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2.捨てたのか、捨てられたのか
神殿と神官
しおりを挟むその頃、神殿──。
最奥の室内で、ひとりの男が執務机に座っている。
歳は、五十半ば頃だろう。
男は手を組んで、机の前に立つ青年に尋ねた。
「民衆の動きはどうだ?」
「は……。いえ、それが」
言葉を濁す青年に、男は眉を寄せた。
「……何?」
「『先代王弟であるエイダン・リップス様こそ、新たな王に相応しい』……各地でそう触れ回るよう指示を出していますが、結果はあまり……芳しくありません」
「何だと?はっきり言え!!」
男の怒声に、青年は悩むようにしながらも答えた。
「……民はシャリゼ妃を処刑した現国王陛下に疑心を抱いております。そのきっかけを作った神殿、にも」
「……まさか!奴らは、神殿を悪し様に言っているのではないよな?」
「それは……」
「はっきり言え!!」
怒鳴りつけられた青年は諦めたように、睫毛を伏せながら言った。
「民は、シャリゼ妃の聖女の功績を偽りだと報告した神殿に疑いを抱いております。今になって、彼らはシャリゼ妃の功績は真実だったのでは……と、そう考えているのです」
「は!ばかな連中にしてはおつむが回るじゃないか!仕掛け人でもいるのか」
「それは……わかりませんが」
青年がそう言った瞬間、男──エイダン・リップスはドン、と勢いよく執務机を叩いた。象牙で象られた女神像がその衝撃で机から落ちる。
エイダンは、青年を睨みつけると吐き捨てるように言った。
「お前は分からない分からないとそればかり……全く使えない!!」
「申し訳ありません」
「お前をなぜ、ノアの側近にしてやったと思っている!?そちらの情報をこっちに横流しさせるためだ!!だというのにお前は……!ノアが今どこにいるのかも分からない、マクレガーが全てを握っている、だぁ?しかも、情報操作もままならないときた!私はなぜ、お前などを子飼いにしているのだろうなぁ?穀潰しの役立たずが!!」
「…………」
「カイン……いや、ルークと呼ぶべきだな。お前は神官ルークとして、ノアの懐に入り込んだ。内部崩壊を狙うためだ」
エイダンは苛立たしげにこめかみを揉んだ。
そして、唸るように言った。
「今すぐ、諜報員の数を増やし、民の情報操作をおこなえ!!いいか、数が全てだ。あいつらはばかだ。大声で喚くやつの言葉を正しいと判断する節がある。とにかく、数だ。数を増やせ!!いいな!!」
「…………は」
ノアの側近、カイン──本名をルーク。
彼は、神殿が寄越したスパイだった。
深く頭を下げた彼は、そのまま執務室を退室する。
神殿の執務室は、いつからこんなに煌びやかになったのだろうか。黄金と金剛石で彩られた執務室は、とてもではないが神殿の一室とは思えない。
女神に祈りを捧げ、民の平穏と、国の安寧を願うための組織であるはずの、神殿。
それが今や、贅沢と享楽を享受し、それを渇望するだけの欲深い組織になってしまっている。
(私は、こんなことをするために、神官になったのでは……)
ぽつり、とルークは内心呟いた。
ここ数年、何度となく感じた、違和感。
それはノアの元に側近として勤めるようになり、王妃シャリゼを近くで見るようになってから、さらに強くなった。
ほんとうに、自分は今のままでいいのか、と──。
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