キョウちゃんに愛されるのは僕だけでいい

さんごさん

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指きり

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 怪我が治るまでしばらくキョウちゃんの家に厄介になる事にしたんだけど、とりあえず家にも電話を入れておいた。

 ちょうど留守電になっていたから、「家出します。捜さないで下さい。捜しても良いですけど、見つかっても家出します。捜さないのが賢明だと思います」と吹き込んでおいたから、捜されてる気配もなかった。

 学校にもしばらく病で休むという事を伝えたけれど、何か許可が出たわけでもなかった。
それが家にどういう風に伝わっているのか、あるいは伝わっていないのかも分からなった。

 僕が再び学校に出たのは、一月ぐらい経ってからだろうか。
 その時には僕の髪も少し伸びていて、無理なく比奈ちゃんの形見のヘアゴムを使えるくらいだった。

「ねえ、浅海ちゃん」

 久しぶりに見た浅海ちゃんは、やはりいつもと変わらない。
 地味に地味を重ねたように静かで、眼鏡を掛けて冷めた視線を向けている。

 僕と会話する時は辛辣な物言いをする浅海ちゃんだけれど、他の人にはどう対処しているのか分からない。
 皆にあんな感じで接していたら、地味に地味を重ねたようではいられないと思うのだけれど。

「何かしら?」

 一月ぶりに会ったというのに、浅海ちゃんは僕の快気を祝うでもなく、いつものように返答をした。

「今日さ、ちょっと付き合ってくれない?」

「何よいきなり。久しぶりに来たと思ったら」

「久しぶりに会ったからだよ。もう少し早く言っときたかったんだけど、しばらく歩けないくらいに痛かったからさ」

 今でもまだ少し痛んだりするんだけど、少しずつ痛みは和らいでいる。

「……分かったわ」

「じゃあ、今日の放課後、浅海ちゃんがレイプされた公園で」

「……人のトラウマに塩を塗るような事をするのね」

「トラウマになってたの?」

「私だって、レイプされてそれ相応の傷は受けてると言ったはずよね?」

「でも、自殺はしなかった」

「何で私が自殺しなきゃならないのよ。悪い事をしたわけでも無いのに」

「それもそうだね」

 それでも僕がレイプした女の子は死んだけれど。
 ああ、あれは僕がブルーレイを送りつけてからだっただろうか。

「じゃあさ、もしもその時の映像が、ブルーレイに焼かれて送られてきたらどうする?」

「見ないわ」

「……ふうん」

「だって私の家、ブルーレイを再生できる環境に無いもの」

「……そんな理由なんだ」

 まあ、そんな人が居ても全然おかしくはないか。
 僕は自分の家と照らし合わせて当然のようにブルーレイを送りつけたけれど、あの場合、スマホにでも送りつけといたほうが良かったのかもしれない。

「じゃあもしも、スマホに動画が送られて来たら? さすがにそれは再生できるでしょ?」

「ええ、そうね。それだったら、中身は確認するでしょうね。けど、すぐに止めるわよ。トラウマの現場を眺める趣味は、私には無いわ。だからって、自殺するとも思えないけれど」

 それで自殺しない浅海ちゃんが強いとか、そういう事でも無いのだろう。
 そんなのはただ、浅海ちゃんがそういう人だというだけだ。

 傷ついていると自ら言うほどだし、トラウマだというのも、嘘ではないのだろう。
 ただ、自殺をしなかった。
 それだけで浅海ちゃんを強いだなんて言ったら、余計に浅海ちゃんは傷ついてしまう。

 あえて傷つけてみようかと思わなくも無かったけれど、僕には好きな人を傷つける趣味は無いのでやめておいた。

「そんな浅海ちゃんにさ、プレゼントがあるんだよ」

「どんな浅海ちゃんよ」

「僕の大好きな浅海ちゃん。プレゼントは、喜んでくれると思うからさ」

 僕は自分のポケットを漁り、そこに入れてきた物を取り出す。
 それは、学校に来る前に一月ぶりに家に帰って取ってきた物。

「そんなもの、どうしたのよ」

「拾ったんだ」

 僕は浅海ちゃんにそれを、パンツを差し出す。

「ほら、浅海ちゃん、レイプされた時にパンツ盗まれたって言ってたでしょ?」

「……いらないわよ。そんなの」

「そう? 良いパンツだと思うんだけどなあ」

 僕はパンツの匂いを嗅ぐ。
 浅海ちゃんはそれを奪い取った。

「あなた、とことん変態ね」

「よく言われるよ」

 公園で待ち合わせという約束を取り付けた僕は、放課後、一度家に帰って自分の部屋に置かれている冷凍庫から箱を取り出して、浅海ちゃんの待つ公園に向かった。
 一度家に寄っていた分だけ遅れてしまったので、浅海ちゃんは眉を寄せて「遅いわね」と不機嫌そうに言った。

「それで、何の用よ。学校じゃ駄目なのかしら?」

「どうせならデートしようよ」

「面倒よ」

「変わらないねえ、浅海ちゃんは」

「……喜んで良いのか悲しんで良いのか分からないわね」

 あんまり伸ばしすぎると浅海ちゃんは帰ってしまわないとも限らないから、僕はそろそろ用件を告げる。

「今日はさ、告白しに来たんだ」

「告白?」

「僕と、付き合ってくれない?」

「どういう意味かしら?」

「恋人になってくれって事」

「あなた、佐倉響の恋人じゃなかったの?」

「ああ、それはもうやめたんだ」

 恋人ごっこはもうやめた。
 僕は今でもキョウちゃんを愛しているし、キョウちゃん以外に愛している人なんて居ないけれど、姫乃ちゃんと決着を付けちゃったから、もはや恋人ごっこをする理由はどこにも無かった。

