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父の会社はブラック企業だと思う
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大五朗の想いを伝えるために色々やったけれど、最後はやはり、手紙が良いと思う。
手紙ならば私でも代筆できるし、大五朗の想いを一番込めやすい伝え方だ。
「だから大五朗。手紙の内容を考えてくれるかしら?」
姿を知ってもらいたいと、試行錯誤してはいたけれど、結果としてそれは失敗に終わったわけだが、大五朗はそれに文句は言わなかった。
《あんさんがここまでやってくれたんだ。あっしが文句を言うわけにはいかないよ》
大五朗はそう言った。
その言葉を言う時の大五朗は少しかっこ良くも見えたのだけれど、その前に散々泣き散らされているので台無しだ。
ただ、それでも大五朗は、姿は見せられなくても、自分の想いさえ仲田さんに伝われば良いと思い定めたようだった。
《あんさんが考えてくれやせんか?あっしは恋文など書いたことがない》
「わ、私だって書いたことないわよ」
《あんさん、恋文を書いたことがないんですかい?》
「な、無いわよ」
《貰ったことは?》
「……う、五月蝿いわね。そんなの関係ないでしょ。とにかく!」
私は強引に話を打ち切る。
何故私が大五朗にこれまでの恋愛事情を語らなければならないのだ。
「あなたの気持ちを伝えるのに、私が言葉を綴るのはおかしいでしょ?それじゃああなたの気持ちを伝えたことにはならないわ」
《それもそうですな……分かりやした。あっしが自分で考えます》
「そうね。じゃあ、私は外してるから、考えといてね」
そして私は部屋を出た。一人きりの方が考え事をするのには向いていると思ったからだ。
大五朗は家族にも見えないので隠す必要もないけれど、部屋を出ないように言ってある。それは常についてこられると私が疲れてしまうからだったりする。
家の中でついてこられると、家族と会話をしているときに話し掛けられたりすると鬱陶しいし、返答するわけにもいかない。トイレやお風呂についてこられるのは、いくら幽霊といえど嫌だった。
私が部屋から出ると、廊下で母に遭遇する。
「琴子、今何か喋ってなかった?」
険しい目で、母が私を睨んでくる。琴湖というのは私の名前だ。
「ああ、ちょっと嫌なことがあったから。独り言を言うっていうのは年寄り臭いかしら?」
何気ない風を装いながら、私の心臓はバクバクだ。
「そう。なら良いんだけど。また『病気』が出たわけじゃないわよね?」
『病気』
私の家族は私の体質をそう表現していた。
中学生になったばかりの頃、突然見え出した幽霊に、私は対処の仕方が分からなかった。
その頃の私は純粋だったのだろう。この体質を話したら、どんな風に思われるかを考えていなかったのだ。
最初は学校で見た幽霊の話をそのまま友人にしたのだが、勿論誰も信じなかった。そんな話をしたって気持ち悪がられるだけだし、たまに喰いついて話を聞いてくれる人がいると思えば、なるべく関わりたくない変人ばかりであった。
どうしたら良いのか分からない私は、家族になら信じてもらえるとそのことを母に相談した。
「琴湖、どうしちゃったのよ。あなたはそんな子じゃなかったはずよ」
その時の母の台詞だ。
(まあ、そんなの信じるはず無いよなあ)
私だって幽霊が見えなかった頃は存在自体信じてなかったから、もしも家族に幽霊が見えるようになったと言われても信じることは無かっただろう。
(だけどあの時はショックだったなあ)
自分でもどうして良いか分からないほどパニクってたのに、母にそんな言い方をされた私は本当に苦しかった。
母にしてみれば当然のことを言っただけだろうけど、なんだか裏切られたような気分になったっけ。
裏切られる気持ちというのはそのとき初めて痛感したものだ。
それからは家族にもこの体質のことは言わないようにしていたのだけれど、慣れてない私は突然現れる幽霊に反応してしまうことが多かった。
そんな私を見て、家族はそれを『病気』と表現するようになったのだ。
