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最終回:やっと言えた
しおりを挟むその日は珍しく、終電近くまで残業だった。
ふと窓を見ると、ガラス越しに雨がまた降っていた。
(……あの日と、同じだ)
匠はデスクでぼんやりと手帳を眺めていた。
そこに、見慣れた影が差し込む。
「……帰らないのか?」
「奏人……」
そこに立っていたのは、10年前のままの、でも今の姿をした奏人だった。
傘を持っていた。
手に、小さな紙袋も提げていた。
「ちょっと……渡したいものがあって」
差し出された袋。
中には、あの頃ふたりでよく食べていた駄菓子がいくつか入っていた。
「近くにまだ売ってる店があってさ、つい……」
「……懐かしすぎるだろ、これ」
「笑うなよ。思い出したんだ。お前と一緒に、コンビニの前でこれ食ってた日々」
「……俺も、よく覚えてる」
匠の笑顔が少しだけ緩んだ。
だけど、沈黙はすぐ戻ってくる。
「この前の話……」
奏人が、静かに切り出す。
「中途半端だった。……ちゃんと伝えたくて」
「……うん」
「俺は、ずっと、お前が好きだった。
そして今も、誰かと比べるまでもなく、たぶん一番、お前がいい」
「……」
「でも、それを伝えるのが怖かった。
また離れたらどうしようとか、お前の顔をまともに見れなくなったらとか……」
「離れないよ」
匠の声が、小さく入った。
「今度こそ、離れたくない。俺も……好きだよ。
10年前も、今も、たぶんずっと」
目が合う。
今度は逸らさなかった。
雨音だけが静かに響くビルのロビー。
奏人が、そっと匠の肩に手を添えた。
「……キス、してもいい?」
「……うん」
触れるだけの、優しいキスだった。
でもそれだけで、10年分の時間が、ふわりと溶けた気がした。
「……やっと言えたな」
「ほんと、な」
ふたりは並んで歩き出す。
狭い傘の下じゃなく、今度はちゃんと、肩を寄せ合って。
もう、あの頃みたいにすれ違ったりしない。
ようやく、恋が“始まった”。
(end)
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