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2.捨てたのか、捨てられたのか
カイン/ルークという男
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※26話、27話を大幅に加筆修正しました。お手数ですが、一度読み返していただくと齟齬がないかと思います。よろしくお願いします。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
聖女の力は、魔素の浄化、そしてひとを治癒する能力を持つ。
(ローレンス殿下は……私の力で治癒することは出来なかったけれど)
それは、彼が吸血鬼だということが関係しているのではないかと私は思っている。
聖女がそばにいる限り、王は余程のことがないかぎり命を落とすことは無いはずだ。
それは周知の事実で、誰もが知ることだった。
カインの話はその後も続いた。
「申し上げます。私は、ノア殿下の暗殺を命じられ、ノア殿下の側近を勤めておりました」
「……それをなぜ、今になって言う気になった」
マクレガー将軍の言葉はもっともだ。
「恐れながら、このままノア殿下亡き後、ヴィクトワールの未来は見えないと判断したためです」
「それで?お前は何をするという」
「……ノア殿下が、神殿に向かわれたのは私も知っております。ですがエイダン・リップスを殺すのは今しばらく、お待ちいただきたい」
「なぜだ」
「恐れながら、王族間の争いごとは今起こすべきではありません。今すべきごとは、民衆の意を得ることです。そしてそれは」
「エイダン・リップスも同じ考えだと……そういうことね?」
カインの言葉を引き継いだのは私だ。
コツ、と足音を響かせてマクレガー将軍の執務机の前まで歩く。
カインは、私の声にびくりと肩を跳ねさせ──石像のように固まった。
そして、油の切れた機械のように鈍い動きで振り返る。その顔は、青ざめていた。
「つまり、あなたは、ノアがエイダン・リップスに騙されて、死ぬ可能性があると、そう言っている」
「シャリ、ゼ……妃」
呆然と、彼は私を見ていた。
「あなたの言いたいこと、よく分かるわ。エイダン・リップスは抜け目のない男だもの。王家を切り捨ててでも、彼は生き残ろうとするでしょうね。あの男なら、ノアを切り殺して『逆賊を始末した』と触れ回ってもおかしくないわ。それが真実かどうかは彼にとって重要ではない。ただ、そういった名目で、ノアを殺しかねない」
ノアがいなくなれば、王位継承権を持つ人間はエイダン・リップスと現国王のヘンリーの二人だけになる。
そして、ヘンリーは今にも玉座を追われようとしている──。
必然、次の王は、消去法でエイダン・リップスとなるだろう。現王朝、ヴィクトワールの歴史を守ろうとするならば。
私はマクレガー将軍の執務机に背を預け、カインと対面した。
「……怪しいとは思っていたわ」
「生きて……らしたのですね」
私は、カインの言葉に答えず、カーペットに視線を落とした。
「……カイン・オルグレン。あなたは、根っからの守旧派であるオルグレン伯と、王家の縁戚にある侯爵家の娘の母を持った、生まれながらの貴族ね。書類にはそう記されている」
「…………」
カインは押し黙った。
私が何を言おうとしているのか、何が言いたいのか、おそらく彼もわかったのだろう。
「……出自というのは、そう簡単には偽れないものだわ。あなたの言動には、不可解な点が多々あった」
そう、それは礼儀作法──主に、歩き方、仕草、といったものに顕著に現れる。
彼の歩き方は、貴族のそれではない。
それは、すぐに気が付いた。
ふとした時に、それは垣間見える。
彼の立ち居振る舞いには、貴族にあって当然の……そう。
【自信】に欠けている。堂々とした振る舞いではない。
そして、極めつけはその瞳だ。
ひとを窺うような、他者の顔色を見るような、そんな目を彼はする。
それを指摘すると、カインは息を呑んだ後、諦めたように苦笑した。
「気付かれていたのですね」
「ノアも、きっと気づいていたわ。それでもあなたを尋問にかけなかったのは、時期を待っていたから。いずれ、あなたはエイダンの指示を受けて動き出す。それを待っていたの。……もっとも、その前に私は足をすくわれてしまったけれど」
肩をすくめて見せると、カインはしばらく沈黙した後、細く息を吐いた。
「……私は、ほんとうの名をルークと言います。エイダン・リップスに拾われた……元、孤児です」
驚きはなかった。
それを聞いて、納得したほどだ。
「オルグレン伯はそれをご存知なの?」
カインは首を横に振る。
「いいえ。私が本来のカイン・オルグレンと入れ替わったのは、私が十二歳の頃。カイン・オルグレンは当時、誘拐され、行方が知れていませんでした。……私と、彼の背格好、そして顔立ちはよく似ているようです」
それで、理解する。
恐らく、エイダン・リップスは元々、カイン・オルグレンと似た顔立ちの子供を探していたのだろう。
カイン・オルグレンの誘拐は、エイダン・リップスが目論んだことなのか、ただの偶然なのか──。
(……偶然なわけ、ないか)
あの男は、そんなに甘くない。
ヒヤリと、冷たいものが胸を撫でた気がした。
「……あなたは、エイダン・リップスを止められる?」
尋ねると、カインが、そしてマクレガー将軍までもが、息を呑む。
カインは──ゆっくりと、だけど確かに、頷いて答えた。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
