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10.カップの正体
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ファラン公爵夫人による重要機密会議から一日、出席者達はすでに動き出していた。
まずは、新しいメニューの考案にあたり、例のドリンクをまだ飲んだことがないジョルジュとカレンにも、とりあえず一口飲んでもらうことになった。
漂う異様な雰囲気にもめげず口に含んだ二人だったが、今にも倒れ込みそうなほどダメージを受けていた。
「すごいでしょう」
「禍々しい匂いからそれなりの覚悟はしておりましたが、想像以上でございます」
滅多なことで動じないジョルジュが堪えきれずハンカチで口を押さえる姿をみれば、それがどれほど破壊力があるかは一目瞭然だ。
「それにしても、これを無表情で飲み切る旦那様は相当な精神力をお持ちなのですね」
「本当よね……大きくグラスで飲んでいるなんて信じられる?」
その事実に、言葉を失うカレン。
「……これでいかにこの作戦が重要か、全員が理解できたはず。さぁ、早速始めましょう。ガレッティ様、お願いします」
ベリーナのその言葉でガレッティが皆の前に差し出したのは、小さな白いカップ。
その中には薄い緑色をしたものが少しずつ入っていた。
「奥様のご提案で、今回試食用に野菜をメインにしたスープを作らせていただきました」
「スープ?」
てっきり料理が出てくると思っていたジョルジュに、ベリーナは穏やかに微笑む。
「今までドリンクだけだったカミロ様の体に、いきなりお食事は負担があるでしょう。だからまずは温かいスープがいいかと思ったの。カレン、ちょっと飲んでみて」
小さく頷いたカレンはカップを手に取り、まずは恐る恐る香りを確かめた。
色から想像したよりも少し甘めのその香りに誘われ口に含んだ彼女は、みるみるうちに表情を変えていく。
「すごく美味しいです! これはポタージュですか?」
「ええ、そうよ。カミロ様はドロドロ……失礼、とろっとしたものは難なく召し上がるから、ポタージュの方がいいのではと、ガレッティ様にご相談したの」
「今後きちんとお食事をとられることを目指すなら、より食べるということに近いこちらのようなポタージュが最適かと思います」
ジョルジュは深く頷き、試食のスープに手を伸ばした。
「……美味しいですね。まずはこちらをゆっくり飲みながら、少しでも体を休めることを覚えていただがないと」
「ジョルジュの言う通りね。さすがにカミロ様は少し働き過ぎだもの。あれでは体はもちろん、心だって疲弊してしまうわ」
「ええ、特に最近は眉間のシワも増えておりますし」
「まぁ……でも、ガレッティ様のこの美味しいポタージュを飲めば、心も温まるしきっとシワにだって効くはずよ」
「ですが、本当に大丈夫でしょうか?」
得意げなベリーナの横で、カップの中身を見つめながらカレンは顔を曇らせていた。
「確かにこちらはとても美味しいです。ですが、今まで栄養を摂ることにこだわってきた旦那様に『美味しい』という理由だけで、納得していただけるでしょうか?」
「カレン、その言葉待っていたわ!」
ベリーナは自信満々に微笑んだ後、少し大袈裟に口の横に手を当てた。
「実はそれ、あのドリンクと同じ材料なのよ」
「本当ですか!?」
カレンはもう一度ポタージュを飲み、それでも信じられなかったのか、続けてもう一度カップに口を付けた。
その様子を見ていたジョルジュもカレンと同じようにポタージュを勢いよく飲み込むと、目を丸くしてベリーナを見つめた。
「……奥様、本当ですか?」
「信じられないでしょう」
二人はまるで子供のように大きく頷き、カップを覗き込む。
「同じ材料でも調理の仕方を変えるだけで、こんなにも美味しくなるなんて思わないわよね。でも、これがガレッティ様の魔法なの」
「奥様、そんな大層なものでは……」
「何を仰るの。ガレッティ様はもっと自信をお持ちになって」
ベリーナは手を大きく広げ、天を仰ぎゆっくりと目を閉じる。
「料理ってね、芸術なの。それも一人で完成できる芸術じゃなくて、たくさんの人々の熱意が集まって出来上がる総合芸術」
「総合芸術……ですか」
いきなり豹変したベリーナに釘付けのジョルジュの横で、カレンは少し呆れたように静かにため息をついた。
「そうよ。材料となる動植物に携わる人々、それを皆が手に取れるよう商いをする人達。そして、それらを調理し、料理として振る舞うシェフの皆さん。最後に全ての恵みに感謝し、余すことなくきれいに食べる私達。誰か一人がいなくなっても絶対に成り立たない、人々の輪によってできる貴重な芸術品、それが料理なの」
言い終わるや、ベリーナはゆっくりと目を開き微笑む。
「だからこそ、カミロ様にもこの芸術にしっかりと触れてほしいの。もちろんお仕事が何より大切なのも分かるわ。それでもカミロ様ならきっと食事の大切さを分かってくださると思うの」
「……奥様」
「それにこれはカミロ様にとっても特別な芸術品だから、絶対食べていただきたいの」
「特別ですか?」
「ええ。だってこのスープ、全てがファラン公爵領の人達によるものなのよ。こんな素敵な芸術品を領主であるカミロ様が召し上がらなくてどうするの?」
悪戯っぽくベリーナが目配せすると、ジョルジュが仰々しく深く頭を下げる。
「誠に奥様の仰る通りでございます。旦那様が常日頃から全力を注いでいらっしゃる自領のことを身をもって感じていただくのは大切なことでございます」
