〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務

ごろごろみかん。

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アデライン・アシュトンの矜恃 〈前編〉

3.愛ある結婚

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機会は思いがけずすぐに訪れた。

先日、私はアンドリューの叔母の頼みで登城していた。
何でも、叔母様は彼に届け物があったらしい。
だけど、私は途中で体調不良になり、帰宅した──ということになっている。
届け物は、警備の兵に渡したので無事、アンドリューには渡っているだろう。

警備兵と叔母様から話を聞いたのだと思う。

後日、アンドリューが私の体調を心配して、というメッセージカードを寄越した。
心配なので会いたい、という文面を見て、その紙を指でなぞる。

彼はこれを、どんな気持ちで書いたのだろう?

いつもは心が温まるメッセージカードも、今は私の心を酷くざわつかせるだけだった。






そして、その日。

いつも彼を案内するサロンに向かう。
顔を合わせたアンドリューは、ホッとした様子を見せた。

私に、王女との逢瀬の場を見られとも知らずに。

「良かった。元気そうだね、アデル」

愛称で呼ばれることが、こんなに苦痛だとは思わなかった。

「ごきげんよう、アンドリュー」

私は、挨拶もそこそこに彼の対面に座る。
メイドが紅茶を運んできてすぐ、私は口火を切った。

「先日、王女殿下と逢引をしていらした?」

ここはあえて、単刀直入に。

迂遠な物言いだと、誤魔化される可能性が高いから。
いきなり本題に入った私に、アンドリューは噎せた。

「ッ……げほ、ごほ。何を言うんだよ?仕事のことか?そりゃあ、僕は王女殿下の騎士だからね。そばにいることも多い」

「抱き合っておられましたわね」

「何の話?」

なぜか、アンドリューは剣呑な眼差しで私を見た。
その瞳は、私を責めているようだ。

(……どうして、そんな目をするの?)

責められるべくは、あなたなのではなくて?

私は、さらに口を開いた。

本当は、言い争いなんてしたくない。
穏やかに、落ち着いた話だけをしていたい。

口論することは、争うことは、酷く疲弊するから。

だけど、これは私のために必要なことだ。
問題から目を逸らして、その場しのぎの安定を求めたところで、それは薄氷でできたもの。いずれ、瓦解するに決まっているのだから。

「抱き合って、キスしておられた」

(……嘘だけど)

話を盛って言えば、アンドリューが息を飲む。

その反応に、私は絶句した。

(……嘘でしょ?キス、!?キスも、してたの?)

呆気に取られそうになったけれど、私はハッと我に返って彼を睨みつけた。

「弁論をお聞きしますわ」

「……何を吹き込まれたのか知らないけど。僕はそんな覚えはないよ」

この期に及んで嘘を吐こうとする様子に、私は冷笑した。

「そのまま、それ以上の行為にも、もつれ込んでおられたようですが?」

本音を引き出すため、淑女の物言いとは思えない言葉も口にした。
もう、この際だ。
全部、全部、暴いてしまおう。

この、燻った恋心を殺すためにも。

アンドリューは目を見開いた。
そして、荒々しくテーブルに手をついた。
テーブルの上の食器が、かしゃん、と音を鳴らす。

「何言ってるんだ!?そんなことするわけな……!!だいたい、外では人目があ──」

「──」

それに、息を飲んだのも、またしても私。

嘘でしょう?
笑ってしまいたいくらい。

どうやら、私の婚約者は王女殿下と深い仲だったよう。

瞬間、私の感情はひとつのものに収束した。
それは、失望。

アンドリューに対してはもちろん、彼の見せかけの優しさうそに騙された、自分にも。

情けない。

(どうして、私はこんな嘘を見抜けなかったのかしら)

初恋に浮かれた頭では、何も見えていなかった?

『僕は、魔法に一生懸命なきみが素敵だと思う』

その言葉に──心を、許してしまった。
そう、あの一言が、きっかけだった。



沈黙が漂う。
アンドリューは罰が悪そうに私から目を逸らした。

「王女殿下のは、ただの遊びだよ」

「不敬ではありませんの?」

「違う。向こうが、っていう話だ。僕は、彼女の遊び相手の1人に過ぎない」

「それは、問題なのでは?なぜ、閣下にご相談なされないのですか」

「自分の仕える王女が異性関係に奔放さで目に余る、って?アデル。あなたは知らないかもしれないけどね。世の中には暗黙の了解ってものがあるんだよ」

「閣下も、陛下もこのことはご存知だと」

「そう取ってもらって構わない。陛下は、唯一の王女が可愛くて仕方ないらしい」

「──」

あまりのことに絶句する。

王女ジェニファー殿下は、市井出身だ。
彼女の母は王妃ではなく、国王が一夜過ごしたことのある、踊り子だという。
彼女の母は産後の肥立ちが悪く、彼女を出産してすぐ儚くなったらしい。

母を失ったジェニファー殿下の面倒を見ていたのが、彼女の母の友人。
だけどその女性も、流行病に倒れた。

その女性は自身の命が残り僅かなことを悟ると、一縷の望みをかけて王宮に出向いたという。

そこで、王は初めて自身に娘がいることを知った。

王には王子しかいない。
突然現れた王女の存在に、王は心を奪われたのだろう。

なぜなら、ジェニファー殿下は彼女の母にそっくりな見目をしている……らしい。

王がジェニファー殿下を溺愛しているのは周知の事実だった。
だけど、それでも。いくらなんでも。

火遊びを──一国の王女が?

呆然とする私に、アンドリューはやれやれ、と言わんばかりに肩を竦めた。

「それに、ジェニファー王女殿下は【聖女の生まれ変わり】だ。多少のおイタは目を瞑ろう、とそういうことだろう」

「獣王が封印されて、今年で五百年。言い伝え通りなら、今年、その封印は解かれる。聖女の生まれ変わりであるジェニファー王女殿下が再び封印を施す聖女だと言われている。……でも、そんなの誰も信じていないわ」

ジェニファー殿下は、聖女の生まれ変わりだと言われている。
その桃色の髪は、五百年前の聖女と同じらしい。

しかし、その話は御伽噺のようなもの。曖昧模糊で、現実味の薄い、夢物語。
本気にしている人間なんて、ほんの少数だ。

私の言葉に、アンドリューは苦笑した。
まるで、困ったように。

「だろうな。それでも、そっちの方が体裁がいい・・・・・。王が溺愛するあまり火遊びを許している、と思われるより、聖女の生まれ変わりだから見逃してる、と思われた方がまだいいということなのさ。それに、アデル」

「王女殿下が咎められない理由は分かりました。だけど、アンドリュー。それは、あなたが彼女を受け入れる理由にはならなかったはずよ。あなたは、どうして王女殿下を受け入れたの?」

「……あのね、アデル」

アンドリューは、鼻で笑った。
利かん気の子を見るように。

「こんなことは貴族にはよくある話だろ?まさかあなたは、伯爵家の娘ともあろう者なのに、愛ある結婚なんてものを夢見ていた?」
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