〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
50 / 63
4.花畑で約束を

花畑で、十四年前の約束を

しおりを挟む

「………!」

息を呑む。
目を開くと、ローレンス殿下がまた言葉を続けた。

「王弟殿下は──まだ合流していないようだ。彼が王都入りしていることは、王も既に知っているみたいだけど、反旗を翻すつもりだとは、思っていないらしい。王妃は──ゼーネフェルダー公爵邸から戻ったばかりかな。城下町をおおきく迂回して、裏門から城に入っていった」

「……それは、見えているの?」

気になって、私はローレンス殿下同様しゃがみこんで、尋ねた。
突然ひとが近づいたことに驚いたのか、彼の指に留まっていた白い蝶は、ふわふわと飛んでいってしまった。

「あ……」

思わず、残念に思って声を零す。
ローレンス殿下も、私と同じように白の蝶の行方を追うように見つめていた。
白の蝶は、やがて宙に溶けるように消えてしまった。
何から何まで不思議だ。

「……シャリゼ、どうする?王都に戻る?それとも、俺とこのまま、ウーティスに行く?」

ふと、ローレンス殿下が尋ねた。
彼の顔を見た、その時。
私は、ちいさくない衝撃を覚えた。

限りなく白に近い、白銀色の髪が至近距離で揺れる。

その距離の近さに驚いたのではない。
彼の面影を、どこかで見たことがある。
それはウーティスで出会った時のことではなく、もっと昔に、ここで、この花畑で──。
激しい既視感を抱いた。動揺にも似た焦燥感が駆け巡る。

冬の湖面か、春の空を思わせる薄青色の瞳で、彼が私を見つめる。
私を心配するように、気遣うようにこちらを窺っていた。

(──私は、彼の瞳が赤く染まることを知っている)

ふと、すとんと当然のようにそう思って、そのことにまた困惑した。

(……どうして、私)

そんなことを知ってるの。

どくん、と心臓が音を立てる。

(この光景を、知ってる)

私は、覚えてる。
思い出せる、後、少しで。

(過去、同じように私は──)

その時、誰かとの会話が記憶を過った。


『僕は──なのに』
『ティノは──だものね』


あと少しで何かを掴めそうなのに、余計な情報に邪魔でもされているかのように、それに辿り着けない。
もどかしさを感じながらも、私はふと周囲の花畑を見渡した。
一面に広がる、黄色の花畑。

これは、何の花なのだろう──?

今になって、そんなことを考える。

(もっと、小さいときに……私、ここに、きて、それで)

夢で、何度か見たことがある、と今になって思い出す。

(今のような黄色の花畑に囲まれて、私の前で、ちいさな男の子、が──)

夢の記憶を、蟠った糸を解くように慎重に辿っていた時。
不意に、ローレンス殿下が私の顔を覗き込んできた。

「……シャリゼ?」

「っ……!!」

突然声をかけられて、息を呑むほど驚いた。
びっくりして、肩が跳ねる。
過剰に驚いた私に、ローレンス殿下の方が驚いたようだった。

「どうしたの?」

「……私、昔ここであなたに会ったことがある……のよね」

確かめるようでいて、断言めいた口調になった。
ローレンス殿下は、私の言葉にハッとした様子で私を見る。

「思い出した、の?」

それには、首を横に振った。

「分からないの。……だけど、覚えている、気がするの。昔、ここで……あなたと……。夕日……そう、日が暮れそうだったわ。あなたは、泣きそうで……泣きそうに……して、いて?」

そこで、こめかみを押えた。
夕日を背に、悲しげな顔をしていた、銀髪の男の子──。
きっと、彼がローレンス殿下だ。
だけどなぜ、彼がそこにいるのかも、そしてそんなに寂しげにしていたのかも、まるで分からない。

(それに……私)

ローレンス殿下の魔力行使を目の当たりにした時、懐かしさを感じた。
あれはきっと、過去に見たことがあるから……。

(でも、どこで)

わからない。
どんな経緯があって、なぜローレンス殿下と出会ったのか。そこで、何があったのかすら、わからない。なぜ彼に噛まれたのかすら、不明だ。
沈黙する私に、ローレンス殿下が困ったように笑みを浮かべた。
そして、私に言う。

「無理に思い出さない方がいい。あなたには、元々聖女としての素質があった。魔力に触れたことがきっかけで、あなたの聖女としての力は目覚めたけど……それは、魔力に反発して発現した力だ。本当は、もっと時間をかけてゆっくりと花開くはずだったそれを、強制的に引きずり起こしたんだ。その反動で、あなたは記憶を失ったのだと思う」

「でも……私は、知りたいわ。過去何があったのか。なぜ、あなたに噛まれたのかも……」

そっと、首筋に触れる。
噛み跡はないけれど、ローレンス殿下は私の生死や、居場所を知ることが出来ると言った。
彼は現に、私の中に眠る魔力を目覚めさせ、ゼーネフェルダー領まで転移させた。
首を噛んだ、というのは本当なのだろう。

ふと、その時私はどうしてか、過去の歴史に思いを馳せた。
まだ、ヴィクトワールという国がなかった頃。人間が、吸血鬼に支配される時分、彼らは聖女の力を以て吸血鬼に対抗した、というけれど。それまで彼ら、人間たちは吸血鬼に対抗する術が無かったのだろう。

