悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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男爵令息

過呼吸と能天気

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 荷物を置いて体育館に向かう。

 寮から校舎まで、校舎から体育館までの道のりはうざったいほどに桜が咲き誇っていて、花びらが風に舞って飛んでくる。

 髪や制服に張り付く花びらを払い落しながら体育館に向かっていると、白黒の猫が横切った。

 猫が目の前を横切るのは、縁起が良いんだったか、悪いんだったか。
 どこかの諺にあったはずだ。

 あれは黒猫限定だっただろうか?

 まあ、正確には覚えていないので、縁起が良いということにしておこう。
 縞模様の猫は俺を横切ったところで立ち止まり、俺の方をジーッと見ている。

 餌も何も持っていないのだが、何か気になるのだろうか。
 縁起物の猫だと決めつけたので、一撫でしてやろうと近寄る。

 すると、猫は毛を逆立てて、「シャー!」と威嚇する声を上げると、とことこと立ち去ってしまった。

 なんなんだ、いったい。

 どうやら俺は猫にも警戒される性質を持っているようだ。
 肩を竦めて体育館に向かう。

 体育館の入り口では、教師が生徒の席を誘導していた。

 爵位順に並ばせているのを見ると、平等の精神はどこに行ったんだと言いたくなる。
 俺が前に立つと、生徒の誘導をしていたお団子頭の女性教師は、無意識に足を一歩下げた。

 しかしそれで踏みとどまると、俺を見上げ、「名前は?」と聞く。

「フレイ・アルビオルです」

 そう応えると。
 最後列の右から二番目だと指示をくれる。

 気圧されているようだったが、精一杯顔に出さないように気を付けているようで、おそらく善良な教師なのだろう。

 言われた通りに席に着いて、入学式が始まるのを待つ。

 すぐに右隣りに知らない女子生徒が座った。
 ちらりと視線を向けると、彼女は息を殺して震えていた。

 俺の視線は氷属性か何かなのだろう。
 溜め息をついたら殺していた息が、途端に過呼吸になる。

 ひぃひぃ言ってるが、大丈夫なんだよな……?

 泣かれたら俺のせいになるのは経験則で分かっていたので、視線を正面に向けてそちらを見ないように意識する。
 過呼吸は徐々に収まったようなので安心する。

 それにしても、待っている時間は退屈だ。

 まだ生徒は三分の一も入っていない。
 入学式が始まるまでにも時間があるだろう。
 退屈した奴らは近くの席のやつと会話しているが、俺の場合はそうもいかない。

 右隣りは溜め息をついただけで過呼吸になる女。
 左隣りはまだ空席だ。

 前の席の奴は左右の奴らと談笑をしているし、そこに割り入っていけるほど社交的でもない。
 しかも過呼吸女のせいで下手に見回したりすることも出来ず、かなり辛かった。

 地獄のような時間が終わり、入学式が始まる。
 舞台上で、教師が長たらしい話をする。

 生徒たちは退屈そうにしているが、ただ身動きの取れないまま待っているよりは幾分かマシだったので、俺にとってはありがたかった。

 出来ればそのまま、さっさと入学式を終わらせて欲しいが。

 最初の教師の長たらし台詞が終わった頃に、左隣りの空席が埋まった。
 遅刻とは大胆な奴だ。

 俺の隣に座っているのだから、彼女も男爵家の人間のはずだ。
 それならば普通、上級貴族に目を付けられないように、先に入場しておくものだ。

 それが、先どころか遅刻してやってくる。
 よっぽどふてぶてしいやつなのだろうか。

 どうせ視線を向けたら右側のやつのように怯えるに決まっているので、俺は首を固定したまま二人目の教師の長話を聞いていたのだが、耐えきれずに視線を向ける。
 左隣りに座った女が、不躾なほどにジーッと俺の顔を見上げていたからだ。

 女と目を合わせ、「なんだよ」と端的に聞く。
 どうせ怯えるだろうと思っていた女はしかし、にっこりと、人好きのする笑みを満面に浮かべた。

 俺の頭頂部を見上げ、「おっきいね」と嬉しそうに言う。

「は?」

 思わず全身から力が抜ける。
 なんなんだ、この女は?

 俺の図体を見ても、笑い掛けてくる女なんてのが、妹以外にも存在するのか。

 都会にはいろんな人がいる。

 ただそれは、悪いことではないようにも思えた。


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