中学三年生になる頃には突然現れる幽霊にも反応せずにいられるようになったのだが、家族に言わせればそれは『病気が治った』のだそうだ。
「お母さん。『病気』なんて言い方やめてよね」
「だってあなた本当に『病気』みたいだったじゃないの。幽霊なんて言い出して」
「それはあれよ。オカルトが流行ってたから…」
もう、幽霊が見えることを信じてもらおうとすらしていないので、幽霊が見えると言っていた時期のことは『オカルトが流行ってたから』で済ますようにしている。
(私が幽霊に慣れるまでに二年くらい掛かっているから、流行にしては長いけれど)
「まあ良いわ。もうすぐご飯だから下に降りてきなさい」
「はーい」
返事をして、私は階段を降りる。
母は弟に用があるようで、弟の部屋をノックしていた。
階段を降りると美味しそうな匂いが鼻を擽る。
(今日はカレーだな)
台所に行くと、その予想は当たっていたようで、鍋の中でカレーが煮立っていた。
「あ、ねーちゃん。つまみ食いするなよ」
鍋の中を覗き込んでいると、後ろから声を掛けられた。母からの用事は終わったのか、弟がそこに立っている。
「あのねえ、こんなに煮立ってるものをつまみ食いなんて出来ないでしょう?それにカレーなんて煮立ってなくたってつまみ食いするようなものじゃないわ」
「俺はする」
「威張るな」
弟は賢といって、この春から中学生になる。私より三つ年下だ。
賢は冷蔵庫を開けて、1.5リットルのペットボトルを取り出す。
その蓋を開けるときに『ぷしゅ』という抜けるような音がしたのは、それが炭酸ジュースのボトルだったからだ。
賢はその中にある黒色の液体を、コップに移すことも無くごくごくと飲みはじめてしまった。
「コップくらい使ったらどうなのよ」
「コップを使ったらラッパ飲みにならなくなるだろ」
「ラッパ飲みにする意味が分からないわ」
「良いじゃんかよ。どうせねーちゃんはコーラ飲まないんだし」
「そんな飲み方をされると見てるだけで気持ち悪いのよ」
確かに私は炭酸ジュースを飲まないけれど、こんな飲み方をされると見ているだけで喉が痛くなってきそうだ。
私は退散するようにリビングへと向かった。
ソファに腰をかけて、殆ど習慣でテレビの電源を入れる。
時刻は七時を少し過ぎたところだったので、ゴールデンタイムという時間帯だった。
何を見ようかとリモコンでザッピングをするが、面白そうな番組は残念ながら見つからない。
仕方なくテレビの電源を落とし、まだ読みかけの本を読む。『転がり続ける球体』を、まだ読み終えていないのだ。
本を読んでいると、コーラを飲んでいた賢がリビングにやってきて、退屈だからか私にちょっかいを出してくる。
私はそれを適当にあしらいつつ、賢の問いかけを完全に無視して本を読み続けた。
しばらくするとご飯の時間になったので、三人で食卓を囲んだ。
父は、いない。
と言っても死んだとかではなくて、仕事でこの時間には帰ってこないのだ。
父が帰宅するのはいつも深夜一時を過ぎた頃。
私はその時間帯には眠ってしまっているので、その時間に帰宅していると分かるのは賢から聞いて知ったからだ。
賢はもうすぐ中学生になるとはいえ、今はまだ小学生の癖にずいぶんと夜更かししているものだ。
(賢に言わせれば十時ごろには寝てしまう私のほうがおかしいらしいが)
そんなわけで、食事はいつも母と賢と私の三人でとる事が多かった。
食事を済ますと私はすぐに部屋に戻った。
(大五朗もそろそろ手紙の内容が決まったかしら)
部屋の扉を開けると、大五朗が宙に浮いたまま頭を悩ましている。
「書くこと決まった?」
ベッドに座って、頭を悩ます大五朗に問い掛けた。
《………それがまだ…》
首を振る大五朗は悩ましげだ。
《もう少し待ってくれないですか?》
「良いわよ。時間はたっぷりあるもの。ゆっくり考えて」
時間が掛かりそうだったので私は気になってた本の続きを読み始める。この本ももう少しで読み終わってしまいそうだ。
私が一人で本の世界に没頭している間にも、大五朗は頭を悩ませ続けていた。
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