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2.捨てたのか、捨てられたのか
王弟と神殿 ①
しおりを挟む「シャリゼが……生きている……?」
呆然と呟いたのは、つい先程砦に戻ってきたノアだ。
それに答えるのは、平身低頭で答えるマクレガー将軍だった。
「は。……こちらを」
彼が差し出したのは、一通の手紙。
差出人の名は無く、既に開封済みだった。
ノアはそれを見て、微かに眉を寄せる。
「これは?」
「……王妃陛下が処刑されたと報告があってすぐ、私の元にこれが届きました」
「…………」
ノアは黙って、それを受け取る。
静かに中の手紙を取り出した。
それは、一枚のメッセージカードだった。
書かれている文章はあまりにも短い。
【まだ、死んでいない】
ただ、それだけ。
主語すらなく、まるで謎かけのようだ。
だけど──ノアはすぐに理解した。
これは、シャリゼのことだ、と。
思わず、彼はぐしゃりとそのメッセージカードを握り潰した。
そして、震える声で問う。
「マクレガー。お前はさっき、シャリゼが処刑された報告を受けてすぐ、これが届いた、と言ったな?」
「…………はい」
観念した様子で、マクレガー将軍は頷いた。
何やら目を閉じ、苦悩したように。
ノアは、そんな彼を見て、思わずと言ったように執務机を拳でたたきつけた。
「なぜ黙っていた!?なぜ……なぜ!!」
「……迷って、いました。だけどあの日のあなたを見ていて……黙っている方が得策かと判断いたしました」
「得策!?得策、だって!?シャリゼが死んでいることを僕に黙っていて。僕を騙して、何が得策だって言うんだ!ああ!?」
執務机に叩きつけた拳を強く握りしめながら、ノアはマクレガー将軍を怒鳴りつけた。
信じられなかった。
シャリゼが生きていることも。
……それを、マクレガー将軍が黙っていたことも。
彼は、騙していた。
ノアが、あんなにもシャリゼの死を知り、苦しみ、嘆き、悲しんでいたのを目の当たりにしておきながら。
……彼は黙っていたのだ!偽っていたのだ!!
ノアの悲痛な叫び声に、マクレガー将軍は眉を寄せながら、淡々と答えた。
「……シャリゼ妃の死は、あなたの底力を発揮させた。現に、あなたは今まで及び腰だった革命に本格的に乗り出した。王を許せないと思ったのでしょう。革命というのは、生半可な気持ちで成し遂げられるものではない。何がなんでもやり遂げるという……ある意味、冷酷な感情が必要なのです」
「御託はいい。それで?なぜお前は、突然僕に言う気になった。まさか、良心が咎めたとでも言うのか?まさかな。お前にそんなものがあるとは、僕には思えないね」
この件で、完全にノアの信頼を失ってしまったようだ──。
それは、マクレガー将軍にも分かっていた。
分かっているからこそ、革命が成功するまではノアに言うべきでは無いと思ったのだ。
自分への信頼が失われたとして、革命が成功すればそれでいい。
それが、彼の望みだった。
マクレガー将軍は変わらず、淡々とした声で言った。
「シャリゼ妃が、いらっしゃいました」
「……なんだって?」
「生きていることをノア殿下に秘匿していることを知ると……お怒りになられました」
「…………それで」
聞きたいことは山ほどあるのだろう。
だけどそれをぐっと堪えながらも、ノアは続きを促した。
「ノア殿下を信じなさい、と。ノア殿下は、そんなに弱い子ではない……あなたもそれは知っているはずだ、と仰せになりました。……それを聞いて、私は、私のしたことは間違いだったのかもしれない……と思ったのです」
「………」
ノアは大きくため息を吐いた。
たくさんの情報が入ってきて、整理が追いつかない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
シャリゼは、生きている。
もうそれだけで、良かった。
それだけで。
ノアは、俯きがちに考え込んでいる様子のマクレガー将軍を見た。
彼も、未だに悩んでいるのだろう。ほんとうに告げるべきだったのか、胸に秘めておくべきだったのではないか──。
マクレガー将軍には、言いたいことはたくさんある。
だけど同時に、彼の気持ちもわかってしまった。
『革命というのは、生半可な気持ちで成し遂げられるものではない。何がなんでもやり遂げるという……ある意味、冷酷な感情が必要なのです』
彼は、ノアを心配しているのだ。
いや、心配とは違う。
危うさを、感じているのかもしれなかった。
ノアは、シャリゼと同じように冷酷になりきれないところがある。
そして、シャリゼはその甘さに付け込まれて、処刑されることとなった。
もし、シャリゼが血も涙もない冷酷な女なら。
勝つためにどんな手段も選ばない、冷たい女だったのなら。
もしかしたら、毒を仰ぐより酷い死に方をしていた可能性もあるが、それでも今とは違う未来があったことだろう。
だけど、シャリゼはひととしての感情を大切にし、倫理観を大事にした。結果、選べない選択肢がいくつもあり──追い詰められることとなった。
同じ轍を踏まないように……とマクレガー将軍が考えるのも理解出来る。
理解はできるが……許せるか、と言ったら、ことはそう単純でもない。
「……分かった」
「ノア殿下」
「今回の件。将軍への罰則はない。……不問とする」
ほんとうなら、嘘を吐いた佞臣などこの場で追い出してしまいたい。
だけど、シャリゼが。
シャリゼが、ノアを信じるように──と、マクレガー将軍に言ったからこそ、彼はノアに真実を打ち明けた。
その結果、彼が罰されるようなことになれば、おそらくシャリゼは気に病むことだろう。自分のしたことは間違いだったかもしれない、と思う可能性だってあった。
(いや……)
そこまで考えて、ノアは首を横に振った。
シャリゼは、ノアがそこまで考えることを含めて、マクレガー将軍に『ノアを信じるように』と言ったのだ。
……つくづく、食えない女性だ、と思った。
それと同時に、シャリゼが生きていることを、ノアは実感した。
(生きていて……良かった。ほんとうに)
じわり、と視界が滲む。
マクレガー将軍に悟られないよう、ノアは何度か瞬きを繰り返し、それを散らした。
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