〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。

文字の大きさ
32 / 48
3.悪妃はその名を下ろす

重要参考人のベロニカ


「きみはなぜ、その男といるんだい?」

「その男っ、て」

陛下の視線の先を辿ると、そこにはルーンケン卿がいた。
陛下の瞳が威嚇するようにギラギラと煌めくのを見て、彼の不機嫌の理由を察する。

(なるほど、陛下はルーンケン卿と仲が悪いものね)

彼らは従兄弟という関係であるが、陛下からしたらいつ足をすくわれるか分からない相手、ということなのだろう。
ルーンケン公爵前当主であり、前国王陛下の弟君は、ブライアン陛下の叔父にあたる。
現在、王位継承権第一位はルーンケン卿である。

陛下に何かあったら、次の王はルーンケン卿になるのだ。
それに脅威を覚えているのだろう。陛下は、ルーンケン卿に対してことさらに当たりが強い。

「それは──っ……!」

なぜルーンケン卿がここにいるのか。
それを説明しようと口を開いたところで、掴まれた手首に力を込められた。

(痛っ……!!)

思わず眉を寄せると、話題の当事者であるルーンケン卿が足を踏み出し、話に加わった。

「王妃陛下とは偶然お会いしたんですよ」

「お前には聞いていない」

吐き捨てるように言う陛下に、ルーンケン卿は指摘するように陛下に言った。

「手」

「……?」

「そうも乱暴に掴むのは、いかがかと思いますが」

「お前はまた……!」

「きゃっ……!」

振り払うように手首が解放される。
勢い余ってよろけるが、背後から両肩を支えられた。見ずともわかる。ルーンケン卿だ。

「ありがとうございます」

礼を言うと、陛下が私たちを見て鼻で笑う。

「ハッ……おかしいとは思ったんだ、きみが長期休暇なんてね。そいつと愛を確認でもしていたのか?」

「下賎な勘ぐりはやめてくださいませ。私は不貞は働きません」

「それはどうだか。僕への当てつけ?」

「……ご自身が、身に覚えがあるからといって、誰も彼もが不貞を働くとは思わないでいただきたいものですわ」

私はルーンケン卿に頷いて、もう支えてもらわずとも問題ないことを言外に伝えると、陛下を見た。
そして、もう一度彼に言う。

「お帰りください、陛下」

「嫌だね。ねえ、クレメンティーナ。きみは僕のために髪を切った。その長い髪を。僕を想っていたからだ」

「もし、あなたが本心からそう思っていらっしゃるのなら、記憶力に問題があるかと思います」

「憎らしいな。しおらしく涙のひとつでも見せればいいというものを」

「生憎、泣くだけの女ではありませんので」

「可愛げがない」

「持ち合わせがあれば、今とは違う未来もあったかもしれませんわね」

陛下が的はずれな怒りを見せたことで、ほんの少し、私は落ち着きを取り戻していた。

なぜ、陛下が今になって私に執着を見せているか分からない。

そこに恋情の類はないだろう。それは間違いない。現に、今、対面している陛下の瞳に熱はなく、凍りついたように冷たかった。

私たちの間に、ぴりついた空気が広がる。
その緊張を崩したのは、私たちの会話を静かに聞いていた、ルーンケン卿だった。

「……差し出がましいことを言いますが」

「何かな?お前に発言の許可は出していないが」

陛下の紫の瞳が細められる。殺意と嫌悪の交じった視線だ。
それを受けながらも、しかし彼はそう言った視線を受けることに慣れているのだろう。ルーンケン卿はいつものように、淡々とした声で言った。

「緊急時と判断し、申し上げます。陛下。あなたは今、城を空けていて問題ないのですか?」

「何を、」

不遜にも、ルーンケン卿は陛下の言葉をさえぎり、言った。

「いえ、こう言った方がいいですね。城から逃げてこられたのですか?」

「は──」

なっ……
思わず、息を呑む。
彼が何を言い出したのか分からず、思わずルーンケン卿を振り返った。彼は私ではなく、陛下を見ていた。

(逃げてきた?)

それは、誰から?
私が目を見開いてると、背後──つまり、陛下が地を這うような声で、言った。

「貴様、発言には気をつけろ。立場が惜しくないのか?」

振り返れば、陛下が片手をあげていた。
その指示を受け、彼の背後に立つ近衛騎士が、剣の柄に手をかけている。
殺意を向けられてるとは思えないほど落ち着いた声で、ルーンケン卿が言った。

「私は臣下として当然の忠言をしたまでですよ」

「貴様に命令される覚えはない。いや、良い機会だ。前々から思っていたんだよ、お前はあまりにも目障りだ。ルーンケン公爵家が力をつけすぎていることへの不信感もあった。よって、お前には罰を与えよう」

「!お待ちくださ──」

話の流れが読めない。
だけど、このまま放っておいてもいいとも思えず、私は制止の声をあげようとした、その時。

その場に、第三者の声が響いた。

「陛下!!こちらにいらっしゃいましたか……!!」

三人揃って、振り返る。
そこには、城からの使者だと思われる騎士と文官が数人、焦燥も露わにこちらに駆けてきた。

「至急、城にお戻りください!」

陛下が舌打ちをする。
私にも、ルーンケン卿にも城に戻れと再三言われて機嫌が悪いのだろう。
だけど、使者の様子を見るに、緊急を要することのようだった。
私が話の続きを促して彼らを見ると、彼らはその場に私とルーンケン卿がいることにぎょっとした様子だった。
しかし、報告をするに問題ないと判断したのか、ハキハキと文官のひとりが陛下に告げた。

「重要参考人のベロニカ様が失踪しました……!!」
感想 52

あなたにおすすめの小説

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。 王宮で12年働き、気づけば28歳。 恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。 優しく守ろうとする彼。 けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。 揺れる想いの中で、彼女が選んだのは―― 自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。 これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。 ※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)