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19.カミロの決意
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感謝祭から数日、カミロとベリーナを取り巻く空気が変わったことに、ジョルジュを始め家の使用人達は皆気付いていた。
正確に言えば、二人ではなくカミロの方。
ベリーナに対する態度にあからさまな甘さが含まれるようになり、それは知らないふりをするのも難しいほどだった。
例えば、仕事の時は一切よそ見などしなかった彼が、窓の外からベリーナの声が聞こえるだけで落ち着きをなくしたり、何度もそちらに目をやったり。
かと思えば、週に何度もお土産を買ってきては喜ぶ妻の姿に満足げな笑みを浮かべ、週一度の幸せ会議では向かいに座るベリーナを穴が開くのでは? と心配になるほど、頬を緩め彼女を見つめることすらあったのだ。
「カミロ様? 何かお話でもおありですか?」
「いっ、いや、別に……ただ」
「ただ?」
「今日も美味しそうに食べるなと思っただけだ」
「あら、いつも言っているじゃありませんか。『美味しそう』ではなくて、本当に美味しいんです!」
「そうだな……」
いつも通りの答えを返し少し機嫌を損ねたベリーナにすら、カミロは慈しむような微笑みで応えた。
「旦那様、ちょっとよろしいでしょうか?」
そんな主人の様子を見兼ねたジョルジュが声をかけたのは、その日の夜だった。
「どうした? 何か問題でもあったか」
「ええ、問題です。大問題でございます」
「何があった?」
先ほどまでの緩んだ笑顔を消し、カミロは厳しい表情で眉を寄せた。
「旦那様、はっきり言わせていただきます……奥様のこと、好きなんですね?」
「はっ?」
言われたことが理解できなかったのか、カミロはそのままじっとジョルジュを見つめた。
「おや? 自覚すらないとはこれは相当重症でございますね。ですが、恋に付ける薬はないと申しますので、さてどうしたものか……」
「恋? 誰がだ?」
「旦那様でございます」
「私が? 誰に?」
「奥様以外に誰がいらっしゃるというのです」
ジョルジュは少し語気を強め、カミロを見据えた。それはまるで父が子を諭すようなそんな説得力があり、背の高いカミロがなぜかジョルジュよりも小さく見えるほどだった。
「私がベリーナを? いや、それは」
「おや? まだ気付いておられなかったのですか」
恋。
明確なその言葉を前に、カミロは最近の自分の行動を振り返った。
朝起きて、ベッドに妻であるはずの彼女がいないことに矛盾を感じ、漏れ出すため息。
「あら、カミロ様おはようございます。よくお休みになられましたか?」
「あぁ、ありがとう」
お決まりの挨拶だとしても、自分の体調を気遣うその言葉だけで自然と緩む頬。
そして、書斎の外から彼女と男が楽しそうに話していれば、それがたとえ使用人であろうと心の奥でじわりと滲み出す黒い感情。
「……これが恋?」
「あまりそういったことにご興味がない様子でしたが、まさか初恋もまだだったとは」
ジョルジュのその言葉で、名前のなかった感情を一気に自覚したカミロは、恥ずかしさに顔を手で覆った。
「仕事に対してはあれだけ敏感でいらっしゃるのに、ご自分のこととなると本当に鈍感でいらっしゃる」
「……うるさい」
「これからどうなさるおつもりですか?」
「どう、とはどういうことだ?」
「それはもちろん奥様との今後でございます」
「今後も何も結婚するのだから、何も変わりないだろう」
何の躊躇いもなくそう言い切ったカミロを見つめ、ジョルジュは盛大にため息を吐いた。
「ご自分で提案しておいて、やっぱりお忘れだったんですね。奥様がこちらに来られてもうすぐ一年ですよ」
「一年、そうだな」
「この契約結婚をお決めになった時に、一年後にこの結婚について改めて話し合うと決めたことをお忘れですか?」
「あっ……」
初めて聞いたかのような驚きを見せるカミロに、ジョルジュはため息も付かず静かに目を伏せた。
「奥様はきっと前向きに考えてくださるでしょう。おそらく後回しにしていた後継ぎのことも旦那様からお申し出があれば、拒むこともなさらないはずです」
「後継ぎ……」
「どうやら、旦那様は後継ぎのご誕生よりも奥様との閨事の方にご興味がありそうですが」
「そっ、そんなことはない!」
頬を赤らめ不自然に視線泳がせながらそう叫んでは、カミロの言葉に何の説得力もない。
「まぁ、それはさておき……本当にこのままの関係でいいのですか。今はっきりと奥様にお気持ちを伝えなければ、この先ずっとこのままです。それはお二人にとって本当に幸せな結婚と言えるのですか」
自らが仕える主人への言葉としては不敬かもしれない。だが、カミロを子供の頃から知るジョルジュにも彼に対する思いがある。
特に先代が亡くなってからは私欲を捨て、全てを公爵領に注いできたカミロの幸せを願うのは、ある種親心のようなものだろう。
「……ベリーナはどう思っているだろうか」
「それは奥様にしかわかりません。だからこそ旦那様の素直な想いを知ってもらうべきではありませんか。話はそこからです」
「……わかった。今度の『幸せ会議』で彼女に伝えよう」
