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3.満腹令嬢の反撃
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「ファラン公爵様、失礼ながら私の考えを申し上げてもよろしいでしょうか?」
眉間に皺を寄せ全く動じないカミロに、ベリーナは綺麗な作り笑いを向ける。
「あぁ、もちろんだ」
それでも全く怯まない彼に一瞬戸惑ったベリーナだが、むしろやる気が出たのか嬉々として彼を見つめた。
「まず大前提として、公爵様と私では料理や食事に対しての認識が、あまりにもかけ離れているように思います」
「認識?」
「ええ、そうです。公爵様にとって料理とは人間が生きていく上で必要な栄養を摂るための道具。そして食事はその料理を摂取するために必要な手段ということでよろしいでしょうか?」
「あぁ、それ以外に何がある?」
「失礼ながら、私の話を最後までお聞きくださいませ」
キッパリとしたその態度にカミロは思わず笑い声を上げた。
「すまない。こんなふうにはっきりと意見されたのは久しぶりなんだ。悪い、続けてくれ」
「かしこまりました……」
怒るかと思っていたベリーナにとってはいささか拍子抜けする反応だったが、気を取り直し彼女は言葉を続ける。
「もちろん食事することには公爵様がおっしゃるような目的がございます。ですが、私にとってそれはとても些細なこと」
「では、貴女にとって料理とはなんだ? 食事とはどんな価値がある?」
「その言葉、待っておりましたわ!」
ベリーナは目を輝かせ、ここぞとばかりに誇らしげに微笑んだ。
「私にとって料理とは最高の芸術、食事とは五感全てで芸術を味わい尽くす神聖な時間」
呆気に取られるカミロをよそに、ベリーナの勢いは止まらない。
「今日のキッシュ、ご覧になりましたか? 完璧な見た目だけでなく刺激的な異国のスパイスで人々の興味を奪い、ひとたび口に入れると……」
まるでそこにキッシュがあるみたいに口を開けたベリーナ。
「野菜から染み出る旨みと玉子のまろやかさに舌は喜び、心までもがその魅惑的な幸せに包み込まれる」
うっとりとした表情のまま目を閉じた彼女はさらに続ける。
「そして、外側のパイ生地は可愛らしいサクッという音で私の耳を楽しませたかと思えば、旨みをたっぷりと含んでからの柔らかな感触は、料理が持つ無限の可能性を私達に教えてくれているかのよう」
聖女のような微笑みを讃え、ベリーナはカミロを見据える。
「公爵様、果たしてこれだけの素晴らしさが単なる栄養補給として片付けられるものなのでしょうか? 恐れながら私には生きる喜びとなる尊きものに思えてなりません」
「いや、しかし生きることに必要なのは栄養であって、喜びとは無関係……」
「まさかファラン公爵様ともあろう方がそのようなお考えを?」
微笑みを崩さず凛とした瞳で彼を見据えるベリーナにカミロは思わず息を飲んだ。
「人は喜びというものを知っているからこそ、また次の喜びを求める。それは公爵様のおっしゃる生きるための栄養素と何が違うのでしょう」
ベリーナの言葉にカミロは目を見開いた。
「私にとって満腹が最高潮の喜びと考るなら、さらなるものを求めるのは明日を生きようとする力と同等。なのに、貴方様はこれを無駄なことだと切り捨てるのですか」
「……完敗だ」
大きく手を広げカミロは息を吐いた。
「そこまで言われて認めないなど傲慢そのもの。貴女の思いに配慮もせず、一方的な物言いをして悪かった」
「こっ、公爵様、おやめください」
公爵であるカミロが侯爵家のベリーナに頭を下げては、彼女が激しく焦るのも無理はない。
一部では冷酷、傲慢と噂されている彼の真摯な一面に、ベリーナへ驚きを隠せなかった。
「私の方こそ勢いとはいえ、公爵様に意見するようなことをするなど淑女としてあるまじき態度でした。申し訳ございません」
深く頭を下げるベリーナにカミロは軽く頭を振った。
「確かに、淑女というには随分と勇ましい姿だったか。でも実に楽しい時間だった。時にベリーナ嬢はこの後会場に戻るのか?」
「いえ、できればこのまま帰れたらいいのですが……」
「どうした? 何か帰れない理由でも」
「実は、今日参加したのは母に良縁を掴んできなさいと懇願されたからでして。何か一つくらい成果がないと怒られてしまうのではないかと」
「なるほど、そういうことか」
肩を落とすベリーナとは対照的にカミロの顔には笑みが浮かぶ。
「でも、母の願い通りきちんと参加はいたしましたし、こちらのお料理を十分堪能したら帰るつもりです」
「ならば、料理を食べ終わるまででいいから、少し私の話に付き合ってくれないか」
「私がですか!」
突然の申し出にベリーナは目を丸くしてカミロを見つめた。
「あぁ、貴女のその料理に対する情熱とそれを的確に表現できる聡明さに興味があるんだ。どうだろうか?」
「公爵様がよろしいのでしたら」
「もちろんだ。では、ベリーナ嬢そこに座って……」
「お待ちください、公爵様。その前に大切なお料理を取りに行ってきてもよろしいでしょうか」
