キョウちゃんに愛されるのは僕だけでいい

さんごさん

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ブランド物のカバンより価値のあるもの

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「キョウちゃんとこうやって二人きりで話すのも、なんだか久しぶりだねえ」

 しみじみと呟く。

 このところ忙しそうにしていたキョウちゃんとは、殆ど会話をしていなかった。
 あれほど毎日一緒に居る仲だったのに。

 僕が罪を犯した翌日でも、変わらずに談笑していたのに。

「そうだな。こんな夜中だけど、お前が来てくれて良かったよ」

 キョウちゃんは多分、外面以上に内面に傷を負っているのだろう。
 比奈ちゃんが死んだというのに涙さえ流さないキョウちゃんだけれど、悲しく無いわけではないのだ。

 キョウちゃんと比奈ちゃんは、仲の良い母子だった。
 僕と比奈ちゃんよりも比奈ちゃんとキョウちゃんの方が仲良しだったとは言わないけれど、実の母親が死んでしまったキョウちゃんは、僕が感じているのとはまた、違った悲しみを抱いているのだろう。

 それはきっと、大きさで言ったら僕以上の。
 僕の悲しみなんて相手にならないほどの。
 でなければ、天邪鬼なキョウちゃんが、僕に『来てくれて良かった』なんて台詞を吐くわけが無い。

「お前が居なければ、泣いてたかもしれないな」

「邪魔しちゃったかな?」

「いや、苦しくて泣くのは、嫌だよ」

「キョウちゃんが弱音を吐くなんて珍しいね」

「そうか? まあ、比奈はあんなでも母親だったからな。死んで、悲しくないわけが無いよ」

 本当に珍しい。
 自分が弱音を吐いている事も、悲しんでいる事も素直に認めるなんて、キョウちゃんらしくない。

 そんな部分を見れるのは、多分僕だけだろう。
 比奈ちゃんの居なくなった今、キョウちゃんに寄り添っていられるのは僕だけだろうから。

「弱ってる女の子は口説き易いって言うけど、今ならキョウちゃんも口説けるかな?」

 キョウちゃんは男だけど。
 弱っているのに、変わりない。
 弱っている時に優しくしてもらいたいのは、男だろうと女だろうと変わらないだろう。

「さあな」

 キョウちゃんは左頬を吊り上げて、そんな風に言った。
 そのまま立ち上がると、冷蔵庫に向かう。
 冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出した。

「飲もう」

 珍しく、キョウちゃんから酒を誘われる。
 キョウちゃんは確か、飲んだ事も無いはずだけど。

「良いけど、未成年の飲酒は犯罪だよ」

「……こんな時ぐらい優遇される。六法全書にもそう書いてあるさ」

 キョウちゃんは僕に向かって缶ビールを放り投げた。
 そんな事をしたら、炭酸で泡が吹き零れるかもしれないのに。

「こんな時って、どんな時?」

「親を殺された時だよ」

「それじゃあ、僕は法律に掛かるよね?」

「お前は、比奈としょっちゅう飲んでただろ?」

 気付かれていたとは知らなかった。
 僕が比奈ちゃんと飲むのはキョウちゃんが居ない時と決まっていたし、比奈ちゃんもそれを隠していたようなのに。

 それを証拠に僕が比奈ちゃんのブラジャーを外し損ねた時に、キョウちゃんが帰ってきた音を聞いて比奈ちゃんは飲んでいたビールの缶を片付けていた。

「知ってたの?」

「まあな。お前と比奈が二人きりになった後には酒の缶が捨てられてたり、お前からも酒の匂いがする時があったからな」

 単純なばれ方だった。
 酒の缶や瓶を隠しもしないで捨てるなんて、比奈ちゃんには本当に隠す気があったのかどうかさえ怪しい。

 まあ、僕から酒の匂いがしたらどちらにしろばれてしまうか。

「……何してるんだ?」

 再びソファに腰を下ろしたキョウちゃんは、隣に座る僕に質問する。
 僕は缶ビールをテーブルの上でごろごろと転がしていた。

「こうするとさ、炭酸が収まるんだって」

 前にテレビで見た知識だけど。
 本当かどうかも分からない知識だけど、ごろごろと転がしていると振った炭酸の缶でも、開けた時に噴き出さないらしい。

「じゃあ、乾杯しようか」

 乾杯というには不謹慎な気もする状況だったけれど、酒を飲み交わす事を他にどう表現して良いのか分からなかった。
 僕とキョウちゃんは缶を軽く当てて、プルタブを引き上げる。

