キョウちゃんに愛されるのは僕だけでいい

さんごさん

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葬式はキャバクラ

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 比奈ちゃんが死んだのは、僕とキョウちゃんが恋人をやりだしてから一週間程度経ってからだった。

 第一発見者はキョウちゃんで、自宅の自室で死んでいるのを、キョウちゃんが発見した。

 キョウちゃんは出かけていて、帰ってきて比奈ちゃんの姿が無いのを疑問に思って部屋に向かってみると、比奈ちゃんが死体となって横たわっていたというわけだ。
 第一発見者なんて言い方をすると、まるで殺人でも起きたかのように思われるかもしれないけれど、その通りだった。

 死体となった比奈ちゃんの小さな胸には、包丁が突き立っていた。
 比奈ちゃんの小さな胸の谷間を貫いて、心臓を一突きされていたのだ。
 一目で死体だと、一目で生存の確率がゼロだと分かる死に方だった。
 文字通りに、比奈ちゃんは『脈無し』になってしまったのだ。

 こんな死に方は、事故でも自殺でもありえないだろう。
 その話をする時のキョウちゃんは、とても苦しそうに、辛そうに、涙を堪えて、歯噛みして、搾り出すように、訥々と語った。
 その状況を詳しく知っている人間は少ない。

 知っているのは多分、警察とキョウちゃんと犯人くらいだ。
 キョウちゃんは自分の母親の刺殺体を目撃した後に、警察から事情聴取を受ける破目になって、帰ってきた時にはぐったりとしていた。

 キョウちゃんに父親は居ないので、これからどうなるのかも決まってはいない。
 比奈ちゃんの葬式が執り行なわれる。
 僕も少ないお小遣いを香典として持参して、葬式に参列した。

 葬式には若い女性がたくさん来ていて、その殆どが二十代だと思われた。
 しかも綺麗な人ばかりだったから、僕が「キャバクラでも始めるの?」と喪主であるキョウちゃんに質問してみると、「比奈の会社の人たちだ」と説明してくれた。

 比奈ちゃんは会社を経営していて、何の会社だか知らないけれど、創業して社長を務めている比奈ちゃんがまだ三十三歳だったのだから、社員の人たちはそれよりも若くて当然なのかもしれない。

 女性が多いのは、比奈ちゃんが女性だからだろう。
 女性が社長をやっていれば、こんなにも社員に女性が増えるのかと感心した僕は、日本の企業にもっと多くの女性社長が誕生すれば男女平等は意外と簡単に実現されるのでは無いかとか浅はかな考えをしていた。

 僕は成績は良いけれど馬鹿なので、物事を深くは考えない。
 そもそも男女平等について考える事だって、暇を持て余してでもいなければ無いことだっただろう。

 葬式というのは退屈だ。
 僕は今まで葬式に参列するという経験は無かったのだけれど、退屈なものだと一人座っていた。

 キョウちゃんは喪主として忙しく立ち働いていたから、話し掛けるのも躊躇われる。
 社員であった女性達は皆一様に涙を見せていたので、比奈ちゃんがいかに慕われていたのか知れるというものだ。
 僕だって比奈ちゃんが居なくなったのは寂しいけれど、涙は出なかった。

 僕には血は流れていても、涙は一ミリリットルも存在していないのかもしれなかった。

 葬式が終わると、比奈ちゃんの会社の人たちは帰って行った。
 葬式に退屈していた僕は、その人たちを口説いてみようかとも思ったけれど、最後まで涙している人が大勢いたので、さすがに不謹慎だと思ってやめた。

 僕も香典返しをもらってひとまず家に帰った。
 香典返しの中身はお茶とかそんなもので、紅白饅頭が入っていないのかと少しがっかりしたけれど、紅白饅頭はおめでたい時に食べるものだと思い出して、本当にがっかりしなければならないのは僕の頭のほうなのだと分かった。

 深夜、キョウちゃんの家を訪問した。

 電話もしなかったから僕の訪問を予測していたわけでは無いと思うけれど、キョウちゃんは眠ってはいなかった。
 チャイムを押すとすぐに僕を出迎えて、家の中に招き入れてくれる。
 いつものようにリビングのソファに座って、キョウちゃんがお茶を煎れてくれるのを待つ。
 その後ろ姿が比奈ちゃんに似ていて、少し前にここで比奈ちゃんとキスした時のことを思い出したりした。

「…………」

 湿っぽくなってしまう。

 人の死というのは、否応無く過去を思い出させるものなのかもしれない。

「どうしたんだ? こんな夜中に」

「キョウちゃんが寂しいかと思って」

「…………」

「邪魔だった?」

「……いや………悪い」

「ううん。キョウちゃんはまだ、僕の恋人って事になってるから」

 比奈ちゃんが死んでから数日経っている。
 何しろ死に方が殺人と思えるものだったし、解剖だり何だりがあって比奈ちゃんの身体が戻ってくるまでに時間があったのだ。

 もう火葬されたのかどうかは、葬式しか出てない僕には分からない。
 キョウちゃんと二人きりでこの場所に居る事も少なくは無かったのに、比奈ちゃんが居なくなったというだけで静かに感じる。

 キョウちゃんが煎れてくれたお茶は緑茶で、香典返しの余りかもしれない。

「……キョウちゃんはこれからどうするの?」

「一応、保護者として名乗り出てくれた人が居る。ただ、俺はこのままここに住むよ。一人暮らしだな」

「保護者が居るのに?」

「ああ。保護者と言っても形だけで、実際は比奈の残した金で暮らしていく事になる。俺はまだ十六だから、二年は遺産を受け取れないんだ。それを管理してくれるって事だな」

「そういうのって、取られたりしないの?」

「分からんが、平気だと思う。信用できる人だよ」

「じゃあ、キョウちゃんは引っ越さないんだね?」

「ああ」

 もしかしたら引っ越してしまうのでは無いかと危惧していただけに、キョウちゃんが残るというのは嬉しい事だった。

 もしもキョウちゃんが引っ越したりしたら、家出してでも追いかけようかと軽く本気で考えていたりした。

「良かった。キョウちゃんまで居なくなったら、寂しくて死んじゃいそうだからさ」

 これが本心。

「それは大袈裟だ」

 けれどキョウちゃんは僕の冗談だと思ったようで、苦笑を浮かべながら否定した。
 だから僕は、冗談の口調をやめて「大袈裟じゃないよ」と呟く。

「キョウちゃんが居なくなったら、僕は死ぬ」

「…………」

「冗談じゃなくね」

 キョウちゃんは恥ずかしそうに視線を逸らし、テーブルの上に置かれていたリモコンでテレビの電源を入れる。
 音量が大きくなっていて、大きな笑い声が一瞬この場を包んだ。

 その笑い声は僕たちの虚しさを増大させるように響き、キョウちゃんはザッピングもしないで電源を落とす。
 再び静かになった室内は、笑い声が響く以前よりも沈黙が濃くなった。

「…………」

 喋らなくなって、僕のお茶を啜る音だけが聞こえる。
 こんな時に、比奈ちゃんが居たらどうしただろう。

 僕の中の比奈ちゃんに聞いてみると、「あれ? まだお葬式の最中だっけ?」とかいう質問をしてきそうだった。

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