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2.捨てたのか、捨てられたのか
王弟と神殿 ②
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「そのシャリゼ妃……シャリゼ様が、三日前からお戻りになりません」
「…………は?」
ぴたり、とノアは動きを止めた。
マクレガー将軍は、眉を寄せ、思い悩むようにしながらも報告を続けた。
「シャリゼ様は、三日前──アルカーナ帝国の第三皇子、ローレンス・アルカーナとウーティスの森にゆかれました」
「アルカーナだって……!?なぜ、このタイミングで」
「シャリゼ様は、長年続くアルカーナとヴィクトワールの争いには、ウーティスの森にその原因があるかもしれないと仰られました。そのため、アルカーナの皇子とウーティスの森にゆかれると」
「話が見えない。なぜ、シャリゼはアルカーナと……。よりによって、アルカーナの皇子だと……!?だいたい、アルカーナの皇子がなぜ、こんな時にヴィクトワール国の、ウーティスに現れる!?宣戦布告のつもりか!」
「落ち着かれなさいませ、ノア殿下。シャリゼ様にはお考えがあるのです。もし、ほんとうにウーティスの森に原因があるのなら……それを突き止めることで、ヴィクトワールとアルカーナの争いは無くなるやもしれません。今、両国は一時休戦となっておりますが、万が一、アルカーナが攻め込んできたら……?今のヴィクトワールでは、太刀打ちできません」
「だから、シャリゼに行かせたと?」
そこまで言ってから、ノアはハッと気がついたようにマクレガー将軍に食ってかかった。
「……待て、シャリゼひとりか!?」
そんなわけないよな、と言うような言い方だった。
それに、マクレガー将軍は静かに答えた。
「彼女の護衛騎士、ルイスがついております。ツァイラー伯爵家の次男で、以前はノア殿下の近衛騎士職に就いておりました」
「ルイスか……。それで、ふたりは、三日経過しても帰ってこない、と。アルカーナに連れ去られたのでは」
「……分かりません。しかし、シャリゼ様はこうも仰られた。必ず、ヴィクトワールのためになる報告を持ち帰る──と。ですから、ノア殿下」
「分かってる。お前が言いたいことは……」
ノアは、マクレガー将軍の言葉を遮った。
そして彼は、執務椅子に腰を下ろすと、額を手で覆った。
「…………僕は、僕にできることをしろと、そう言いたいんだろう」
「お気持ちは、よく分かります。ですが今は」
「だけど──お前の言っていることが真実だとは限らない。お前は嘘を言っているかもしれない。シャリゼのことを黙っていたように」
「それは……」
「なぜ、一度嘘を吐いたお前の言葉を、僕が信じると思っている?」
「ノア殿下…………」
マクレガー将軍は押し黙った。
ノアがそう言うかもしれないことは彼も予想していたことだった。
沈黙する彼に、ノアは執務机に頬杖をつき、その上に顎を置いた。
そして、淡々とマクレガー将軍に言う。
「お前のしたことは、そういうことだ、将軍。お前は、一度の嘘で僕の信頼を失った。お前は、僕の忠臣ではなかった」
「……私は、私の目的のために動きました。主君より、目的を優先した。……ノア殿下。私を罰しますか」
「不問とする、と言ったはずだ。……だけど、僕は今後、お前を以前のように信じることは出来ないだろう。……しかし、そうすべきだったのだと、今更ながらに思い知った。思うに、僕はずいぶんお前を信じすぎていた」
ノアの言葉は、マクレガー将軍を咎めるものでは無いのに、その声は驚くほど冷たかった。
それで、ようやくマクレガー将軍は思い知った。
彼が失ったのは、ノアの信頼……だけではない。
ひとを信じるこころそのものをノアは失ったのだ。
この件を機に、彼は疑心暗鬼となることだろう。
今後、彼は完全に部下を信頼することはなく、裏切っても問題がないように動く。
不安定なヴィクトワールを治めるには、その方がいいのだろう。
マクレガー将軍が嘘を吐いたことで、ノアは無防備にひとを信じる甘さを捨てた。
ノアにとってマクレガー将軍は、幼少期から良くしてくれた親代わりのようなひとでもあった。
そして、ノアが冤罪で辺境への出征を命じられた時も、迷いなくノアについていくことを選んだ。
マクレガー将軍の助力があったからこそ、アルカーナとの諍いも一時休戦に持ち込めたのだ。
マクレガー将軍には恩がある。
だけど、だからといって完全に信頼しきってはならないのだと──ノアは知った。
こころを預けられる他人がいない。
それは、どの国の王も同じことだろう。
ノアは、彼らと同じように他人を安易に信じることをやめた。
皮肉なことにこの件が、より彼を王らしくさせたのだ。
マクレガー将軍は、思わずくちびるを噛む。
己のしたことが間違いだったとは思わない。
──ヴィクトワールのためには、これが正解だった。
しかし、ノアにとっては?