本作の構成を考え、数日更新をお休みをしておりました。
本日からまた毎日更新に戻ります。
よろしくお願いします。
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聖女の力は、魔素の浄化、そしてひとを治癒する能力を持つ。
(ローレンス殿下は……私の力で治癒することは出来なかったけれど)
それは、彼が吸血鬼だということが関係しているのではないかと私は思っている。
聖女がそばにいる限り、王は余程のことがないかぎり命を落とすことは無いはずだ。
それは周知の事実で、誰もが知ることだった。
カインの話はその後も続いた。
「申し上げます。私は、ノア殿下の暗殺を命じられ、ノア殿下の側近を勤めておりました」
「……それをなぜ、今になって言う気になった」
マクレガー将軍の言葉はもっともだ。
「恐れながら、このままノア殿下亡き後、ヴィクトワールの未来は見えないと判断したためです」
「それで?お前は何をするという」
「……ノア殿下が、神殿に向かわれたのは私も知っております。ですがエイダン・リップスを殺すのは今しばらく、お待ちいただきたい」
「なぜだ」
「恐れながら、王族間の争いごとは今起こすべきではありません。今すべきごとは、民衆の意を得ることです。そしてそれは」
「エイダン・リップスも同じ考えだと……そういうことね?」
カインの言葉を引き継いだのは私だ。
コツ、と足音を響かせてマクレガー将軍の執務机の前まで歩く。
カインは、私の声にびくりと肩を跳ねさせ──石像のように固まった。
そして、油の切れた機械のように鈍い動きで振り返る。その顔は、青ざめていた。
「つまり、あなたは、ノアがエイダン・リップスに騙されて、死ぬ可能性があると、そう言っている」
「シャリ、ゼ……妃」
呆然と、彼は私を見ていた。
「あなたの言いたいこと、よく分かるわ。エイダン・リップスは抜け目のない男だもの。王家を切り捨ててでも、彼は生き残ろうとするでしょうね。あの男なら、ノアを切り殺して『逆賊を始末した』と触れ回ってもおかしくないわ。それが真実かどうかは彼にとって重要ではない。ただ、そういった名目で、ノアを殺しかねない」
ノアがいなくなれば、王位継承権を持つ人間はエイダン・リップスと現国王のヘンリーの二人だけになる。
そして、ヘンリーは今にも玉座を追われようとしている──。
必然、次の王は、消去法でエイダン・リップスとなるだろう。現王朝、ヴィクトワールの歴史を守ろうとするならば。
私はマクレガー将軍の執務机に背を預け、カインと対面した。
「……怪しいとは思っていたわ」
「生きて……らしたのですね」
私は、カインの言葉に答えず、カーペットに視線を落とした。
「……カイン・オルグレン。あなたは、根っからの守旧派であるオルグレン伯と、王家の縁戚にある侯爵家の娘の母を持った、生まれながらの貴族ね。書類にはそう記されている」
「…………」
カインは押し黙った。
私が何を言おうとしているのか、何が言いたいのか、おそらく彼もわかったのだろう。
「……出自というのは、そう簡単には偽れないものだわ。あなたの言動には、不可解な点が多々あった」
そう、それは礼儀作法──主に、歩き方、仕草、といったものに顕著に現れる。
彼の歩き方は、貴族のそれではない。
それは、すぐに気が付いた。
ふとした時に、それは垣間見える。
彼の立ち居振る舞いには、貴族にあって当然の……そう。
【自信】に欠けている。堂々とした振る舞いではない。
そして、極めつけはその瞳だ。
ひとを窺うような、他者の顔色を見るような、そんな目を彼はする。
それを指摘すると、カインは息を呑んだ後、諦めたように苦笑した。
「気付かれていたのですね」
「ノアも、きっと気づいていたわ。それでもあなたを尋問にかけなかったのは、時期を待っていたから。いずれ、あなたはエイダンの指示を受けて動き出す。それを待っていたの。……もっとも、その前に私は足をすくわれてしまったけれど」
肩をすくめて見せると、カインはしばらく沈黙した後、細く息を吐いた。
「……私は、ほんとうの名をルークと言います。エイダン・リップスに拾われた……元、孤児です」
驚きはなかった。
それを聞いて、納得したほどだ。
「オルグレン伯はそれをご存知なの?」
カインは首を横に振る。
「いいえ。私が本来のカイン・オルグレンと入れ替わったのは、私が十二歳の頃。カイン・オルグレンは当時、誘拐され、行方が知れていませんでした。……私と、彼の背格好、そして顔立ちはよく似ているようです」
それで、理解する。
恐らく、エイダン・リップスは元々、カイン・オルグレンと似た顔立ちの子供を探していたのだろう。
カイン・オルグレンの誘拐は、エイダン・リップスが目論んだことなのか、ただの偶然なのか──。
(……偶然なわけ、ないか)
あの男は、そんなに甘くない。
ヒヤリと、冷たいものが胸を撫でた気がした。
「……あなたは、エイダン・リップスを止められる?」
尋ねると、カインが、そしてマクレガー将軍までもが、息を呑む。
カインは──ゆっくりと、だけど確かに、頷いて答えた。
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本作の構成を考え、数日更新をお休みをしておりました。
本日からまた毎日更新に戻ります。
よろしくお願いします。
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