 今はプルタブって言わないんだっけ? 確か、プルトップとか。
 その二つには、明確な違いがあるのかもしれないけれど。

「うわっ、と」

 缶からは軽くビールが噴き出してきた。
 噴き出したのはほんの少しだったので、ごろごろ転がした効果があったのかどうかは謎だった。

 僕とキョウちゃんはミラーニューロンでも働いているかのように同じ動きをして、缶ビールに口をつけてテーブルに置いた。

「ぷはあ! とか言ったら年寄り臭い?」

 いつだか比奈ちゃんが言っていた事をそのまま言ってみる。

「ああ、年寄り臭いな」

 僕の質問をキョウちゃんは肯定した。
 比奈ちゃん、どうやらこれは年寄り臭いようだよ。

「美味しいね」

「…………」

 キョウちゃんは眉間に皺を寄せていて、とてもビールを飲んでいる時の顔とは思えない。
 多分、初めて飲んだからあまり美味しいと感じていないのだろう。

 僕はもう一口含み、味わって飲み下す。

 キョウちゃんは見栄を張ったわけではないと思うけれど、一気に飲み干した。
 不味かったから一度で終わらせてしまおうとでも思ったのだろう。それだったら、なんと勿体無い酒の飲み方か。

「比奈は、俺ともこうして酒を飲みたかったんだろうな」

 キョウちゃんは飲み干したビールの缶を見つめる。
 こんな事なら一度くらい相手をしてやれば良かったという後悔が透けて見える。

 そんな事は、真面目なキョウちゃんにはとても無理だろうけど、それでも、後悔してしまう気持ちは分からなくも無い。
 僕は別に、何も後悔している事は無いけれど。

「ねえ、キョウちゃん。僕にも何かくれない?」

「何かって何を?」

「比奈ちゃんの、形見ってやつ。キョウちゃんは知らないかもしれないけど、僕、比奈ちゃんの事大好きだから」

「……分かった。ついて来い」

 キョウちゃんと共に、僕は移動する。
 疲労が溜まっているのか、キョウちゃんの足取りにいつもの軽やかさは無かった。

「ここって……」

 キョウちゃんがやってきたのは比奈ちゃんの自室。
 比奈ちゃんが、殺されていた場所だ。

「…………」

 キョウちゃんは扉を開けるのに酷く躊躇いを覚えていた。
 深呼吸しているわけでは無いけれど、息をゆっくりと吸い込んだり吐き出したりしている。

 ノブに手をかけるのにしばらくの時間を要し、ノブを掴んでからも開けるまでに時間が掛かった。

 扉を開ける。
 僕も入ったことがあるけれど、とても殺人現場とは思えないような空間が広がっていた。
 まあ、殺人現場であることを確信させるように、床には血痕なんかが広がってたりするけれど。

「……好きなものを持っていけ。ここはこのまま残しておくつもりだから、金目のもんでも構わない。何なら、売って金にしたって良いさ」

「金目の物なんて要らないよ。そんなの持ってたら、売っちゃいそうだからさ。僕は、比奈ちゃんを感じられる物が欲しいんだ」

 僕とキョウちゃんは比奈ちゃんの自室へと侵入していく。
 パタンと扉を閉めると、なんだか比奈ちゃんの匂いが感じられるような気がした。

 比奈ちゃんの部屋には物が溢れている。
 けれど広いから、雑多な感じは受けなかった。
 時計や宝石、ブランド物の服や鞄など、金目の物はたくさんあったけれど、僕はそれらをもらおうとは思わない。

 比奈ちゃんを感じられる、比奈ちゃんらしい物であって、お金にならないような物がベターだ。

「これ、もらっても良い?」

 ベッドの脇に置かれていた、ヘアゴムに目を留める。
 比奈ちゃんが髪を留めているところなどあまり見なかったけれど、多分リラックスする時に邪魔な髪をまとめていたのだろう。
 それが、比奈ちゃんを感じられる物に思えた。

 百円にもならないヘアゴムだけれど、比奈ちゃんのイメージにはないけれど、それが、比奈ちゃんを一番感じられるような気がした。

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