悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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男爵令息

子供

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 あの後、妹とルーランは正式に婚約した。

 前の婚約者候補とは随分違うタイプのようだが、お姫様扱いされて有頂天になっている。

 妹がお姫様というのは、俺には違和感の塊でしかなかったが、ルーランにはそう見えているらしい。

 違和感しかなかったとしても、当人同士が幸せならそれでいいのだろう。


 桜並木の道を通って馬車が進む。
 今日は入学式だ。

 これから通うことになるルインクルード王立学園は、国内で最も権威のある学園だ。

 アルビオルという辺境の田舎に住む俺には、随分と敷居の高い学園だとも思う。

 この学園は貴族しか入学出来ない。
 優秀な平民を採用する平民枠というものが昔はあったそうだが、貴族とのいざこざで潰されることが多く、廃止されたのだそうだ。

 学園内の平等を謳っているそうだが、男爵家の俺ですら、平民とは隔たりがある。
 こちらがというよりも、平民が必要以上に貴族を畏れるのだ。

 実際、ちょっとしたことで投獄するような貴族もいるそうだから、平民が貴族を畏れるのは間違ったことではない。
 この学園には公爵どころか、王族すらも通うので、平民が安穏と学ぶことは難しいのだろう。

 学園での無礼は、学園外で処罰される。
 学園内の平等とは、その程度の意味しかない。

 平民がいない分、俺のような下級貴族の人間は肩身が狭い。

 この学園に通うのは貴族だけだが、全ての貴族が通うわけではない。
 地方出身の下級貴族は、嫡男くらいしか通わせないものだ。

 俺にも兄がいれば、こんな場所に来る必要はなかったのだろう。

 少し憂鬱だ。
 桜並木を綺麗だと思う情緒は俺にもあるが、それを楽しめるだけの余裕が今はなかった。

 門を潜り、馬車を降りる。
 荷物を自分で引っ張り出す。
 使用人を一人だけ連れて来て良いという規定があるそうだが、そもそも俺の家にそんな余裕はない。

 家にいても、自分のことは自分でやるのが基本だ。
 貧乏貴族を揶揄して『平民もどき』などと呼ぶ輩もいるが、実際そのとおりだと思う。

 馬車を降りると、御者が馬に指示を出して去っていく。
 馬車も今日のために借りたものだ。

 昨日の内に王都入りしていたので、徒歩でも来られないことはないのだが、見栄えのために馬車が必要だった。
 この程度の距離に出した金を考えると、無駄だな、と思ってしまうのは貧乏貴族の性だ。

 荷物を担いで寮に向かう。
 俺と同じように、自分で荷物を運んでいる生徒がいるのは、俺と同じ貧乏貴族なのだろう。ほとんどは使用人に運ばせている。

 視線を感じるのはいつものことだ。
 このでかい図体が珍しいのは、王都でも同じらしい。

 見世物小屋の珍獣と同程度には、奇異の目を向けられている。

 学園のパンフレットで位置を確認しながら、男子寮に辿り着く。
 受付で「こんにちは」と挨拶をしてみたら、受付業務をしていた中年の女性が「っひ!」と息を呑んだ。

 泣いて逃げ出さないだけマシだろう。

「フレイ・アルビオルだ」

「……………………」

「部屋を教えてもらえるか?」

「は、はははぃ!」

 息が止まったように口を開けて見上げていた女性に仕事を促すと、慌てて部屋番号の確認を始める。
 慌て過ぎたのか、名簿がぐしゃぐしゃになっているが、そこまで慌てる必要がどこにあるのだろうか。

 部屋鍵を受け取って部屋に向かう。
 二階の奥の部屋だ。
 寮は由緒ある、と言えば聞こえがいいが、古びた館だ。
 日当りも悪いのか、どこか不気味な印象がある。

 きっとこの学園の七不思議の一つは寮にまつわることだな。
 そんなことを考えながら絨毯の敷かれた廊下を進む。

 俺の部屋は奥から二番目だ。
 ただでさえ不気味なのに、奥に行くほど不気味さが増している気がするのはなんでだろうな。

 部屋の前に辿り着いたところで、隣の部屋の扉が開く。
 一番奥の部屋だ。

 子供…………?

 背丈が俺の半分……はさすがに言い過ぎかもしれないが、小さな背丈の男が忙しそうに出てくる。

 学園の制服を着ているから生徒なのだろう。飛び級か何かだろうか。

 興味もないので自分の部屋の鍵を開けようとしたところで、「ああん?」と甲高い声が聞こえた。
 見た目だけじゃなくて声も子供のようだ。

 声変わりもしていないらしい。

「何見下してんだよ、てめぇ!」

 ずかずかと俺との距離を縮め、ねめつけるように見上げてくる。
 そちらに視線を下ろすと、「ひぃ!」と喉の奥から小さい悲鳴が漏れた。

「て、てめぇ! 俺はすんげぇ強ぇんだからな!」

 ビシッと人差し指を突き付けてから、上へと手を伸ばす。
 俺の制服の胸の辺りを何度も握り直してくるが、何をしたいのだろうか。

「…………ああ」

 胸倉を掴みたいのかと合点の行った俺は、膝を曲げて彼の手が届くようにしてやる。
 ギュッと胸倉を掴んで、生地の強度を確認するかのように前後に引っ張る。

「……………………」

 身体を揺さぶってるつもりなのだろうか。

「怖いか!? 怖いよなぁ!? 二度と俺様に舐めた口利けないようにしてやるから、覚えてろよっ!」

 舐めた口も何も、俺はほとんど言葉を発していないのだが……。

 はーっはっは! とわざとらしい笑い声を上げて、彼は立ち去って行く。
 腰に手を当てて、小石を蹴るような歩き方には何か意味があるのだろうか。

 都会にはいろんな人がいる。

 付いていけるかどうか、新生活早々に不安になった。


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