「では、ガレッティには奥様のご機嫌が良くなるようなディナーを用意するよう伝えておきます」
「あぁ……彼女が笑顔になる、最高の料理を頼んでおいてくれ」
「承知いたしました」
正確に言えば、二人ではなくカミロの方。
ベリーナに対する態度にあからさまな甘さが含まれるようになり、それは知らないふりをするのも難しいほどだった。
例えば、仕事の時は一切よそ見などしなかった彼が、窓の外からベリーナの声が聞こえるだけで落ち着きをなくしたり、何度もそちらに目をやったり。
かと思えば、週に何度もお土産を買ってきては喜ぶ妻の姿に満足げな笑みを浮かべ、週一度の幸せ会議では向かいに座るベリーナを穴が開くのでは? と心配になるほど、頬を緩め彼女を見つめることすらあったのだ。
「カミロ様? 何かお話でもおありですか?」
「いっ、いや、別に……ただ」
「ただ?」
「今日も美味しそうに食べるなと思っただけだ」
「あら、いつも言っているじゃありませんか。『美味しそう』ではなくて、本当に美味しいんです!」
「そうだな……」
いつも通りの答えを返し少し機嫌を損ねたベリーナにすら、カミロは慈しむような微笑みで応えた。
「旦那様、ちょっとよろしいでしょうか?」
そんな主人の様子を見兼ねたジョルジュが声をかけたのは、その日の夜だった。
「どうした? 何か問題でもあったか」
「ええ、問題です。大問題でございます」
「何があった?」
先ほどまでの緩んだ笑顔を消し、カミロは厳しい表情で眉を寄せた。
「旦那様、はっきり言わせていただきます……奥様のこと、好きなんですね?」
「はっ?」
言われたことが理解できなかったのか、カミロはそのままじっとジョルジュを見つめた。
「おや? 自覚すらないとはこれは相当重症でございますね。ですが、恋に付ける薬はないと申しますので、さてどうしたものか……」
「恋? 誰がだ?」
「旦那様でございます」
「私が? 誰に?」
「奥様以外に誰がいらっしゃるというのです」
ジョルジュは少し語気を強め、カミロを見据えた。それはまるで父が子を諭すようなそんな説得力があり、背の高いカミロがなぜかジョルジュよりも小さく見えるほどだった。
「私がベリーナを? いや、それは」
「おや? まだ気付いておられなかったのですか」
恋。
明確なその言葉を前に、カミロは最近の自分の行動を振り返った。
朝起きて、ベッドに妻であるはずの彼女がいないことに矛盾を感じ、漏れ出すため息。
「あら、カミロ様おはようございます。よくお休みになられましたか?」
「あぁ、ありがとう」
お決まりの挨拶だとしても、自分の体調を気遣うその言葉だけで自然と緩む頬。
そして、書斎の外から彼女と男が楽しそうに話していれば、それがたとえ使用人であろうと心の奥でじわりと滲み出す黒い感情。
「……これが恋?」
「あまりそういったことにご興味がない様子でしたが、まさか初恋もまだだったとは」
ジョルジュのその言葉で、名前のなかった感情を一気に自覚したカミロは、恥ずかしさに顔を手で覆った。
「仕事に対してはあれだけ敏感でいらっしゃるのに、ご自分のこととなると本当に鈍感でいらっしゃる」
「……うるさい」
「これからどうなさるおつもりですか?」
「どう、とはどういうことだ?」
「それはもちろん奥様との今後でございます」
「今後も何も結婚するのだから、何も変わりないだろう」
何の躊躇いもなくそう言い切ったカミロを見つめ、ジョルジュは盛大にため息を吐いた。
「ご自分で提案しておいて、やっぱりお忘れだったんですね。奥様がこちらに来られてもうすぐ一年ですよ」
「一年、そうだな」
「この契約結婚をお決めになった時に、一年後にこの結婚について改めて話し合うと決めたことをお忘れですか?」
「あっ……」
初めて聞いたかのような驚きを見せるカミロに、ジョルジュはため息も付かず静かに目を伏せた。
「奥様はきっと前向きに考えてくださるでしょう。おそらく後回しにしていた後継ぎのことも旦那様からお申し出があれば、拒むこともなさらないはずです」
「後継ぎ……」
「どうやら、旦那様は後継ぎのご誕生よりも奥様との閨事の方にご興味がありそうですが」
「そっ、そんなことはない!」
頬を赤らめ不自然に視線泳がせながらそう叫んでは、カミロの言葉に何の説得力もない。
「まぁ、それはさておき……本当にこのままの関係でいいのですか。今はっきりと奥様にお気持ちを伝えなければ、この先ずっとこのままです。それはお二人にとって本当に幸せな結婚と言えるのですか」
自らが仕える主人への言葉としては不敬かもしれない。だが、カミロを子供の頃から知るジョルジュにも彼に対する思いがある。
特に先代が亡くなってからは私欲を捨て、全てを公爵領に注いできたカミロの幸せを願うのは、ある種親心のようなものだろう。
「……ベリーナはどう思っているだろうか」
「それは奥様にしかわかりません。だからこそ旦那様の素直な想いを知ってもらうべきではありませんか。話はそこからです」
「……わかった。今度の『幸せ会議』で彼女に伝えよう」
「では、ガレッティには奥様のご機嫌が良くなるようなディナーを用意するよう伝えておきます」
「あぁ……彼女が笑顔になる、最高の料理を頼んでおいてくれ」
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