4 / 42
メイド
専属侍女
しおりを挟むその日は雨が降っていた。酷い雨だ。
しばらく続くようなので洗濯物も乾かないだろう。
私が部屋に行くと、いつものようにお嬢様がだるそうにしていて、水を持ってこいと言うので取りに行った。
水を口に含んだお嬢様は、気だるげに着替えを始め、私はそれを手伝った。
手伝っていると、鼻歌が聞こえてくる。
もちろん、この場には私とお嬢様しかいない。
普通であれば公爵令嬢の専属侍女は数人はいるのだが、お嬢様の疳癪が原因で新しい子はすぐにやめてしまい、ここ最近は新しく専属侍女がつくこともなくなった。
なので、この鼻歌は私かお嬢様のものなのだけれど、当然ながらお嬢様の前で鼻歌を歌うなどという不敬は働けない。
つまりこの歌声は、お嬢様のものだ。
ああ、なんて綺麗な声なんだろう。
優しげな曲だ。子守唄のような、心を穏やかにさせてくれる曲。
お嬢様の優しい声で聞いていると、あの頃の無邪気なままのお嬢様を幻視するようだ。
「どうかしたのかしら?」
そう問われて、手が止まっていたことに気づく。
私は慌ててごまかして、再び手を動かした。
お嬢様は少し考えこんでいたようだが、やがて再び鼻歌が聞こえてくる。
ふと、顔を上げると、そこには優しく微笑むお嬢様がいた。
あの頃のお嬢様が、そのまま成長したかのような。
周囲からの酷い仕打ちもなく、健やかに育ったような、優しく微笑むお嬢様がいた。
ああ、そうか、私は……。
私はただ、この笑顔が大好きだったんだ。
お嬢様の笑顔を、ずっと見ていたかったんだ。
もう見られないと思っていた。
いつか取り戻してくれることを願いながら、半分くらい諦めていた笑顔がそこにあった。
まだあるなら……。
まだ取り戻せるなら……。
今はもう、躊躇う場合ではない。
嫌がられて、二度とお嬢様に会えなくなったとしても、私はもう、この笑顔を失いたくない。
「泣いているの?」
そう聞かれて、気恥ずかしくて顔を逸らす。
まだ子供のお嬢様が、必死に涙を隠していたのを私は知っているのに、お嬢様に涙を見られてしまったのが恥ずかしかった。
それでもこの決意を鈍らせるわけにはいかない。
私は膝を曲げ、お嬢様としっかりと目を合わせる。
何かを察したのか、お嬢様は少しだけ驚いた顔をしてから、表情を引き締めた。
「私が、おります。いつまでもマリアは、お嬢様にお仕えします」
当り前のことだ。
通常、専属侍女というのは生まれた時から引退するまで、ずっと傍にいるものだ。
私がお嬢様の専属侍女になったのは、私が十二歳の時。お嬢様が生まれてすぐのことだ。
これからお嬢様がどんな人生を歩もうとも、年を取って仕事が出来なくなるくらいまでは、傍に侍るのが、私の仕事。
嫁ぎ先だろうと、旅行先だろうと、私はずっと、お嬢様の傍にいる。
そういう侍女がいるのは、貴族、特に上位貴族にとっては当たり前のことなのだが、お嬢様は今まで、当り前のものが与えられていなかった。
親の愛情も、頑張った時に褒めてくれる人も、いなかった。
私に出来るのは、メイドとしてだけど、その当たり前を与えてあげることぐらいだ。
私は決して裏切らない。何があってもずっと、お嬢様の味方ですと、伝えることだけだ。
お嬢様は、私の涙につられたように、涙を流す。
ぽろぽろと、ずっと隠し続けて来た涙を、私の前で流してくれる。
ぎゅうっと、お嬢様が抱きついてくる。
使用人から主に触れることは不敬だが、主から使用人に触れる分には、多少はしたないけれど、問題ない。
まだ成長途上のお嬢様は背が低くて、胸の辺りに顔を埋めていたけれど、顔をぐじゃぐじゃにして、「マリアのせいよ!」と怒鳴る。
私は嬉しくて、「はい」と頷き続けた。
お嬢様と一緒に泣けたから、辛い思いを、少しでも共有出来たかもしれないから。
私は嬉しくて……。
恥ずかしさを誤魔化すように「マリアのせいよ!」と繰り返すお嬢様に、「はい」と小さく頷き続けた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
逆ハーレムを完成させた男爵令嬢は死ぬまで皆に可愛がられる(※ただし本人が幸せかは不明である)
ラララキヲ
恋愛
平民生まれだが父が男爵だったので母親が死んでから男爵家に迎え入れられたメロディーは、男爵令嬢として貴族の通う学園へと入学した。
そこでメロディーは第一王子とその側近候補の令息三人と出会う。4人には婚約者が居たが、4人全員がメロディーを可愛がってくれて、メロディーもそれを喜んだ。
メロディーは4人の男性を同時に愛した。そしてその4人の男性からも同じ様に愛された。
しかし相手には婚約者が居る。この関係は卒業までだと悲しむメロディーに男たちは寄り添い「大丈夫だ」と言ってくれる。
そして学園の卒業式。
第一王子たちは自分の婚約者に婚約破棄を突き付ける。
そしてメロディーは愛する4人の男たちに愛されて……──
※話全体通して『ざまぁ』の話です(笑)
※乙女ゲームの様な世界観ですが転生者はいません。
※性行為を仄めかす表現があります(が、行為そのものの表現はありません)
※バイセクシャルが居るので醸(カモ)されるのも嫌な方は注意。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる