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メイド
専属侍女
しおりを挟むその日は雨が降っていた。酷い雨だ。
しばらく続くようなので洗濯物も乾かないだろう。
私が部屋に行くと、いつものようにお嬢様がだるそうにしていて、水を持ってこいと言うので取りに行った。
水を口に含んだお嬢様は、気だるげに着替えを始め、私はそれを手伝った。
手伝っていると、鼻歌が聞こえてくる。
もちろん、この場には私とお嬢様しかいない。
普通であれば公爵令嬢の専属侍女は数人はいるのだが、お嬢様の疳癪が原因で新しい子はすぐにやめてしまい、ここ最近は新しく専属侍女がつくこともなくなった。
なので、この鼻歌は私かお嬢様のものなのだけれど、当然ながらお嬢様の前で鼻歌を歌うなどという不敬は働けない。
つまりこの歌声は、お嬢様のものだ。
ああ、なんて綺麗な声なんだろう。
優しげな曲だ。子守唄のような、心を穏やかにさせてくれる曲。
お嬢様の優しい声で聞いていると、あの頃の無邪気なままのお嬢様を幻視するようだ。
「どうかしたのかしら?」
そう問われて、手が止まっていたことに気づく。
私は慌ててごまかして、再び手を動かした。
お嬢様は少し考えこんでいたようだが、やがて再び鼻歌が聞こえてくる。
ふと、顔を上げると、そこには優しく微笑むお嬢様がいた。
あの頃のお嬢様が、そのまま成長したかのような。
周囲からの酷い仕打ちもなく、健やかに育ったような、優しく微笑むお嬢様がいた。
ああ、そうか、私は……。
私はただ、この笑顔が大好きだったんだ。
お嬢様の笑顔を、ずっと見ていたかったんだ。
もう見られないと思っていた。
いつか取り戻してくれることを願いながら、半分くらい諦めていた笑顔がそこにあった。
まだあるなら……。
まだ取り戻せるなら……。
今はもう、躊躇う場合ではない。
嫌がられて、二度とお嬢様に会えなくなったとしても、私はもう、この笑顔を失いたくない。
「泣いているの?」
そう聞かれて、気恥ずかしくて顔を逸らす。
まだ子供のお嬢様が、必死に涙を隠していたのを私は知っているのに、お嬢様に涙を見られてしまったのが恥ずかしかった。
それでもこの決意を鈍らせるわけにはいかない。
私は膝を曲げ、お嬢様としっかりと目を合わせる。
何かを察したのか、お嬢様は少しだけ驚いた顔をしてから、表情を引き締めた。
「私が、おります。いつまでもマリアは、お嬢様にお仕えします」
当り前のことだ。
通常、専属侍女というのは生まれた時から引退するまで、ずっと傍にいるものだ。
私がお嬢様の専属侍女になったのは、私が十二歳の時。お嬢様が生まれてすぐのことだ。
これからお嬢様がどんな人生を歩もうとも、年を取って仕事が出来なくなるくらいまでは、傍に侍るのが、私の仕事。
嫁ぎ先だろうと、旅行先だろうと、私はずっと、お嬢様の傍にいる。
そういう侍女がいるのは、貴族、特に上位貴族にとっては当たり前のことなのだが、お嬢様は今まで、当り前のものが与えられていなかった。
親の愛情も、頑張った時に褒めてくれる人も、いなかった。
私に出来るのは、メイドとしてだけど、その当たり前を与えてあげることぐらいだ。
私は決して裏切らない。何があってもずっと、お嬢様の味方ですと、伝えることだけだ。
お嬢様は、私の涙につられたように、涙を流す。
ぽろぽろと、ずっと隠し続けて来た涙を、私の前で流してくれる。
ぎゅうっと、お嬢様が抱きついてくる。
使用人から主に触れることは不敬だが、主から使用人に触れる分には、多少はしたないけれど、問題ない。
まだ成長途上のお嬢様は背が低くて、胸の辺りに顔を埋めていたけれど、顔をぐじゃぐじゃにして、「マリアのせいよ!」と怒鳴る。
私は嬉しくて、「はい」と頷き続けた。
お嬢様と一緒に泣けたから、辛い思いを、少しでも共有出来たかもしれないから。
私は嬉しくて……。
恥ずかしさを誤魔化すように「マリアのせいよ!」と繰り返すお嬢様に、「はい」と小さく頷き続けた。
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