「僕は、王都に向かう」
ノアは淡々と宣言した。
マクレガー将軍が、僅かに目を見開く。
(……シャリゼは、嘘を吐かない)
『大丈夫。悪は必ず滅ぶ運命なのよ。あなたと私なら必ずできるわ。私なら大丈夫。だって私には、女神様のご加護があるもの』
あの言葉のとおり、彼女はノアを置いていかなかった。
だから、今回も無事でいるはずだ。
それは何の確証もない、願いや祈りに近い類のものだったが──ノアは、彼女を信じることにした。
彼女が、ノアを信じてくれたように。
僅かな沈黙の後、ノアはマクレガー将軍に言った。
「だけど、このままでは叔父上は引かないだろう。神殿が次の手を打ってくる前に……マクレガー将軍。あのひとを……エイダン・リップスを殺すぞ」
「…………は?」
ぴたり、とノアは動きを止めた。
マクレガー将軍は、眉を寄せ、思い悩むようにしながらも報告を続けた。
「シャリゼ様は、三日前──アルカーナ帝国の第三皇子、ローレンス・アルカーナとウーティスの森にゆかれました」
「アルカーナだって……!?なぜ、このタイミングで」
「シャリゼ様は、長年続くアルカーナとヴィクトワールの争いには、ウーティスの森にその原因があるかもしれないと仰られました。そのため、アルカーナの皇子とウーティスの森にゆかれると」
「話が見えない。なぜ、シャリゼはアルカーナと……。よりによって、アルカーナの皇子だと……!?だいたい、アルカーナの皇子がなぜ、こんな時にヴィクトワール国の、ウーティスに現れる!?宣戦布告のつもりか!」
「落ち着かれなさいませ、ノア殿下。シャリゼ様にはお考えがあるのです。もし、ほんとうにウーティスの森に原因があるのなら……それを突き止めることで、ヴィクトワールとアルカーナの争いは無くなるやもしれません。今、両国は一時休戦となっておりますが、万が一、アルカーナが攻め込んできたら……?今のヴィクトワールでは、太刀打ちできません」
「だから、シャリゼに行かせたと?」
そこまで言ってから、ノアはハッと気がついたようにマクレガー将軍に食ってかかった。
「……待て、シャリゼひとりか!?」
そんなわけないよな、と言うような言い方だった。
それに、マクレガー将軍は静かに答えた。
「彼女の護衛騎士、ルイスがついております。ツァイラー伯爵家の次男で、以前はノア殿下の近衛騎士職に就いておりました」
「ルイスか……。それで、ふたりは、三日経過しても帰ってこない、と。アルカーナに連れ去られたのでは」
「……分かりません。しかし、シャリゼ様はこうも仰られた。必ず、ヴィクトワールのためになる報告を持ち帰る──と。ですから、ノア殿下」
「分かってる。お前が言いたいことは……」
ノアは、マクレガー将軍の言葉を遮った。
そして彼は、執務椅子に腰を下ろすと、額を手で覆った。
「…………僕は、僕にできることをしろと、そう言いたいんだろう」
「お気持ちは、よく分かります。ですが今は」
「だけど──お前の言っていることが真実だとは限らない。お前は嘘を言っているかもしれない。シャリゼのことを黙っていたように」
「それは……」
「なぜ、一度嘘を吐いたお前の言葉を、僕が信じると思っている?」
「ノア殿下…………」
マクレガー将軍は押し黙った。
ノアがそう言うかもしれないことは彼も予想していたことだった。
沈黙する彼に、ノアは執務机に頬杖をつき、その上に顎を置いた。
そして、淡々とマクレガー将軍に言う。
「お前のしたことは、そういうことだ、将軍。お前は、一度の嘘で僕の信頼を失った。お前は、僕の忠臣ではなかった」
「……私は、私の目的のために動きました。主君より、目的を優先した。……ノア殿下。私を罰しますか」
「不問とする、と言ったはずだ。……だけど、僕は今後、お前を以前のように信じることは出来ないだろう。……しかし、そうすべきだったのだと、今更ながらに思い知った。思うに、僕はずいぶんお前を信じすぎていた」
ノアの言葉は、マクレガー将軍を咎めるものでは無いのに、その声は驚くほど冷たかった。
それで、ようやくマクレガー将軍は思い知った。
彼が失ったのは、ノアの信頼……だけではない。
ひとを信じるこころそのものをノアは失ったのだ。
この件を機に、彼は疑心暗鬼となることだろう。
今後、彼は完全に部下を信頼することはなく、裏切っても問題がないように動く。
不安定なヴィクトワールを治めるには、その方がいいのだろう。
マクレガー将軍が嘘を吐いたことで、ノアは無防備にひとを信じる甘さを捨てた。
ノアにとってマクレガー将軍は、幼少期から良くしてくれた親代わりのようなひとでもあった。
そして、ノアが冤罪で辺境への出征を命じられた時も、迷いなくノアについていくことを選んだ。
マクレガー将軍の助力があったからこそ、アルカーナとの諍いも一時休戦に持ち込めたのだ。
マクレガー将軍には恩がある。
だけど、だからといって完全に信頼しきってはならないのだと──ノアは知った。
こころを預けられる他人がいない。
それは、どの国の王も同じことだろう。
ノアは、彼らと同じように他人を安易に信じることをやめた。
皮肉なことにこの件が、より彼を王らしくさせたのだ。
マクレガー将軍は、思わずくちびるを噛む。
己のしたことが間違いだったとは思わない。
──ヴィクトワールのためには、これが正解だった。
しかし、ノアにとっては?
「僕は、王都に向かう」
ノアは淡々と宣言した。
マクレガー将軍が、僅かに目を見開く。
(……シャリゼは、嘘を吐かない)
『大丈夫。悪は必ず滅ぶ運命なのよ。あなたと私なら必ずできるわ。私なら大丈夫。だって私には、女神様のご加護があるもの』
あの言葉のとおり、彼女はノアを置いていかなかった。
だから、今回も無事でいるはずだ。
それは何の確証もない、願いや祈りに近い類のものだったが──ノアは、彼女を信じることにした。
彼女が、ノアを信じてくれたように。
僅かな沈黙の後、ノアはマクレガー将軍に言った。
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