公園で飲もうと行ってきた。
曰く、世の中の連中が働いてる時に堂々と飲む酒はうまい。らしい。兄貴らしい言い方だった。自分が優秀だという認識があるから、ついつい人を見下したくなる癖があるのだ。
僕は舌が痺れてビールの苦味がわからなくなって来ても、身体を温めるために無理して飲んだ。そもそも僕は酒自体自主的には飲まない。
理由だけど兄貴は大学時代、ディベートサークルと平行して、表向きは全体主義について討論するという名目のヤリサーに入っていた。
そこの部長のやり口が、誘った女に大量の酒を飲ませて、彼氏が一緒ならそっちの方を先に潰してからやる。というものだったらしく、兄貴はその卑劣かつ下劣なやり方に立腹した。
いや、恐らく本音は新入りは後片付けと、記憶が朧げな女の子を言い包めて、うやむやにする裏方役ばっかり回ってきたというのが主な理由だろう。そして、その腹いせに大学側に匿名で密告したのだ。
そもそも同じ目的で入っておきながら、即座に裏切るというのがすごいが、兄貴はあくまで体験入会という名目で、入会申請書を提出していなかったので所属していたのがバレず、停学も何もなかったらしい。
その後部長と数十人の部員は退学処分になって、部長含む幹部には軽い懲役刑が言い渡されたとか。
兄貴はあらかじめ自分がやらなくても他の誰かがチクリをやるかもしれないと、先を見据えていたのだ。何という狡賢さ。
話が大分脇道に逸れた。つまり僕が何を言いたいかというと、とどのつまり、汚い手を駆使して僕みたいな美人を狙う、件の部長のような外道はたくさんいるから、その毒牙にかからないよう自分で気をつけなきゃってことだ。
それに、 いざという時に酔っ払ってたら倒せる者も倒せない。後、これは僕の偏見だけど、酒に酔って酩酊状態になるというのは僕には酷く間抜けで情けないことのように思えてならない。
兄貴は既に三本目を飲み終わっており、握り潰した空き缶を無造作に足元に放り捨てて、新しい四本目をレジ袋から取り出していた。
兄貴はビールに口を付けたまま、顎を突き出して冷たく冷えたビールを、シャワーノズルを口に突っ込んだみたいに一気に飲み干した。兄貴の喉がたくましく流動する。
そして、くしゃくしゃになった緑色の缶がまた増える。僕には何だかそれがとても悲しい行為に思えた。
兄貴は難しい言葉で言えば蟒蛇なので、ビール程度じゃほろ酔いにもならない。なのに何で、僕をほったからして、そんな酔いも出来ない酒を鯨飲するんだ?
僕は不思議に思いながら、ようやく自分の一本目を飲み終わり、僕も同じくして缶を握り潰すと、兄貴の元に投げた。
「お前、疲れてないか?」
ふと、兄貴が僕に話しかけてきた。それも僕を気遣うような質問だったので僕はやや驚いた。
「別に」
「そうか......お前、今日俺と行く前にレーゼにたくさん申し送りをして、その前にはリウに朝飯食わして、ストクロが起きたら服やってたよな」
僕はリウの笑顔を思い出す。
「弟がやっぱり可愛いからね、でなかったら疲れて出来ないし、いずれ飽きが来るし、やる気も消え失せるよ」
兄貴がため息を吐き、煙草を咥えて火を点ける。兄貴が箱を差し出したので、僕は一本抜き取ってそれを唇に挟むと、流麗な開閉音と共に火を点けてくれた。
「お前には悪いことしてると思ってる。俺にはあんな小さな子と病弱なヤツの世話なんか、会話交わせるくらいでロクにできないから、昨日だってリウを寝かしつけるのに大いに苦労した」
「別にいいよ、兄貴は兄貴のままで。僕はもちろん兄貴のことも好きだよ、何なら今からホテル行く?」
僕は口から煙草を離して煙を吐くが、兄貴は煙草を一気に燃焼させて強引に吸い終わらせた。そしてやはり噎せた。
「何、馬鹿な吸い方してんの!? 喉潰したいの?」
僕は兄貴の飲みかけのビールを取ると、兄貴の手を掴んで握らせた。兄貴は目尻に涙を滲ませながら片手で僕を拝み、ビールをゆっくりと確かめるように飲んだ。
兄貴の煙草「抱きしめたい」はバーボンをフレーバーに使用した、そのドラマチックな名前とは裏腹に、現在一般購入できる煙草の中でも指折りにキツい煙草なのだ。
僕は嫌いじゃないけど、癖が強い煙草でかなり人を選ぶ。何かの雑誌で舌が完全に狂うから、コックとソムリエは絶対に吸うなとの旨が書いてあった。
そんな煙草をあんな吸い方したら、声が枯れるどころか最悪喉を駄目にしてしまう。ただでさえ団長という前例と見本がいるのに。
兄貴は顔を真っ赤にして、僕が背中をさするとようやく呼吸を整え始めた。ストクロがよく咳き込むから、こういうのには慣れている。
我ながらますます介護士っぷりが板について来たな。僕はそう思いながら自分の煙草を蒸した。
「くそっ、ちょっとボーっとしてたわ。ところで話を変えるが、確かお前は好きな女がいたんだよな? それはどんななんだ?」
ようやく落ち着いてきた兄貴が真っ先に尋ねたのは、僕の恋愛模様だった。僕は唇を窄める。兄貴は今見た通り、かなりせっかちな上に、他人のは露ほども興味無い癖に、僕のゴシップだけはやたら興味がある。