 キョウちゃんだって僕を愛してくれていると思うし、相思相愛なのだからこれからも恋人を続ければ良いのかもしれないけれど、僕はそれじゃあ、満足できない。
 キョウちゃんにはもっと、僕のことを想ってもらわないと。

 僕を殺したくなるほどに、憎んで、恨んで、嫉妬してもらわなければならない。

 僕を殺したくなるほどに、愛して、恋して、慈しんでもらわなければならない。

 もっともっと、不幸になってもらわなければならない。

 それが、僕の愛だ。

 幸福を望まない僕の愛は、不幸の中にある。
 だから、恋人を作る。

 キョウちゃんが、どうしようもなくモヤモヤした気持ちを抱えるように。
 僕が、女の子と付き合って、セックスしている事を、苦悩しながら見ていてもらわなければならない。

 もしも浅海ちゃんに断られたら他の女の子を探すけれど、やっぱり恋人は好きな人のほうが良い。
 僕の大好きな、浅海ちゃんが良い。

 キョウちゃんの次に、大好きな。

「恋人って、具体的にはどうするのかしら?」

 浅海ちゃんが聞く。

「どうするって?」

「恋人だからって、何をするのかしら?」

「恋人っていうのは、互いを想い合うって事でしょ?」

「それなら無理よ。私、あなたのこと愛してないもの」

「それは、僕だって同じだよ」

「ならもう一度聞くわ。恋人って、何をするの?」

 うーん。意外な質問だ。
 確かに僕が浅海ちゃんのことを大好きだったからって、愛しても恋してもいないのだから、『恋人』というのはおかしいかもしれない。

 よくよく考えてみると、恋人の定義というのは難しいのかもしれなかった。
 だからとにかく、物理的なことを考えてみる。

「デートして、セックスすれば良いんじゃないかな?」

「恋人っていうよりもセックスフレンドね」

 まあ、感情を抜きにすれば恋人もセックスフレンドも大差なかったりとか。
 当たり前っちゃあ、当たり前だけど。

「ああ、それから、キスもしないとね。恋人なのに、キスを避けるとか無いでしょ?」

 前に浅海ちゃんとセックスした時は、キスを避けられた。
 きっと、僕なんかとキスしたら自分の唇が汚れるとでも思っていたのだろう。

 その後、浅海ちゃんがレイプされた後にファーストキスをもらったけれど、それは、暴漢に渡すよりはマシだと思ったからかもしれなかった。
 せっかく恋人になるのなら、浅海ちゃんともっとキスしたい。

「どうかな?」

 僕は聞く。
 恋人というものをそう定義してみたところで、浅海ちゃんからの返事は……。

「良いわよ。あなたの事、嫌いじゃなくなったから。まあ、好きなわけでもないけど。勿論、恋してるわけでも無いし、全く、愛しているわけではないけれど」

「じゃあ、指きりしよう」

「指きり?」

「約束っていうのは、そういうものでしょ? 後からやめたって言われても困るからさ。クーリング期間はゼロなんだよ」

 僕は右手を差し出して、小指を立てる。
 肩の傷は足のものよりも軽くて、動かしたところでそれほど痛みはしない。

 浅海ちゃんがその指に指を絡める。
 なんだか間抜けだから、指きりげんまんの歌は歌わなかった。

「指きりの語源って知ってる?」

「知らないわ」

「昔、遊女が、自分の小指を切って顧客に送ったんだって。自分はあなただけの物ですってね。実際には囚人の指が使われてたりしたらしいんだけど、指っていうのは誠意の表れなんだ」

「……それがどうかしたのかしら?」

「だから、最近起きてた親指を切る事件も、誰かの誠意の表れなんじゃないかな」

 もはやあの事件は起きていないけれど、計五人の両足の親指が無くなった。

「でもあれは、切られたのよ。自分で切ったんじゃないわ」

「だから、無理やりにでも誠意を徴収したんだ」

「でも、どうして彼らから誠意なんてもらおうとするのよ」

「例えば、一人の男が居るとするでしょ? その男には大好きな女の子が居たんだ。けどある日、その女の子は心無い男たちに深く傷つけられてしまう」

「……何の話?」

 不審げな浅海ちゃんだ。
 僕が何を言いたいのかを、理解しているのか、していないのか。

 けれどこれを渡せば理解できるだろうと、僕は持ってきた箱を渡す。

「はい」

 一月の間に冷凍庫を家族に調べられてたらどうしようかと思ったけれど、僕の家族はそれほど干渉するほうでも無いので中身は見られていないようだった。

 受け取った浅海ちゃんは、箱を開けて中を覗く。
 箱の中身を確認すると、眉を寄せて、僕に箱を返す。

「いらないのかい?」

「こんなものをもらって、私が喜ぶとでも思ったのかしら?」

「喜ばないかな?」

「まあ、少しは気が晴れたわ。いい気味ね」

「もらってくれないかあ」

 それがどういったものなのか、理解はしてくれたようだった。
 理解されずにただ気味悪がられたらどうしようかと思っていたから、もらってくれなくても気が晴れたと言ってくれるのならばそれで良いだろう。

「浅海ちゃんのために、集めたんだけどなあ」

 結構、苦労した。
 僕は体育会系の事はあまり得意では無いし。

「私がこんなものを持って、ニヤニヤしてたらどう思う?」

「……気持ち悪いかも」

「そうでしょ?」

 でも、もらってくれないのならどうしようか。
 これを集めるために、キョウちゃんに色々と調べてもらったりして大変だったんだけど。

 学校の焼却炉にでも投げ込んでおこうか?

 けど、そんな事したら騒ぎにならないとも限らないし……。
 僕は箱の中を覗きこむ。
 その箱の中には、計十本。

 五人分の両足の親指が入っていた。


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