「そうでしょう。このファラン領は本当に素敵な所だわ。書類に向かうだけではもったいないもの、ぜひご自身の体で感じていただきましょう!」
まずは、新しいメニューの考案にあたり、例のドリンクをまだ飲んだことがないジョルジュとカレンにも、とりあえず一口飲んでもらうことになった。
漂う異様な雰囲気にもめげず口に含んだ二人だったが、今にも倒れ込みそうなほどダメージを受けていた。
「すごいでしょう」
「禍々しい匂いからそれなりの覚悟はしておりましたが、想像以上でございます」
滅多なことで動じないジョルジュが堪えきれずハンカチで口を押さえる姿をみれば、それがどれほど破壊力があるかは一目瞭然だ。
「それにしても、これを無表情で飲み切る旦那様は相当な精神力をお持ちなのですね」
「本当よね……大きくグラスで飲んでいるなんて信じられる?」
その事実に、言葉を失うカレン。
「……これでいかにこの作戦が重要か、全員が理解できたはず。さぁ、早速始めましょう。ガレッティ様、お願いします」
ベリーナのその言葉でガレッティが皆の前に差し出したのは、小さな白いカップ。
その中には薄い緑色をしたものが少しずつ入っていた。
「奥様のご提案で、今回試食用に野菜をメインにしたスープを作らせていただきました」
「スープ?」
てっきり料理が出てくると思っていたジョルジュに、ベリーナは穏やかに微笑む。
「今までドリンクだけだったカミロ様の体に、いきなりお食事は負担があるでしょう。だからまずは温かいスープがいいかと思ったの。カレン、ちょっと飲んでみて」
小さく頷いたカレンはカップを手に取り、まずは恐る恐る香りを確かめた。
色から想像したよりも少し甘めのその香りに誘われ口に含んだ彼女は、みるみるうちに表情を変えていく。
「すごく美味しいです! これはポタージュですか?」
「ええ、そうよ。カミロ様はドロドロ……失礼、とろっとしたものは難なく召し上がるから、ポタージュの方がいいのではと、ガレッティ様にご相談したの」
「今後きちんとお食事をとられることを目指すなら、より食べるということに近いこちらのようなポタージュが最適かと思います」
ジョルジュは深く頷き、試食のスープに手を伸ばした。
「……美味しいですね。まずはこちらをゆっくり飲みながら、少しでも体を休めることを覚えていただがないと」
「ジョルジュの言う通りね。さすがにカミロ様は少し働き過ぎだもの。あれでは体はもちろん、心だって疲弊してしまうわ」
「ええ、特に最近は眉間のシワも増えておりますし」
「まぁ……でも、ガレッティ様のこの美味しいポタージュを飲めば、心も温まるしきっとシワにだって効くはずよ」
「ですが、本当に大丈夫でしょうか?」
得意げなベリーナの横で、カップの中身を見つめながらカレンは顔を曇らせていた。
「確かにこちらはとても美味しいです。ですが、今まで栄養を摂ることにこだわってきた旦那様に『美味しい』という理由だけで、納得していただけるでしょうか?」
「カレン、その言葉待っていたわ!」
ベリーナは自信満々に微笑んだ後、少し大袈裟に口の横に手を当てた。
「実はそれ、あのドリンクと同じ材料なのよ」
「本当ですか!?」
カレンはもう一度ポタージュを飲み、それでも信じられなかったのか、続けてもう一度カップに口を付けた。
その様子を見ていたジョルジュもカレンと同じようにポタージュを勢いよく飲み込むと、目を丸くしてベリーナを見つめた。
「……奥様、本当ですか?」
「信じられないでしょう」
二人はまるで子供のように大きく頷き、カップを覗き込む。
「同じ材料でも調理の仕方を変えるだけで、こんなにも美味しくなるなんて思わないわよね。でも、これがガレッティ様の魔法なの」
「奥様、そんな大層なものでは……」
「何を仰るの。ガレッティ様はもっと自信をお持ちになって」
ベリーナは手を大きく広げ、天を仰ぎゆっくりと目を閉じる。
「料理ってね、芸術なの。それも一人で完成できる芸術じゃなくて、たくさんの人々の熱意が集まって出来上がる総合芸術」
「総合芸術……ですか」
いきなり豹変したベリーナに釘付けのジョルジュの横で、カレンは少し呆れたように静かにため息をついた。
「そうよ。材料となる動植物に携わる人々、それを皆が手に取れるよう商いをする人達。そして、それらを調理し、料理として振る舞うシェフの皆さん。最後に全ての恵みに感謝し、余すことなくきれいに食べる私達。誰か一人がいなくなっても絶対に成り立たない、人々の輪によってできる貴重な芸術品、それが料理なの」
言い終わるや、ベリーナはゆっくりと目を開き微笑む。
「だからこそ、カミロ様にもこの芸術にしっかりと触れてほしいの。もちろんお仕事が何より大切なのも分かるわ。それでもカミロ様ならきっと食事の大切さを分かってくださると思うの」
「……奥様」
「それにこれはカミロ様にとっても特別な芸術品だから、絶対食べていただきたいの」
「特別ですか?」
「ええ。だってこのスープ、全てがファラン公爵領の人達によるものなのよ。こんな素敵な芸術品を領主であるカミロ様が召し上がらなくてどうするの?」
悪戯っぽくベリーナが目配せすると、ジョルジュが仰々しく深く頭を下げる。
「誠に奥様の仰る通りでございます。旦那様が常日頃から全力を注いでいらっしゃる自領のことを身をもって感じていただくのは大切なことでございます」
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