まぁ実の弟の恋愛模様が気になるのは、家族として、長男として当然かもしれないし、僕も別に個人情報をはぐらかして説明するなら構わないし、あの子について自慢したい気持ちも確かにあった。
「うん、いいよ」
僕は数分に渡り、あの店員ちゃんについての講釈を兄貴に向かって垂れ流した。金髪なこと。巨乳なこと。気立ての良いこと。学校に行ってないらしいことを包み隠さずに告白した。
一通り言ったところで、僕は結構恥ずかしいことを熱弁したことに気付き、更にこれは本来なら自慢など以ての外で、いざという時まで自分の懐の中で育てていくべきだということを思い出した。
話し終わって、そのことに気付いた僕が気恥ずかしさに俯いていると、兄貴は剃り残されて薄っすらと残っている顎髭を撫でながら、顔をしかめつつ何度か頷いた。
「うん、うん、そうか。つまりその子がお前にとって100パーセントの女の子ってわけだ。幾つか言いたいことはあるけど、まぁ俺は羨ましいよ。お前なら必ず射止められるだろうから、そしたらやってる時に俺も混ぜてくれ」
「残念、そういうのは逆がいいな」
そうか......俺もだ。と、兄貴は呟きながら僕のもみあげの線を指でなぞりつつ、残ったビールを飲み干す。僕は兄貴が触りやすいように近くに寄った。
兄貴がしたいのならディープキスをしたって僕は嫌がらない。何故なら兄弟愛はこの世で最も尊い愛だと、僕は思っているからだ。
兄貴は話のネタが尽きたのか、余りに淡々としか返事を返さない僕に飽きたのか。ただ僕のもみあげを面白そうに弄くるだけで、何も話さなくなった。何が面白いのか持ち主の僕には分からないが。
買ったビールも尽きて、曇り空は黒みを増した。鳩かカラスかわからない鳥が一羽空を横切った。
「そういえば、兄貴はどういう本を最近読んでる? 僕は今、ルパンを読んでる」
兄貴はもみあげを弄るのをやめて、腕を広げて、煙草に火を点けつつベンチにもたれかかった。
「俺は...麻薬とか詐欺みたいな犯罪歴があるヤツの本は読まん。よく小説家は少し異常なところがあった方が良いものを書けるとか言うが、あんなもん俺に言わせたら、狂人の思想に迎合しているようなもんだ。俺は自分の精神世界に雨漏りをさせたくない。例えば「裸のランチ」? あんなものは論外だな」
「奥さん面白半分に撃ち殺した人だっけ」
「そうだ...まぁ酒に酔った間違いくらいなら許せるけどな。ああ、それとお前は最近アイツに会ったか?」
兄貴は唐突にまた話を変えた。常に出来る限り自分が主導権を握ってないとムカッ腹が立つ、厄介者なのだ。
「父さんのこと? いや、半年くらい前に会ったっきりさ」
兄貴が煙を宙に吐く。
「ふーん...あんなのに自分から会いにいくことはねぇぞ、アイツはビンカートンが聖人に思えるくらいのクズだからな、早く苦しんで死ねばいい」
「ビンカートン?」
「有名なオペラに出てくる軍人さ、主人公の美少女と結婚して子ども作っておきながら、自分は国で本命と別に結婚し、挙句その妻と主人公の前に現れて、子どもまで奪おうとしたヤツさ。主人公はプライドをズタズタにされたショックで自殺するが、まぁビンカートンは育児の意欲があるだけマシだな」
そういえば、兄貴や読書よりオペラやミュージカルが好きで、歌劇に造詣が深かった。今の身分ではそこにも行けなくて悩んでるだろう。
僕らの父さんは理由を話すと昼時までかかるし、だいたい分かるだろうから詳しくは言わないけど、リウを除く兄弟全員からは誰彼構わず吠え散らす番犬より嫌われている。ストクロですら、名前を出すと部屋から出ていくほどだ。
僕も父さんが肉親じゃなかったら、きっと唾を吐きかけるべき蛇蝎以下の存在と認識しただろう。
兄貴は父さんを、生物学的に見てただ血が似通ってるだけの他人と思いたいのかもしれない。何故なら1番父さんと顔が似てるのは、皮肉にも兄貴だからだ。兄貴だけが父親似なのだ。
「まぁたまにはこうやって兄弟二人っきり水入らずで話し合うのもいいよな、いかにも兄と弟って感じだ」
そう言うと、兄貴は僕の肩に腕を回した。僕は僕で兄貴の肩に寄りかかる。
「ねぇ......兄貴、また一つ聞いていい?」
「ああ...にしても、お前の「ねぇ......」すごい艶めかしいな」
そして、僕はまた一つ質問した。何だか質問してばかりだな。面接みたいだ。でも聞かずにはいられない。
「兄者貴様、一体何をしでかした?」
僕らが座るベンチから見て、左右にある公園の出入り口から、喪服とはどこか違う真っ黒なスーツとネクタイを締めた数十人の男達が、ぞろぞろと群がってこちらに近づいてきた。
何人かは眉毛を剃っており、眉間にシワを寄せて陰影が鮮明に映ったすごい形相でこちらを睨みつけている。眉毛が無いだけで人は大分威圧感を得られるもんだと、僕は感心した。
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