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アデライン・アシュトンの矜恃 〈前編〉
4.伯爵令嬢の責務
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「っ……」
私は、思わず言葉を飲んだ。
なぜなら、その通りだったから。
悔しいことに、私は──。
アンドリューは驚いた、と言わんばかりに目を見開く。
「本当に?あなたは、意外と夢見がちな少女だったんだね」
「弁明はないというのですね」
「あはは。ただ驚いたんだ。あなたは、魔法学にしか興味が無いと思っていた。もっと言うなら、恋愛感情がないと思っていたよ」
グレイも、そう言っていた。
私は、そんなに婚約者に興味のなさそうな女に見えたのだろうか。
だとしても──それが、不貞に走る理由には、ならないと思う。
「僕に恋をしていたんだ?光栄だね。僕の愛はあなただけに捧げられるものでは無いけど、それでも僕はあなたと結婚するよ」
アンドリューは、もう隠し事は無いからなのか、流れるように話し出した。
(よく回る口だわ……)
気分良さげに話している男を見て、私はもはや引き攣った笑みを浮かべた。
不幸中の幸い、というのかしら。
燻った恋心は凍りついて、粉々に砕かれた。
自分に心酔しているようにも見えるこの男に、もはや夢は見ない。見られない。
「安心して?アデル。僕は、ロッドフォード公爵家に生まれた貴族の男だ。貴族なら貴族らしく、大人しく政略結婚に甘んじるさ」
「……そう、大した発言ね。つまりあなたは仕方なく私と結婚すると、そう言いたいのね。あなた、私のこと馬鹿にしているの?」
「まさか。あなたも貴族の娘ならわかるだろう?あなたにも、僕にも、貴族としての責任を果たす義務がある」
「それが、私たちの結婚だと?」
「少なくとも、僕はそのように考えているよ。この結婚は、ロッドフォード公爵家にも、アシュトン伯爵家にも利のある婚約だ。みんなそうしているんだよ、アデル。あなたは、知らなかったかもしれないけどね」
利のある婚約……?
私と彼の婚約は、お母様方の口約束で決まったもののはず。
そこに、政略的な意味合いも含まれた、と?
考え込んでいると、アンドリューが席を立つ。
「さて。話はこのくらいでいいかな。ああ、この話はご両親にしても構わないよ。恐らくあなたのご両親は、この話を聞いても婚約解消には踏み切らないだろう。何せ婚約を解消した場合の損害の方が大きい」
「ひとつ聞きたいのだけど」
「なんだい?」
アンドリューは、以前のように話す。
まるで、後暗いことはないのだと言うように。
いや、きっと本心でそう思っているのだろう。
彼に、罪悪感なんてものはない。
「今まであなたは私に優しく接していたけれど。あれも、演技?」
メイドが出した紅茶はすっかり冷えきっていた。
アンドリューは、それに一口も口を付けなかった。
「まさか!!僕は本気だったとも。僕は、博愛主義なんだ。あなたへの愛も、もちろん本物だよ。だけど光栄なことだね。優しいと、そう思ってくれていたんだ?きみ好みの優男の役は、ご満足いただけたみたいだね」
アンドリューは、殊更優しい声を出した。
いつも、私が聞いていた声だ。
「馬鹿にするのもいい加減にして」
「怒った顔もキュートだね、アデル。それじゃあ、次の夜会で会おうか。僕の婚約者はあなただ。それを、忘れないようにね」
言うだけ言って、アンドリューはさっさと帰って行った。
残されたのは、私ひとり。
侍女と侍従は、離れた場所にいたので会話まで聞こえていなかっただろう。
だけど、私が動く様子がないからか心配そうにこちらを見ている。
それは分かっていたけれど、それでも動くことは出来なかった。
ふつふつと込上がるのは──どうしようもない、怒り、だ。
「なっ……なぁ~~にが『怒った顔もキュートだ』よ!!馬鹿にしてるんでしょう!そうでしょう!!」
私はクッションでソファの座面を強く叩いた。
だいたい、なにあの態度!?
