〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

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3.何も変わっていない

どこかで見た顔

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シャリゼ……ではない?)

思わず視線を向けると、男はテーブルをバンバン叩きながら叫んでいる。

「あの女が悪い!あの女が……!シャリゼ様がいれば……こんなことにはなってなかった!!」

誰にともなく、男は訴える。

「俺もそう思う!!」

その時、客のひとり──まだ年若い青年が、男の叫びに感化されたように席を立つ。
青年の手にはジョッキが握られている。
青年は、深酒している男の対面に腰を下ろした。
そして、ジョッキを呷ると、言う。

「シャリゼ様がいなくなってから、急に生活が苦しくなった。前も苦しかったが、それ以上だ!」

「誰が悪い?」

「王に決まってる!」

次々に、客の男たちが会話に交ざってゆく。
連れの女性や店主と思わしき男性が苦言を呈するが、酔っ払っている彼らは、それに耳を貸さない。

「お客さん!困るよ。こんなところで国王の批判なんて!憲兵が来たらえらいことになる」

「ほら、行こう?こんなの、憲兵の耳にでも入ったら……」

しかし、男たちの議論は白熱し、もはや収拾がつかない状況だった。

「……出ましょうか」

この騒ぎだ。そのうち、憲兵が押しかけるだろう。そうなれば料理どころではないし、兵の中には、私やルイスの顔を知っているものがいてもおかしくない。
私が言うと、ルイスとカインが頷いて答えた。

私とルイスは黒のローブを羽織り、顔を隠しているが念には念を入れるべきだろう。

実は、王妃シャリゼが生きていた──など、王の耳に入ったら大変なことになる。
そして、この様子を見るに、城下町も大変な騒ぎになることだろう。

私たちは会計のため席を立った。
その時。

「姉ちゃんたち、ちょっと待ちな!」

声をかけられ、私は振り返る。
そこには、若い二人組の男性がいた。
ジョッキを手に持ちながらも、その顔は酷く険しい。
ひとりは顔を伏せ、ひとりは私たちをじっと見つめていた。

「……何か」

警戒しつつも、そうと悟られないように尋ねる。
男は、クイ、と顎を議論に夢中な男性陣に向けた。

「あんたはどう思う?悪いのは、成り上がり妃ステラか、愚昧な王ヘンリーか……あるいは、悪妃シャリゼか」

「…………」

口を開こうとするルイスを制して、私は言った。

「何が悪いか、とは一概には言えません。ですが──強いて言うなら、全て。彼女たちに限らず、彼女たちを取り巻く環境全てが良くなかった。私はそう思います」

「じゃあ、どうすればいいと思う」

挑むように男が言う。
店の中央は、老若男女問わず、店内の客が詰めかけ、丸テーブルを囲うようにして議論している。

「王が悪い!」「シャリゼは民の希望だった!」
「ステラを処刑すべきだ!」「王は騙されたんだ!」
「シャリゼは愚かだった!」「ステラは被害者だ!」

好き勝手に持論を述べる彼らは、しかしその全員が現在の政に大きな不満を抱いているのだろう。

誰を責めるべきか。
誰を地に落とせば生活が楽になるのか。

彼らはそれを探している。

まるで、恨みをぶつける先を探しているように見えた──けれど、きっとその通りなのだと思う。

生活は苦しい。
誰を責め、誰を批判し、この苦しみをぶつければいいのか。
それを、彼らは懸命に探している。
それは、ひととしてとうぜんの感情だ。
彼らには、抗議する資格がある。

(ただ──)

私は、ヴィクトワールの民を思った。
彼らが、新聞の記事に踊らされるのも。
神殿の意のままに操られたのも。
それらは全て、己で思考するだけの教養がないから。
彼らは、考えるより先にそれが真実だと思い込んでしまう。
考えるということに、慣れていないから。

自然、険しい顔になっていた。

「俺は、このままアルカーナの属国になった方が、ヴィクトワールのためになると思うけどね……」

その時、私に声をかけた男がぽつりと言った。
その言葉に、現実に引き戻された。

『ヴィクトワールのため』

──そう言いながらも、彼の顔は暗く、全くそう思っているようには見えなかった。

このままいけば、国はさらに混乱し、荒れることだろう。
革命が起きるにしろ、起きないにしろ、ヴィクトワールは既に行き詰っている。

彼は、国がめちゃくちゃになるよりも、他国の従属国になった方がマシだと、そう思ったのだろう。
少なくとも、今よりは生活が楽になると、そう考えているのかもしれない。

「……お会計をお願いします」

私はそれには答えず、店員を呼んだ。



私たちが店を出てすぐ、憲兵が店になだれ込んだ。
おそらく誰かが通報したのだろう。

「おい!貴様ら、大声で何を話している!!」

「王の批判を声高に叫ぶなど、この逆賊めが!!」

何かが割れる音と悲鳴、椅子が引き倒されたのだろう、乱暴な音が続いた。

「うわあ!!離せ、このクソ野郎が!」

「王家の犬め!恥ずかしくないのか!?お前ら、それでもヴィクトワールの人間か!!ヴィクトワールの民としての誇りはどこにいった!?」

「うるさい、黙らんか!!貴様らは不敬罪で牢屋行きだ。両陛下を口汚く罵ったこと、せいぜい後悔するんだな!!」

バキッ、ガンッ、ゴンッ、という暴力的な音が大通りに響く。
憲兵と客とで乱闘になっているのだろう。

思わず、足を止めた。

「……シャリゼ様」

ルイスに呼びかけられ、私はかすかに頷いた。
憲兵が来てしまった以上、この場に留まるのは危険だ。
そう思って、私たちは足早にそこを離れた。

その時。

「おい、待て!そこのお前!!」

背後から怒鳴り声が聞こえ、思わず足を止めた。
革靴の低い音が聞こえ、憲兵が私たちの元にやってくる。

「お前……どこかで見た顔だな」

憲兵は、三十代半ばほどの男だった。
よく鍛えているのだろう、制服越しでも分かるほど逞しい体つきをしている。
髭を蓄えた彼は、官帽の下、鋭い眼光をもって私を射抜いた。

「…………」

目を逸らすことは、しなかった。
疚しさがあると認めることになるから。

「……その金髪、緑の瞳──」

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