微笑みながらも睨みを効かせるベリーナのブレることのない態度にカミロは堪えきれず声を上げ笑い出した。
眉間に皺を寄せ全く動じないカミロに、ベリーナは綺麗な作り笑いを向ける。
「あぁ、もちろんだ」
それでも全く怯まない彼に一瞬戸惑ったベリーナだが、むしろやる気が出たのか嬉々として彼を見つめた。
「まず大前提として、公爵様と私では料理や食事に対しての認識が、あまりにもかけ離れているように思います」
「認識?」
「ええ、そうです。公爵様にとって料理とは人間が生きていく上で必要な栄養を摂るための道具。そして食事はその料理を摂取するために必要な手段ということでよろしいでしょうか?」
「あぁ、それ以外に何がある?」
「失礼ながら、私の話を最後までお聞きくださいませ」
キッパリとしたその態度にカミロは思わず笑い声を上げた。
「すまない。こんなふうにはっきりと意見されたのは久しぶりなんだ。悪い、続けてくれ」
「かしこまりました……」
怒るかと思っていたベリーナにとってはいささか拍子抜けする反応だったが、気を取り直し彼女は言葉を続ける。
「もちろん食事することには公爵様がおっしゃるような目的がございます。ですが、私にとってそれはとても些細なこと」
「では、貴女にとって料理とはなんだ? 食事とはどんな価値がある?」
「その言葉、待っておりましたわ!」
ベリーナは目を輝かせ、ここぞとばかりに誇らしげに微笑んだ。
「私にとって料理とは最高の芸術、食事とは五感全てで芸術を味わい尽くす神聖な時間」
呆気に取られるカミロをよそに、ベリーナの勢いは止まらない。
「今日のキッシュ、ご覧になりましたか? 完璧な見た目だけでなく刺激的な異国のスパイスで人々の興味を奪い、ひとたび口に入れると……」
まるでそこにキッシュがあるみたいに口を開けたベリーナ。
「野菜から染み出る旨みと玉子のまろやかさに舌は喜び、心までもがその魅惑的な幸せに包み込まれる」
うっとりとした表情のまま目を閉じた彼女はさらに続ける。
「そして、外側のパイ生地は可愛らしいサクッという音で私の耳を楽しませたかと思えば、旨みをたっぷりと含んでからの柔らかな感触は、料理が持つ無限の可能性を私達に教えてくれているかのよう」
聖女のような微笑みを讃え、ベリーナはカミロを見据える。
「公爵様、果たしてこれだけの素晴らしさが単なる栄養補給として片付けられるものなのでしょうか? 恐れながら私には生きる喜びとなる尊きものに思えてなりません」
「いや、しかし生きることに必要なのは栄養であって、喜びとは無関係……」
「まさかファラン公爵様ともあろう方がそのようなお考えを?」
微笑みを崩さず凛とした瞳で彼を見据えるベリーナにカミロは思わず息を飲んだ。
「人は喜びというものを知っているからこそ、また次の喜びを求める。それは公爵様のおっしゃる生きるための栄養素と何が違うのでしょう」
ベリーナの言葉にカミロは目を見開いた。
「私にとって満腹が最高潮の喜びと考るなら、さらなるものを求めるのは明日を生きようとする力と同等。なのに、貴方様はこれを無駄なことだと切り捨てるのですか」
「……完敗だ」
大きく手を広げカミロは息を吐いた。
「そこまで言われて認めないなど傲慢そのもの。貴女の思いに配慮もせず、一方的な物言いをして悪かった」
「こっ、公爵様、おやめください」
公爵であるカミロが侯爵家のベリーナに頭を下げては、彼女が激しく焦るのも無理はない。
一部では冷酷、傲慢と噂されている彼の真摯な一面に、ベリーナへ驚きを隠せなかった。
「私の方こそ勢いとはいえ、公爵様に意見するようなことをするなど淑女としてあるまじき態度でした。申し訳ございません」
深く頭を下げるベリーナにカミロは軽く頭を振った。
「確かに、淑女というには随分と勇ましい姿だったか。でも実に楽しい時間だった。時にベリーナ嬢はこの後会場に戻るのか?」
「いえ、できればこのまま帰れたらいいのですが……」
「どうした? 何か帰れない理由でも」
「実は、今日参加したのは母に良縁を掴んできなさいと懇願されたからでして。何か一つくらい成果がないと怒られてしまうのではないかと」
「なるほど、そういうことか」
肩を落とすベリーナとは対照的にカミロの顔には笑みが浮かぶ。
「でも、母の願い通りきちんと参加はいたしましたし、こちらのお料理を十分堪能したら帰るつもりです」
「ならば、料理を食べ終わるまででいいから、少し私の話に付き合ってくれないか」
「私がですか!」
突然の申し出にベリーナは目を丸くしてカミロを見つめた。
「あぁ、貴女のその料理に対する情熱とそれを的確に表現できる聡明さに興味があるんだ。どうだろうか?」
「公爵様がよろしいのでしたら」
「もちろんだ。では、ベリーナ嬢そこに座って……」
「お待ちください、公爵様。その前に大切なお料理を取りに行ってきてもよろしいでしょうか」
微笑みながらも睨みを効かせるベリーナのブレることのない態度にカミロは堪えきれず声を上げ笑い出した。
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