なにせ、噛まれたら【生死】と【居場所】が分かってしまうのだ。

逃げ隠れもできない。
実質、首輪をつけられたも同然。

そこまで考えて、今の私はローレンス殿下
に首輪をつけられた状態なのか、と思い至る。

それはまるで──。

外すことを許されない結婚呪いの指輪のようだな、と、ふと思った。

「…………」

そんなことを考えた自分に苦笑する。
覚えていない間に首輪噛み跡を付けられていた、というのはなかなかに衝撃だけど、幸い嫌悪感はなかった。
ただ、やはり不思議なのだ。

(どんな経緯で、私は吸血これを許したんだろう)

まだ知り合って間もないけれど、彼は乱暴をするようには見えない。
きっと、何かしらのやり取りがあって、吸血に至ったのだろうと私は思っている。

(……しかし、考えても考えても思い出せないわ)

このままでは記憶を探るあまり、ありもしない過去を生み出してしまいそうで、私はため息を吐いて顔を上げた。


王都に戻るか、戻らないか。
本音を言うなら、戻りたい。今すぐ駆けつけたい。
革命が始まったのなら、尚更。

だけど──。

「……手紙を書くわ、ノアとルイスに」

今、私が王都に戻ってもできることなどたかが知れている。
聖力を使い果たしている今、私に出来ることなどほとんどない。
むしろ、足手まといになることだろう。

だから、私は信じて待つのだ。
ノアの勝利を、ルイスの貢献を。

私の言葉にローレンス殿下が頷いた。
それから、目を細めて私を見る。薄青の瞳だ。

「……それじゃあ、休めるところに行こう。シャリゼ、あなたは自分が思っている以上に疲弊しているはずだ。聖力をほとんど使い果たし、立っているのも限界なはずだよ」

まるで見ていたように──いや、実際見ていたのだろう。
彼の指摘は、正しかった。
それに、私はまた苦く笑った。
その通りだったから。

それでも、私は彼の言葉を首を横に振って断った。

「大丈夫よ。……あのね、実を言うと、疲れを認めてしまったらきっともう、立てないと思うの。あなたの言うとおり、私、結構限界みたい」

困ったように笑うと、ローレンス殿下がなにか言おうとして──口を閉じた。
それから、彼は優しく笑った。
まるで、私がそう言うのを察していたように。

「……それじゃあ、急いで宿に向かおう。俺が泊まっているところでいい?」

頷いて答えると、彼が先導して歩き出した。

正直、体はもう限界を迎えていた。
神殿で聖力を使い果たし、一週間休んだとはいえ、病み上がりには違いない。
そこでふたたび無理をしたのだ。手足の感覚は既に遠いし、先程から頭痛が酷い。耳鳴りのようなものもしているし、目眩だって酷い。
満身創痍、という言葉が今の私には相応しかった。
でも、ここで諦めたくなかった。
せめて、自分の足で歩きたい。ただの意地だけど、彼は私の意志を汲んでくれたのだと思う。

ローレンス殿下が私に背を向けて、歩き出す。
いつのまにか太陽は沈みかけていて、水平線の向こう側に半分ほど、姿を隠していた。

一面黄色の花畑が、夕日を浴びて赤く染まる。

それは、いつか見た夢の光景にそっくりで──。

「……シャリゼ?」

私が足を止めたままだから、怪訝に思ったのだろう。ローレンス殿下が振り向いた。

白銀の髪は、夕日を浴びて赤みを帯びている。
その、薄青の瞳も赤く見えて──。

「──」

その時、閃光にも似た衝撃が、私の頭の中を駆け抜けた。



『あなた、どうしてこんなところにいるの?そもそもあなた、誰?』
『……ごめん』 『あのね、シャリゼ。魔力が使えるようになったんだ!』
『あなたが、敵国の人間だからと言って、あなたの人間性まで否定するのは……違うと思う』『どうして黙っていたの。どうして嘘を吐いたの!』


ざぁ、と大きく風が吹く。
黄色の花が舞う。
その鮮やかな黄の花を見つめて、私は息を呑んだ。

──そうだ、思い出した。

この花は──ビオラの、花だ。

『この花輪を、あなたにあげる。ねえ、ビオラの花言葉を知っている?』

どくん、と心臓が鳴った。

目を見開く私を、ローレンス殿下が怪訝に見つめている。
彼が、私の名を呼んだけど、それに答えるだけの余裕が、今の私にはなかった。

その時の私は、お姉さんぶりたい年頃だった。

ちょうどその頃、公爵家では平民のステラを養子として迎えていた。
何も知らない彼女を導くのは姉の私の役目だと思って、私はあれこれ彼女に構った。

そんな時に出会った、寂しげな少年。
彼を前に私は、やはりお姉さん風を吹かせてしまったのだ。


『ティノは寂しがり屋で、泣き虫だものね。だから私があなたの花嫁になってあげる!』


ふら、と平衡感覚を失った。
気がついた時には、私は空を見上げていた。
花畑に倒れ込むと、鮮やかな青の空と、その向こうに夕日が見えた。

「シャリゼ!!」

ローレンス殿下──いや、ティノが、私の傍に駆け寄ってくる。
私の背に手を差し入れて、彼が私を抱き起こす。

眩いほどの銀の髪。
春の空のような、青の瞳。
そして──笑った時に、微かに見える、牙。

(そっか……そうだったんだわ)

私が、聖力に目覚めた理由。
彼に、吸血を許した理由。

それを全て思い出した私は、だけどそこでついに気力を使い果たしてしまった。


……つまり、そこで私は気を失ったのである。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...