不貞行為がバレたって言うのよ!
もう少ししおらしくしなさいよ!!
『あなたも貴族の娘ならわかるだろう?あなたにも、僕にも、貴族としての責任を果たす義務がある』ですって~~!?
それが婚約者を裏切る理由になって!?
いや、ならないわよ!!
確かに、私はアンドリューが言うように夢見がちな娘だったのだろう。それは、私も認める。
だって私は、まさかアンドリューがほかの女性と想いを交わしているなんて、想像もしていなかったのだから。
甘い、と言われたらそれまでだ。
私にもその自覚はある。
(だけど!!よりによって、よ?
それをアンドリューが言うのは違うでしょ!!)
先程言えなかった言葉達が次々に溢れてきて、私は意味の無い呻き声を零した。
「っ……。っ……!!」
(ずいぶん馬鹿にしてくれて、結構なことじゃない!!)
きっと彼は、私のことなど、大して役にも立たない魔法学の研究に没頭している、根暗な女、としか思っていないのだろう。
だから、このままなあなあで終わる、と思っているのだ。
そうに違いない。
その、タカを括った態度も……腹が立つのよ!
「あったまくるわ、もう……」
私を軽んじて、私を踏みにじる男にも。
そんな男に恋をしてしまった、私にも。
幻滅するし、腹が立つ。
怒りのあまり涙が滲む。
ぽた、とソファの座面に水滴が落ちた。
(……これは、怒りからくる涙だもの)
決して、悲しくはない。
苦しくもない。
私が思うのだから、そうなのだ。
(貴族なら、政略結婚は当たり前。
政略結婚なら、仮面夫婦は当たり前。)
そんなこと、私だって知っているわ。
ただ、夢を見ていた。
婚約してから三年。
この日々は、あまりに優しくて──私に、都合のいい幻だった、のだろう。
貴族の娘なら、その責務を果たさなければならない。
そうね。確かに、その言葉だけは正しい。私は、貴族の娘なのだから。
「だから、私は果たすわ。私は、私なりのやり方で伯爵令嬢の責務を」
私は小さく、そう呟いた。
私は、思わず言葉を飲んだ。
なぜなら、その通りだったから。
悔しいことに、私は──。
アンドリューは驚いた、と言わんばかりに目を見開く。
「本当に?あなたは、意外と夢見がちな少女だったんだね」
「弁明はないというのですね」
「あはは。ただ驚いたんだ。あなたは、魔法学にしか興味が無いと思っていた。もっと言うなら、恋愛感情がないと思っていたよ」
グレイも、そう言っていた。
私は、そんなに婚約者に興味のなさそうな女に見えたのだろうか。
だとしても──それが、不貞に走る理由には、ならないと思う。
「僕に恋をしていたんだ?光栄だね。僕の愛はあなただけに捧げられるものでは無いけど、それでも僕はあなたと結婚するよ」
アンドリューは、もう隠し事は無いからなのか、流れるように話し出した。
(よく回る口だわ……)
気分良さげに話している男を見て、私はもはや引き攣った笑みを浮かべた。
不幸中の幸い、というのかしら。
燻った恋心は凍りついて、粉々に砕かれた。
自分に心酔しているようにも見えるこの男に、もはや夢は見ない。見られない。
「安心して?アデル。僕は、ロッドフォード公爵家に生まれた貴族の男だ。貴族なら貴族らしく、大人しく政略結婚に甘んじるさ」
「……そう、大した発言ね。つまりあなたは仕方なく私と結婚すると、そう言いたいのね。あなた、私のこと馬鹿にしているの?」
「まさか。あなたも貴族の娘ならわかるだろう?あなたにも、僕にも、貴族としての責任を果たす義務がある」
「それが、私たちの結婚だと?」
「少なくとも、僕はそのように考えているよ。この結婚は、ロッドフォード公爵家にも、アシュトン伯爵家にも利のある婚約だ。みんなそうしているんだよ、アデル。あなたは、知らなかったかもしれないけどね」
利のある婚約……?
