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3.何も変わっていない
誰が悪い?
しおりを挟む私は、カインと共に王都に向かうことにした。
カインを信じるかどうか。その決め手になったのは、マクレガー将軍ひとりしかいない執務室で、彼は自身を間諜だと明かしたから。
敵地で素性を明かすなど、彼はその場で切り殺されてもおかしくなかった。それでも、カインは告白した。
恐らくは、自身が持つ違和感から目を反らせなかったから。
ウーティスを出て、馬上で私は静かに考えた。
(この国は今、変革期に差し掛かってる)
一度、私はこの国を諦めた。
諦め、見捨てることを選んだ。
王妃シャリゼの死を受け入れた私は、自身の生存をノアに告げた後は、この国を出る……つもりだった。
だけど、そうはならなかった。
敵国にも近しいアルカーナ帝国の皇子と出会い、ウーティスの森の異変を知った。
そうしているうちに、ノアは政敵のエイダン・リップスを殺すことを決めた。
(きっと、ノアは革命を起こす気だ……)
私は、ノアを知っているつもりだったけれど。
もしかしたら、根本的な部分で、私は彼をわかっていなかったのかもしれない。
☆
ふたたび、私は王都に戻った。
私とルイス、そしてカインの三人は城下町の酒屋で食事をとることにした。
店員に案内され、私たちは丸テーブルの前に置かれた、切り株のような椅子に腰を下ろした。
店員がメニューを手に持って、戻ってくる。
メニュー表に記された金額を見て、私は僅かに眉を寄せた。
(……高い)
私の知るものより、金額は高くなっていた。
その分、税も釣り上げられているのだろう。
メニュー表に視線を落としたと同時、ドンッと近くのテーブルから乱暴な音が聞こえてきた。
ハッとしてそちらを見ると、顔を真っ赤にした男が、木で出来たジョッキをテーブルに叩きつけたところだった。
彼は、誰にともなく大声で叫び始めた。
「いい加減にしろよ!!俺がなんで……。だいたい、あの王が……。そうだ、王を、王を殺せばいいんだ!!」
その声はあまりにも大きくて、店内に響き渡った。
それまで騒がしかった店内がぴたり、と水を打ったように静まり返る。
困惑するような、迷惑がるような視線が四方八方から男に向けられる。
しかし、深酒した男はそれに気付かない。
彼は、テーブルに突っ伏し、間延びした声で言った。
「あの女が……あの女が悪い、毒婦が……」
毒婦──その言葉に、ぴくりと肩が揺れた。
ルイスが目配せしてくるのを、微かに首を横に振って答える。
彼は、店を出るか、と尋ねてきたのだと思う。
だけど、その必要は無い。
(増税が、私主導で行われたと……そう民が信じているのは私も知っている)
何せ、それを報じた新聞は私も目にしたのだから。
確かに、増税を認めたのは私だ。
王は全ての税を二割から五割に引き上げようとしていた。
それを、せめて三割と……そう言ったのは私だ。
(……私の力不足で、増税を止めることは出来なかった)
実際、民から徴収する税がなければ、王家は冬を越せないほどだった。
既に、国庫の金は尽きかけていたのだ。
私が知った時には、どうしようもないほどに国は負債を抱えていた。
民や諸外国は思いもしないだろう。
贅を凝らし、豊かな暮らしをしているように見えるヴィクトワールの国庫が──実際は火の車であることを。
十年前に比べると、ヴィクトワールの総資金はその一割にも満たない。
しかし、増税を決めたところで、すぐに国庫が潤うわけではない。
それでも、できないことから、できることを少しでも探すべきだと思った。まだ、諦めるべきではない、とも。
もっとも急務だったのは、災害の対策だと私は判断した。
得た税収を、災害対策費に充てると私は議会で宣言した。
とうぜん、大臣や神殿、そして陛下からは激しい抗議を受けた。
すんなりと話は進まず、何度となく妨害を受け、激しい批判を受けた。
彼らは自身の私腹を肥やすことが第一で、誰一人民のことなど考えていない。
むしろ、数が多いのは厄介だから、意図的に減らそうと画策しているほどだ。
彼らが、なぜ災害対策をしないのか──。
その理由が、民を減らし、その力を増幅させないためだと聞いた時は、思わず笑いが出てしまった。
失望が深くて、呆れが先立ち、もはや怒りも湧かない。
ただただ、情けなく、悲しく、哀れだと思った。
祖先が作り上げた、勝利の国、ヴィクトワール。
それが今や、民を守るべきはずの彼らは、他者を虐げ、搾取し、贅を独占することしか考えていない。
でも、まだだ。
まだ、私には出来ることがある──。
その思いだけで、私は突き進んだ。
干ばつ被害の激しかった農地の対策には灌漑工事の計画を立てた。
毎年雨季になると氾濫する川には、堤防工事の手配を進めた。
成功すればその功績は神殿に奪われ、失敗すれば公然と王妃が責められる。
神殿に対抗するためには、圧倒的に時間と人手が足りなかった。
ほんとうは、革新派を抑えながら、国庫の赤字回復、ヴィクトワールの防衛費用と災害対策費用の捻出、ならびに魔獣の対策と聖女の育成、手配を早急に行わなければならなかった。
だけど──私にできることは限られていた。
後手に回ってしまうことも少なくなく、信じても裏切られることも何度もあった。
十代の小娘にでることなど限られており、圧倒的に、経験も不足していた。
結果、私はもっとも大事なことを疎かにしていた。
それは人心掌握であり、民への情報操作だ。
それを、後になってから痛感した。
「…………」
考え込んでいると、男が怒鳴った。
「成り上がり妃のステラを殺せぇぇぇ!」
その名前に、私は驚きのあまり──息を呑んだ。
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