私と彼の婚約は、お母様方の口約束で決まったもののはず。
そこに、政略的な意味合いも含まれた、と?
考え込んでいると、アンドリューが席を立つ。
「さて。話はこのくらいでいいかな。ああ、この話はご両親にしても構わないよ。恐らくあなたのご両親は、この話を聞いても婚約解消には踏み切らないだろう。何せ婚約を解消した場合の損害の方が大きい」
「ひとつ聞きたいのだけど」
「なんだい?」
アンドリューは、以前のように話す。
まるで、後暗いことはないのだと言うように。
いや、きっと本心でそう思っているのだろう。
彼に、罪悪感なんてものはない。
「今まであなたは私に優しく接していたけれど。あれも、演技?」
メイドが出した紅茶はすっかり冷えきっていた。
アンドリューは、それに一口も口を付けなかった。
「まさか!!僕は本気だったとも。僕は、博愛主義なんだ。あなたへの愛も、もちろん本物だよ。だけど光栄なことだね。優しいと、そう思ってくれていたんだ?きみ好みの優男の役は、ご満足いただけたみたいだね」
アンドリューは、殊更優しい声を出した。
いつも、私が聞いていた声だ。
「馬鹿にするのもいい加減にして」
「怒った顔もキュートだね、アデル。それじゃあ、次の夜会で会おうか。僕の婚約者はあなただ。それを、忘れないようにね」
言うだけ言って、アンドリューはさっさと帰って行った。
残されたのは、私ひとり。
侍女と侍従は、離れた場所にいたので会話まで聞こえていなかっただろう。
だけど、私が動く様子がないからか心配そうにこちらを見ている。
それは分かっていたけれど、それでも動くことは出来なかった。
ふつふつと込上がるのは──どうしようもない、怒り、だ。
「なっ……なぁ~~にが『怒った顔もキュートだ』よ!!馬鹿にしてるんでしょう!そうでしょう!!」
私はクッションでソファの座面を強く叩いた。
だいたい、なにあの態度!?
不貞行為がバレたって言うのよ!
もう少ししおらしくしなさいよ!!
『あなたも貴族の娘ならわかるだろう?あなたにも、僕にも、貴族としての責任を果たす義務がある』ですって~~!?
それが婚約者を裏切る理由になって!?
いや、ならないわよ!!
確かに、私はアンドリューが言うように夢見がちな娘だったのだろう。それは、私も認める。
だって私は、まさかアンドリューがほかの女性と想いを交わしているなんて、想像もしていなかったのだから。
甘い、と言われたらそれまでだ。
私にもその自覚はある。
(だけど!!よりによって、よ?
それをアンドリューが言うのは違うでしょ!!)
先程言えなかった言葉達が次々に溢れてきて、私は意味の無い呻き声を零した。
「っ……。っ……!!」
(ずいぶん馬鹿にしてくれて、結構なことじゃない!!)
きっと彼は、私のことなど、大して役にも立たない魔法学の研究に没頭している、根暗な女、としか思っていないのだろう。
だから、このままなあなあで終わる、と思っているのだ。
そうに違いない。
その、タカを括った態度も……腹が立つのよ!
「あったまくるわ、もう……」
私を軽んじて、私を踏みにじる男にも。
そんな男に恋をしてしまった、私にも。
幻滅するし、腹が立つ。
怒りのあまり涙が滲む。
ぽた、とソファの座面に水滴が落ちた。
(……これは、怒りからくる涙だもの)
決して、悲しくはない。
苦しくもない。
私が思うのだから、そうなのだ。
(貴族なら、政略結婚は当たり前。
政略結婚なら、仮面夫婦は当たり前。)
そんなこと、私だって知っているわ。
ただ、夢を見ていた。
婚約してから三年。
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貴族の娘なら、その責務を果たさなければならない。
そうね。確かに、その言葉だけは正しい。私は、貴族の娘なのだから。
「だから、私は果たすわ。私は、私なりのやり方で伯爵令嬢の責務を」
私は小さく、そう呟いた。
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